人間エネルギーカードは不幸を呼ぶのか
最初の相談は、アンナさんからのちょっと変わった質問でした。人間エネルギーカードが不幸を呼ぶのは、スピリチュアルではなく脳機能的に理由がある、という説です。
贈り物は本人が認めた価値を他者に託す行為であり、返報の期待も脳で自動発生する。しかし遊び半分で価値を認めていないカードを渡すと、本能と行動が乖離して認知的不協和を起こす、という内容でした。
AIの結論は、心理的メカニズムの分析としては鋭いが、不幸を呼ぶという因果関係は論理の飛躍である、というものでした。
なんだったんだよ、全部。アンナさんもご神託も何を言ってんだよ。
箕輪さんは、要はノリでお守り的なものを作って渡してはいけない、という話だと受け止めます。ただ、自分は最初は本気でやっていたと補足しました。
本当に意味があると思って最初は渡してたんだけど、渡す人渡す人なんか問題起きるから、あれ違うのかなって思ったんだよ。
けんすうさんは、人間こそエネルギーの元であるという発想自体は正しいと考えていると話します。いい人と出会うと元気になる感覚は、確かにある、というわけです。
箕輪が認定するエネルギーカード構想
話は「誰のエネルギーカードを出すか」へ広がります。箕輪さんは、地方の社長が自由に作るのではなく、自分がエネルギーを認定する側に回るというアイデアを思いつきました。
俺がエネルギー認定する。この人のエネルギーはいい。本を出させてくださいって口説くかのように、あなたのエネルギーカード出させてください。
二人は「会うと元気になる人」を探しますが、なかなか名前が出てきません。西野さんやSBIの北尾さんが候補に挙がります。
陰のエネルギーばっかだな。
さらに孫さんやイーロン・マスクのエネルギーカードも欲しい、という話に発展します。けんすうさんは、それなら本を出せばいいのでは、と素朴な疑問を投げます。
持ち運ぶの重いじゃないですか。そこのカードに本に書くようなことは入れときますわ。手に持ってもらったら無意識的にインストールできるようにしときます。
箕輪さんは、難しいYouTubeを聞きながら寝てしまっても、若干は血肉になっているのではないか、という睡眠学習のような感覚を語ります。
匿名SNSは喧嘩するしかない?
次の相談は、SNSは匿名でやるべきか、実名で顔出しすべきか、という質問です。AIの結論は実名顔出しでやるべき、でした。
箕輪さんは、以前炎上した際に「水風呂くん」という匿名キャラを作った経験を明かします。ここで匿名アカウントの気持ちが実感できたと言います。
全く誰にも言わないで最初やってたら、本当にフォロワーって増えないのね。だから匿名のやつの気持ちがすごいその時分かって、悪口言うしかないんですよ。
箕輪さんは、明石さんの会食写真などにあらゆる人に絡み続けましたが、それでも無視され続けたと振り返ります。
許せもっともっと絶対に反応させてやろうみたいな、すごい気持ちが分かった。
結局、自分やホリエモンの顔を上げ始めて「これ箕輪さんじゃね?」と気づかれてから、ようやくフォロワーが増えたそうです。実名の力の大きさがうかがえます。
けんすうさんは、はてな匿名ダイアリーで注目を集めた経験を挙げつつ、今からSNSを匿名で伸ばすなら喧嘩するしかないのでは、と話します。
レイジベイトって言うらしいんですけど、今年を象徴する言葉としてオックスフォード大学出版局が設定した単語で、怒りをやる方がすごく効率的だっていうのがもう分かってて、去年から比べてものすごい増えてるらしいんですよね。
熱量の時代へ、悪口では伸びない
二人は、今のSNSでどう伸ばすかを掘り下げます。けんすうさんが語ってきたインフォメーション・オピニオン・ダイアリーという伸ばし方も、状況が変わってきていると箕輪さんは指摘します。
今このナウ、2025年12月でいうと、そのインフォメーションの部分の特異性が作りにくいよね。
役立つ情報はChatGPTで誰でも出せるようになったため、情報での差別化が難しくなったという見立てです。
代わりに強いのは熱量だと二人は話します。けんすうさんは、狭い分野を熱量高く書く人が伸びている例を挙げました。
本当に好き、一点本当に好きっていう、できるだけ狭いとこの好きを貫いて、それが日本一だとか業界一とかだったら見てくれるんだろうな。
さらに、悪口やリプライでの攻撃も、通報やブロックで表示されにくくなっており、以前ほど伸びなくなっていると指摘されます。
アクティビストは社会に必要か、罪と罰のバランス
最後の相談は、田端信太郎さんのように特定の個人や企業へズバズバ切り込む発言が社会にとって良いことか、という質問でした。AIの結論は、功罪半ばするが総合的には社会に必要な存在である、でした。
箕輪さんは、やられた側の痛みはやっている側にはわからない、と切り出します。かつて編集者として週刊誌的な文化を擁護していた自分が、いざやられると考えが変わった経験を語ります。
社会っていうのはスキャンダルとか個人の失敗込みで面白いものなんだから、週刊誌的な文化がなくなったらつまんねーよとかよく言ってたの。でもいざやられると知らんがなと。
田端さんの主張にも一定の筋は通っているとしつつ、普通の人がいきなり壇上に上げられ、個人情報や過去の写真が出るのは本当に痛い、と箕輪さんは訴えます。
田端さんは強いし、やられてもいいと思ってるからへっちゃらかもしれないけど、はっきり言ってその痛みを分かってないっていうか、本当に痛いんだと思うんですよ、やられた側は。
さらに、誹謗中傷の量が一定以上を超えると人は病み、最悪自殺してしまう、というけんすうさんの言葉を引きながら、そこまでしてやるべきことなのかと世に問いたいと話します。
二人は、罪と罰のバランスは今後変わっていくだろうと予想します。ハラスメントの基準が厳しくなったように、SNSでの誹謗中傷も是正されるべきだという見方です。
SNSでの誹謗中傷とか死ねとか、そういうのも今なんかしょうがない、そういう場所だよねっていうのはさすがにスラムすぎるから是正するべきだと思うんだよね。
けんすうさんは、昔は武士に斬られて死ぬこともあったと言われても絶対に嫌なのと同じで、今の攻撃も十年後、二十年後に問い直される可能性があると話します。
箕輪さんは、田端さんや自分も含めてキャンセルカルチャーの対象になりうると認めつつ、自分は一人を晒し上げて攻撃したことはない、と補足しました。
最後に、個人、しかも社長でもない人を攻撃するのはおかしいと田端さんに直接伝えたところ、最近のインタビューでは線引きをするようになった、と変化を紹介します。
一個人に、しかも社長とかじゃない人にやるのはおかしいよって僕は田端さんに一回言って、最近インタビュー読んだら、そこの線引きはするようにしてますって。変わってよかった。
まとめ
今回は、人間エネルギーカードの是非から始まり、匿名か実名かというSNSの伸ばし方、そしてアクティビストの功罪と誹謗中傷の罪と罰まで、二人が具体例を交えて語り合う回でした。
- 匿名でSNSを伸ばすのは難しく、実名の力や喧嘩に頼りがちになる
- 役立つ情報での差別化は難しくなり、狭い分野の熱量が武器になる
- やられた側の痛みはやる側にはわかりにくく、誹謗中傷の量が人を壊す
- 個人への攻撃は罪と罰のバランスが崩れやすく、今後是正されていくと二人は考える
- キャンセルカルチャーは誰にでも来うるものとして意識されている
