腸内細菌を移植して病気を治す? マイクロバイオーム創薬の最前線
サイエントークのレンとエマが、メタジェンセラピューティクス腸内細菌研究に基づく医療・創薬を目指す大学発バイオベンチャー。順天堂大学・慶應義塾大学・東京工業大学の研究者が共同創業。の代表取締役社長CEO・中原拓さんと、順天堂大学消化器内科准教授でCMOの石川大さんを迎え、腸内細菌を使った治療と創薬の最前線に迫った後編回。健康な人の腸内細菌をまるごと移植する「FMT」の驚きの治療成績から、日本初の先進医療認定、そして腸内細菌バンク構想まで、その内容をまとめます。
腸内細菌を「まるごと移植」するという発想
前編で語られたとおり、腸内細菌は免疫・代謝・脳機能など全身の健康と深く関わっています。では、腸内細菌のバランスが崩れてしまった人をどう治すのか。石川さんによれば、理想的には特定の菌だけを増減させてバランスを整えたいところですが、数百種・数十兆個もの菌が絶妙な生態系を構成しているため、それは現時点では現実的ではないとのことです。
そこで登場するのが、健康な人(ドナー)の腸内細菌をそっくりそのまま患者に移す「FMT(Fecal Microbiota Transplantation)便中の腸内細菌叢をまるごと移植する治療法。日本語では「腸内細菌叢移植療法」や「便移植」と呼ばれる。」という方法です。壊れたバランスをピンポイントで直すのではなく、健康な腸内環境そのものを持ってくるという、ある意味で逆転の発想と言えます。
戦争じゃなくて平和的解決みたいな感じしますよね
すべてはアムステルダムから始まった
FMTが一躍注目されたのは、2013年にアムステルダム大学オランダの首都アムステルダムにある総合大学。医学部は感染症・消化器領域で世界的に知られる。が発表したランドマーク的な論文がきっかけでした。
対象になったのは、CDI(クロストリディオイデス・ディフィシル感染症)抗生物質の長期使用により腸内細菌のバランスが崩れ、クロストリディオイデス・ディフィシル(CD菌)が異常増殖して毒素を産生し、重篤な腸炎を引き起こす疾患。再発率が高く治療が難しい。という腸炎です。抗生物質を長期間使い続けると腸内細菌のバランスが大きく乱れ、特定の菌(CD菌)が毒素を産生して重い腸炎を起こしてしまいます。従来の治療はまた別の抗生物質で対抗するというものでしたが、菌が耐性を獲得してしまい、いたちごっこになりがちでした。
2013年の論文では、FMTの治療効果が90%を超えたのに対し、従来の抗生物質治療は約20%にとどまりました。この圧倒的な差が世界を動かし、翌2014年にはイギリス、オランダ、オーストリア、カナダなどでCDIに対するFMTがガイドラインに掲載されるようになりました。
世界が挑むマイクロバイオーム創薬──2つのアプローチ
中原さんは、2013年のFMTデータ以降、世界中で進んでいるマイクロバイオーム創薬腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の知見を活用して新しい医薬品を開発する創薬アプローチの総称。を大きく2つに分類して解説してくれました。
ドナーの便全体から薬を作る
✅ FMTで効果実証済み
✅ 早期に患者へ届けやすい
⚠️ 毎回同じ品質にできない
⚠️ 安全性リスクが高い
有効な菌だけを取り出し工業生産
✅ 規格化・スケールアップしやすい
⚠️ 菌1種の製造に約5億円
⚠️ 有効菌だけでは効かないことも
トップダウンアプローチは、ドナーの便から製剤を作る方法です。FMTで実際に効果が確認されているため、有効性の裏付けがある状態で開発を始められるメリットがあります。一方で、「同じ人からでも毎回同じ便は出ない」ため規格化が難しく、2019年にはアメリカで免疫抑制状態の患者への投与で死亡例も出るなど、安全性のリスクが付きまといます。
ボトムアップアプローチは、有効な菌だけを特定して工業的に製造する方法です。規格化やスケールアップには向いていますが、菌1種の製造プロセス立ち上げに約5億円かかり、10種のカクテルなら50億円という莫大なコストがかかります。さらに、「一見何の役にも立ってないように見える菌が、いないと有効菌も活躍できない」というエコシステムの問題があり、有効菌だけの組み合わせでは期待通りに効かないケースも少なくないそうです。
本当に会社みたいですね。良さそうなやつを5人選んで送っても、結局その5人は環境になりきれてないみたいなことですよね
中原さんによれば、「何種類の菌を入れれば十分なのか」はまさにミリオンダラークエスチョン「百万ドルの価値がある問い」=答えがわかれば莫大な価値を生む、まだ解決されていない最重要課題のこと。で、世界中の研究者が次世代シーケンサーDNAの塩基配列を超高速・大量に解読できる装置。腸内細菌の種類や量を網羅的に調べるのに不可欠なツール。やバイオインフォマティクス生物学のデータを情報科学の手法で解析する学問分野。腸内細菌の膨大なゲノムデータから有用な菌や組み合わせを見つけるのに活用される。を駆使して探索を続けている最中とのことです。
日本でのFMT──9年の挑戦と先進医療認定
石川さんは2013年のランドマーク論文に衝撃を受け、アムステルダム大学を訪問。翌2014年6月に日本でFMTの臨床研究を開始しました。対象疾患は潰瘍性大腸炎大腸の粘膜に慢性的な炎症が起こり、下痢・血便・腹痛を繰り返す自己免疫疾患。国の指定難病で、根治が難しいとされる。若年層に多い。です。
しかし、9年前は「腸内細菌とは?」から説明しなければならない時代。患者への説明はもちろん、倫理委員会で研究の意義を理解してもらうこと自体が大きなハードルだったそうです。
世界初の「リセット+移植」コンビネーション療法
石川さんのチームが独自に採用したのが、FMTの前に抗生物質3種類を2週間投与して腸内細菌をいったんリセットし、そこに健康な腸内細菌叢を移植するという方法です。
このアイデアの背景には、骨髄移植の考え方があります。自分の細胞がいっぱいいるところに他者の細胞を入れても拒絶反応が起きるため、まず自分の細胞を減らしてから移植する。同じ発想で、既存の腸内細菌が「住む場所」を占有している状態では新しい菌が定着しにくいため、先にリセットするわけです。
石川さんはこの方法を「世界に先駆けて」開始。オーストラリアでは41回もの投与で効果を示した研究もありますが、患者負担が大きすぎて実臨床には向きません。抗菌薬によるリセットを組み合わせることで、少ない移植回数でも効率的に腸内細菌叢を変えられることを目指したのです。
約200名の患者が参加した9年間の研究の末、2023年1月、この抗菌薬+FMTのコンビネーション療法が潰瘍性大腸炎に対する先進医療B厚生労働省が認める先進医療の一種で、新しい治療技術の有効性・安全性を評価するために保険診療と併用して行われる臨床研究的な医療。保険適用への足がかりとなる。として承認されました。
めちゃめちゃ面白いタイミングですね。すごいワクワクする
誰のうんちが一番効く? ドナーマッチングの謎
エマの「どんな人がいいドナーになるんですか?」という素朴な質問に対して、石川さんは興味深い研究データを紹介してくれました。家族内でドナーを選んだ場合、親・子・兄弟・配偶者のうち、誰の腸内細菌が最も長く治療効果を維持したのか──。
レンは「親からもらうのでは」、エマは「逆に配偶者のような遠い存在のほうがバランスが良くなるのでは」と予想しましたが、正解は兄弟でした。
石川さんの仮説はこうです。兄弟は同じ親から腸内細菌を受け継ぎ、同じ食環境で育ち、年齢も近い。つまり「腸内細菌のパラレルワールド」のような存在です。一方、親は20〜30歳の年齢差があり、世代によって代謝のニーズが変わるため腸内細菌の組成も異なります。赤ちゃんの頃はビフィズス菌中心だった構成が、成長期・壮年期・高齢期と変化していくため、年齢差が大きいとマッチしにくい可能性があるとのこと。
ただし、実臨床で全員に兄弟ドナーを用意するのは不可能です。そこで、これまで蓄積したデータから「どの菌が含まれていればうまくいくか」「どの菌種が少ないと効かないか」を解析し、相性の良いドナーを予測する取り組みが進められています。
腸内細菌バンクと「便のドナー」になる方法
多様な患者に対応するには、多様なドナーの腸内細菌を集めておく仕組みが必要です。骨髄バンクがHLA型ヒト白血球抗原(Human Leukocyte Antigen)。免疫の型を決める遺伝子で、骨髄移植などではドナーと患者のHLA型が一致することが求められる。でマッチングするように、腸内細菌でも「バンク」があれば、様々な疾患に対して最適なドナーを見つけられるかもしれません。
ドナー候補者登録
ウェブ問診+腸内細菌叢検査で菌叢プロファイルをデータベースに蓄積
本スクリーニング(医療機関)
詳細な問診・採血・便検査で安全性を確認(合格率は約10%)
正式ドナー登録
FMTや今後の創薬研究に腸内細菌を提供
メタジェンセラピューティクスでは、この腸内細菌叢バンク構築のためにクラウドファンディングインターネットを通じて不特定多数の人から資金や協力を募る仕組み。今回はReadyForのプラットフォームで実施。を2023年4月20日から開始しています。お金を集めることよりも、「ドナーになって貢献したい」という人と、「直接ドナーにはなれないが活動を応援したい」というサポーターに集まってもらうことが主な目的とのことです。
ドナーになるまでのプロセスは、まずウェブ問診と腸内細菌叢検査で候補者登録をし、適性がありそうな方だけが医療機関での本スクリーニングに進みます。本スクリーニングでは通常の健康診断よりもはるかに詳細な検査が行われ、合格率は約10%という厳しさです。この二段階方式は、候補者全員が病院に押し寄せて医療機関がパンクするのを防ぐためでもあります。
ちょっとやってみたくなりました
毎日水に流してるけどな……宝の山なのかもしれない
石川さんは、献血が「誰かの役に立つかも」という気持ちでできるように、腸内細菌の提供も「健康のお裾分け」として自然に広まればいいと語ります。しかも便の提供は、骨髄提供のように痛みを伴うものではありません。普段の生活で「健康な人にできること」の具体的な答えが出しにくい中で、腸内細菌バンクへの参加は、自分の健康データを知るきっかけにもなり得ます。
まとめ
健康な人の腸内細菌をまるごと移植するFMTは、2013年のアムステルダム大学の論文をきっかけに世界中で研究が加速しました。日本では石川さんのチームが2014年に臨床研究を開始し、世界に先駆けて「抗菌薬リセット+FMT」のコンビネーション療法を考案。9年間の積み重ねを経て、2023年1月に潰瘍性大腸炎に対する先進医療Bとして承認されました。
メタジェンセラピューティクスは、このFMTの社会実装と、その先のマイクロバイオーム創薬を見据え、腸内細菌叢バンクの構築を進めています。多様な患者に対応するには多様なドナーが必要であり、クラウドファンディングを通じてドナー候補者とサポーターを広く募集中です。毎日トイレに流しているものが、誰かの病気を治す「宝の山」になるかもしれない──。腸内細菌の世界は、まさにこれから大きく動こうとしています。
- FMT(腸内細菌叢移植療法)は、健康なドナーの腸内細菌をまるごと患者に移植する治療法
- 2013年のアムステルダム大学の論文でCDIに対し90%超の治療効果を示し、世界が注目
- マイクロバイオーム創薬には「トップダウン(便全体を薬にする)」と「ボトムアップ(有効菌を工業生産する)」の2つのアプローチがある
- 日本では石川チームが「抗菌薬リセット+FMT」のコンビネーション療法を世界に先駆けて実施
- ドナーマッチング研究では、兄弟からの移植が最も治療効果が長続きすることが判明
- 2023年1月に潰瘍性大腸炎に対する先進医療Bとして承認された
- メタジェンセラピューティクスは腸内細菌叢バンクを構築中。ドナー候補者・サポーターを募集している

