📝 エピソード概要
ドラマ版『三体』の感想を入り口に、人間が陥りがちな「派閥」の構造を考察します。80年代の日本を二分した「聖子派」と「明菜派」がいかに決定的な分断であったか、制作陣の顔ぶれから紐解きます。特に中森明菜のアルバム『Crimson』に見るセルフプロデュース能力や、彼女を「降臨」と呼んで待ち望むファンの宗教的な心理に迫る、年末恒例のディーバ(歌姫)解説回です。
🎯 主要なトピック
- ドラマ『三体』と派閥の構造: ドラマ内の対立を例に、人間が何かを成す際に必ず「救済派」や「降臨派」といった宗教的・運動家的な派閥に分かれる習性を論じます。
- 聖子派と明菜派の決定的な分断: 80年代、松田聖子と中森明菜の背後には異なるクリエイター陣が控え、細野晴臣氏などの例外を除き、両陣営が交わることはほぼなかった特異な状況を解説します。
- アルバム『Crimson』の革新性: 当時21歳の中森明菜が、シングル曲を入れずに「働く大人の女性」をテーマにセルフプロデュースした実験的なアルバムの価値を再評価します。
- 工藤静香と中島みゆきの関係性: 工藤静香を「堅実な中森明菜」と定義し、中島みゆきとの師弟関係や、明菜に楽曲提供が行われなかった「歴史のif」を考察します。
- 山下達郎による「駅」評価の変遷: 竹内まりや氏が提供した名曲「駅」を巡り、かつて批判的だった山下達郎氏が後年に評価を訂正したという知られざるエピソードを紹介します。
💡 キーポイント
- 中森明菜のセルフプロデュース能力: 若くして自身の童顔と大人びた歌声のギャップを意識し、楽曲提供者選びから関与していた彼女のアーティストとしての早熟さを指摘しています。
- 神話としての80年代歌謡界: 常に太陽のように照る松田聖子と、魔力が強すぎて夜に生きるしかない中森明菜。それぞれの陣営に「神々(一流作家)」がいた、現代では再現不可能な黄金時代を振り返ります。
- 「降臨」を待つファンの宗教的心理: 不遇の時期や沈黙が続いてもなお、彼女の復活を待つファンにとって、明菜はもはや歌手を超えた「キリスト教的・グノーシス派(古代の宗教思想の一つ)的な降臨」を期待させる存在になっています。
