指先まで動くロボットと、消える「安全地帯」
話の発端は、指先まで繊細に動くロボットの登場でした。GoogleのDeepMindが「Gemini Robotics 2」を出したと紹介されています。
カセットテープをデッキに入れてボタンを押したり、ジップロックを閉めたりと、かなり繊細な動きができるようになっているといいます。
ジップロック閉めるはできないからね、五歳児とか。子供、できないもんね。
これまでは、AIは知的労働を奪っても、フィジカルな仕事は安全地帯だと考える人もいました。配管工などのブルーカラーが最強だという議論も、少し前にはあったと振り返られています。
ただ、二人はもともとその見方に懐疑的でした。物理的な仕事なら安泰、とは考えていなかったといいます。
多くの人がフィジカルな仕事したいって言ったら、結局供給過多になって、価値が下がるわけなので、仕事を確保したことにはならないんじゃないですか。
物のほうがお金より多くなる、という話
そこで話題に上ったのが、イーロン・マスクの投稿です。紙幣が紙くずになるという他人の投稿への返信でした。
マスクは「AIとロボットによる商品とサービスの生産は、通貨供給の成長をはるかに上回るだろう」と述べていると紹介されています。
これまでの経済学では、お金がある前提でサービスや商品が作られてきました。車を一台作るにも、資材やマンパワー、工場という大きなコストが必要だったからです。
ところがデジタル化で、コピーするだけの限界コストが下がり、供給量が急増しました。そこにAIとロボットが加わると、その流れがさらに進むと考えられています。
AIと物理的世界にも影響を及ぼすロボットが無限にサービスとグッズを作ってしまったら、お金の供給量以上に人々が欲しいものがありふれる。だって物のほうがお金より多いから。
従来
物やサービスを作るには資材・人手・設備などのコストが必要だった
デジタル化
コピーの限界コストが下がり、供給量が急増した
AI・ロボット
製造もサービス運用もロボットが担い、労力がほぼ不要になる
結果
物のほうがお金より多くなり、お金の価値が実質的になくなる
リチャードは、この感覚を身近な例で言い換えます。誰かに百円あげてアイスを買ってきてもらう、という関係が成り立たなくなるイメージです。
アイスが落ちてたよみたいな。
待機しているロボットが、原価がかからないまま無限にアイスを供給する。だから道端にアイスが落ちているような感覚だ、と表現されています。移動も、無料の自動運転車が溢れる世界として語られました。
『タイタン』が描いた買い物のない未来
リチャードは、この話が小説『タイタン』の世界と重なると気づきます。百年から二百年後を舞台に、AIが全ての労働を担う世界を描いた作品です。
その世界では買い物という概念がありません。コレクトセンターでパンフレットを見て、欲しいと思えばその場でもらえる。経済活動が存在せず、人間は楽しいことをするだけのユートピアとして描かれています。
それです。そういうことです。SFってすごいね。あるいは人間が想像したことは実現しちゃうんだなっていう。
話は映画にも及びます。リチャードは家族でスパイダーマンの最新作を見て、主人公のAIアシスタントに現実味を感じたといいます。
十五年前にアイアンマンのJ.A.R.V.I.S.を見たときはSFだと思っていた。それが今は、AIへのフィードバックの仕方として実感を持って見えたと語られます。
なるほど、AIにはこうやってフィードバックすればいいんだなと思ったわけ。もう憧れの未来じゃなくて、あ、俺のコードこういう風にしなきゃみたいな。
お金や資産を残すという発想が崩れる
この変化のスピードを、かがやきは自身の体験で語ります。朝起きると、AIがウェブサイトの作り直しだけでなく、ポッドキャストのアップロードまで済ませていたといいます。
半年前は遅く不正確だったブラウザ操作が、今は速く正確になった。学習させていないUIでも操作できると驚いています。
半年前ブラウザ操作なんて超遅くて、結構性能も低かった。そしたら今ブラウザ操作も結構速いし、正確。全然学習させてないUIとかを見せても超正確。ほんの半年で。
このスピードで進むなら、十年後に子どもへお金や資産を残すという発想そのものが揺らぐ、と話されます。冒頭のマスクの言葉のように、お金が紙くずに近づくからです。
十年後に自分の子供たちにお金とか資産を残すという、その思想、発想は、お金がほぼ紙くずになるみたいな話がマジで現実化する。となると、マジで何残そうかなっていうのは考えた方がいいだろうね。
そこから、キャリアの意味も問い直されます。キャリアとは何のためだったのか、という問いです。
何のためにキャリア積んでたんだっけって話。要は金を稼ぐためじゃん、キャリア。
リチャードは、熟達すれば市場価値と給料が上がると信じてきたと振り返ります。しかしホワイトカラーの仕事をAIがこなす世界では、経済合理性だけで見れば企業は人を減らす方向に向かうと指摘します。
働きたい人がお金を払う会社
一方で、逆に人をたくさん雇えることが企業の美徳になる可能性も語られます。AIを活用しつつリストラをしない会社は、ソーシャルグッドとして映るかもしれないという見立てです。
さらにかがやきは、構図そのものが逆転すると言います。お金の価値がなくなれば、企業が給料を払って人に働いてもらう関係は成り立たなくなるからです。
働きたい人がお金を払って企業で働くっていう構図になるよね。目的と意義があるビジョンがある会社楽しい、お金払いますみたいな。
リチャードはこれを、入場料を払って働くキッザニアやオンラインサロンにたとえます。労働がやりがいの対象になる世界です。
二人は、こうした話はホリエモンやオタキングが十年以上前から語っていたと確認します。ただ、実感が伴わないと概念は入ってこない、というのがリチャードの正直な感想でした。
コンセプトの話ってさ、実感伴わないと入ってこないねって。僕の感想です。
社会心理をどう育てるか
かがやきは、最近の興味が集団心理や社会学に向かっていると話します。どれだけ人の本質を理解しても、社会心理は時代によって変わるからです。
その社会心理をどう変えていくかとか、どういうふうに物事を進めたらいいような社会心理になるかみたいな。そういうのが最近ちょっと興味ありますね。
リチャードは、自分は一般人だと語ります。かがやきが投げかけることを、その場では「理解はするが納得はしない」まま受け取り、後から世の中の変化を見て納得していく。その繰り返しを二年半体験してきたといいます。
だからこそ、未来を先に見る人と一般の人をつなぐことに意味があると考えます。人が動くには、まず自分たちが動く必要があると実感してきたと語られました。
かがやきは、瞑想修行の頃は「みんな悟ればいい」と考えていたと振り返ります。今は発想が変わったといいます。
突然ピッといくんじゃなくて、ちょっとずつちょっとずつ現実から、こう統合していくような。
その関心と重なる本として、日本がなぜ戦争への道を歩んだのかを扱う書籍を読み始めたと紹介されます。戦前、伊勢神宮への参拝ツアーに大勢が参加するような集団心理が、政府だけでなく民間も一体となって作られていったという内容です。
肉声を残すことと、三千万年残る石
話は「残すこと」に戻ります。リチャードは、自分が何を考えているかを一生懸命語り、それが振り返れる形で残ることに価値があると話します。
たとえば父親の三十九歳の肉声を一時間分残した音源は、おそらく存在しない。三十年前は手軽に残す手段がなかったからです。
やってなかったら残ってないんだもん。俺の父ちゃんの三十九歳の時の肉声の一時間のトークの音源とか、多分残ってない。
今はスマホで音源を録り、クラウドに保存できます。ただ、かがやきは保存性では石に敵わないと指摘します。観光で見た三千万年前の石が、その象徴でした。
残るのよ、石は三千万年。でも多分クラウドに残したそれは残ってるかわからない、三千万年。
肉声や映像はデジタルでしか残せません。ここで、デジタルでないと残せないという逆転が起きているとリチャードは気づきます。何にロマンを感じるかによって、残し方の答えも変わりそうです。
さらに二人は、自分たちが労働する時代から労働しない時代への転換点にいると語ります。変化はグラデーションで、当事者は気づきにくいという実感も共有されました。
時代の転換点とか変化ってグラデーションだから、人は気づかないだろうなと思った。今じゃ考えられないような感覚が民衆が持ってたっていう。
まとめ
指先まで動くロボットの登場から、お金の価値が崩れる未来、キャリアや相続の意味、そして残すべきものへと話が広がりました。変化はゆるやかなグラデーションで進むからこそ、今考えておく意味があるという回でした。
- AIとロボットが物とサービスを無限に生めば、物のほうがお金より多くなり、お金の価値が実質的に下がる可能性がある
- その世界では、資産やお金を子どもに残すという発想や、金を稼ぐためのキャリアという前提が揺らぐ
- 企業と労働者の構図が逆転し、働きたい人がお金を払って働くような形もあり得ると語られた
- 変化はグラデーションで進み当事者は気づきにくいため、社会心理をどう育てるかが鍵になる
- 肉声はデジタルでしか残せない一方、石は三千万年残る。何を、どう残すのかは残し方から問い直せる
