「今、何をしてる人?」連続起業家が語る自己紹介
番組の冒頭、高木さんは家入さんを「もう十何年前からの関係」と紹介します。会社を辞めた後にシェアハウスをやっていた頃、家入さんにいろいろな人を会わせてもらい、リバ邸などを一緒に立ち上げてきた「師匠みたいな存在」だと話します。
家入さんはまず、自身の経歴を淡々と振り返ります。1978年福岡生まれ、47歳になったばかり。20歳ごろに最初の会社ペーパーボーイアンドコー(現GMOペパボ)を起業し、レンタルサーバーやECのシステムを提供してきました。
個人が、インターネットを使って自己表現をしたりとか、最初の一歩を踏み出す時に使ってもらえるインフラのサービスを作ってきた会社です。
その後、25歳で東京に本社を移し、29歳で上場して退任。CAMPFIREやBASEを立ち上げ、エンジェル投資をVC「NOW」という形に変えてきた経緯を語ります。
家入さんは、これらの事業に共通する軸を「声を上げたくても上げられない人が、最初の一歩を踏み出しやすくすること」だと整理します。
CAMPFIRE退任後、なぜ「無職」を名乗るのか
話は近況に移ります。高木さんが「今は何をしているのか」と尋ねると、家入さんはCAMPFIREの代表を一昨年末に降りたと答えます。
そうです。無職になり。
もっとも、完全に活動をやめたわけではありません。家入さんは、お年寄りの見守りをするスタートアップ三河屋21に共同代表として就任したり、地域の課題解決を学ぶ里のば大学の理事になったりしていると話します。
これまでの家入さんは、ゼロから事業を立ち上げ、回るようになると次の人に託して、また別のゼロイチへ飛び出すことを繰り返してきました。しかしこの数年は、既にあるものにジョインする形が続いていると言います。
これまでゼロイチしかやってこなかった中で、自分自身の可能性を広げたいみたいなのもあるのかもしれない。チャレンジでもあるっていう感じ。
高木さんは、家入さんが昔はTwitterを頻繁に更新し、トークイベントにも精力的に登壇していたことを振り返ります。それがこの1年ほど、発信もほとんどしていない状態にあることが、多くの人の気になる点だと指摘します。
軽井沢移住3年目、人に会わない生活と読書の日々
「この1年、どう過ごしているのか」という問いに、家入さんは「本ばかり読んでいる」と答えます。軽井沢に移住して3年目で、生活はだいぶ変わったと言います。
移住したばかりの頃は、東京でいかに毎晩ご飯や飲みの予定を詰め込み、多くの人に会っていたかを実感したそうです。一方で、人に会わなくても大丈夫だという気持ちも芽生えました。
これ(人と会わない生活が)1年ぐらい経つと、このまま誰とも会わないと、本当にメンタル落ちていくなみたいな。
高木さんは、出会った当時の家入さんは六本木に住み、眠る直前まで飲み続けるような生活だったと振り返ります。港区から出たことがないような日々でした。
当時、家入さんは行きつけのパスタ屋に朝からいて、相談したい若い起業家などが勝手に会いに来るような状態だったと言います。二人はその頃を「あれは何だったんだろうね」と何度も振り返ります。
泥酔登壇と都知事選、「あれは何だったんだろう」
家入さんは、当時は朝から飲んでいて、講演で壇上に上がる時もハイボールを飲んだり泥酔したりしていたと明かします。その姿を、かつての自分と重ねて見ています。
お酒飲んで気が大きくなって、壇上で本当に神懸かってるぐらいに喋れたりとか。でも終わった後にすごいズーンって落ちたり。
当時は「みんなが自分のことを面白がってくれている」と思っていたものの、他者を客観的に見ることで「はたから見ると痛いな」と気づかされたと語ります。
話は2014年の東京都知事選にも及びます。家入さんは、思惑があって出たと言われたが、当時は「居場所を作る活動を政治からやる」という気持ちに突き動かされていたと振り返ります。
自分がやらないとダメだ、自分がやるしかないみたいな感じだったから、突き動かされて動いてた。
公約をハッシュタグで集めてリアルタイムに集計するなど、SNSと一体化した選挙戦でした。政策がないまま出馬したカオスな戦いを、二人は「面白かった」と振り返ります。
SNSと距離を置いた「燃え尽き」と「無気力」
高木さんは、今の家入さんが以前とは違うと感じています。かつては「とにかく行動せよ」という空気だったのが、今は冷静で、SNS世論とも距離が離れているように見えると言います。
燃え尽きた。燃え尽きちゃったのかな。無気力。
家入さんは、30代後半から40代半ばまでは、同世代の成功した起業家や友人の一挙手一投足に嫉妬し、焦りもあったと明かします。目立ちたいというより「認められたい」という気持ちはあったと言います。
しかし、その気持ちがなくなってしまったと語ります。高木さんが理由を尋ねると、はっきりした出来事があったわけではないと答えます。
徐々に空っぽになってったみたいな感じ。まあでもそういうもんかなっていう気もする。
家入さんは、こうした「モラトリアム」のような数年は、これまでも定期的に来ていたのかもしれないと振り返ります。その先にまた何かやりたくなる瞬間が来るだろうと、ある意味で高をくくっているとも言います。
「居場所を作る」というミッションの原体験
高木さんがビジョニングを促すと、家入さんは自分の願いを言語化した経験を語り始めます。会社も選挙もリバ邸も、その根っこには共通する願いがあると言います。
その原体験は、中学2年で学校に行けなくなり、10代のあいだ家の部屋から一歩も出られなかったことでした。だからこそ、自分自身が居場所を欲しており、居場所を作る活動が好きなのだと語ります。
ペーパーボーイもCAMPFIREもBASEも、この「居場所を起点に声を上げる仕組み」という一本の線でつながっていると家入さんは整理します。会社ごとのミッションとは別に、個人の人生としての関心がそこにあると言います。
見守りスタートアップの三河屋21に参画したのも、この思想への共鳴からだと語ります。サービス付きの高級な施設に入れない高齢者や、自分の空間で生きたい人が増える中で、テクノロジーで見守りを解決する事業に惹かれたと言います。
家入さんは、次にゼロイチで何かをやるなら、それもきっと同じ願いに根ざしたものになるだろうと予感しています。
これがあったから声を上げることができたって思ってもらえるような事業を、またやるんだろうなっていう予感とともに、今は過ごしている。
「会社」ではなく「個人」で生きる時代の先取り
高木さんは、家入さんの生き方が時代を先取りしていたと指摘します。かつては経営者という人格が基本でしたが、家入さんは「家入一真という人の物語」があり、そこから会社が生まれてきたと言います。
今はSNSという公の空間で、誰もが会社ではなく個人のアカウントを軸に活動を始めています。高木さんは、コミュニケーションの単位が個人になっていると分析します。
会社というラベルがなくなると空っぽになる人が多い中、家入さんは違うと高木さんは言います。CAMPFIRE代表を辞めても、家入さんの人格は周りに認知されているため、「居場所」というテーマでいくらでも発信できる立ち位置にあると指摘します。
それでも家入さんは個人としての発信をしなくなっています。理由を尋ねられると、周りがみんなそういう生き方をやり始めたことを挙げます。
自分じゃなくていっかみたいな感じなのかな。僕なんかより上手い人がいっぱいいて、そういった人たちが目立つんだったら。
家入さんは、4〜5人のパネルディスカッションでは自分が喋らなくても大丈夫だと感じて黙ってしまうと打ち明けます。その上で、今この時代に自分だからできることは何か、という視点が欲しいと語ります。
講演で必ず言う「再現性はない」という前提
高木さんは、今も家入さんが講演に行くことに触れ、何を話しているのかと尋ねます。家入さんは、居場所の必要性や、不登校・引きこもりからの自分の人生を語ることが多いと答えます。
喋るのは得意ではないと言いつつ、行ったことのない地域を訪れ、その土地の人と触れ合うのは楽しいと語ります。人に会うのは根っこでは好きなのだろうと言います。
高木さんは、「何者かでなければいけない」という強迫観念が世の中にある中で、家入さんはそれを言わなくても成立する立ち位置にいると指摘します。その上で、久しぶりに会う友人には「無職」と答えてしまうと家入さんは明かします。
別れた後とかに、いや、無職とか言わない方がいいのかなって悩んだりする。
高木さんが理由を尋ねると、家入さんは「無職」と言えばそこで話が終わるので、説明が面倒で逃げている面もあると答えます。三河屋21など本当は語れることがあるのに、省エネになっているのかもしれないと言います。
家入さんが講演で必ず最初に言うのは、「これは再現性があるとは全く思っていない」という前提です。みんながこうすればうまくいく、という話ではないと明言します。
そして家入さんは、伝えたいことがあるのかどうか、自分でも分からなくなっていると吐露します。
伝えるっていうことを諦めている。昔はもっと伝えてた。
家入さんは、noteは今も書いているものの、言っていることはずっと変わっていないと言います。突き詰めると言いたいことは3つぐらいしかなく、言葉を変えて書いてきただけだと語ります。
枯渇した感じなのかな。干からびた。そんな言いたいことなかったかもしれない。
経営者は何がそんなに忙しいのか
家入さんは、経営者時代からずっと抱いてきた疑問を口にします。他の経営者がなぜあれほど忙しいのか、いまだによく分からないと言います。
会社を作る瞬間は口座開設やオフィス探しなど「やってる感」があって忙しく、それは楽しかったと言います。しかし組織が大きくなると、自分がいなくても回る仕組みにしたいという思いから、権限委譲を進めてきました。
意思決定はもちろん大事な仕事の一つだけど、そんなに別に忙しい、世の中の経営者って何が忙しいのかなって。
高木さんは、かつての家入さんは事業がある程度立ち上がると、また別のサービスやプロダクトを次々と仕掛けていたと振り返ります。その理由を家入さんは端的に語ります。
あれは暇になるから。余計なことを考え始めてやるんだ。
しかし今は、暇になってもやらなくなっていると高木さんは指摘します。家入さんは「枯れたんだね」と応じます。
「生きてる実感がない」凪のような日々
何が枯れたのかと問われ、家入さんは「生というものが」と答えます。生きる実感が薄れているのではないか、という話へと踏み込みます。
いつ生の実感を感じていたのかを二人で探ると、「死にそうな時」という言葉が出ます。家入さんは、あらゆる執着を手放してきているとも言えると語ります。
あらゆる執着を手放してきているといえば、そうとも取れる。生への執着とか、成功への執着とか。
高木さんは、今の状態はいろいろな解釈ができると言います。燃え尽きているとも、執着を手放したとも、中年の危機とも呼べる状態です。
家入さんは、今のコンディションを「凪みたいな感じ」「穏やかではある」と表現します。ただ、この状況を何とかしたいとも思っていないと言います。
乱されたい。今もうずっと凪だから。凪の家入だね、今ね。
高木さんは、乱される機会そのものが減っていると指摘します。かつては嫉妬や、問題に巻き込まれることが刺激になっていましたが、それがどんどん減っているのです。
家入さんはSNSも見なくなったと言います。かつては常にスマホを手にしていたのに、今はアカウントを300万円で売ってくれと言われたら売ってしまいそうだと語ります。
悔しさがモチベになる、日本海側への思い
高木さんは、家入さんが昔から言っていた「コンプレックス・イズ・モチベーション」という言葉を持ち出し、自分自身の話をします。地方は好きだが、地元の富山に帰ったら何もしなくなると思うと言います。
高木さんは、南の島に行けばハンモックで寝ているだろうと語りつつ、自分は刺激がないと動かなくなると自己分析します。そして家入さんが、今まさにそれに近い生活をしていると指摘します。
軽井沢の湖畔で読書し、朝はジムに行き、昼から子供を迎えに行く。がぶ飲みするのではなく、ナチュールワインを開けてゆったり過ごす。高木さんが憧れる南の島の生活と、エリアが違うだけだと言います。
僕がもう別に何もしなくても世界は回ってるっていう感じ。
一方の高木さんには、まだひっくり返したいものが残っています。日本海側はかつて「裏日本」と呼ばれ、自然も厳しい。その負を何とかしたいという悔しさがモチベーションだと語ります。
高木さんは、それがなくなったらもう仕事をしていないかもしれないと言います。家入さんが「俺がやらなきゃ誰がやる」という感覚を失っていることと、対照的に映ります。
AI時代に残るもの、心・好奇心・傷つき
高木さんは、インターネットやSNS、AIで誰もが表現できるようになった今、家入さんの起業の根源にあった「個人の表現」が当たり前になりすぎて、もういいと思っているのかと尋ねます。
家入さんは、AIが当たり前になった世界で「残されるもの」は何かを漠然と考えていると答えます。それは人が人である理由の根源だろうと言います。
心の課題の解決とか、好奇心みたいなもの、あとは傷つきみたいなものは、最後残っていくのかな。
家入さんは、生きていく中で誰しもが得る「傷つき」に、どう自分で意味をつけていくか、というところに関心があると語ります。今、教育に関わり始めているのも、人がどう好奇心を育むのかという興味からだと言います。
子供を探究学習の学校に通わせるために軽井沢へ引っ越したことにも触れ、子供がどう育っていくのかに興味があると語ります。ただ、そこで自分に何ができるかは、まだ答えが出ないと言います。
キーワードは「居場所」ではなく「傷つきと表現」では
ここから高木さんが仮説を切り出します。家入さんはもともと美大を目指し、画家になりたかった人でした。試験に落ち続けた末に、サーバーを借りて自己表現するサービスを作ったのです。
高木さんは、家入さんのキーワードは実は「表現」なのではないかと投げかけます。かつては「あらゆる経済活動は自己表現になる」とよく言っていた、と振り返ります。
そして高木さんは、家入さんが「居場所」を語り始めたのは、自分と出会ってシェアハウスやリバ邸を始めた頃からだと指摘します。それ以前は表現の文脈だったのが、居場所の文脈に移っていったのだと言います。
家入さんって究極的に引きこもって自分で一人でいた人だから、別に居場所にそんな課題感ないのかなとも思って。
高木さんは、家入さんの傷つきはすでに癒されているのではないかと踏み込みます。家入さんも、その解釈に応じます。
高木さんは、居場所が世の中にどう作られるかそのものには、家入さんは本質的には興味がないのではないかと分析します。Discordでもリアルでも、その場の具体的な設計にはあまり関心を持っていないように見えるからです。
そうではなく、傷つきが表現になって世の中にアウトプットされていく行為そのものに、家入さんは惹かれているのではないか。高木さんはそう仮説を立てます。
傷つきというものが表現になって世の中にアウトプットされていく、その行為そのものの方が興味あるんじゃないかな。極めてアートに近い。
高木さんは、西村賢太のような「表現しないと生きていけない人」に家入さんが惹かれることを例に挙げます。そういう人の活動を支援する枠組みこそ、家入さんにしかできないのではないかと語ります。
居場所っていうキーワードじゃないんじゃないかなって思ったんですよね。
家入さんは、この仮説に大きく頷きます。
なんか納得感あるかもしれない。ちょっといいヒントもらってる気がする今。
人生のミッションを手放し、再定義する
家入さんは、講演でよく「人生のミッション」の話をすると語ります。「居場所を作り、誰しもが声を上げられる世界を作る」というミッションを言語化したのは30代半ば〜後半でした。
そのミッション以外のことはしないと決めたことで、楽になった面もあったと言います。あれもこれもやりたくなりがちな自分にとって、判断の軸になったのです。
家入さんは講演の締めくくりで、聴衆に自身の憤りや傷つき、違和感からミッションを考えてみてほしいと促すと言います。ミッションは一度作ったら一生持ち続けるものではなく、変わってもいいのだと語ります。
人生のミッションとして掲げてたものが、今僕も変わるタイミングなのかもしれないですね。
高木さんは、「居場所を作り」という部分を一度置いて、「誰もが声を上げられる世界を作る」だけを問いにしたら、思い浮かぶものが変わってくるはずだと提案します。
居場所を作り、誰しもが声を上げられる世界を作る(30代後半に言語化)
誰もが声を上げられる世界を作る(「居場所を作り」を一度手放す)
その問いなら、事業的なソリューションではなく、作家活動や教育、表現を支える方向へ寄っていくかもしれない、と高木さんは言います。すべてを一気に変える必要はないという提案です。
高木さんは、家入さんが「本を読んでいる」という言葉も、ビジネス本ではなく西村賢太のような作家を読み、個人研究のようなことをしているのではないかと見立てます。それだけで一つの活動であり、発信すれば新しい機会につながると促します。
「言葉ってすごい」対話で目の輝きが変わった収録
収録の終盤、家入さんは自分の変化を口にします。
この収録、最初の方の僕の目と今の僕の目、輝きが違うと思う。今キラキラしてる。
高木さんは、家入さんの中でずっと蓋が閉まっている感じがしていたと語ります。改めて話を聞くことで、その蓋を少し外せた感覚があると言います。
言葉ってすごいですね。自分の中でもそんな感じがある。本当に。
家入さんは、収録前は「話すことが本当にないぐらい」に思っていたと明かします。それが、対話を経て「やってよかった」という感覚に変わりました。
高木さんは、この番組で行っている「ビジョニング」を、仕事でも同じように実践していると語ります。マーケットや組織など外側からのリアクションで自分を設定しがちな中で、内側の好奇心を引き出し、認識をチューニングし直す営みです。
最後に家入さんは、この対話を受けて自分で言語化してみると約束します。高木さんは「ぜひnoteを書いてください」と応じ、経過報告を楽しみにすると締めくくります。
まとめ
CAMPFIRE退任後、「無職」を名乗り軽井沢で凪のような日々を送っていた家入一真さん。この対話では、長年掲げてきた「居場所を作る」というミッションが、自身の傷つきを癒すためのものであり、すでに一区切りついている可能性が見えてきました。高木さんは、キーワードは居場所ではなく「傷つきと表現」ではないかと投げかけ、ミッションの再定義へと導いていきます。
- 家入さんの事業は「声を上げたくても上げられない人が一歩を踏み出す仕組み」という一本の線でつながっている
- 「居場所を作る」ミッションの原体験は、中学2年からの不登校・引きこもり体験にある
- その傷つきがすでに癒されたことで、居場所というテーマは一度手放してもよい段階に来ている可能性がある
- AI時代に残るのは、心・好奇心・傷つきといった「人が人である理由」の根源だと家入さんは考えている
- 高木さんは、家入さんの本質的な関心は「傷つきが表現になっていく行為」にあるのではないかと再定義を促した



