"稼げる仕事"か"好きな暮らし"か──静かな退職の本当のリスクと、努力が報われる唯一の場所
箕輪・けんすうのご神託ラジオ第10回では、幻冬舎編集者の箕輪厚介さんとアル株式会社代表のけんすうさんが、リスナーからの相談「静かな退職は是か非か」を起点に、キャリアの不平等・コンサルの本質・体罰と教育の変化・受験勉強の価値までを縦横に語りました。その内容をまとめます。
静かな退職──意思があるかどうかが分岐点
リスナーからの相談は「静かな退職英語では "Quiet Quitting"。2022年頃から世界的に広まった概念で、会社を辞めはしないが最低限の業務だけこなし、それ以上のコミットメントをしない働き方を指す。は是か非か。20代とアラフィフでも違うはず」というものでした。AIの回答は「自分の人生設計に繋がるならOK、単なる逃げならやめておけ」というバランス型。箕輪さんもほぼ同意見で、「自分の意思のもとでやっているならOK。強いられていたり、無意識だったりすると、どこに行くかわからないから"いい"とは言いにくい」と語ります。
自分の意思のもと、むしろ意思から離してでも把握してやってるならOKだけど、無意識だったりすると、いいとは言いにくいね
けんすうさんは直感として「仕事に結構な時間を費やしているのに、熱意も関与も最低限に抑えたら、最終的に損しそう」と指摘。ここから話は「そもそも頑張ってリターンがあるのか」という、より根深いテーマへと移っていきます。
努力のリターンが"割に合わない"現実
箕輪さんは最近、新R25ビジネスパーソン向けのWebメディア。箕輪さんはシニア向けの悩みコンテンツに出演しており、一般の方の相談に答える企画を始めたばかり。の企画で一般の方のキャリア相談を受けたそうです。相談者は地方在住の39歳トラックドライバー。20年間楽器を続けたが一円にもならず、アパレルの経験も転職には活きない──そんなリアルな状況に直面して、箕輪さんは自分のアドバイスに疑問を持ったと言います。
俺のアドバイスはスペックが高い人、環境に恵まれてる人には浸透率百パーセントなんだけど、田舎の人に同じことやっても意外とリターンが約束されてないなって思った
東京の港区や渋谷であれば、ビジネス的な掛け算がハマりやすい。しかし地方で同じテクニックを使っても、人生が劇的に変わるとは限らない。箕輪さんは相談者に対して、「ローンを返すお金だけ稼ぐと決めて、あとはお魚屋さんで魚を買い、味わって食べて幸せだねと思った方がいい」と伝えたそうです。
箕輪さん自身、ビジネス書編集者という「著者の影響力を私物化できる」極めて恵まれた環境にいたことを振り返ります。堀江貴文さんの本を出せばそれだけで関係が深まり、旅行に行くような仲にもなる。Xのフォロワーが増えれば本も売れる。すべてがぐるぐる回る好循環だった、と。
それって俺が努力しただけじゃんと思ってたけど、めちゃめちゃレアケースな状況だったなって
けんすうさんも「滋賀県のトラックドライバーだったらそういうことは起こらない」と同意。箕輪さんはかつてオンラインサロンで「全員が人生を変えられる」と信じていたが、「かなり確率が低い」「運の要素がめちゃめちゃ大きい」と考えを改めたと率直に語りました。
著者の人脈を借りられる編集者、SNSで影響力を増幅できるクリエイターなど。努力が指数関数的なリターンに変わりうる
地方のトラックドライバーなど。1.5倍頑張っても給料は1.5倍にならず、スキルの掛け算や人脈の広がりも起きにくい
それでも「頑張れ」と言うべき理由
ここで話が面白い方向に転がります。箕輪さんは「丁寧にサンマを選んで食べる暮らし」を提案したばかりなのに、けんすうさんとの対話の中で「サンマを焼いてる場合じゃない」と自ら前言を撤回するのです。
きっかけはけんすうさんの問いかけでした。「静かな退職をしたいかどうかも、本人にはわからないのでは?」。さらにサッカー部の例えが出ます。静かな退職とは"練習しない控え"のようなもの。全国大会に出られるかはわからないけれど、とにかく頑張った方が「楽しかったな」と思える可能性がある。静かな退職をすると、レギュラーになる可能性はゼロになる、と。
箕輪さんは「自己責任論個人の成功や失敗は本人の努力や選択に帰するという考え方。箕輪さんはかつてこの立場を強く打ち出していたが、環境の差を考慮すべきだったと振り返っている。やネオリベと言われても、『頑張るべき』と言い続けた方が社会全体としてはいい」と結論づけます。なぜなら、肯定しても現状は変わらないが、発破をかけ続ければ一定数は成功者が出るから。残酷に見えるかもしれないけれど、資本主義は一定の人が成功し続けて回るシステムだという認識の上での発言でした。
サンマを焼いてる場合じゃないわ。さっきのR25のやつもう一回言わないと
変わるんだ、こんだけ話を聞いて
けんすうさんのツッコミも的確です。「ゼロだけど超頑張ると一かもしれない。あと人って日々成長してる実感が自分を癒してくれる」。成功確率だけでなく、プロセスそのものが幸福感を生むという視点が加わりました。
コンサルは本当に必要か?
次の相談は「コンサルって企業において本当に必要ですか?」というもの。AIの回答は「自社だけで得られない客観的視点と専門知見を補う存在」とポジティブでした。
箕輪さんは、東大卒の若手が立ち上げたコンサル会社の話を紹介します。コミュニティの展開案を依頼したら、その日のうちに展開案・具体的方法・日々のToDoまで落とし込んできた。「すごい」と思ったものの、今振り返ると「恐ろしいぐらいChatGPTOpenAIが開発した大規模言語モデルベースのAIチャットサービス。情報整理・計画立案・文章作成など、従来コンサルが担っていた定型的な知的作業の多くを代替できるようになった。に似ている」と気づいたそうです。そのコンサルタント自身も「自分の仕事は全部ChatGPTでなくなる」と語っていたとのこと。
展開案の作成、ToDoへの落とし込み、情報整理など。定型的な知的作業はChatGPTが担えるようになった
企業の中に入り、誰も言語化していない問題を発見する力。トップクラスの戦略コンサルが持つ「複合合わせ技」
一方で、けんすうさんはアクセンチュアアイルランドに本拠を置く世界最大級の総合コンサルティング企業。戦略立案からシステム導入、業務改革まで幅広いサービスを提供する。などのトップクラスのコンサルタントの仕事を見て「やっぱりすごい」と感じた経験を語ります。企業の中に入って話を聞きまくり、誰も言語化していない本質的な問題を見つける──そういう「人間にしかできない複合合わせ技」は、AIには簡単に代替できないと。
結論として、二人は「必要性がわからないなら多分必要ない。自分で課題を認識して、それを補えると確信したときに頼むのがコンサルの正しい使い方」という見解で一致しました。
体罰は減った、でも新しい序列が生まれている
リスナーからの3つ目の相談は「体罰やハラスメントをする教師は減っていくのか」。AIの回答は「体罰は不要・逆効果。今後も減る」というもので、二人もこれに同意します。
箕輪さんは少年サッカーで頭を叩かれた経験や、漢字テストができないとバットでお尻を叩かれた記憶を振り返ります。「嫌じゃなかったけど、今思うと絶対アウト」。けんすうさんは高校の同窓会で先生が「お前らの時がかなりやばかった。今はおとなしい」と語っていたエピソードを紹介しました。
しかし、話はここからより深い構造の問題に踏み込みます。けんすうさんが「教師にそこまで求めるな」という誰かの言葉を引用すると、箕輪さんも強く同意。教師の待遇が悪いなか、ハイスペック人材が教師にはなりにくい。なのに社会からの要求は高い。特に私立の中高一貫校では、親の方が学歴も年収も上であることが珍しくなく、生徒も将来「教師にはなりたくない」と思っている。
体罰がなくなるっていうのは、コミュニケーション能力とかスペックで序列をつけようってことじゃん。だから逆転現象が起こるよね
箕輪さんの指摘は鋭いものでした。「ハラスメントや体罰がなくなるのは良いことだが、"立場"による序列がなくなった結果、"能力"による序列がむき出しになる」。かつては「お前、生徒ごときが」と一喝すれば終わったものが、今はフラットな関係になった分、口が達者で将来有望な生徒の方がパワーを持つことすらある。学校の規律は守りにくくなるが、子供たちがおとなしくなっていることでかろうじてバランスが取れているのかもしれない、と二人は分析します。
さらに興味深いのは、箕輪さんの子供がフラッと学校を休む話。「風邪じゃなくて、前日夜遅かったから休む」。けんすうさんは「ちょっとした習い事と同じ感覚。でもその方が今の社会人生活から逆算すると現実に即しているかもしれない」とコメント。学校の絶対性が薄れた時代の空気を感じさせるやりとりでした。
体罰・ハラスメントの減少
SNSによる監視、社会意識の変化で教師の暴力は大幅に減った
「立場」による序列の消失
教師と生徒がフラットな関係に。「先生だから偉い」が通用しなくなった
「能力」による序列の台頭
コミュニケーション力・学歴・将来性で力関係が決まるように。ガチの下剋上が起こりうる
受験勉強──努力が裏切らない唯一のゲーム
話題は自然に「学校時代の勉強」へ。箕輪さんもけんすうさんも、高校時代は全く勉強せず浪人しています。箕輪さんに至っては「日大すら一問もわからなかった。何を問われているかがわからなかった」という衝撃の告白。
ところが浪人生活が始まると、箕輪さんは初日からガチで取り組みます。一番前の席に座り、誰とも友達を作らず、一年間ひたすら勉強。行きと帰りの電車で授業の録音を聞き、暗唱できるレベルに。あまりの武士のような風貌と姿勢に、周囲から「武蔵」と呼ばれていたそうです。結果、早稲田大学に合格。
もう一瞬で勉強好きになって。誰とも仲良くせず一年間やってたら「武蔵」って呼ばれてた
ここで箕輪さんが語ったのが「受験は裏切らない」という持論です。スポーツなら死ぬほど練習しても試合前日に怪我をすることがある。社会人なら顔やコミュニケーション力で不合理に落とされることがある。でも受験は論理的な仕組みで、しかも複数受けられる。「努力がほぼ報われる」。
AO入試は「総合格闘技」
一方で、箕輪さんが今携わっているAO入試学力試験だけでなく、面接・小論文・活動実績などを総合的に評価する入試方式。特に慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)のAO入試は競争が激しいことで知られる。の塾では、驚くべき光景が広がっているといいます。SFC慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパスの略称。総合政策学部と環境情報学部が設置されており、AO入試の導入が早かったことでも知られる。を受ける高校生が「落合陽一みたいなことを、ちゃんと自分の言葉でわかって喋っている」。友達は全員起業済み。しかも優秀すぎると「大学に来る必要がない」という理由で逆に落とされることもあるそうです。
同じスタートラインから努力で下剋上を起こせる。平等でフェア。一定の論理的思考があれば誰でも勝負可能
経験値・人脈・起業実績など「総合格闘技」。環境やガチャの要素も大きく、努力だけでは突破しにくい
箕輪さんは「普通のペーパーテストが一番努力で下剋上を起こせる」「平等でフェア」と結論。けんすうさんも「じゃあ、体罰は減るが受験の勉強を頑張るといいよって話ですね」と軽やかにまとめました。
まとめ
静かな退職という現象をきっかけに、「環境によって努力のリターンは大きく違う」という現実が赤裸々に語られた回でした。しかし二人が最終的にたどり着いたのは、「現実を知った上でも、頑張れと言い続ける方がいい」という結論。なぜなら、肯定は誰も救わないが、挑戦は少なくとも可能性をゼロにしないから。そして受験勉強という「努力がほぼ裏切らないゲーム」がある以上、まずはそこで「報われる」体験を積むことに価値がある──。箕輪さんが番組中にリアルタイムで考えを変えていく様子も含めて、キャリアや教育について改めて考えさせられるエピソードです。
- 静かな退職は「自分の意思でやっているかどうか」が分岐点。無意識の逃げなら損をする可能性が高い
- 努力のリターンは環境によって大きく異なる。レバレッジがかかる仕事とかからない仕事では、同じ努力量でも結果が全く違う
- それでも「頑張れ」と言い続ける方が社会全体ではプラス。現実を肯定するだけでは誰も救えない
- コンサルの価値はピンキリ。定型的な知的作業はAIに代替されつつあるが、トップクラスの「問題発見力」は人間にしかできない
- 体罰は減ったが、「立場」の序列がなくなった分、「能力」による序列がむき出しになるという新たな問題が生じている
- 受験勉強は「努力がほぼ裏切らない」唯一のゲーム。社会人になる前に「報われる」成功体験を得る意味で価値がある
