組織論の第一人者が、なぜ「組織に興味がない」のか
番組はMCの高木新平さんが、深夜だからこそ話せる本音や葛藤を掘り下げ、ゲストと一緒に新たなビジョンを見つけていく形式で進みます。高木さんが普段仕事にしている「ビジョニング」を、90分の限られた時間の中でやってみるという試みです。
今回のゲストは、株式会社MIMIGURI代表の安斎勇樹さんです。2人は10年以上前に出会っていて、収録日は約10年ぶりの再会でした。
安斎さんはまず、MIMIGURIがどんな会社かを説明します。今は100人弱のベンチャー企業で、主に大企業の組織作りを支援するコンサルティング会社だと話します。
割と中にプロジェクトチームで入り込んで、結構長い期間かけて、その組織のカルチャー改革だったりとか、中のマネージャー育成みたいなこととか、理念浸透みたいなことを複合的にやりながら組織をより良くしていく事業をやってる会社の共同代表してる。
もともと安斎さんは大学院で人間の創造性を研究していて、人の集団の創造性をどう引き出すかを追ううちに、組織論に行き着いたと振り返ります。
ワークショップから組織へ。良い案が出ても現実が変わらない
高木さんが、なぜ人の創造性の研究から組織デザインへと展開していったのかを尋ねます。安斎さんは理由を2つ挙げました。1つは飽きたから、もう1つは手法として限界を感じたからだと言います。
安斎さんはもともとワークショップが好きで、子供から大学生まで対象に実践していました。研究を続けるうちに企業から依頼が来るようになり、デザイン思考のブームも重なって、ワークショップの依頼が急増したと話します。
しかし、依頼をこなすほど手応えのなさを感じるようになったと安斎さんは言います。参加者から良いアイデアが出ても、企業の中で実現されずに消えていくことが多かったからです。
どんなにいいアイデアでも、やっぱ企業の中でのなんかよくわかんないけど、そのアイデアが実現されなかったりとか。
うやむやに消えてくよね、大体ね。
さらに、実は最初からやりたいことが決まっていて、アリバイ的にワークショップをやらされるケースもあったと安斎さんは明かします。民主的な場に見えて、裏側の政治の中で現実が動かないと感じ始めていました。
象徴的だったのが、周年でビジョンを見つめ直すような場です。非日常の場では参加者が言いたい放題に盛り上がるものの、日常に戻るとしゅんとしてしまう。安斎さんはこれを「晴れはいいけど、毛にいかない」と表現します。
非日常だけ創造性が爆発するんだけど、毛に浸透していかない。晴れはいいんだけど、毛にいかない。
裏側にある組織の関係性やカルチャー、制度に手を加えずに場だけ作ってもうまくいかない。そう感じた安斎さんは、カルチャー改革や理念浸透へと徐々に踏み込んでいきました。
事業は順調。でも全社総会で語る言葉が見つからない
高木さんが、今のMIMIGURIの状態をどう見ているかを尋ねます。安斎さんは「めちゃくちゃ良い」と答えます。
2017年にミミクリデザインとして創業し、20人規模で数年経営した後、2021年に別会社のDONGURIと合併しました。目に見えない関係性やモチベーションにアプローチする力と、ロゴや制度など目に見えるものを作る力が組み合わさり、組織をトータルで支援できるようになったと言います。
そこから伴走型のコンサルティングが多面的にできるようになり、人数は100人弱まで増えました。去年出した『冒険する組織のつくりかた』はビジネス書グランプリのマネジメント部門で1位になり、5万部のベストセラーになったと話します。
一方で、安斎さんの中には違和感があります。組織論の第一人者と注目されながら、「本来組織にあまり興味がない」というのです。
本来組織あんま興味ないんですよ。ってかどっちかっていうと組織嫌いだったし。だから大学の研究者になったし。会社で働くの無理だなとかって思って立ち上げた。
さらに安斎さんは、100人弱の会社の共同代表という役割にも不一致感があると打ち明けます。全社総会で中期経営計画やビジョンを語るのはあまり好きではないと言います。
喋るのは好きなんだけど。自分で作った会社だからすごく愛着もあるし、めちゃくちゃいい会社で、本当に大好きな会社なんだけど、こうしていきたいっていう意志がない。
安斎さんはこの感覚を、子供の習い事にたとえます。子供が「ダンスをやりたい」と言えば全力で応援するが、自分がどんなダンサーになりたいかは語れない。MIMIGURIへの気持ちもそれに近いと言います。
個人と経営者の人格が乖離するとき
高木さんは、安斎さんの悩みに共感を示します。もともと衝動でやっていたことが会社になり組織になっていくと、責任が生まれ、最初は一致していた人格が少しずつ離れてくる。この乖離は特にクリエイティブ気質の人ほど起きやすいと話します。
高木さんは、この違和感がいつから始まったのかを尋ねます。安斎さんは、合併して共同経営になった2021年ごろからうっすら続いていると答えます。
フルコミットする過程で、大学の研究者という人格を少しずつ剥がしていったことも背景にあります。代表取締役と国公立大学の教員は兼務できないルールがあり、大学の役割を減らしていったのです。
ふとした時に、なんか「あれ、俺MIMIGURIのために働いてるな」って思う時は、なんか多分この数年でちょろちょろあって。
安斎さんはこの違和感に対して工夫もしてきました。VoicyやポッドキャストでのMIMIGURIの一人語り、自分のnoteの記事など、自分主語の場所と会社主語の場所を両方持つことでバランスを保とうとしてきたと言います。
高木さんは、人格が2つ3つあるのは健全なことだと受け止めます。そのうえで、経営者としての責任を一旦外して、安斎勇樹個人として何が気持ち悪いのかを言葉にしてほしいと問いかけました。
AI時代に「100人にはしない」という本音
高木さんの問いに対し、安斎さんは個人として気持ち悪い部分を語り始めます。大企業の組織作りは大事だと思う一方で、AIによって知的生産のワークフローが劇的に変わっていることが引っかかっているといいます。
たとえば本を書く作業も、以前は編集者やライターと数人でやっていたものが、今は優秀な編集者とバディを組んでAIを使えば圧倒的に早い。あらゆる知的生産がスリム化していく方向に進んでいると安斎さんは指摘します。
そのうえで安斎さんは、今の状況で当時の年齢だったらこうはしなかった、という本音を口にします。
本来は大企業の組織作りも、今やっていることを半分の人数でできないかと考えるべきだと安斎さんは言います。しかし雇用に保護された人たちがいる以上、人数をスリムにする組織論を提案するのは難しいのが現実です。
だからこそMIMIGURIのコンサルティングは、ドラスティックな変革ができないことを諦めた上で、今の組織を少しでもマシにするための処置に近い。安斎さんはそこに自己矛盾を感じていると打ち明けます。
それが鈍いから成立してるビジネスですよね、MIMIGURIのコンサルって。だから、なんかそこにちょっと自己矛盾を抱えてる。
継続を前提にすると、なぜ創造性は死ぬのか
高木さんは、安斎さんが自分の課題への解像度が非常に高いと指摘します。多くの経営者は日々のオペレーションに追われて自分が何に悩んでいるかを俯瞰できないが、安斎さんはすぐに言葉にできる。それなのに、なぜ解決を温めているのかと問いかけます。
安斎さんは、最も評価され基盤になっているのがMIMIGURIの組織作りのコンサルティングであり、そこから派生して本も書けている以上、軸足は変えられないと答えます。しかし本音では、その先へ行かないと意味がないという思いがあると言います。
そして安斎さんは、根本にある違和感を言葉にします。企業が続くこと、成長することが前提になりすぎているのが気持ち悪いというのです。
安斎さんは、いつでも辞められる、解散時期が決まっているといった条件が、創造活動において重要だと考えています。研究者のプロジェクトが気楽なのは、予算が2年など決まっていて、集まって解散する形だからだと言います。
高木さんも、クリエイティブ界隈でよく言われる「デザインは締め切りが決める」という考えに共感を示します。締め切りがないと永遠にやってしまうから、どこかでバツッと決めることがデザインだ、という感覚です。
この対話から、2人は組織そのものへの疑問へと踏み込みます。ゴーイングコンサーンを目指す組織は、そもそも創造性の条件とは真逆に位置しているのではないか、という論点です。
習熟や学習には価値があるが、惰性と慣性が働き、続けること自体が自己目的化して衝動が停止していく
解散時期や締め切りがあることで、湧き上がる衝動をブーストにして走り、また次へ向かう自律的な創造が起きやすい
安斎さんは、長く続けることにも価値はあると補足します。習熟や、続けるからこそ見えてくる景色があるからです。ただし継続を前提にすると惰性が働き、何のためにやっているかわからなくなると言います。
なんかうわっと湧き上がる衝動みたいなものが創造性の根幹だと思ってるんで。基本的にその続けることを所業にした瞬間に、衝動っていうものが停止していく。
正規雇用と「辞めやすさ」。組織より働き方への関心
安斎さんは、衝動の変化を子供の習い事にたとえます。「やりたい」と言ったときの衝動が一番高く、続けるうちに鈍くなる。ただ、続けるから見えることもある一方で、別の習い事を見つけてやめた瞬間の解放感がエネルギーになると言います。
この「離脱のしやすさ」が、今の労働環境では犠牲になっていると安斎さんは指摘します。正規雇用が是とされ、長く働くことが美徳とされる社会です。前日にも、起業したいのに「3年続けた方がいい」と言われて迷う社会人2年目の人の相談を受けたと話します。
高木さんは、アメリカのような雇用の流動性の高さがイノベーションの源泉にもなっているのかと尋ねます。安斎さんは、そういう側面もあるが、もっとうまいやり方があるのではないかと答えます。
安斎さんは例として、電通が5年ほど前に40代から60代の希望者を対象に、業務委託契約の合同会社へ切り替える仕組みを設けたことを挙げます。独立か正規雇用でずっと働くかの中間帯が少ないことに気持ち悪さを感じていると言います。
こうした話から、安斎さんは自分の関心が組織そのものではなく「働き方」にあることに気づきます。
今話して思ったけど、働き方に興味があるんですよ。組織より。どっちかっていうと創造的な働き方に興味があって。
ワークショップが創造的だった本当の理由
高木さんは、ワークショップが時間や設定が決まっているからこそ創造的になれたのではないかと問いかけます。安斎さんも「確かにな」と受け止めます。
ワークショップは、その場だけのテントを張るように簡易の場を作って解散する。学校のようなしがらみやヒエラルキーから離れ、違う人格を出せることが変容のきっかけになる。期間限定で解散を前提とした非日常の場が作用していた、と安斎さんは語ります。
高木さんは、スターバックスの「サードプレイス」を例に挙げます。家庭や会社の役割から解放されて個人になれる場所という定義であり、ずっとそこにいないからこそ創造的になれるのだと説明します。
一方で高木さんは、自分のビジョニングとワークショップは真逆だと指摘します。高木さんはトップの思想を1〜2ヶ月で抽出して固め、残りの期間を浸透に使う。全員で合意形成する半年をかけるやり方とは逆の順番です。
早く決めて早く下ろして、なるべく言いまくってもらうっていうの方が俺は効果高いと思っちゃう。
安斎さんは、組織作りの日常の中で小さな創造性を耕すことはできるが、衝動がぶわっと湧き上がるような創造性は起きづらい環境でじわじわやらざるを得ないと認めます。そしてそれは組織のせいというより「契約のせい」だと言います。
AIが普及し、働き手が不足していく中で、少ない人数で大きなことをやらなければならない。それなのに人を減らせないことが、安斎さんの感じる不一致の中心にあります。組織が嫌いというより「組織はもっとよくできる」と思っているのだと整理します。
大企業に創造性は本当に必要か
高木さんは、就職氷河期世代のミドルマネージャーに多く見られる「環境への過剰適応」の話へと踏み込みます。安斎さんは、役割の中で自分を押し殺して働く姿を見るのがシンプルに嫌だと言います。
なんか人が過剰適応してるのを見るのがめっちゃ嫌なんですよ。
安斎さんはこれをカラオケにたとえます。歌うのが嫌いなのではなく、居場所がなくて「タンバリンあった」と役割を見つけてその場をやり過ごす人を見るのが嫌なのだと言います。
高木さんも、この感覚は自分と一致すると応じます。個人が持つ価値観や信念(高木さんの言う「WHY」)を押し殺して空気に従う姿が苦手で、だから大企業とは仕事ができず、トップダウンの強いスタートアップやオーナーシップの強い会社ばかりと組んでいると話します。
そのうえで高木さんは、挑発的な問いを投げます。新規事業は社内では難しいという諦めの潮流がある中で、ゴーイングコンサーンでルーティンを回す大きな組織に、そもそもそんなに創造性は必要なのか。創造性はベンチャーが担う、という役割分担でもいいのではないか、という問いです。
安斎さんは大枠で賛成しつつも、反論します。大企業も同じことを続ければ立ち行かなくなる。誰も見たことのない革命的な新規事業ではなく、現場の一人ひとりが小さく創造性を発揮することを諦めると、ちょっとした環境変化に対応できず簡単に潰れると考えているからです。
安斎さんは、それが個人のキャリアにとっても意味があると言います。人生100年時代に同じ仕事を続けるわけにもいかない中で、自分なりの試行錯誤の芽が大企業にも存在していることが重要だと話しました。
誰の創造性を引き出したいのか
高木さんは、対話の核心となる問いを投げます。有限の時間を捧げるとして、誰の創造性を引き出したいのか、という問いです。
高木さんはまず自分のスタンスを示します。社会を変える1パーセントの変革者のために人生を使いたい。起業家や面白い研究者、クリエイターの創造性が発露されることこそが世界を変えると信じているのだと語ります。
高木さんは、安斎さんが誰の創造性を引き出したいのかを尋ねます。安斎さんがパッと浮かんだのは「MIMIGURIのメンバー」でした。
安斎さんは、その理由を自分の大学院経験に結びつけます。創造性をどう発揮していいかわからなかった若者だった自分にとって、研究は「わかんないことでアイデンティティを共鳴できる」道だったと言います。
「自分はこれが知りたいです。これは研究したいです」って言って、大学院に入って修士テーマ掲げて、まだ何かができるわけじゃないんだけど、そこで自分をアイデンティティを保てて、こう表現ができる。
この「研究テーマを持ち、作品を作り、それを変えていく生き方」を、研究者ではない人にも民主化したいという思いが安斎さんにはあります。MIMIGURIでは全社総会で、CEOスピーチではなく全員が自分の「探究」テーマをポスター発表しているといいます。
なんかそれ、だからMIMIGURIの中からなんか本とか書く人とか、論文書く人とかがもっともっと増えていけばいいな。
世代論ではない。近くて探求を諦めていない人へ
高木さんは、安斎さんが引き出したいのは「自分の創造性を発露させたい、それで社会を良くしたいと信じている人たち」ではないかと解釈します。そして衝動の話で自然に子供の例が出たことから、若い世代を想定しているのかと尋ねます。
安斎さんは、教育的な畑にいた指向性はあると認めつつ、必ずしも若い世代とは限らないと答えます。MIMIGURIには年上のメンバーもいるし、上の世代が過剰適応から衝動を覚醒させる姿もうれしいと言います。
大企業の中で空気を読まずに変革プロジェクトを立ち上げる人も、諦めて副業で会社を立ち上げる50代の人も、等しくうれしい。だからこれは世代論ではないと安斎さんは整理します。
直接的に関わりたいのはMIMIGURIメンバー、そして本の読者やポッドキャストのリスナーなど、顔が見えてくる人たちです。共通するのは「近くて、かつ自分の知的好奇心を深めることを諦めていない人たち」でした。
自分の毛穴から湧き出る興味の衝動を表現するようになっていったら、そこにいる周りの人たちにも絶対に影響するだろうな。
高木さんは、それなら組織を変えることが目的ではなく、組織にいる個人のクリエイティビティを発露させること自体が目的なのかと確認します。安斎さんも同意します。
組織ではなく「連鎖」を起こす
安斎さんは、MIMIGURIメンバーにレバレッジをかけたい理由を説明します。大企業の組織作りという硬い地盤の現場に入り込むメンバーが、自分の探求を深めるモードになっていることが重要だからです。
コンサルティングをやる上で一人ひとりが自分の興味を深めているのは、むしろ非合理な部分です。しかしそういう人が大企業の変革に関わることで、クライアント側にも影響が出て、向こう側にも同じような人が現れる。この連鎖が起こることを安斎さんは確認していると言います。
その連鎖ゲームはめっちゃおもろいと思ってる。組織を変えたいよりかは、その連鎖によって個人が覚醒していく方が好き。
高木さんは、組織が主語になると違和感があり、個を探求するビジネスパーソンが増え、そのインフルエンスが拡大していくことこそが起こしたい現象なのだと言い換えます。安斎さんはこれに強く同意しました。
高木さんは、受け入れやすいのは「みんなで良くしましょう」だが、自分の本音に回答するものがないと「嘘をやっているな」という気持ちが拭えないのではないかと指摘します。
組織を抱えたことは「創造的制約」であり運命
安斎さんは、高木さんが自分に対して「大企業のコンサルに意味を見出し、全社総会で堂々と語れるようになった方がいい」と勧めているのか、と確認します。
高木さんの答えは違いました。安斎さんはいつでも研究者に戻れるし、一人になるのは簡単だと前置きします。そのうえで、生産性とは程遠く見える制約こそが人生を面白くすると語ります。
高木さんにとって、地元の富山の仕事はビジネスとして説明できなくても「運命」であり、やらなければならないものです。同じように、研究者だった安斎さんが100人超の組織を率いていることも運命であり、創造的制約なのだと言います。
高木さんは、師匠の家入一真さんの言葉も引きます。クリエイティビティと経営はどちらかを選ぶものではなく、振り幅が激しいバランスの中でどうするかそのものが創造性だ、というものです。
だからこそ高木さんは、安斎さんの悩み自体が創造的だと感じています。割り切って研究者や経営者になる人は無限にいるが、そのバランスの中でどうするかをこれだけリアルに悩んでいることこそが創造的だと言います。
一見もしかしたら自分から遠いかもしれないって思ってることの中で、どう自分の理想、大義を実現していくかを考えることの方が新しい解が出てくるんじゃないかな。
この言葉が、安斎さんに深く刺さりました。組織嫌いなのに組織を抱えていることを、運命的な創造的制約として捉え直せると腹落ちしたのです。安斎さんは、これまで腹落ちしなかった「憂鬱じゃなければ仕事じゃない」という言葉との違いにも触れました。
組織嫌いなのに組織のコンサルやって組織抱えちゃってんだろうなと思ったけど、なんかそれを一つの運命的な創造的制約っていう中で、僕はどう創造性を発揮していけばいいだろうかって考えるのはめちゃくちゃいいかも。
既存事業とMIMIGURI拡大、二つの道筋
高木さんは、具体的な道筋を2つ提案します。1つ目は、既存事業のグロースは共同代表に任せ、これまで開拓した企業ネットワークを生かして、個人を解放していくプログラムをアドオンで提供する道です。
高木さんは、多くの企業が最初に伸びた事業を今の主力にしているわけではないと指摘します。任天堂の花札、トヨタの織機、マクドナルドの例を挙げ、最初に作った信用を武器に新しい商品を乗せていくのだと説明します。
2つ目の道は、MIMIGURIを拡大すること自体を目的にするという解釈です。探求していく組織人を増やす最も直接的な方法は、MIMIGURIの社員が増えることだ、という見方です。
そういう奴らがこうね、今日も探求しててみたいなこと言ってたわけだから。だからそれを、そのビジネスを拡大するって、その人数が増えれば、社会にとってのそういう人口が増える。
安斎さんは、MIMIGURIを大きくすることへのネガティブさはなかったが「何のためなんだろう」という意味付けがはっきりしていなかったと振り返ります。この考え方はしっくりくると受け止めました。
「辞める」をポジティブに転換できるか
安斎さんは、自分が根本的に「人が辞めること」に強い興味があると気づきます。アスリートや格闘家の引退に興味があり、MIMIGURIの中でうまく考えられていないのが「辞め方のデザイン」だと言います。
高木さんは、安斎さんが語った「終わりがあることが創造性に大事だ」という発想の面白さを改めて指摘します。日本社会では継続こそが大事とされ、辞めることや終わることがネガティブに扱われがちだからです。
辞める方が恥だっていう。辞めるっていうこととか終わるっていうことが、ある種創造的行為であるってことを、示すというか提案できると、それはすごい面白いんじゃない?
高木さんは、創業者がいなくても創造的な組織の例としてリクルートを挙げます。人が辞めていくこと、若さを保ち続けることで成立している会社だからです。
安斎さんは、大学が卒業を「やっと出れる」とポジティブに扱う点に着目します。博士号をもらい、ハットをかぶって辞める。辞めることの意味の書き換えをしたいと語り、それを次に書きたい本のテーマかもしれないと言いました。
高木さんは、クリエイティビティを「表現」と言い換えます。本や映画のように形にしなければならず、その時代性を否応なく帯びること自体が表現だと考えているからです。いつでも上書き修正できるラブレターは誰も読みたくない、というたとえで語ります。
MIMIGURIを5年で辞めると決めてみる
話は「自分で締め切りを決めることの難しさ」へと進みます。安斎さんは大学院での経験を語ります。修士論文も博士論文も、満足のいくものは作れないから「出すことが重要だ」と指導教官に言われたと言います。
高木さんは、中学や高校は3年で卒業と決まっているから卒業できるが、20代以降は誰も自分の卒業タイミングを決めてくれなくなると指摘します。だから決める訓練をした方がいいと言います。
そして高木さんは、対話の中で最も踏み込んだ提案をします。安斎さんがMIMIGURIを5年で辞めると決めればいい、というものです。
安斎くんはMIMIGURIを5年で辞めるって決めたらいい。辞めるとかじゃない。5年後に辞めると。それまでにそういう考えとかを社会にインストールして、それできるような状態にしたい。
高木さんは、サイバーエージェントの藤田晋さんも辞めると宣言してから辞めていると例を挙げます。安斎さんは「ハイボール2本飲んで、これ大丈夫?」と戸惑いつつも受け止めました。
高木さんは、設定がなければ本当の意味でクリエイティブのスイッチは押されないと言います。問いのデザインの専門家であっても、自分に問いを立てて実行するのは難しいからです。安斎さんは、5年という区切りで動きを考えることを「思考実験として面白い」と前向きにとらえました。
安斎さんは、大事なのは辞めることではなく、離脱可能で辞めることもできるけれど続けている、という状態だと整理します。続けることが前提になっていること自体が創造性を奪うという最初の主張に立ち返ったのです。
大事なことは辞めることじゃなくて、離脱可能であるとか、辞めることができるという、けど続けてるっていうことが大事だと思っていて。
留学のような始まりと、四十代の節目
安斎さんは、会社を作ったときの感覚を「留学のようだった」と振り返ります。「ちょっとベンチャー企業してみるのも人生の中でありかもな」という2年間の海外滞在のような感覚で始めたら、いつの間にか定住するのかという戸惑いに変わっていったのです。
40代になったこの節目で、45歳や46歳あたりで一度MIMIGURIとの関わり方を見直すかもしれない。そう考えると、自分が何を辞めて、何を続けて、何を新しくやるのかを考えるのはいい課題だと安斎さんは受け止めます。
高木さんも、自分の中で発見があったと言います。これまで「組織に創造性を持ち込むのは嘘だ」と思っていたが、今回の対話で見方が変わったと語ります。
高木さんの整理はこうです。組織の人たちが変えられないのは、続けることが最上位の目的だからだ。しかし終わりがあれば判断は変わる。だから「終わりが創造性を作る」という発想をMIMIGURIで実践することは、社会実験として面白いと感じたのです。
安斎さんは、40代で守るものや制約が増えてきたと感じていました。しかし「創造的制約」という言葉で捉え直し、5年というスパンでどうするかを設計するのはいいと前向きになります。
なんかやっぱ人生プロジェクト設計がすごい大事じゃん。プロジェクトってやっぱ期間があるんで、なんかその設計がしづらくなっていくって話なんだろうな。
トップダウン派と、社会を変えるもう一つの方法
高木さんは、自分がトップダウンで社会を変えられると信じてきたと明かします。デザイン思考で組織をぐちゃぐちゃ議論するのを見て「そんなのなるわけない」と思っていたと言います。
安斎さんも、自分がワークショップに全力だった頃に高木さんが「トップダウンしかない」と言っていて、意見が対立していると感じていたと振り返ります。
そのうえで高木さんは、安斎さんに証明してほしいと語ります。設定を維持することでクリエイティビティが生まれ、MIMIGURIで個人の創造性の連鎖が起こせることを示せたら、トップダウンではない社会変革の方法を信じられるかもしれない、というのです。
トップダウンじゃなくて社会変える方法あるのかもなって俺信じれるかもしれない。いや、マジ変えてほしい。
最後に高木さんが「すっきりしたか」と尋ねると、安斎さんは「いろんな角度からすっきりした」と答えました。個人の人格と経営者の人格の間で複雑な気持ちを抱えつつも、対話を通じて前向きな課題を受け取ったのです。
収録後:問いとは、深掘りと揺さぶりと〇〇
収録後、高木さんが安斎さんに、問いの専門家として今日のセッションの感想を尋ねます。安斎さんは、基本的に深掘りを続け、硬くなったところで揺さぶるやり方を「絶妙だった」と評します。
特に印象的だったのは、高木さんが突然「提案モード」に切り替わる瞬間でした。安斎さんは、それはもはや問いかけではなく「ぶつけている」と表現します。
「ここだ」ってなった時の畳み掛けがすごかった。で、それは全部当たった。だからその嗅覚がすごい。
高木さんは、自分は感覚的・身体的にやっているのでわからないと言います。心からその人の気持ちに共感しようとするから「俺が安斎勇樹だったらこうするぜ」と言いたくなってしまうのだと話します。
この手法は見ているだけでは真似できず、仕事で長い時間を共有すれば少しずつわかってくると高木さんは言います。「寿司職人みたいな感じ」で、弟子的に見てもらう必要があると笑いました。
まとめ
組織論の第一人者と見られる安斎さんが抱えていたのは、「継続を前提にすると創造性は死ぬ」という違和感でした。高木さんはそれを「創造的制約」と「終わりの設計」という言葉で捉え直し、組織を抱えたことを運命として引き受けたうえで創造性をどう発揮するかを問い直す対話になりました。
- 安斎さんの本音は、AI時代なら「こんなに人数を増やさない」というもので、継続・成長を前提とするゴーイングコンサーンそのものに違和感がある
- 引き出したいのは組織ではなく、近くて探求を諦めていない個人の創造性であり、それが連鎖して周囲やクライアントに広がることに意味を感じている
- 高木さんは、組織を抱えたことを「運命的な創造的制約」と捉え、そのバランスの中でどうするかそのものが創造性だと提案した
- 「終わりがあること」が創造性を生むという発想から、MIMIGURIを5年で辞めると決めてみる、辞めることをポジティブに書き換える、という具体的な課題にたどり着いた
- 高木さんはトップダウン派だが、個人の創造性の連鎖で社会を変えられることを安斎さんに証明してほしいと締めくくった



