今回のテーマは「AIに対する自分のWill」
前回は「AIを使って何をやっているか」という話でした。
今回はその派生として、自分が生成AIにどうあってほしいかを、頭の整理がてら話す回です。
生成AIが今後どうなるか、どの仕事がなくなるかといった話はたくさん飛び交っています。
ただ、そもそも自分たちがAIに対してどんなWillを持っているのか。ヒースさんはそこが気になり、まずは自分から発信してみようと考えたそうです。
僕らがAIに対してどんなWillを持ってるのかっていうのも結構気になる。まずは自分から発信してみようという形で。
Xで見つけた「逆じゃないの?」という投稿
話のきっかけになったのは、Xで見つけた1つの投稿です。
生成AIの登場で、仕事で書くコードをAIに代替してもらい、効率的に書けるようになったという内容でした。
その投稿主は、コードを書く量が減った代わりに、家事をすることが増えたと言っていたそうです。
でも僕らはそれを望んだわけではなくて、むしろAIには家事とかめんどくさいことをやってもらって、自分たちが好きなコーディングの方に没頭したいだよな。
コーディングという、多くの人がやりたい行動をAIが代わり、逆に人間が家事をやっている。
ヒースさんはこれを見て、本末転倒というか、逆じゃないの、と感じたと話します。
そして改めて、みんなはAIとどう向き合っているのかが気になってきた、というのが今回の出発点です。
ヒースさん自身のAIの使い方
ヒースさん自身は、本業ではコーディングをほとんどしていないそうです。
そのため、どちらかというと壁打ちや資料作りにAIを使うことが多いと話します。
いろんなアイディアとか、いろんな視点から、今僕の考えていることとか、見ているものに対してレビューしてくれとか、指摘をしてくれみたいな使い方をすることが多い。
仕事ではSlackやNotionを使うため、ほぼプレーンテキストで作業しているとのことです。
だからMarkdownと相性がよく、頭の整理もしやすいので、Claude CodeでMarkdownを書くことが多いそうです。
プライベートでは、p5.jsを使ったジェネレーティブアートや、ライブラリ作り、新しい言語の学習にもClaude Codeを使っているそうです。
Zennや自分のブログも、手元でMarkdownで書いてから各プラットフォーム向けに変換して発信していると話します。
AIには「便利なツール」でいてほしい
いろいろな使い方をしたうえで、ヒースさんが改めて思うのは、AIには便利なツールであってほしいということです。
AIにはやはり便利なツールであってほしい。逆に言うと、それ以上のことはしてほしくない。
自分がやりたいこともAIで代替できるし、AIの方が早く高品質かもしれない。それでも、それはいらない、とヒースさんは言います。
面倒なことや、さっさと答えが欲しいところだけAIでサクッと終わらせたい。そうでなければ、自分の生活を奪ってほしくない、という感覚です。
仕事とプライベートで変わるAIへの見方
一方で、仕事という面では話が違う、とヒースさんは切り分けます。
会社は営利組織で伸びていく必要があり、株主はリターンを求めます。
さらに、日本は労働人口が減り、社会福祉の負担も大きい。効率的に仕事をしないと社会を支えるのは限界がある、と話します。
だからビジネスの観点では、AIが台頭して仕事を代替していくのは正しい、良い世界だとも言えます。
ただ、それが本当にユートピアかというと、ある面ではディストピアになりうる、とも感じているそうです。
果たしてそれが本当にユートピアですかっていうと、ある面ではディストピアになる可能性も全然ありうる。
人手が足りない現場を機械やロボットが賄えるなら、それは良い世界だとヒースさんは考えます。
一人の人間は、思考して自己判断できる超優秀なCPUのようなもの。だからこそクリエイティブな仕事に人を割り当てるべきだ、という見方です。
逆に、やることが決まっている単純作業は、ミスなく早く終わる機械の方がいい、と話します。
思考や自己判断が必要な、クリエイティブに想像する仕事
考えることがなく、やることが決まった単純作業をミスなく早く終わらせる仕事
クリエイティブを奪われたくないという感情
ところが、デスクワーカー、特にプログラマーやエンジニアのクリエイティブ領域にAIが入ってくることについては、ヒースさんはあまりウェルカムではないと言います。
クリエイティブの領域にAIがどんどん入ってきて奪っていくのは、僕はあんまりウェルカムではない。それは感情もある。
自分のやりたいことは自分でやる。だからプライベートでやればいい、という話はその通りだと納得しています。
本業でコードを書いていないのも、自分より優秀なエンジニアがたくさんいるから。その人たちの場を作り、障害を取り除けばお互いWinだ、と考えています。
仕事現場では、エンジニアの三大美徳の一つ「怠惰」もあり、AIが高品質なコードを書いてくれる方がいい。人間はユーザー体験を管理し、プロンプトで指示を出す側にまわる、というイメージです。
接合やシステム全体を動かす部分も、いずれAIが作るようになるだろう、と見ています。
今はまだ人間がリスクや影響範囲をチェックしているが、いつかAIが全てをやる未来はあるのでしょう、と話します。
そうすると、仕事をしていないのに生きていける時代が来るのかもしれない。それを望むエンジニアもいる、と付け加えます。
コードの「良い」を判断するのは誰か
ヒースさんにとって、プログラミングそのものは楽しいもの。ただ、好きなことと生業にすることは別で、あくまでプライベートで楽しみたいと言います。
だからAIには、24時間365日いつでも投げてよく、何度同じことを言っても、口が悪くても、いつも通り返してくれる壁打ち相手であってほしい、とのことです。
AIはあくまで超便利かつ、いつでも投げてよし、何度同じこと言ったとしても、我関せずでいつも通り返してくれる。そういう壁打ち相手もしてくれる素晴らしいツールであってほしい。
AIが書いたコードが本当に良いかどうか。その「良い」の基準も、結局は人が良いと思ってきたものだ、とヒースさんは指摘します。
AIは過去の人類の英知を学習していて、その中で良いとされるものを良いと判断している。だから良いの判断は人間が作っている、という見方です。
自分の知識や設計力がAIに勝てないのは十分承知している。それでも、自分としてこのコードが良いか悪いかという判断はある。そこは自分でしていきたい、と話します。
結果的にインターネットに品質が悪いコードを流すことになるかもしれない。でも、自分の好きなこと、趣味なことに対してクオリティをああだこうだ求められるのは野暮。
たとえば、絵を描くのが大好きな人が、下手でも楽しく描いていて、稼ぐつもりもない。そういう人が公開したものにいちゃもんをつけるのは筋違いですよね、とヒースさんは例えます。
今後ものんびり好きなコードを好きな書き方で書いていく。その上でAIと一緒に書いていくのはいいな、と話します。
家事は人力でやりたい派
最後に、家事についても触れています。ヒースさんは家事は人力でやりたい派だそうです。
面倒だし、定期的にやれているわけでもなく、溜まってから「さすがにやらなきゃ」となることも多いと正直に話します。
本当は機械が自動化してくれる方がいいのかもしれない。それでも、人間が生きている限り発生することは、自分でやる方が人として生きている感覚がある、と言います。
人間が生きてる限り発生することを、僕は人間がやる方がちゃんと人として生きてるなっていう感覚があって、なんかこれを失いたくない。
とはいえ、家事中はほぼポッドキャストを聞いているので、今はポッドキャストを聞くために家事をしている節がある、と笑って話しました。
今ハマっている生成AIは、音楽を作ってくれるSuno AIだそうです。番組のジングルを作らせようとしていると話します。
フリー素材を使ったり買ったりもできるが、ぴったりくるものはなかなかない。だから自分なりに作りたくなった、とのことです。
良いツールであり、良い壁打ち相手。相棒までいかないですけどね。それぐらいの距離感で付き合っていけたらな。
まとめ
ヒースさんのAIへのWillは、あくまで便利なツールであってほしい、というものでした。面倒なことは任せたいが、自分のやりたいクリエイティブな領域には踏み込んでほしくない。仕事とプライベートで見方が変わることも含め、自分なりの距離感を率直に語った回でした。
- AIには便利なツールでいてほしく、それ以上のことはしてほしくないというのがヒースさんのWill
- ビジネスではAIの効率化は正しいが、クリエイティブ領域を奪われるのは感情的にウェルカムではない
- コードの「良い」の基準も結局は人間が作るもので、自分の判断は自分でしていきたい
- 好きなことや趣味にクオリティを求められるのは野暮で、のんびり好きに書いていきたい
- 家事は人力でやりたい派で、人間が生きている限り発生することは自分でやる感覚を失いたくない
