職人と組むプロデューサーに必要な「目」とは?
ホストはまず、山下さんのものづくりへのこだわりや感性がどこで養われたのかを尋ねました。山下さんは、職人は世界で一番すごい仕事だと考えているといいます。
山下さんにとって職人の仕事とは、何もないところから自分の手で新しいものを作り、それが付加価値となってお金に変わるクリエイションです。そうした人たちと一緒に働くなら、一流の仕事を評価し、自分なりに解釈できなければプロデューサーは務まらないと山下さんは考えました。
そこで山下さんが続けてきたのが、食べ歩きや飲み歩きといった飲食のインプットです。山下さんは「人生食に救われてる」と話し、その原点を、農家の娘で専業主婦だった母親がずっと手作りで料理を作ってくれたことに置いています。
山下さんが通う店は、国内外の星付きレストランから、自分が美味しいと思うローカルの店、カフェ、話題の商業施設まで幅広いといいます。土日もすべて使うほどのインプットを、この10年間は「死ぬほど」続けてきたそうです。
Minimalのチョコレートを星付きレストランのシェフが使ってくれるようになると、山下さんは料理人たちと親しくなりました。その交流を通じて、一流の料理人がどんな味の解像度でものを見ているかが少しずつわかってきたといいます。
山下さん自身は作り手ではありません。それでも、世界のアウトプットと自社のアウトプットがどのレベルにあるかはわかるので、社内の要求水準を上げられます。山下さんは、自分が会社に貢献できているとすれば、アウトプットの要求水準を世界の超一流に合わせる点だと話しています。
徹底したインプット
国内外の星付き店からローカル店、商業施設まで食べ歩く
料理人との交流
Minimalのチョコを使うシェフと親しくなる
味の解像度を知る
一流がどんな目でものを見ているかがわかってくる
要求水準の引き上げ
自社のアウトプットを世界の超一流に合わせる
ヒエラルキーと「個人の審判」がブランドを生む
ホストは話題を広げ、日本はこれから量ではなく質で、文化を武器に戦う時代だと述べました。そのうえで、ゲームやアニメは強くても、フランスやイタリアと比べて世界で勝てるラグジュアリーブランドやハイブランドは少ないのではないかと問いかけます。
山下さんは、答えがあれば自分も知りたいとしながら、ずっと研究してきた視点を語ります。1つ目は宗教観と身分制度の違いです。
山下さんの見方では、西洋には王、貴族、庶民という明確なヒエラルキーがあり、その全員が半径20キロほどの城塞都市 ── 外敵から守るために、周囲を城壁で囲んだ都市。中世ヨーロッパに多く見られ、限られた範囲に多様な身分の人々が暮らしていましたの中に暮らしていました。
さらにキリスト教には、生きている間の行いで天国に行けるかが決まる「個人の審判」という考え方があります。山下さんは、そのために寄付や寄託が行われ、パトロン ── 芸術家や職人などを経済的に支援する後援者。ヨーロッパでは王侯貴族や教会が芸術の担い手を支えてきました文化が育ったと説明します。
ラグジュアリーブランドを支援することが「いいこと」だという価値観がわかりやすく、ヒエラルキーがあるからこそラグジュアリーとコモディティという対比も生まれる、というのが山下さんの考えです。日本は宗教・民族・文化的に、そうしたわかりやすい階層文化になっていなかったのではないかと話しています。
身分制度
王・貴族・庶民が城塞都市の中に共存する
個人の審判
生前の善行で天国へ行けるという宗教観
パトロン文化
寄付や寄託で作り手を支える
ラグジュアリーの誕生
コモディティとの対比が生まれる
2つ目として山下さんは、アングロサクソンが狩猟民族として世界に広がる中で、権威を作り出すことやルールを作ることが極めてうまかった点を挙げます。今でいうマーケティングに近く、日本人はそれがあまり得意ではないといいます。ホストも、ミシュランのような評価の仕組みもその一例かもしれないと応じました。
発酵という「得体の知れない文化」をどう売るか
山下さんが次に挙げたのは、今の日本人の文化への造詣が薄くなっているという問題です。山下さんは、ロジカルに積み上げられるのが文明で、昔からの慣習のような得体の知れないものが文化だと区別します。
日本には得体の知れない文化構造があるのに、その文化的資産がブランディングされて外に打ち出せていない、と山下さんは感じています。その例が発酵です。
山下さんは、ノーマ ── デンマーク・コペンハーゲンのレストラン。世界のベストレストランで何度も1位に選ばれ、北欧の食材や発酵を軸にした料理で知られていますが北欧料理というスタイルを作ったことに注目します。料理の伝統がないとされた北欧で、フランス料理やイタリア料理と並ぶスタイルを作り、その柱の1つが寒冷地の保存食に由来する発酵でした。
山下さん自身は2013年、移転前のノーマを訪れています。当時は酸っぱすぎてよくわからなかったと率直に振り返っています。
山下さんは、発酵にリスペクトを持つノーマが日本に来ることに意味を見ます。日本酒の並行複発酵 ── 糖化とアルコール発酵を同じ容器の中で同時に進める醸造方法。日本酒づくりの特徴で、醸造の中でも複雑な方法とされますは、科学が入る前から慣習として続けられてきました。山下さんは、その文化的背景をもっとリスペクトし、理解して、世界に売っていく必要があると話します。
GHQ、高度経済成長、そして江戸に還るという発想
ホストが「欧州と比べて何が足りないのか」と尋ねると、山下さんは難しい問いだとしたうえで、1つにはGHQ ── 第二次世界大戦後、日本を占領統治した連合国軍総司令部。財閥解体や農地改革などの改革を進めましたの影響を挙げました。財閥などのパトロン的な仕組みが解体され、国民皆平等に近いシステムになったことが大きいのではないか、という見方です。
山下さんによれば、日本は勤勉さを武器に、大量生産で品質のいいものを作ることで高度経済成長を遂げました。その成功体験から、みんな平等にいいものを安く手に入れるという国民性がここ30〜50年続いているのではないかといいます。
ホストは、江戸時代や安土桃山時代はまったく違う価値観だったはずだと応じます。山下さんは、平賀源内や杉田玄白の時代の人々を「ただの遊び人」と表現し、好きなことをやっていた結果として大きな発見につながったと話しました。
山下さんはさらに、明治に西洋の光が入ってきた時代に谷崎潤一郎が書いた『陰翳礼讃 ── 谷崎潤一郎の随筆。日本の家屋や器などに見られる陰影の美を論じ、西洋化で失われつつある美意識を描いた作品です』や、岡倉天心の『茶の本 ── 岡倉天心が英語で著した書籍。茶道を通じて日本や東洋の美意識・精神文化を欧米に紹介し、今も世界で読まれています』を挙げます。
山下さんの見方では、日本人はもともと当たり前に思っているものを言語化し、世界に伝えてきたはずでした。それが「グローバルに合わせなければ」という前提の中で弱まってしまった、と山下さんは考えています。
山下さんは、文明を突き詰めればアメリカには勝てないが、文化なら日本は世界最古の国だと語ります。日本は2700年続いており、文化の厚みでは他国は勝てないというのが山下さんの認識です。
ただし山下さんは、今の人たちがダメだと言いたいわけではありません。成功体験から脱却する必要はないが、過去をリスペクトして未来を見ることが必要で、文化を自分たちなりに編集して未来につなぐ試行錯誤の数が足りていないのではないか、と話しています。
山下さんは、ノーマが日本の野草園にまで足を運び、詳しい人を集めて発酵の方法を学び、ポップアップで料理にしていることにも触れます。世界のベストレストランで何度も1位に選ばれたノーマにとってさえ未知の発酵が、日本の地方にはたくさんあるのだろうと山下さんは見ています。
チョコレートは「世界共通言語」になれるか?
山下さんは、日本の文化をグローバルに通用する形にしてブランディングし、売っていくことをもっとやればいいと考えています。自身の関心は、西洋発のチョコレートを日本人の目線で再構築し、世界に戻すことだといいます。
ホストは、日本が世界地図を横にするとパチンコの受け皿のような極東に位置し、あらゆる文化が流れ着く場所だと例えました。寿司や天ぷら、ラーメン、カレーなど、元は海外から来たものが独自進化した例を挙げ、チョコレートもそうなる可能性があるのではと投げかけます。
山下さんは、日本文化を語りながらチョコレートを扱う理由を、チョコレートが世界共通言語だからだと説明します。どこへ行ってもチョコ1つで友達ができるので、日本人が作ったチョコを名刺代わりに出せれば面白いと考えています。
山下さんは、一発で当たることは絶対にないからこそ、日本人がどれだけ多くのチャレンジをできるかがこの国の国力を決める気がする、とも語りました。
台湾の強さに見る、評価の場を作る側の論理
山下さんが例に挙げたのが、イギリスの人たちが始めたダークチョコレートの品評会「インターナショナルチョコレートアワード」です。世界中から1万ブランドほどが出品し、アジア大会から世界大会へと進む仕組みだといいます。
山下さんによれば、この品評会もミシュランやベスト50レストランと同じく産学連携の仕組みです。イギリスで開催された年にはイギリス勢が多くの賞を取るなど、権威とルールを作りに行く動きがあると話します。
アジアでその動きが強いのが台湾です。台湾にはパンの世界一もおり、バリスタの世界チャンピオンも出ています。Minimalは日本で最もこの品評会で賞を取っているものの、台湾にはさらに多くのメダルを取るところがあり、アジア大会の表彰式も行政が誘致して台湾で開かれているそうです。
山下さんは、八百長のような話ではないと断ったうえで、ルール作りや仕組み作りで日本は負けてしまうと話します。日本の潔さは美意識としては素晴らしいが、本気で勝負するなら使えるものをすべて使って勝ちに行くことが必要だと考えています。
スペシャルティコーヒーの評価基準を作ったのは誰か
ルール作りの例として、山下さんはスペシャルティコーヒーを挙げます。スペシャルティコーヒーが世の中に定着したのは、新しい評価基準が作られたからだといいます。
その基準を作ったのが「伝説の11人」と呼ばれる人たちで、中心はアメリカ人でした。そのためスペシャルティコーヒーの団体はアメリカのものが最も大きく、最高のスペシャルティコーヒーはアメリカだと言われている、と山下さんは説明します。
山下さんによれば、ジョージ・ハウェル氏はワインのパーカーポイント ── ワイン評論家ロバート・パーカーが考案した100点満点のワイン評価法。世界のワイン市場に大きな影響を与えましたを好み、ワインのようなポジティブ評価をコーヒーに持ち込みました。それまで欠点を見るネガティブ評価だったコーヒーで、酸や明るさを積極的に評価するルールを作ったといいます。
欠点を探すネガティブ評価が中心
ワインのように酸や明るさを積極的に評価するポジティブ評価へ
山下さんは、アメリカは国民全体の食のレベルが特別高いわけではないが、ルールを作ったからスペシャルティコーヒーで強いのだと話します。
さらに山下さんは、その11人に近いところに日本人のハヤシ先生がいたという話を紹介します。繊細な舌で酸を評価することに大きな影響を与えた人物だったといいます。山下さんは「聞いた話だから事実かどうかはわからない」と断ったうえで、ルールの側に日本人がいたのに成果を持っていかれたのはもったいないと語りました。
山下さんは、日本人が「ほぼそこまで行っていた」のに、最終的にはルールを作った側が勝つという場面は多いと感じています。世界標準のルールを作りに行くことをきちんとやる必要があり、それがチョコレートに取り組む理由の1つでもあるといいます。
倒さずに選択肢を増やす、グラデーションとしての文化
ホストは山下さんの話に共感し、美味しさの追求やマーケティング、ブランディングに加えて、エコシステムそのものを作る話だと受け止めました。評価基準や権威を作り、同業者を巻き込み、カンファレンスを開き、メディアも巻き込む流れです。
山下さんは、そこに一般消費者の市場を作ることも含まれると付け加えます。ホストは、政治的と言うと悪く聞こえるが、社会の合意形成を含めた全体のデザインから考えないと、単体で戦うには限界があると述べました。
評価基準を作る
何が良いかのルールを定める
権威を作る
評価を受け入れる同業者やカンファレンスを巻き込む
市場を作る
メディアを巻き込み、一般消費者の市場を育てる
山下さんは、スタートアップは皆、社会課題を解決したくて事業をしていると話します。Minimalが向き合うのは、チョコレート産業の搾取構造に新しい風を吹き込むことです。
ただし山下さんは、それをあくまでグラデーションだと捉えています。100円のチョコも高級チョコも美味しく、そこにスペシャルティチョコレートというもう1つの選択肢が加わればよいという考えです。
山下さんは、ディスラプトという強い言葉を使っても、既存のものを倒す必要はないといいます。ある時は100円のチョコ、ある時はスペシャルティチョコレートを選べる状態こそが文化だ、というのが山下さんの見方です。そのためには社会構造から変える必要があるとしつつ、今はまず目の前の事業を大きくすることに必死だと話しています。
好奇心の奴隷として、カカオ産地と海外市場へ
ホストから「見かけによらず熱い」と言われた山下さんは、面白いと思うものをとことん突き詰め、なぜこうなっているのかを考えるのが好きだと話します。だからカカオ産地にも足を運び、貧困がなぜこの構造なのかを現地で確かめるといいます。
山下さんは、現地現物の手触り感のあるものに強く惹かれると語ります。海外進出では2回敗れた経験があり、次の10年は絶対に海外へ行くと決めているそうです。コロナが落ち着いてから、市場リサーチも少しずつ始めています。
山下さんによれば、アメリカ、ヨーロッパ、アジアではチョコレートの売れ方がすべて違います。その背景には国民性や文化、マーケットの歴史があるため、現地で自分の目で見て、自分たちが勝てる筋を探すことが楽しいといいます。
山下さんは、勝ち負けは経済の中の結果論にすぎず、自分はプロセスを楽しめるタイプだと話します。ホストは「元気が出る話」だったと締めくくりました。
まとめ
山下さんは、日本に世界的なラグジュアリーブランドが少ない背景に、宗教観や身分制度、戦後の平等志向、ルール作りの弱さを見ています。一方で、発酵に代表される日本文化の厚みは大きな武器です。文化を言語化し、評価基準やエコシステムを作る側に回ることが、世界で勝つ道だと語られました。
- 山下さんは徹底した飲食のインプットで、アウトプットの要求水準を世界の超一流に合わせている
- 西洋のラグジュアリーは、ヒエラルキー、個人の審判、パトロン文化、ルール作りのうまさから生まれたと山下さんは見ている
- 日本には並行複発酵のような深い文化があり、それをリスペクトして編集し、世界に届ける試行錯誤が足りていない
- スペシャルティコーヒーや品評会の例のように、最終的にはルールと評価の場を作った側が強くなる
- スペシャルティチョコレートは既存のチョコを倒すのではなく、選択肢のグラデーションを増やす文化として位置づけられている


