炭酸飲料の起源はケミストリー!ソーダやコーラを生んだソフトドリンク史
サイエントークのレンさんとエマさんが、CO2の発見から炭酸水の誕生、そしてコーラやラムネといった身近な炭酸飲料が世界に広まるまでの歴史を一気にたどった回です。牧師から転身した科学者、時計技師が立ち上げた世界初の炭酸ブランド、コカインが入っていた初期のコーラなど、驚きのエピソードが満載。その内容をまとめます。
「ソフトドリンク」の意味は国で違う?
日本でソフトドリンクといえば、炭酸のあるなしに関わらずアルコールを含まない飲み物全般を指します。ところがアメリカでは、ソフトドリンクは炭酸飲料を意味するのだそうです。
さらに国や地域によってニュアンスが異なります。カナダのモントリオールではアメリカ同様に炭酸飲料を指しますが、その他の地域では炭酸飲料を「ポップ」と呼ぶのが一般的とのこと。オーストラリアではフィジードリンク"fizzy drink" の意。fizzy は「シュワシュワした」を意味する英語で、炭酸飲料を表す口語的な表現です。、南アフリカではソフトドリンクが「冷たい飲み物」という意味で使われるなど、各地でバラバラです。
アルコールがハードで、炭酸がミディアムで、それ以外がソフトみたいなイメージがあるけど
こうした地域差には、炭酸飲料がどのように普及していったかという歴史的背景が関係しているのかもしれません。
牧師プリーストリーと偶然の炭酸水
前回のエピソードでは、人類が温泉を通じて炭酸と出会い、そこから二酸化炭素(固定空気)18世紀の化学者ジョゼフ・ブラックが石灰石から取り出した気体を「固定空気(fixed air)」と名付けました。後に二酸化炭素(CO₂)と同定されます。が発見されるまでの流れが語られました。今回はその続き、「二酸化炭素を水に溶かした人」の物語から始まります。
その人物がジョセフ・プリーストリー1733–1804年。イギリスの聖職者・自然哲学者。酸素の発見者の一人としても知られ、歴史上最も多くの新しい気体を分離・研究した人物とされています。です。名前の "Priestley" が英語の "priest"(聖職者)に通じるように、もともとは聖職者の家庭に生まれた牧師でした。しかし自分の信仰に疑問を持ち、事実をより深く探求したいという思いから教師に転身。同僚が行っていた科学史の講義に感銘を受け、独自に実験を始めます。
転機は、彼がたまたまビールの醸造所の隣に引っ越したときに訪れます。醸造中の木の樽からブクブクと泡が出ているのを見て興味を抱き、その気体を集めて調べ始めたのです。すでに「ビールの樽の上にネズミを吊るしておくとネズミが死ぬ」という現象は知られていました。プリーストリーが集めた気体に火を入れると消え、ネズミを入れると死ぬ──まさにジョゼフ・ブラック1728–1799年。スコットランドの化学者・医学者。石灰石を加熱して「固定空気」を取り出し、通常の空気とは異なる気体が存在することを初めて実証しました。が報告していた「固定空気」と同じものでした。
さらにプリーストリーは、樽の上に水を入れたボウルを吊るしておくと、水に少しずつ二酸化炭素が溶け込むことを発見します。それを飲んでみたところ、爽やかでおいしい。友人たちにも振る舞い、好評を得ました。
「これ飲んでみ」「うまいぞ」って友人に提供してたって言われてて。で、論文書くんすよ
1772年、プリーストリーは「固定空気を水に染み込ませる方法」についての論文を発表します。学校のチョーク(石灰)に硫酸強酸の一つ。石灰石(炭酸カルシウム)に酸を加えると化学反応が起き、二酸化炭素が発生します。プリーストリーはこの反応を利用しました。を垂らして発生した二酸化炭素を容器に集め、水と一緒に振って溶かすという方法です。気体が液体に溶けるという概念自体、当時としては画期的な発見でした。
なお、プリーストリーは二酸化炭素だけでなく、歴史上誰よりも多くの新しい気体を分離・研究した人物と言われています。酸素プリーストリーは1774年に酸素を分離し、吸ったら「胸が軽くなって最高」と記録しています。酸素の発見者としてはスウェーデンのシェーレとの優先権争いがあります。の発見にも関わり、光合成植物が光エネルギーを使って二酸化炭素と水から酸素と有機物を生成する反応。プリーストリーは密閉容器内で植物がネズミの呼吸を可能にする気体を出すことを観察しました。の現象に最初に気づいた人物とも言われています。ただし、プリーストリー自身は炭酸水を友人に振る舞っただけで、商業化には全く手を出しませんでした。
世界初の炭酸水ブランド「シュウェップス」
プリーストリーは炭酸水を商業化しませんでしたが、その後を継いだのがジェイコブ・シュウェップJacob Schweppe(1740–1821年)。ドイツ系スイス人の時計技師・アマチュア科学者。炭酸水の工業的な製造方法を確立し、世界初の炭酸水ブランドを創業しました。という人物です。職業は意外にも時計技師でしたが、アマチュア科学者でもあった彼は、炭酸水を工業的に大量生産する方法を開発します。
1783年に設立されたシュウェップスは、世界初の炭酸水ブランドとされています。当時販売された炭酸水はそれほど強くなく、弱い炭酸だったそうですが、逆にそれが「本物の温泉っぽい」と受け入れられ、大人気になりました。
シュウェップスは現在も炭酸飲料ブランドとして存続しており、240年以上の歴史を持つ長寿ブランドです。日本ではあまり見かけませんが、アメリカなどではよく見かけるとのことです。
ソーダの語源とジンジャーエール・ラムネの誕生
1700年代後半から1800年代にかけて、ヨーロッパでは炭酸飲料がどんどん普及していきます。この時代に定着したのが「ソーダ」という呼び名です。
ソーダの語源は化学にあります。当時の炭酸水は炭酸水素ナトリウム化学式NaHCO₃。重曹(ベーキングソーダ)としてもおなじみ。酸と混ぜると二酸化炭素が発生するため、炭酸水の製造に使われました。と酸を混ぜて作られていました。ナトリウムの英語名は "sodium"(ソディウム)。ナトリウム化合物を英語で "soda" と呼んでいたことから、そこから作った飲み物もソーダと呼ばれるようになったのです。
ソーダのソってソディウムのソなんですよ。結構ケミカルですよね、名前の付け方が
ジンジャーエールはカナダ生まれ
1850年頃、カナダでジンジャーエール生姜(ジンジャー)風味の炭酸飲料。薬屋や外科医が開発したとされ、もともとは商品名でしたが、現在は炭酸飲料の一カテゴリとして定着しています。が誕生します。薬屋や外科医が開発したと言われており、これも元は商品名が一般名称化した例の一つです。
ラムネと黒船
日本に初めて炭酸飲料が持ち込まれたのは、1853年のペリー来航アメリカのマシュー・ペリー提督が4隻の軍艦(黒船)で浦賀に来航し、日本に開国を迫った歴史的事件。の際だと言われています。黒船とともにやってきたのはレモン果汁入りの炭酸水──つまりレモネードでした。「レモネード」が日本人の耳には「ラムネ」と聞こえ、そのまま定着したというのが有名な話です。
このとき江戸幕府の役人が初めてレモネードを飲んだとされますが、瓶を開けた「プシュッ」という音に驚いた侍が「新しい銃か」と腰の刀に手をかけたという逸話も残っています。真偽は定かではないそうですが、当時の衝撃を物語るエピソードです。
ウィルキンソンと天然炭酸水
1880年代には、イギリスから日本に商業目的でやって来たクリフォード・ウィルキンソンイギリス人の実業家。兵庫県の天然炭酸温泉を発見し、「ウィルキンソン」ブランドの炭酸水として販売。現在はアサヒ飲料の製品として広く知られています。が、現在の兵庫県西宮市付近で天然の炭酸温泉を発見します。飲んでみるとおいしく、しっかり炭酸も入っていたため、「ウィルキンソンの炭酸」として販売したところ大成功。温泉の近くに「炭酸ホテル」という高級ホテルまで営業していたそうです。これが今もスーパーで見かけるウィルキンソン炭酸水のルーツです。
コカ・コーラの衝撃的な起源
1886年、アメリカでコカ・コーラの原型が生まれます。当時のアメリカはアルコール、カフェイン、モルヒネなどが怪しい薬の形で売られまくっていた時代でした。
薬剤師のジョン・ペンバートン1831–1888年。アメリカの薬剤師。コカの葉の抽出物とコーラナッツを組み合わせた飲料を開発し、コカ・コーラの原型を作りました。が注目したのがコカ南米原産の植物。葉を噛むと興奮・覚醒作用がある。コカインの原料として知られますが、コカの葉自体は現在も一部の国で伝統的に使用されています。という植物でした。コカの葉を噛むと元気になる「奇跡の植物」として知られていたコカから抽出した成分を飲み物に入れたのが始まりです。初期のコカ・コーラにはなんとコカインとアルコールが含まれていました。
つまり、炭酸が入ったのは偶然だったわけです。こうして国民的飲み物になったコカ・コーラですが、1903年にコカインが除去されます。当時コカインはまだ合法でしたが、危険性が認識され始めていたためです。
初期(1886年〜)
コカインの抽出物 + アルコール + 砂糖の飲み物(炭酸なし)
禁酒運動の影響
アルコールを除去。偶然炭酸水を使用 → おいしいと大ヒット
1903年〜
コカインも除去。カフェインと砂糖・カラメル色素の炭酸飲料に
コカ・コーラの名前は、原料の「コカ」と「コーラナッツ西アフリカ原産の植物の実。カフェインを含み、初期のコーラ飲料の原料として使われました。コーラナッツ由来の成分が独特の茶色い色と風味に寄与していたとされます。」に由来します。しかしコカ・コーラ社は公式には「語感がいいからという単純な理由」と説明しているそうです。コカインの名前が連想されることを避ける意図もあるのかもしれません。
ちなみに、あの独特の茶色はカラメル色素によるもの。レンさんによれば、漫画Dr.STONE稲垣理一郎原作・Boichi作画のSF漫画。文明がゼロに戻った世界で科学の力で文明を再建する物語。作中でコーラを一から手作りするエピソードがあります。のレシピでは「蜂蜜を焦がして、パクチーを入れて、レモンとライムを絞って炭酸水を加える」とコーラが作れるのだそうです。
じゃあただの砂糖水に炭酸加えただけってことね
まあ言ってしまえばね
なお、コカ・コーラを作った薬剤師ペンバートンは、その権利をわずか1ドルで売ってしまったそうです。その後権利は人から人へと移り、裁判沙汰にもなりましたが、最終的にアトランタ市長がこの権利を取得し、コカ・コーラ・カンパニーを設立しました。
まとめ
今回のエピソードでは、CO₂の発見から炭酸飲料の工業化、そして現代のコーラやラムネに至るまでの歴史を一気にたどりました。牧師から科学者に転じたプリーストリーがビール醸造所で偶然見つけた「おいしい水」が、時計技師シュウェップスの手で商品化され、やがてコカインやアルコールまで巻き込みながらコーラという世界的飲料を生み出す──その過程はまさにケミストリーの歴史そのものでした。
「ソーダ」はナトリウム(ソディウム)から、「ラムネ」はレモネードから、「ペプシ」はペプシンから。身近な炭酸飲料の名前をたどるだけでも、化学と人類の歩みが見えてきます。レンさんが言うように、炭酸は「なんでも合う」万能の相棒。次にシュワッと炭酸飲料を開けたとき、その一杯に詰まった250年の歴史を少し思い出してみてはいかがでしょうか。
- 「ソフトドリンク」の意味は国によって異なり、アメリカでは炭酸飲料を指す
- 牧師から転身したプリーストリーが、ビール醸造所の隣で偶然CO₂を水に溶かし、世界初の炭酸水を作った(1772年)
- 時計技師シュウェップスが1783年に炭酸水を工業化し、世界初のブランドを設立
- 「ソーダ」の語源はナトリウム(sodium)、「ラムネ」はレモネード、「ペプシ」は消化酵素ペプシンに由来
- 日本への炭酸伝来は1853年のペリー来航時。ウィルキンソン炭酸水は兵庫県の天然炭酸温泉がルーツ
- 初期のコカ・コーラにはコカインとアルコールが含まれていたが、禁酒運動やコカインの危険性認識を経て現在の形に
- 炭酸は「何にでも合う」万能の素材として、250年にわたり多様な飲料を生み出し続けている

