小説家向けの辞典を、なぜ人生に効く一冊として読むのか
この回で紹介されるのは『トラウマ類語辞典』です。アンジェラ・アッカーマンさんとベッカ・パグリッシさんによる本で、フィルムアート社から出ています。
もともとは小説家向けの創作支援の辞典です。物語のキャラクターが抱える心の傷、つまりトラウマを言語化するためのものだと説明されています。
池田さんがこの本を手に取ったのは4、5年前のこと。しばらく開いていませんでしたが、次の本を書くにあたり、自分の本当のトラウマに行き着いた感覚があり、それを言葉にするヒントとして読み直したと話されています。
手に取ったきっかけは、記憶では弁護士で小説家の新川帆立さんが情熱大陸で紹介していた本だといいます。ただし記憶違いの可能性もあると断りを入れています。
辞典と言いながら、最初の5分の1ほどは理論の解説にあてられていて、その部分がとても面白いとのこと。読み始めると「これ私のことじゃないか」と感じる箇所があると話されています。
報告と相談をごっちゃにしていた20代の話
本題の前に、池田さんは自身の昔話を挟みます。20代の頃、仕事が絶望的にできなかったといいます。
その時に上司から言われたのが、報告と連絡と相談をごっちゃにするな、正しく言葉を使え、辞書を読め、ということでした。実際に辞書を引きながら言葉の意味を考えて仕事をしていた時期があったそうです。
報告ですって言いながら、頭が整理されていなくて、決まってないとか、わからないとか、その上司に聞きたいことをぐちゃぐちゃっとまとめて、ごにょごにょっと相談してたんですよね
聞く側からすると、結論がわからないまま、何をすればいいのかもわからないまま話を聞かされるのは大きなストレスです。池田さんはここで、正しい言葉を使うことの大切さを叩き込まれたと振り返ります。
報告と相談の違いは、以前の著書『仕事を任される人になる5つのルール』でも紹介したといいます。
もう決まったことを伝える
まだ決まっていないことを伝える
中身と言葉がずれていると、相手は混乱してしまいます。同じ言葉でも、中身が別だと相手は混乱するという指摘は、このあとのトラウマの話にもつながっていきます。
怖いのはトラウマではなく「間違った結論」
本に戻ります。冒頭には、次のような一文があると紹介されました。小学生の頃、科学の自由研究で3等賞を取った子どもが、母親に抱きしめて褒めてもらえると期待して帰宅する場面です。
ところが母親はリボンには目もくれず、「もっと上を狙えたはずだ」と言った、という一文です。
これはドラマチックな大事件ではありません。けれど、こうした小さなトゲのような傷は誰にでもあります。
この辞典のすごいところは、殺人を目撃したような大きなトラウマだけでなく、こうした小さな心の傷まで扱っている点だと池田さんは話します。
そのうえで、この回で一番伝えたい視点が示されます。怖いのはトラウマではなく、間違った結論のほうだという気づきです。
3等賞の例でいえば、傷になるのは「褒めてもらえなかった」という出来事だけではありません。そこから子どもが勝手に結論を引き出してしまうことが問題だといいます。
「私はいつもこうだ」「どうせ頑張っても褒められない」「大切に扱われない」「頑張っても意味がない」。こうした自動思考が、小さな傷をきっかけに人生でずっと再生され続けてしまうのです。
本ではこの間違った結論を「偽り」と呼び、次のように書かれていると紹介されました。偽りは一旦形成されると、有害な細菌のように自己増殖し始める、という一節です。
たった一つの出来事、たった一言でも、放っておくと世界のすべてがそうだと思い込んでしまう。だからこそ怖いと池田さんは言います。
心の壁は、守っているようで自分を閉じ込める
人は傷つかないように心の壁を作ります。「もうこれ以上傷つけられたくない」という思いから築かれる壁です。
本では、心の壁は性格的欠陥や自己抑制的な態度、歪んだ信念、問題行為がないまぜになってできていると描写されています。脅威となる人を遮断するために、自分から取り入れてきたものだといいます。
池田さんは、自分にも大いに心当たりがあると語ります。見くびられたり下に見られたりすると、いつもカーッとなってしまうのだそうです。
取引先にすごく失礼な態度を取られると、いつも自動思考で、私はいつも見くびられる存在だとか、ふざけんなこの野郎みたいな感じで怒りが沸々と湧いてきて、冷ますのがめちゃくちゃ大変なんですよね
ところが事実だけを家族に話してみると、相手は見くびっているわけではない場合も多いといいます。過去にやられた嫌な思い出が、相手の何気ない言葉でスイッチが入り、「またこれだ」と自動思考が働いてしまうのです。
そして傷つく前に相手を攻撃しようとして、怒りが噴き出す。池田さんは、この壁を単純に悪だとは言いません。自分の柔らかいところを守ろうとして築かれた、すごいものだと捉えています。
だからこそ厄介でもあります。誰かに押し付けられたのではなく、自分で築いた高い壁だからです。
本では、心の壁は防波壁のようでいて、実は自分を恐怖の殻に閉じ込めていると書かれています。殻の中は暗く、恐れの対象だけが光に照らされ、心の傷は絶えず疼き続けるといいます。
自分を守る防護壁のつもり
恐怖の殻となり、行動や選択が毎回その恐怖に左右される
さらに本では、満ち足りた気持ちからではなく恐怖に突き動かされて行動するキャラクターは、あらゆる問題を抱えると指摘されています。親しい人とうまく関係が築けず、人生が望んだものと違うという不満が絶えなくなる、というのです。
物語のキャラクターの話として書かれていても、自分の行動の動機そのものだと感じてしまう。池田さんはそう受け止めています。
書くことで、トラウマの意味をひっくり返す
では、どうすればこれが解決するのか。池田さんの答えは「書くこと」です。
書くという行為は、トラウマを一つずつ見つめながら、その意味を一つずつひっくり返していく行為だといいます。出来事は消せません。けれど、そこから引き出した結論は書き換えられます。
私はいつもこうだの「いつも」は本当にいつもだったのか書いて、なんで?これってどっから来たの?みたいな感じで、自分に問いかけてみるんですよね
この「なぜ」の部分にこそ、自分らしさの源流があるのではないかと池田さんは考えています。
尊敬しているという福島県いわき市の中山歯科矯正医院の中山興一先生の言葉も紹介されました。トラウマは宝の山という言葉です。
自分を守ろうとして建ててきた壁の正体を知ることができれば、あとはその壁を一つずつ理解して崩していけばいい、というわけです。
冒頭の20代の話がここでつながります。辞書を引け、正しい言葉を使えと言われたのは仕事のスキルの話でしたが、今の池田さんはこう捉え直しています。
報告と言いながら相談していた過去の自分は、自分の状況を正しい言葉にできていませんでした。同じように、心のざわつきに間違った名前を貼ったままだと、心も間違って処理され続けてしまいます。
感情に正確な名前を付けられたとき、初めて間違った結論から自由になれる。だからこの辞典は、小説家だけのものではなく、自分の心の癖を知るためにも役立つ本だと池田さんは話します。
朝の10分でできる、2ステップの自己対話ワーク
最後に、朝の問いかけとしてワークが紹介されます。本の気づきを自分に引き寄せて考えるためのもので、今回は2ステップです。
1つ目は、最近心がざわついた小さな出来事を一つだけ書き出すこと。大事件でなくてよく、3等賞のリボンのような小さなことでかまいません。そのとき自分が出した結論、たとえば「私はいつもこうだ」も一緒に書きます。
2つ目は、その結論に他の解釈の余地がないかを問い返すこと。事実と結論は繰り返しの思考で直結してしまうので、間に別の選択肢がないか、少し冷静になって考えてみる、という手順です。
池田さんは、朝のノートの時間を自分が自分の味方になるための時間と位置づけています。トラウマは消せなくても、そこから引いた結論は書き換えられる、というのがこの回の芯です。
なお、本には冒頭に注意書きがあり、心が穏やかなときに読むよう促されているといいます。過失致死や破産宣告、服役、落第、いじめ、貧困、差別など、ヘビーな項目も並ぶためです。
状況ごとに、キャラクターに生じる思い込みや抱く不安、それを克服した先の姿までが箇条書きで整理されています。直接的に結びつけすぎるのは避けつつ、人を知る手がかりとしてとても面白い辞書だと締めくくられました。
まとめ
この回は『トラウマ類語辞典』を手がかりに、トラウマそのものより、そこから引き出した「間違った結論」が人生を縛るという視点を掘り下げました。出来事は消せなくても、結論は書くことで書き換えられる、という点が中心です。
- 怖いのはトラウマそのものより、そこから勝手に引き出した「間違った結論(偽り)」で、それは自己増殖して世界の見方を決めつけてしまう
- 心の壁は自分を守るために築いたものだが、いつのまにか恐怖の殻となり、行動や選択が恐怖に左右されるようになる
- 正しい言葉を使うことは、自分の心を正しく扱う技術であり、感情に正確な名前を付けた瞬間から間違った結論から自由になれる
- 朝のワークは2ステップ。ざわついた小さな出来事と自分の結論を書き出し、その結論に他の解釈の余地がないか問い返す
- 『トラウマ類語辞典』は小説家向けだが、自分の心の癖を知る手がかりとしても読める。ただしヘビーな項目もあるため心が穏やかなときに






