「ホルモン」と聞いて何を思い浮かべる?
サイエントークの今回のテーマは「ホルモン」です。レンさんがエマさんに「ホルモンって何ですか?」と唐突に尋ねるところから話が始まります。
エマさんが最初に挙げたのは、思春期や生理のときに人の心をかき乱すもの、というイメージでした。「生理」が「セール」に聞こえたレンさんが聞き返し、セール中のおばさんもホルモンが出ているかもしれない、と笑い話にもなります。
ホルモンはなんかこう、思春期とか、あとはセールの時とかに、人間の心をかき乱すもの。
さらにエマさんは焼肉のホルモンも思い出します。焼肉のホルモンは内臓なので、化学物質としてのホルモンとは別物に見えます。
レンさんはここに「ステロイド」という言葉も加えます。ホルモンとステロイドは密接な関係にあるものの、どちらも日常会話でイメージだけで使われがちです。
男性ホルモン、女性ホルモンとかもさ。なんかイメージで使ってんじゃん。
そこで今回は、ホルモンの解像度を上げたうえで、ホルモン研究が社会に大きな影響を与えていく話をしていく、という流れが示されます。
お腹が鳴るのは神経のしわざ?
レンさんが最初の例として出したのは、お腹がすくとお腹が鳴る仕組みです。エマさんは、お腹から脳へ、脳からお腹へと神経で信号が伝わるイメージを答えました。
レンさんによると、エマさんの答えは「非常に惜しい」もので、昔はまさにそう考えられていました。当時は、体の働きはすべて神経の電気信号で成り立っていると思われていたのです。
現在わかっているのは、胃が空っぽになると胃からホルモンが出て、そのホルモンが脳に届いて空腹を伝えるという仕組みです。そこから先は、脳が電気信号で胃に「食べ物が入る準備をしろ」と伝え、胃が動いてグーと鳴ります。
胃が空になる
胃からホルモンが出る
ホルモンが脳へ
物質による信号で空腹が伝わる
脳から胃へ
電気信号で受け入れ準備を命じる
胃が動く
その動きがグーという音になる
じゃあ前半のお腹から脳への信号は、その電気じゃなくて物質による信号ってこと?
レンさんはこの物質こそがホルモンだと答えます。前半は物質、後半は電気信号という組み合わせで、お腹が鳴る現象は成り立っています。
最初に見つかったホルモン、セクレチンとは
1902年に最初のホルモンが見つかるまでは、体はすべて神経でコントロールされているという考えが常識でした。レンさんは、ベルを鳴らすと犬がよだれを出す実験で知られるパブロフ ── ロシアの生理学者イワン・パブロフ。条件反射の研究で知られ、消化の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞していますさんの名前を挙げています。
常識を覆したのは、膵液の研究をしていた人の実験でした。胃に酸が入ると膵臓から膵液が出ることを確かめていたその研究者は、膵臓につながる神経をすべて切断しても膵液が出ることに気づきます。
だからなんつうの、電話線切ってんのになんか繋がってるぞみたいな、そういう状態よね。
原因を調べると、化学物質が出ていて、それが膵臓に膵液を出すよう命令していました。これが初めて見つかったホルモン、セクレチン ── 十二指腸から分泌されるホルモン。胃酸が腸に届くと分泌され、膵臓に重炭酸を含む膵液を出させて酸を中和しますです。
レンさんが示したホルモンの定義は、ある場所で作られ、血液に乗って運ばれ、特定の相手に命令をする物質というものです。
だって体の中ってさ、もう臓器と臓器同士もさ、いろんな物質でコミュニケーション取ってたりとかするんで、それ全部ホルモンなんすよね。
エマさんは、日常で「ホルモンできつい」と言うときのイメージより、ホルモンはずっと幅広いと受け止めます。レンさんは血液を情報を伝える道路にたとえ、伝達の速さでは神経のほうが圧倒的に速いとも補足しています。
電気信号で伝える。伝達は圧倒的に速い
化学物質が血液に乗って特定の相手に命令する。神経より時間がかかる
焼肉の「ホルモン」はなぜホルモンなのか
ホルモンという名前は、ギリシャ語の「ホルマオ」から来ています。ホルマオは「刺激する」「活動させる」という意味で、レンさんはホルモンを、どこかからどこかへ送る手紙のようなものだと説明します。
この語源から考えると、焼肉のホルモンは意味が通りません。レンさんは、焼肉のホルモンの由来には2つほどの説があると紹介します。
1つ目は関西でよく言われる、捨てるもの、つまり「放るもん」から来たという説です。内臓は食べずにポイと捨てられていたため、放るもんがホルモンになったといいます。
2つ目は、昭和初期にホルモンが見つかったばかりのころ、生命に活力を与える物質、スタミナの源という意味で流行したという説です。そこから、食べると活力が湧く料理として「ホルモン料理」が売り出されたといいます。
関西で有名。捨てられていた内臓を「放るもん」と呼んだダジャレ
昭和初期に活力の源として流行したホルモンにあやかり、ホルモン料理として売り出された
どちらの説でも、焼肉のホルモンは日本でしか通じない言い方だと考えられます。レンさんは、海外で言えば男性ホルモンのような体内の話だと思われるだろうと話しています。
ホルモンの3つの種類とステロイド
ホルモンには多くの種類があり、レンさんは代表的なものとして3つを挙げます。1つ目はタンパク質からできたペプチドホルモンで、インスリンや成長ホルモンがここに入ります。
2つ目がステロイドホルモンで、ここでステロイドという言葉が出てきます。ステロイドホルモンは脂質であるコレステロールを原料にしていて、形もコレステロールに似ています。男性ホルモンや女性ホルモンはステロイドホルモンに含まれます。
男性ホルモンや女性ホルモンはじゃあ油なんだ。
3つ目はアミンホルモンで、アドレナリンや睡眠に関わるメラトニンが有名です。エマさんの質問を受け、レンさんはセロトニンもアミンホルモンではないかと答えています。
| 種類 | 材料・特徴 | 例 |
|---|---|---|
| ペプチドホルモン | タンパク質からできている | インスリン、成長ホルモン |
| ステロイドホルモン | コレステロール(脂質)が原料で形も似ている | 男性ホルモン、女性ホルモン |
| アミンホルモン | (材料の説明なし) | アドレナリン、メラトニン、セロトニン |
犬のインスリンで糖尿病の少年が回復した話
ホルモンが見つかると、人間は当然、足りないホルモンを補う薬として使えないかと考えます。エマさんは精神的な病の治療にも使えそうだと話しますが、レンさんによると、当時はもっと身体的なことに使われていました。
最初に薬として使われたホルモンはインスリンです。インスリンは血糖値を下げるホルモンで、血液中の糖を細胞に取り込ませてエネルギーにしたり、余った糖を脂肪として蓄えたりします。
当時、糖尿病は死に至る病でした。犬の膵臓から取り出したインスリンを糖尿病に苦しむ少年に投与すると、少年は大きく回復したといいます。人間と犬のインスリンは全く同じではないものの、構造が似ていたため体内で機能したのです。
投与の方法は注射でした。インスリンはタンパク質なので、口から入れると胃などで分解されてしまうため、直接血液に乗せる必要があったとレンさんは説明します。
でもね、これが成功例として出てきたら、何が起きると思う?
豚の卵巣2500頭分で1グラム
犬のインスリンの成功を受けて、エマさんの予想どおり、世界中の製薬会社が動物からホルモンを取るようになります。屠殺場で食肉にならない牛や豚の膵臓や卵巣を大量に買い集め、そこからホルモンを抽出したのです。
エマさんは、ホルモンのためだけに動物が殺されるわけではないと知って安心します。レンさんは、それではコスパが悪すぎると返しています。
実際、動物からの抽出は効率がとても悪いものでした。生理不順の治療にステロイドホルモンが使えるとわかってきたとき、1グラム作るのに豚の卵巣が2500頭分必要だったといいます。
1920〜30年代には、プロゲステロン ── 黄体ホルモンとも呼ばれる女性ホルモンの一種。子宮内膜を整え、妊娠を維持する働きを持っていますなどの性ホルモンが薬として役立つことはわかっていました。流産しやすい人はプロゲステロンが不足していることが多く、補充する治療が行われていたものの、ほとんど取れないため同じ重さの金より高かったそうです。
そもそもステロイドとは何か
レンさんは改めて、ステロイドとは化学構造の名前だと説明します。ステロイド骨格と呼ばれ、炭素原子が六角形や五角形に並び、亀の甲羅のように4つほどつながった特徴的な形をしています。
カフェインとかも化学物質の名前を言ってるわけじゃん。ステロイドってやつも、要は化学構造の名前を言ってるって感じなのよ。
ステロイド骨格を持つものは全部ステロイドに分類され、男性ホルモンや女性ホルモンもすべてここに入ります。
高すぎるなら人工的に作ろう、という発想は当然出てきますが、当時は難しいことでした。エマさんは体内の作り方を真似できないかと尋ねます。体内では性ホルモンはコレステロールから酵素で構造を変えて作られますが、その酵素自体がさらに少量しかなく、手に入れるのが難しいとレンさんは答えています。
ラッセル・マーカーが植物に目をつけた理由
ここからは、レンさんが「めちゃくちゃ好き」だという1930年代のアメリカの化学者、ラッセル・マーカーの話です。ステロイドを大量に作れれば金を作るようなもので、マーカーはステロイドの形を持つ別の何かを探しました。
マーカーが見つけたのは、植物に含まれるサポニン ── 植物に広く含まれる成分の総称。水に溶かすと石鹸のように泡立つ性質があり、名前もラテン語で石鹸を意味する語に由来しますです。サポニンはツル植物の根などに含まれ、石鹸のように泡立つ成分です。
サポニンはそのままではホルモンの形ではなく、ステロイドに余計な糖などがくっついています。それを切り離し、構造を少し変えればホルモンに近づけられる、という考えでマーカーはいろいろな植物のサポニンを集めました。
植物のサポニン
ステロイドに糖など余計なものが付いている
化学反応で変換
余計な部分を切り離し、構造を変える
ホルモン
大量に作れれば安く供給できる
やがてマーカーは、ハーブ飲料の原料になるサルサパリラという植物の根から、ホルモンに変換する化学反応を発見します。
エマさんの質問から、植物にも植物ホルモンがあることも話題になります。ただし今回のサポニンは植物にとってホルモンではなく、たまたま人間のホルモンと構造が似ている物質でした。
メキシコのヤマイモを求めて
サポニンが多く含まれる植物を探したマーカーが最終的に行き着いたのが、ヤマイモでした。なかでもメキシコの「カベサ・デ・ネグロ」(黒人の頭)と呼ばれる巨大なヤマイモが一番良さそうだと、植物図鑑やメキシコの植物学者への手紙で突き止めます。
マーカーは名門ロックフェラー研究所にいましたが、植物を研究したいと言うと怒られたといいます。
植物やりたいって言ったら、「植物いじりなので時間を浪費するな」って怒られて。
マーカーは研究所を辞めてペンシルベニア州立大学に移り、自分の資金も使って植物探しを10年以上続けました。
1942年、アメリカは第二次世界大戦の真っただ中で、大使館からはメキシコ行きを推奨しないと警告されていました。それでもマーカーはローカルバスを乗り継ぎ、言葉も通じないなか地図を頼りにジャングルの奥まで進み、地元の人と交渉してヤマイモの根を手に入れます。
持ち帰ったヤマイモには信じられないほどサポニンが入っていました。マーカーは化学合成の方法を作り上げ、「これで世界を変えられる」と考えます。
門前払いから生まれたメキシコの会社シンテックス
マーカーはアメリカの企業に、ヤマイモを使えばホルモンを大量に作れると売り込みましたが、「そんな怪しい話に投資できない」と門前払いされてしまいます。
この人はもう誰も信じないから自分でやるしかないっていうので、大学を辞めてメキシコシティに移住して。
当時のメキシコでは、化学合成が産業としてまったく行われていなかったといいます。マーカーは廃墟になった陶器工場を改造して合成を始め、レンさんはそれを「もうDIYですよ」と表現しています。
こうして生まれたのが、シンセシス(合成)とメキシコを合わせた名前の会社シンテックスです。レンさんによると、この瞬間に世界のホルモン産業の中心は欧米からメキシコの小さな工場に移りました。
もうホルモンというか、山芋になんか命かけてるみたいな。
価格破壊とマーカーの突然の引退
マーカーはヤマイモからホルモンを安く作ることをやり遂げます。1グラム1000ドル以上したものが、一気に数ドル程度まで下がったと話されています。
動物の臓器から抽出。1グラム1000ドル以上
メキシコのヤマイモから合成。一気に数ドル程度へ
価格が暴落したあと、周囲の人は利益を出そうと経営に奔走しますが、マーカーは強く反発します。
マーカーさんは「いや、科学の成果は人類全員で共有するべきでしょう」って言って。めっちゃ反発して。
対立の末、マーカーは研究ノートと記録を廃棄し、科学の世界から姿を消しました。相当揉めたのではないかと言われているそうです。エマさんは惜しいと嘆き、レンさんは一度会社を追われたスティーブ・ジョブズに重ねています。会社としてのシンテックスは、その後も大きくなっていきました。
口から飲めるホルモン、ピル誕生前夜
シンテックスには、どうしてもステロイドの研究がしたいという別の天才がアメリカからやって来ます。書き起こしでは「ジェラシー」と呼ばれている人物で、カール・ジェラッシと考えられます。
この人物はさまざまなホルモンの合成法を開発し、それまで注射剤しかなかったホルモンを、口から飲んでも使える構造に変えて特許を出しました。
この口から飲めるホルモンが、のちにピルと呼ばれる経口避妊薬になっていきます。「ザ・ピル」と呼ばれるほど社会的インパクトの大きい薬で、その話は次回に続くとされています。
一個の分子が世界を変える面白さ
まとめとしてレンさんは、ホルモンを体の特定の場所で作られ、血液に乗って運ばれ、特定の相手にだけ作用する物質だと振り返ります。そのうちステロイドホルモンがヤマイモから作られ、現代の薬の製造につながった、という流れです。
ヤマイモのサポニンは、植物の中では外敵から身を守る天然の殺菌剤・殺虫剤のような働きをしているらしいといいます。余計な部分をそぎ落とす反応には、マーカーの名前が付いたマーカー分解 ── サポニンの一種ジオスゲニンから、ステロイドホルモン合成の中間体を得る化学反応。これにより植物から安価にプロゲステロンを作れるようになりましたもあります。
レンさんは、ステロイド骨格を作る体内の合成経路が共通していて、アセチルCoAから作られていると話します。動物と植物が分岐する前からこの仕組みがあったということになります。
いろんな生物がさ、似たような合成の方法で似たようなものを持ってるって考えると、(植物からステロイド剤を作るところに至るのは)結構必然だったような気もするね。
レンさんは、必然ではあるもののよくたどり着いたと応じ、エマさんは動物と植物の架け橋になったマーカーを「偉い」とたたえます。一方で、二人とも貢献したマーカーが報われなかったことに哀愁を感じています。
次回へ向けてレンさんが挙げた面白さは、もともと流産を防ぐ、むしろ妊娠を助ける方向で作られた女性ホルモンが、なぜ逆の避妊薬になっていったのか、という点です。
まとめ
ホルモンは臓器同士をつなぐ化学物質の手紙であり、そのうちのステロイドホルモンは、ラッセル・マーカーがメキシコのヤマイモに賭けたことで安く作れるようになりました。その成果は、のちのピル誕生にもつながっていきます。
- ホルモンは、ある場所で作られ血液に乗って運ばれ、特定の相手に命令する物質
- 1902年のセクレチン発見で、体は神経だけで動くという常識が覆った
- 焼肉のホルモンの語源には「放るもん」説と医学用語由来説がある
- 豚の卵巣2500頭分で1グラムだったステロイドホルモンを、マーカーはヤマイモから安く作った
- 口から飲めるホルモンの開発が、のちのピルにつながっていく


