「赤レンジャーをやりたい」が起業の腹決めに
福島さんは、起業を決めた理由の一つとして「一回、赤レンジャーをやりたい」という思いを挙げています。ラグビー部では副キャプテンで、「副」の立場が多かったといいます。
中学ではサッカー部のキャプテンを務めましたが、試合で12対0で負けたことがあり、福島さんはこの経験を「人生でもだいぶ挫折」と振り返っています。ホストは「弱いチームのキャプテンだった」とからかいながら話を聞いていました。
福島さんは、その思いを共同創業者のホマさんに腹を割って伝えました。バックパッカーズジャパンに加わる形は考えにくく、退路を断って新しい会社を立ち上げ、自分が社長をやりたいという内容です。
ホマさんの返事は「いいよ、全然そのつもりなんだけど」というあっさりしたものでした。福島さんとホマさんは、そこから一緒にやろうと決めたといいます。
1年弱の理念探しと、コロナ禍で固まったブランド
起業を決めたあと、福島さんとホマさんが最初に取り組んだのは理念探しでした。「人と自然をつなげる」というテーマはすでにありましたが、それにどう向き合うかを掘り下げる作業に1年弱をかけています。
ホマさんがもともとホテル事業を手がけていたため、新会社でも自然の中にホテルを作る流れが半ば既定路線として進んでいました。ただ福島さんは、社会を変えるインパクトを考えると、ホテルを1つずつ作るのでは時間がかかりすぎると悩んでいたといいます。
その議論の中から「Live with Nature(自然と共に生きる)」という言葉が生まれ、SANUという社名とブランド名が決まりました。同じ時期に新型コロナウイルスの流行が深刻化し、緊急事態宣言が出るような状況になっていきます。
創業までの流れを時系列で整理すると、次のようになります。
「森や海に定額で行けたら」が降ってきた瞬間
福島さんは、事業アイデアを出してはホマさんに壁打ちする日々を続けていました。転機になったのは、コロナ禍で時間があった時期に、Airbnbで貸別荘を借りて泊まりに行った体験です。
福島さんは自然の中でZOOM会議をして、終わった瞬間に「気持ちいいね、自由だね」と感じたといいます。そこで「これ、定額とかありじゃね?」と思い、森や海に定額で行けたらいいのではとホマさんにメッセンジャーで送りました。
ホマさんの反応は「めちゃくちゃいいと思う」と非常に良く、福島さんは「ようやく見つけたのか」と感じたそうです。そこから練り上げたのがSANU 2nd Homeという事業です。ホストはこれを、頭で考え続けながら実際の体験の中でアイデアがふっと落ちてきたものだと受け止めています。
既存の空き家や別荘を使わず、建物を新設した理由について、福島さんはまず、ホマさんが空間を作る人だという思想面を挙げています。そのうえで、日本の自然の立地にはリノベーションの対象になりうる良い建築が少ないという事情も語りました。
海外スタートアップに多く、スピードも早いが、日本の自然立地には対象になる良い建築・別荘が少ない
行きたい空間をしっかりデザインして作れる。空間を作るホマさんの思想にも合う
リピートされるのは「飯か温泉」だけなのか?
ホストは、福島さんと居酒屋で飲んでいた際に、ある大手デベロッパーの幹部から「リピートするのはご飯か温泉だけだよ」と言われたエピソードを紹介しました。その人はSANUにはそれがないと指摘していたといいます。
ホストは、SANUが空間を作り切り、良い自然を選ぶことで、温泉に入るくらい気持ちいい体験を品質を保証して提供しているのではないか、と自分なりに解釈しています。
さらにホストは、八ヶ岳に一緒に行った際に「地方の若者がデートで使うようになったらスケールする」と話したことに触れました。地方の人も自然はあるのに行っておらず、デートはイオンになりがちだという見方です。
ホストは、モテの記憶は人に強く残るものであり、火起こしができることがかっこいいという価値観が幼少期にあれば、大人になってもそう動くと考えています。大人になってからスキーを始めるのが難しいように、遊びは子どもの頃に触れておくことが大事だという話に、福島さんも「わかるわかる」と共感していました。
ホストは、お金を稼いだ経営者が狩猟でジビエを獲りに行ったり釣りをしたりすることにも触れ、それは究極のエンターテインメントであり、自慢できるものだと話しています。一方で、特に都会の人は自然から遠くなってしまっているとも指摘しました。
「先祖はアイヌだと思う」という見立て
対談の終盤、ホストは福島さんについて1つディスカッションしたいと切り出しました。表現としてよくないかもしれないと前置きしたうえで、福島さんは「先祖はアイヌだと思う」「野生に帰りたい人だ」と伝えています。
ホストの見立てでは、福島さんが要点を押さえた表現を得意とするのは、見られている意識からではありません。大自然の中では勘所を押さえない動きをすると死んでしまうため、そうした感覚が幼少期の体験や血の中に入っているのではないか、という解釈です。
ラグビーの話で福島さんが感情的になれたのも、山遊びをしていた幼少期のような野生的な姿に戻れたからではないか、とホストは考えています。進学校で身につけたエリート的な面は、その上に被った「皮」だというのです。
ホストはさらに、ビジネスの世界、特にコンサルは身体感覚の少ないゲームで、福島さんには身体で捉えられず掴みにくかったのではないかと推測しました。ヨルダンや釜石のような東京以外のアウェイな環境に行くことで、野生のスイッチが入り、覚醒したのではないかと語っています。
遺伝子のスイッチと、スポーツの語源
ホストは、サッカー元日本代表監督の岡田武史 ── 元サッカー日本代表監督。1998年と2010年のワールドカップで日本代表を率いた指導者として知られていますさんから聞いた話を紹介しました。岡田さんは学生を山に連れて行き、途中で姿を消して放置する野生教育のようなことをしていたといいます。
岡田さんによれば、放置されて「やばい」と感じた瞬間に遺伝子にスイッチが入り、学生はそこから本当の意味で、どこで寝るべきか、どうすべきかを考え始めるのだそうです。
岡田さんが好きな言葉として語っていたのが、スポーツの語源です。近代スポーツは18世紀ごろのイギリスで生まれ、当時の中流階級の仕事だった船乗りは、階級社会に閉じ込められながらも、海に出れば自由になれる存在でした。
ただし、天気予報もない時代の海は一歩間違えば死ぬ場所です。港を離れる「ディスポート」がスポーツの語源であり、リスクを取って前に出た時に得られる自由こそがスポーツなのだ、という話です。
階級社会
中流階級の船乗りは社会の中で閉じ込められている
港を離れる
ディスポート。天気予報もなく一歩間違えば死ぬ海へ出る
リスクテイク
行き先も自分で決めて進む
自由
広い海の中で自由になれる。これがスポーツの本質
岡田さんはこの考えから、ヨーロッパの選手はどこからでもシュートを狙うのに対し、日本は「体育」になってしまっていると語っていたそうです。ホストは、福島さんの自然とラグビーという2つのテーマも、こうした野生に帰れる瞬間を求める点でつながっているのではないかと話しました。福島さんは「母親もそうだったのかもな」と応じています。
都市で感情を爆発させるのは難しい
ホストは、福島さんには野生思考という強みがあると考えています。役割上バランスは求められるとしつつ、ニュージーランドに行くような身体的なインプットがある方が、より創造的になれるのではないかと勧めました。
福島さんは「都市で感情を爆発させるって本当に難しい行為だよね」と語り、それがうまくできている人を羨ましく思う瞬間があると明かしています。ホストは、怒っている人が羨ましく見えるのは、それが本来の自由な姿に見えるからではないかと返しました。
一方でホストは、感情がすべて生身で出てしまえば山奥で暮らすしかなくなるとも述べています。現代社会に覆われて鬱屈とし、ストレスがあるからこそ弾けられるという意味で、ストレスがある状態も大事だという見方です。
そのうえでホストは、SANUという事業に限らず、福島さんの人生の最終的な自己実現は「野生に返っていくこと」ではないかと伝えました。
母から受け継いだ野生と、悟空のような人
ホストが親のルーツを探ってみてほしいと話すと、福島さんは、母親がガールスカウトに参加し、自然の中で何も残さずにカレーを作るような経験をしていたことを思い出しました。福島さんは、岡田さんの言う「DNAに埋め込む」ような体験を、自分も思った以上にさせてもらっていたのかもしれないと振り返っています。
ホストは、福島さんがモテたのも野性的だったからではないかと話し、野性的な人は魅力的で、特に子どもほど本能的にそれを感じるのだと語りました。福島さんは「SANUも野性的なチームに育てていきたい」と応じ、自分がよく裸足になることもその一つかもしれないと話しています。
ホストは福島さんを「悟空みたいな感じ」とたとえました。サイヤ人の血が流れ、月を見たら変わってしまうけれど人間社会で暮らしている存在です。悟空が分け隔てなく優しいのは利己的でないからで、野性的だからこそ北風ではなく太陽になれる、という見方を示しています。
経営者が今、本を書くべき理由
ホストが「最終的に本を書きたい」という福島さんの発言について尋ねると、福島さんは、自分を表現する手段の中で書くことが一番心地よいと答えました。語ることや踊ること、何かを作ることよりも、書いている時に幸せを感じるといいます。
福島さんは以前のインタビューで、50〜60歳で引退したら物書きになって芥川賞を取ると話したところ、石田洋さんから「芥川賞を狙っている人は取れないよ」と言われたそうです。
ホストは、芥川賞にこだわらなくてよいとしたうえで、本は引退後ではなく今書いた方がいいと勧めました。ビル・ゲイツのシンクウィーク ── ビル・ゲイツが年に1〜2回、別荘などにこもって読書や思索に集中する期間。経営者の時間の使い方としてよく知られていますのように、5泊6日ほど山にこもって書けば、溜まったものを吐き出せて創造的になれるという考えです。
ホストは、社員が増えるほど溜め込む側になってしまうと指摘し、西武の堤清二 ── セゾングループを率いた経営者。辻井喬のペンネームで詩や小説を発表し、作家としても評価されましたさんが別名義で小説を書きながら経営をしていた例を挙げました。小説を書くことは、火を起こして飯を食べたりサーフィンをしたりするのと同じ行為で、呼吸のようなものだといいます。
50〜60歳で引退してから物書きになり、芥川賞を取る
今、短期間山にこもって書き、身体的なインプットと同じように吐き出す
最後にホストは、チーム全体を野性的にするのは難しいが、福島さんが野性的に動いていれば、周りもそれを見て解放されていくと語りました。福島さんは「頑張ります」と言いかけて「楽しんで書いてます」と言い直し、対談を締めくくっています。
まとめ
この後編では、SANU創業の経緯とアイデア誕生の瞬間から、福島弦さんの原動力が「野生に帰りたい」という身体的な欲求にあるのではないか、という対話へと展開しました。自然の中での体験が創造性を生むという考えは、事業にも福島さん個人の生き方にも通じています。
- SANUは1年弱の理念探しを経て「Live with Nature」を掲げ、自然の中で定額で過ごす体験からSANU 2nd Homeが生まれた
- 日本の自然立地には良い既存建築が少なく、空間を作る思想もあって新築を選んだ
- 岡田武史さんのスポーツの語源の話から、リスクを取って得る自由と「遺伝子のスイッチ」が語られた
- ホストは福島さんを野性的な人と見立て、身体的なインプットがある方が創造的になれると伝えた
- 本は引退後ではなく今書いた方がいい、という提案で対談は締めくくられた





