後輩が突然休職、どこまで支えるべきか
この回は、リスナーのポンポンポンさんからの相談から始まります。後輩が「体調不良のため心身整えます」とSlackに投稿して休職することになったけれど、モヤモヤが残るという内容です。
何度もチャンスを与えて声をかけ続けたのに、本人の態度や向き合い方は変わらず、信頼も薄れていった。頭では限界だったんだろうと理解しつつ、心情的には最後まで責任から逃げたように見えてしまう、という悩みでした。
何度もチャンスを与えて支援して声をかけ続けたけど、態度も向き合い方も変わらない後輩が突然休職。こういう時どこまで支えるべきなんでしょうか。
これに対するご神託は、こうでした。
支援しても人を変えることはできないと理解し、期待を手放すこと。
確かに、期待しちゃってるっていうのはありますね。
箕輪さんも、つい最近まったく同じような経験をしたと明かします。飲みに行ったり、本当はどうしたいのと聞いたり、優しくもケツを叩いてもみたけれど、結局休職することになったそうです。
本当はどうしたいの、って聞いたり、いろんな角度で優しくしてみたり、目線を上げてみたりやったけど、結果、一応休職するってことになって。
人間も価値観も体力も違う中で、自分の基準で優しくしたり厳しくしたりしても、どうにもならない時があると箕輪さんは言います。
合わない水だと、やっぱもう何やっても無理っていうのありますね。
ただ、期待を手放すと一緒に仕事はできなくなる。だからこそ、合わないと分かった段階でいい環境に移ってもらうのがいいのかもしれない、と箕輪さんは話します。
環境が変わると人が変わる現象
話は「転職したらいきなりエースになる」という現象へ移ります。けんすうさんはこれを、逆パターンも含めてよく見ると言います。
この会社ではめっちゃできないって言われてたけど、転職したらいきなりエース、って結構あるんですよね。
箕輪さんは編集者の世界でも心当たりがあると言います。ダメだと言われていた人が、転職先ではそこまでじゃなく、楽しくやっているケースがあるそうです。
理由の一つとして挙がったのが、トップとの相性です。強い社長の顔色をうかがって自分を出せなかった人が、温厚な社長のもとでは力を発揮できる、というパターンです。
幻冬舎だと、やっぱ見城社長の顔色を伺っちゃって自分を出せないとか。でも次の会社だと社長がすごい温厚だから出せるとかね。
この流れで、箕輪さん自身が「ここでは自分を出せていない」と感じる場所の話になっていきます。
『令和の虎』では出せない、リアルバリューが楽な理由
箕輪さんが「出せていない」と挙げたのが、以前少し出ていた『令和の虎』系の番組でした。みんないい人なのに、どこか空気が合わなかったと振り返ります。
『令和の虎』とかちょっと出てた時、全然出せてなかった。
その正体を、箕輪さんは「男子校ノリかどうか」で説明します。ホリエモンさんや溝口さんが関わるリアルバリューは完全に男子校ノリで、殺伐としているぶん誰も無理に話しかけてこないのが楽なのだそうです。
リアルバリューとか殺伐としてるから、誰も別に無理に話しかけないんですよ。その殺伐としてる場所の方が楽なんだよな。
逆に、控室で「箕輪さんだ」「すごいですね」と優しく話しかけられる共学的な空気は苦手だと言います。だから『令和の虎』では、ずっと忙しそうにしてやり過ごしていたそうです。
すべての炎上は「男子校のせい」説
ここから、この回のいちばんの盛り上がりどころに入ります。箕輪さんは、自分が引き起こす良いことも悪いことも、全部男子校が原因だと断言します。
けんすうさん自身も男子校出身で、そのノリの独特さには強く共感します。男子校の人間は、ハイコンテキストなことを共有したがる、という分析です。
箕輪さんが例に挙げたのが、中川翔子さんにSwitch2を譲ったとされる騒動です。あれは、先生に謝罪しているふりをして裏でコソコソ笑っている男子校的なノリで、分かる人にだけ分かればいいという感覚なんだと言います。
先生に謝罪してるふりして、実は裏でみんなコソコソ笑ってるみたいな。わかるやつにはわかればいいっていう、男子校的な。
問題は、そのノリが世間に広まった瞬間に炎上することです。しかも中高一貫で6年間も同じことをやっているから、身内には「またこいつ言い出すぞ」と伝わるものが、外の人には通じません。
狭くの人が見たら、なんでそんなこと言うの、って。なんでそんな嘘つくのかわかんない、男子校の人から見たら。
閉鎖的な文脈の積み上げ
中高一貫6年間、多様性の少ない場所で文脈が積み上がる
表面と裏のズレ
表面上は謝っているように見せて、裏にネタを隠す
身内では成立
分かる人だけがクスクス笑って楽しめる
世間に拡散
文脈を知らない人が見ると「なんで?」と受け取られ炎上
けんすうさんも、この構造にすっかり納得した様子でした。
皮肉が通じない世界でどう生きるか
箕輪さんは、TwitterやYouTubeでは皮肉が基本的に通じないと言います。明らかに皮肉で言っていることも、正面から受け取られてしまうのだそうです。
例に挙がったのが、ニューズピックスから来た「好感度ゼロでも稼ぐ方法」というオファーです。箕輪さんは「これ失礼やろ」とアップしましたが、それ自体を面白がっていて、本気で怒ってはいません。いわばプロレスです。
明らかに皮肉で言ってることも、正面で捉えられるんですよね。
ところがヤフコメでは「箕輪氏失礼」とニュース化され、「失礼と怒るぐらいなら出ない判断をした方がいい」といったコメントが並びました。けんすうさんもそれを見て、じゃれ合いなのにと感じたそうです。
どう考えてもそのじゃれ合いというか。ニューズピックスもあえてちょっとそれが面白いと思ってやってるし、箕輪さんも面白いと思ってやってる。
ここで二人は、そのマジレス風コメント自体も、実はメタ的な皮肉かもしれないと考え始めます。分かる人同士で「マジレスという虚構」を作って楽しむ、という発想です。
大事なのは、受け手を「実家のお母さん」だと思うことだと箕輪さんは言います。文脈を知らない人が見れば、「好感度ゼロ」のオファーは本当に失礼に見えるし、「Switch2を譲った」は本当に譲ったと信じてしまうからです。
グローバリズムとローカリズムの分断
話はさらに広がり、箕輪さんはヒカルさんの炎上を「グローバリズムvsローカリズム」の戦いだと読み解きます。ちなみに、二人は目も合わせないほどお互いシャイな関係なのだそうです。
毎回収録で会って、目を合わせるのが恥ずかしくて目を合わせない関係だもん。お互いシャイで。
箕輪さんによると、ヒカルさんがターゲットにしているのはローカルの層です。ドン・キホーテにたむろう不良や、ルチルを買う主婦のような人たちを相手にしている、と言います。
一方で、ヒカルさん自身のライフスタイルは港区的な、グローバルなエリート層の価値観です。その価値観で「みんな普通だよ」と発信すると、ファンとの間にズレが生まれて炎上してしまう、という見立てです。
港区的でグローバルなエリート層の価値観
ドンキにたむろう層や主婦などローカルな人たち
この構図はトランプ現象とも重なる、と箕輪さんは言います。一部のグローバルエリートへの不満が、ローカルの人々の反発として噴き出す、という構造です。
けんすうさんは、宇野さんの言葉を引きながら「どこでも働ける人(エニウェア)」と「そこでしかいられない人」の分断だと補足します。
箕輪さん自身も、赤坂・芝・早稲田とほぼ同じエリアから出ずに生きてきたため、「これ当たり前でしょ」という発言がローカルの人から叩かれると振り返ります。これも男子校ノリと同じ構造だと言います。
最後は、大きなうねりを作りたいならローカルの共感を得るしかない、という話に着地します。溝口さんは「鬼ローカリズム」を味方につけている、参政党もローカル人気だ、と例を挙げつつ、箕輪さん自身がローカルを巻き込むなら「人間エネルギーカードくらい」だと笑いました。
大きなうねりを作りたかったら、そっち(ローカル)行くしかないんだよな。
まとめ
後輩の休職相談から始まった雑談は、いつのまにか箕輪さんの自己分析へと転がっていきました。炎上も、じゃれ合いも、価値観のズレも、根っこは同じ文脈にあるという話です。読み物として、身内ノリと世間の距離を考えるヒントになる回でした。
- 人を変えることはできない。支援しても合わない時は「期待を手放す」しかない
- 環境が変わると人は変わる。トップとの相性で力を出せる・出せないが大きく変わる
- 箕輪さんは自分の炎上体質を「男子校ノリ」だと分析。身内で成立する文脈が世間に出ると炎上する
- SNSでは皮肉が通じにくい。受け手を「実家のお母さん」だと思うと伝わり方が見えてくる
- ヒカルさんの炎上は「グローバリズムvsローカリズム」の分断。ライフスタイルとファン層のズレが原因という見立て





