撤退すべきか迷う相談者へ、まず何を伝えるか
この回で扱うのは、自分の会社の中で立ち上げた新規事業がうまくいかず、撤退すべきか迷っているというリスナーからの相談です。
相談者は、資金も労力も注いだ分、失敗を認めるのが怖いと打ち明けています。それでも「この経験をどう意味付けるか」が大事だと自分に言い聞かせて乗り越えようとしているといいます。
資金も労力も注いだ分、失敗を認めるのがとても怖いのですが、この経験をどう意味付けるかが大事だと自分に言い聞かせています。家入さんと新平さんが事業を撤退したときに感じた痛みと、それをどう乗り越えたのかを聞きたいです。
高木さんは家入さんに、これまで事業をクローズした経験があるかを尋ねます。家入さんの答えは、そもそも事業は失敗するのが前提だというものでした。
めちゃめちゃあります、そんなの。だから基本失敗するって思ってますけどね、事業なんて。
エンジェルで100社以上投資もしてきましたし、いろんな起業家見てきましたけど、基本的に事業はうまくいかないです。
一方で高木さんは、失敗するものだと頭でわかっていても割り切れない部分があると指摘します。
人生の時間かけて、自分の人生かけていろんな人巻き込んでやって、まあ失敗するもんだよなっていうので、なかなか割り切れない部分あると思うんですけど。
関わった人への「ごめん」と、撤退を決める難しさ
家入さんはまず、事業をクローズするときに感じるのは、関わったみんなに対する申し訳なさだといいます。
関わったみんながやっぱり対して申し訳ないっていうのはあるよね。それは確かに、だから申し訳ないみたいな気持ちはすごいありますよ、そのクローズする時は。
高木さんは、実際に「ごめん」と言うのか、そしてそれで自分の気持ちが収まるわけではないのではないかと重ねて聞きます。
でも寝たら忘れるんでね。
高木さんが本当に難しいのは撤退を決めることそのものではないかと問うと、家入さんも同意します。撤退ラインを作ったりはするものの、決断は簡単ではないといいます。
一応撤退ラインとかね、作ったりするが。いやいや難しいですよ。
自分がいなくても回る会社を、と考える理由
高木さんが具体的な話を促すと、家入さんは会社を作るときに初日から自分の仕事を引き継いでいくことを重視していると語り始めます。その背景には、父親が働けなくなった経験がありました。
僕の親父が働けなくなった瞬間に、うちの家庭って崩壊したんですよ。自己破産して、借金が発覚して。
だからそれがやっぱすごい自分の中での反面教師になってるというか。一回立ち上げた会社をどう継続させていくかっていうのが僕の中で一つのテーマになっていて。
家入さんは、自分がいつ死んでも回るような仕組みにするために、初日から権限移譲を進めるといいます。この発想は、事業のクローズについての考え方にもつながっています。
今このタイミングでこの事業はクローズしないと、今後会社の存続に影響を与えてしまうみたいなところで、クローズしていく感覚があるから。
つまり、事業を撤退しても会社という単位が生き延びれば、続きに挑むチャンスは残るという考え方です。高木さんはその点を確認します。
事業は撤退しても、自分のやろうとしてる会社の続きはまたチャンスはあるわけだ。
基本的にやっぱうまくいかないと思ってるから、それを恐れて何もやらなくなるのが一番恐ろしいわけなので、失敗は失敗で認めて、ちゃんと次につなげていくのが大事ですよね。
STUDYGIFTの炎上と、消えない「成したかったこと」
家入さんの答えを高木さんが「ちょっと教科書っぽい」と評すると、家入さんは自身の具体例として、学費支援サービスSTUDYGIFTを挙げます。
かつてSTUDYGIFTっていう学費をクラウドファンディング的に集めるっていうのを立ち上げたことがあって、それがすごい炎上して、すぐクローズしちゃったんだけど。
家入さんは、炎上には自分たちの落ち度や確認不足があり、クローズに至ったことは反省しかないと認めます。しかし、そのとき実現したかった世界観は今も残っているといいます。
あの時実現したかった世界観みたいなものは未だに僕の中に残っていて、それを違う形で、どこかで学費に困ってる学生をみんなで支援する仕組みは実現したい。
どこかで復活させることによって帳尻を合わせられるって思っている。
家入さんは、事業のクローズと、その事業で本質的に成したかったことは別だと整理します。高木さんも、事業がなくなると思いや魂まで消える感覚があるが、それは別なのだと受け止めます。
本質的に何を成したかったのかっていうもの自体は残ると思うんですよ、自分の中に。
回収できるかは、思いを持ち続け動き続けられるか
高木さんは、本気で事業をやっていた人ほど、失敗を自分の人生そのものの否定と受け取ってしまうのではないかと指摘します。
自分の人生もう一回ゼロからっていうか、無駄だったんだ、もうこれはできないんだっていう風に、その瞬間思うような気がしてて。だから苦しんだと思うんですよ。
家入さんは、人生は長いから回収されると応じます。ただし、回収されるかどうかは本人次第だと付け加えます。
でも回収されるかどうかは、その後の思いを持ち続けられるかどうかと、動き続けるかどうかにかかってくるなっていうのは思います。
ここで語られているのは、失敗は思いを持ち続け、動き続けることで後から意味づけ直せるという考え方です。
中学のいじめから起業まで、「あの時さえ」との10年
高木さんが、なぜそういう考え方を持てるようになったのかを尋ねると、家入さんは中学2年でいじめられ不登校になった経験を語ります。きっかけは自分の失言だったといいます。
もうあれさえなければ、僕の人生はもっと違う、いい人生が歩めたはずだっていうのを、二十代、会社作るまで、十代の後半、ずっとそのことばっかり考えてたんですよ。
高木さんが10年ほどかと確認すると、家入さんは肯定します。その間はずっと辛く苦しかったものの、あるとき捉え方の転換が起きたといいます。
それがあるから、これ今があるんだっていう転換をどうするかっていう方に意識を持てた方が、あれがあったから今の自分があるっていうところで活動につなげていける。
高木さんは、その転換を長い恋愛の失恋にたとえます。時間が経つほど後悔がサンクコストのように溜まっていく感覚があるといいます。
働かざるを得なくなり、強制的に切られたことが転機に
高木さんが、その呪縛からどう抜け出したのかを尋ねると、家入さんは、ぐるぐる考えて動けなくなるのは今でもあると認めたうえで、転機を語ります。
囚われて結局動けなくなっちゃうじゃないですか。
親父が働けなくなって、僕が働かざるを得なくなって、社会に出ざるを得なくなって、半ば強制的に一人で引きこもってぐるぐるしてるのを、今ここで終わりって切られたから、結果良かったなっていう。
ところが、いざ社会に出てもまともに働けず、家入さんは再び挫折を味わいます。引きこもりが長かったためでした。
結局それでもこう生きていかねばならぬ、稼がねばならぬっていう状況だったから、自分は就職して働くことができないんだったら、自分でビジネスを起こすしかないなっていうのが最初の起業だったんで。
経営が「自分の表現」だと折り合いをつけるまで
高木さんは、あの時の意思決定に折り合いをつけられたと思えた瞬間はいつだったのかを尋ねます。家入さんは、最初の会社が上場した頃でもまだ違和感があったと振り返ります。
僕は絵を描いて生きていきたいっていう道を諦めざるを得なかったのもあって、本当は表現者として生きたかったのに、なんでこんなことやってんだろうなみたいな。
家入さんは、この違和感が相談の1つ前の質問と同じ構造だと気づきます。そして、ある折り合いをつけたことで納得できたといいます。
結果的に、この起業とか経営っていうのが僕にとっての表現なんだっていう折り合いをつけることで納得できた。折り合いをつけまくってるんだね、僕ね。
高木さんは、大きな出来事一つで折り合いがついたわけではないという点を掘り下げます。家入さんは、日々の中で意味を考え、思い込む癖があると語ります。
それはしんどいんですよね。自分でもグジグジしちゃうし。その中で少しずつでもこのままじゃいけないなっていう中で、折り合いをつけていく。大体みんなそういうもんだと思うんですよ。
出会いと別れも、長期で見ればまた交わる
家入さんは、折り合いをつける話を、人との出会いや別れにも重ねます。大事な社員に辞めると言われると、短期的には執着してしまうといいます。
短期的な視点だと、いやもう絶対辞めないでくれみたいな執着してしまうわけですけど。でも長期で見ると、その辞めた後もなぜかまた一緒に仕事する瞬間が来たりとか。
家入さんは、20年以上経営してきた中でそうした出来事を何度も見てきたと語り、高木さんとの関係もその一例だといいます。
死別とか二度と会えないみたいなもの以外であれば、別れっていうのは短期的に考えるんじゃなくて、長期的に考えることによってまた一緒に仕事できる瞬間があるな。
高木さんも、自身とワンキャリアとの関わりを具体例として挙げます。前身の会社を一緒に創業した相手と、一度は数年間連絡も取らなくなったといいます。
僕が仕事をやんなすぎて別々になって、僕シェアハウス作ったりして、そっち夢中になって、ある意味逃げて。そこからもう全然ほんまに数年間連絡取らないみたいな。
その後、相手の会社が高木さんの会社ニューピースに発注をくれ、再び一緒に仕事をするようになります。今では株主であり社外取締役でもあり、家族ぐるみで仲がよいといいます。
長期で見たらあの関係で微妙なのも分かったから、今はいい距離感で付き合い方わかる感じになってるんですよ。一見マイナスにできると思うのも、後で人生どっかで回収できるんじゃないかな。
相対化しすぎて傷つかなくなる怖さ
高木さんは、失敗も別れも長期で見れば意味が変わるという考えを進めながら、一方で怖さも感じると語ります。すべてが相対化されていくことへの不安です。
だんだんだんだん全てのことが相対化されていって、何か傷つかなくなっていくのも怖いなっていうのが自分の中にある。
そういうもんだよねって言った瞬間に、全てが大事なものが手のひらからこぼれ落ちていってしまうんじゃないかという恐怖はある。
家入さんは、それを青春の熱量と対比させます。青春は「これが全てだ」と思い込む力だといいます。
この恋が全てだ、このクラスが全てだ、この試合が全てだみたいな感じで、終わったらもう人生終わったみたいな。その熱量は青春の力じゃないですか。
自分の人生バランスしていくためには、俯瞰して相対化して捉えるっていうことをやらないと苦しくなっちゃう。
結局のところ、熱量と俯瞰をどう行き来するかが問われている、という話に落ち着きます。
「分かり合えない」は逃げか。役員に言われた一言
家入さんは、キャンプファイヤーの役員から言われた言葉を思い出します。家入さんは常々「人と人は分かり合えない」と語っていました。
分かり合えると思うから絶望するし、分かり合えないという前提でコミュニケーションするっていうのが僕の中の根っこにあって。
ところが、酒の席でその役員から思わぬ指摘を受けます。
家入さんよくあれ言うけど、逃げてるだけじゃないですかみたいに言われて。確かにそうだなって思ったことはありました。
高木さんは、相手のその言葉は、実は自分の言いたいことを分かってほしいというサインではないかと読み解きます。ぶつかってほしかったのだろうというわけです。
相手の言葉にこう言ったりするのって、裏を返せば自分の言いたいことがその逆側にあって、それを分かってほしいっていうサインじゃないですか。
いや、そうなんですよ。
家入さんは、その場ではぐるぐる考えて言葉が出なくなり、後から「あの時こう言っておけばよかった」と思うタイプだと明かします。
失敗を「保留」する。傷からしか絆は生まれない
気づいたときにはどうするのかという問いに、家入さんは「言う」と答えます。ここで、以前インタビューで聞いた「保留」という言葉が役に立っているといいます。
保留っていうのはすごく自分の中で便利で使わせてもらって。失敗って確定認めちゃった時点で失敗になっちゃうから、一旦失敗を保留するみたいな感覚。
高木さんは、この考え方を相談への答えとして整理し直します。マイナスに思える出来事の意味は未来でしか分からないのだから、その意味づけを急がず保留せよ、というものです。
一見マイナスに思うような出来事があった時に、それがどういう意味だったのかは未来でしかわかんなくて。一回保留せよってことですよね。
家入さんは、それまでの間は無理に答えを出さず、たくさん苦しんだらいいと語ります。人固有の魅力は、成功体験よりも失敗や傷つき、劣等感から生まれると考えているからです。
その人固有の魅力ってのは、成功体験よりは失敗だったり傷つきだったり劣等感みたいなとこから生まれる、ネガティブな体験からにじみ出るものがその人の魅力になると僕は思っている。
高木さんは、自身が富山出身であることを東京でずっと隠していた経験を語ります。方言をからかわれ、隠れキリシタンのように出身を隠していたといいます。
もう本当に隠れキリシタンのように富山出身っていうのを隠して、こっち来てから年間ぐらいは絶対もう出さないっていう。
今、その富山をブランディングする仕事で当時の経験を語ると、上京時に同じ思いをした人たちから強く共感され、応援してもらえるといいます。成功体験では共感されないという実感からの言葉です。
成功体験って共感されないじゃないですか。すげえってはなるけど、傷ついた経験とか失敗した経験ってわかるよみたいな。手取ろうよみたいな感じで連帯が生まれるきっかけになる。
まとめ
事業の失敗や撤退にどう向き合うかという相談に対し、家入さんと高木さんは、失敗の意味を急いで確定させず「保留」することを勧めます。失敗そのものより、それを恐れて動かなくなることのほうが恐ろしく、思いを持ち続け動き続けるかどうかで、後からその経験が回収されていくという話でした。
- 事業は基本うまくいかない前提で、失敗を認めて次につなげることが大事だと家入さんは語る
- 事業をクローズしても、本質的に成したかったことは自分の中に残り、別の形で復活させ帳尻を合わせられる
- 出会いも別れも失敗も、短期ではなく長期で見ることで意味が変わり、また交わる瞬間が来る
- 失敗を確定させず「保留」することで、未来での意味づけの余地を残せる
- 人固有の魅力は成功より傷つきや劣等感から生まれ、傷からしか絆は生まれないと二人は語り合った


