次のことばかり考えて「今」が楽しめない問題
この回は、AIに寄せられた「生きるのって基本的につらいのでは」という重めの質問から始まります。AIの答えは、小さな幸せを丁寧に感じることで苦しさの中にも喜びが見つかる、というものでした。
箕輪さんはこの答えに強く共感します。というのも、最近まで自分が抱えていた「ミッドエイジクライシス」から抜けた理由が、まさにここにあったからです。
バリバリ働いていた頃の箕輪さんは、常に次の仕事、次の現場、次の成果と、未来ばかりを見ていたと振り返ります。そのモードのまま緩い生活に切り替えたのに、脳だけが「次のこと」を考え続けていたのが原因だった、と分析します。
そのバリバリ働いてた時って、常に次のこと、次の現場、次の仕事っていう感じで、常に未来を見てたから、この瞬間にはあんまり集中してないんです。
だからそのギャップが多分、なんか幸せじゃねえなっていうのを引き起こしてて。ご飯食べてても早く2次会行きたいとか思うんですよ。
そのクセは驚くほど細かい単位まで及んでいたそうです。寿司屋でコハダを食べていても「早くマグロ食いてえ」と思ってしまうほど、いつも今ではなく次を見ていたと語ります。
そこで箕輪さんは、その瞬間だけを楽しもうと切り替えたと言います。今この会話を楽しむ、出された水が富士山のものだと知って「運んでくれてありがとう」と思う、といった小さな向き直しです。
でも目の前のことをどれだけ集中するかが大事だっていう。マインドフルネスとかそうですよね。
けんすうさんは、頭の中で言語を使って考えられなくなる病気の話を持ち出します。過去も思い出せず未来も考えられなくなる代わりに、今のことしかわからなくなり、その状態の人は幸福度がとても高いという話です。
だって子供ってそうじゃん。目の前のことしか興味ないから。「うわ、うまっ」みたいな。
能力で価値を出すのをやめて「いるだけで明るい人」になる
「今に集中できるようになった理由」を問われた箕輪さんは、少し照れながら本音を明かします。それは、能力で人に価値を提供するのをやめた、という決断でした。
もう能力で人に価値を提供しようっていうのはやめた、とはっきり思います。
会議でも打ち合わせでも、自分のすごい能力を対価として差し出すのではなく、「その瞬間、楽しそうだね、あのおじさん」と思われる存在になりたい、と箕輪さんは話します。
無責任だけどいいじゃん、楽しそうだからっていう人になろうと。そのポジション、空いてるんですよ。高田純次以降誰もいない。
これは年齢による価値観の変化でもある、と箕輪さんは整理します。20代は勢い、30代は能力で勝負するのがかっこいい。でも40代の自分は、編集の一行にこだわり続けるタイプではない、と感じているそうです。
けんすうさんもこの考えに強く同意します。能力のある人は結構いるけれど、場の雰囲気を良くできる人のほうが、リソースとして足りていないと指摘します。
その具体例として、箕輪さんは家入さんの名前を挙げます。場を明るくするタイプでは全くないのに、飲み会でみんなが呼びたがる存在だと言います。
全然喋んないくせに、飲み会だと「家入さん今どこ?」みたいな。家入さん一人いるとダメ人間キャラを演じるし、余白がめちゃめちゃあるから、場の許容量が増えるの。
ダメでもいいよ、と思わせてくれる空気をつくれる人の価値。けんすうさんは、それを「緊張感がなくなる」と言い換えて深く納得していました。
自分のキャラは変えられない。だから統一する
話は「緊張感を生むキャラ」と「緊張感をなくすキャラ」の違いへと移ります。けんすうさんが、このラジオのスタッフは毎回緊張していると明かすと、箕輪さんは本気で驚きます。
全然ダメじゃん。俺、なんで緊張するの?それ逆に教えてほしい。
理由をたどると、ニューズピックス時代の尖ったイメージや、SNSで文春などに怒っている姿を見せていることが挙がりました。箕輪さんはそれを受けて、もう怒らないと宣言します。
その象徴として語られたのが、政治家に絡まれたときの対応です。以前なら長文で論理的に反論していたところを、今は「いつもご苦労様です。元気でいてください」と返したそうです。
昔だったらそれを長文で論理的に書いてたの。でも俺はそうありたくないと思って。それで心がね、気持ちいいと思って。
これはキャラ戦略とも結びついています。箕輪さんは自分を「人間エネルギーを売っているキャラ」と捉えており、ここで怒ったらその価値が崩れてしまう、と考えているのです。
人間エネルギーっていうのを売ってるキャラだから、ここで怒ったら意味ねえなってなっちゃうなと思って。太陽みたいに包もうと思って。
ただし、このゆるいキャラは誰にでもできるわけではない、と箕輪さんは釘を刺します。論理的にこだわる自分も、どうでもいいと笑う自分も、どちらも学生時代から自分の中にあったものだと言います。
割合をこっちの緩い方を増やしていって、っていう感じ。元々ない人は作れないよね。
毎日バキバキにビジネスを語っている人が急に「いいんだよ今日は」と言っても違和感が出る。だからこそ、自分に合ったキャラを見極めて統一しておくことが大事だ、という結論に落ち着きます。
予定を入れるのが怖い。けんすうの「心のモンスター」
ここで話題は、けんすうさん自身の悩みに移ります。外食は実は好きなのに、飲み会にほとんど行かないというのです。年間の飲み会の少ない箕輪さんが、最新の5〜10件のうち何度も入ってしまうほどだと言います。
予定を入れることへの恐怖心が強いんだと思いますよ。(他の予定と)ダブルブッキングしてんじゃないかとか。
箕輪さんはこの恐怖心を「心の中のモンスター」と名付けます。けんすうさんが地方に住めない理由も、忘れていた予定にすぐ行けるようにするため、という一風変わったものでした。
冷静に考えれば、地方に住んでいれば「無理です」と言えば済む話です。それでも断れないのは、誰かをがっかりさせたくない、という気持ちが根にあるようだ、と箕輪さんは見立てます。
ちょっと緩い感じに見えて、自分にはストイックっていうか、「ごめん、被ってたから今日行けないわ」って言えないんだ。
予定を入れた後で、体調が悪くなったり本当にやるべき仕事が入ったときに、断るのが嫌でたまらない。けんすうさんは、突発的な「今から」の誘いなら平気なのに、と自分の中の不思議なクセを語りました。
「何でも相談して」は本当に何でもなのか
続いての相談は、上司から「何でも相談して」と言われたのに、いざ理不尽な先輩の圧について相談したら「知らん」と返された、というものでした。この落差に相談者は驚いています。
上司に「困ったことがあったら何でも相談してください」と言われていたのに、先輩の理不尽な圧について相談したら「知らん」と返ってきました。私は相談すべきではなかったのでしょうか。
AIの答えは、相談者は間違っていない、これは上司側の問題だ、というものでした。二人もそこには同意しつつ、箕輪さんは上司側の心理をリアルに読み解いていきます。
「何でも相談してね」っていうのが、本当に何でも相談してねっていうより、俺ってそういう上司だからねっていうパフォーマンスに近くて。
つまり「何でも」は文字どおりの意味ではなく、範囲がお互いに握られていないことが問題だ、という話になります。けんすうさんは、自分ならまず範囲を測る質問をすると言います。
何でも質問してねって時に、種なしぶどうってどうやって増やしてんですか?とか聞くとかをやっちゃいますね。
わざと的外れな「エッジケース」をぶつけて、相手に「そこまで何でもじゃないよ」と線を引かせる。そうやって相談できる範囲をあらかじめ決めておくべきだった、という整理です。
相手の常識と自分の常識はずれることがあるので、その線引きを握らないと今回のようなすれ違いが起きる。二人は、そもそも「何でも」が何でものはずがない、と笑い合っていました。
何を言われても「えっ、びっくりした」で返す
相談への具体的な対応として盛り上がったのが、驚いた顔を見せるだけで反論しないという返し方です。相談者が「このギャップに驚いています」と書いていたことから、まさにその驚きこそが正解だ、という流れになりました。
びっくりした顔を見せるべきだよね。ここで「なんで何でも相談していいって言ったじゃないですか」って言うと、もうぐっちゃぐちゃになるから。
反論すると議論になってこじれるけれど、「えっ」と驚いて見せるだけなら角が立たない。しかも驚きは反射的な自然現象だから、怒っているわけでも責めているわけでもない、という理屈です。
反射なんでしょうがないですよね、って。びっくりしてますって言うけど、別に怒ってないし、責めてないっていう。
二人はこの「びっくり返し」をあらゆる場面に当てはめて盛り上がります。クソリプにも、注文した料理が1時間来ないときにも、まず反論ではなく「うわ、びっくりした」と返す。
何言われても、「えー、どういう」みたいな。だってびっくりして終わる。
もし相手が本気で怒っていそうなら、「いや、ちょっとびっくりしただけだから」と足せばいい。けんすうさんは、セクハラのような場面で効く「それって本気で言ってますか?」という返しにも通じる、と付け加えます。
右も左も地獄。その二択、本当に二択ですか
最後の相談は「右に行っても地獄、左に行っても地獄の場合、どちらに進めばいいですか」というもの。AIは「自分の核となる価値観を軸に決断してください」と答えました。
二人はまず、その二択の前提を疑います。けんすうさんは、パワハラで会社を辞めたいけれど辞めたら生活できない、という例を挙げつつ、実は選択肢はもっとある場合が多いと指摘します。
選択肢がこの2つしかないって思ってるけど、全然あるっていうケース、多い気がするんですよね。
労基署に行く、働きながら転職活動をするなど、道は他にもあります。ただ追い詰められると視野が狭まり、二択に見えてしまう。だから価値観の近すぎる人ではなく、全く違う生活をしている人に聞くと三つ目が見えてくる、と箕輪さんは言います。
さらに箕輪さんが挙げたのが、どちらも選ばず「保留」するという道です。ある市長選をめぐって議員側から抗議の電話が殺到したとき、削除や反論などいろいろ考えたものの、めんどくさくて結局何もしなかった、という体験談を語ります。
今日やろう、今日やろうって思って、気づいたら選挙終わっちゃった。
結果的に応援していた人は当選し、抗議していた側ももう怒っていない。何かをしていたらかえって問題が大きくなったかもしれない、と箕輪さんは振り返ります。
追い詰められているときは、上司が四六時中自分のことを考えているように思えるけれど、実際は3日間お風呂に入ってハーゲンダッツを食べて過ごしていれば、案外どうにかなっている、と箕輪さんは笑います。
前提を疑う
選択肢は本当に2つだけか。追い詰められると二択に見えているだけかもしれない
外に聞く
価値観の近すぎる人ではなく、全く違う生活をしている人に聞くと三つ目が見つかる
保留する
どちらも選ばず、一旦ステイして考えるのをやめる。問題が自然に消えることもある
自分を守る嘘と、浅いよいしょのすすめ
保留の話から、箕輪さんは「自分を守るための嘘」を肯定します。人を騙してお金を取るような嘘でなければ、体調不良を理由に休むような嘘は余裕でいい、という考え方です。
自分を守るための嘘とかは、余裕でいいと思う。
箕輪さんは、ドタキャンのときにあえて「足を捻挫して」と言うそうです。腹痛やコロナだと心配をかけてしまうけれど、大人の捻挫はちょうどよく許してもらえるのだとか。けんすうさんも「指から血が止まらなくて」で通用した経験を明かします。
話はさらに、コミュニケーションでの「浅いよいしょ」へと広がります。箕輪さんは、全く知らない相手に対しても「いつも見てます」「只者じゃないオーラありますね」と返すそうです。
俺マジでそういう浅いよいしょみたいなのするんですよ。誰一人、嫌な気持ちにはならないですから。
たとえ相手が有名人でも何でもなくても、「マジ佐藤さんじゃないですか」と言えば喜ぶ。けんすうさんはこれを、お互いを気持ちよくする「コミュニケーションのマッサージ」だと表現します。
真面目に考えて「右も左も地獄」と苦しむより、今に集中し、保留し、時に軽い嘘やよいしょでゆるくかわしていく。そんな大人のサバイバル術が、あちこちに散らばった回でした。
まとめ
重めの相談を入り口にしつつ、箕輪さんとけんすうさんが語ったのは、力まずに生きるためのゆるいコツでした。今に集中する、キャラを統一する、保留する、びっくりで返す、自分を守る嘘を許す。どれも肩の力を抜くための実践的な視点です。
- 未来や次のことばかり考えず、今この瞬間だけを楽しむと幸福度が上がる
- 能力より「いるだけで場が明るくなる」存在のほうが貴重で、自分に合ったキャラを統一するとよい
- 「何でも相談して」は範囲を握らないとすれ違う。反論せず「びっくりした」で返すと角が立たない
- 右も左も地獄に見える二択は、外に聞くか、どちらも選ばず保留すると抜け道が見える
- 人を傷つけない範囲なら、自分を守る嘘や浅いよいしょは、コミュニケーションを楽にしてくれる






