「空気って何?」のはじまり──呼吸の謎に挑んだ心優しき大富豪ロバート・ボイル
サイエントークのレンさんとエマさんが、「空気は一つの元素」と信じられていた時代に密閉容器とポンプだけでその常識を覆した17世紀の化学者ロバート・ボイルの生涯と実験について語りました。雷の夜に神に誓った少年がどのようにして"分析"という概念を生み出し、アリストテレスの元素観に最初の一撃を加えたのか──その内容をまとめます。
密閉容器に閉じ込められたら?──1600年代まで解けなかった謎
「完全に密閉された容器に入れられたらどうなるか?」──レンさんのこの問いかけに、エマさんは即座に「酸素が足りなくなって死ぬ」と答えました。現代の私たちには当たり前の知識です。しかしこのシンプルな事実が実験で確かめられたのは、なんと1600年代のこと。日本でいえば江戸時代1603年〜1868年。徳川幕府が約260年にわたって統治した時代。鎖国政策のもと、西洋科学の流入は限られていました。にあたります。
なぜそれほど時間がかかったのでしょうか。理由は、当時の人々が空気を「一つの元素」だと考えていたからです。吸っても吐いても空気は空気──そう思っていれば、密閉された空間で生き物が死ぬ理由を説明できません。酸素空気の約21%を占める気体。呼吸や燃焼に必要。酸素が独立した気体として発見されるのはボイルの約100年後、1770年代のこと。や二酸化炭素炭素と酸素からなる気体(CO₂)。動物の呼吸や物質の燃焼で発生する。という概念自体がまだ存在しない世界だったのです。
空気を一個の元素だと考えてたから、吸っても吐いても空気は空気じゃん。誰も窒息するなんて思わない
エマさんが指摘したように、火災で人が亡くなるような事例は当時もあったはずです。しかし「空気の中身が変化した」という発想には至らず、せいぜい「同じ空気がなんだか危険になった」程度の認識だったと考えられます。空気の成分を調べるという発想自体が、そもそも存在しなかったのです。
雷の夜に誓った少年──ボイルの生い立ち
この常識を打ち破ったのが、ロバート・ボイルRobert Boyle(1627–1691)。アイルランド生まれのイギリスの自然哲学者・化学者。「近代化学の父」とも呼ばれ、ボイルの法則の発見や著書『懐疑的化学者』で知られる。です。ボイルの家はイギリスでもトップレベルの富裕層で、15人きょうだいの14番目、七男として生まれました。裕福ではあったものの、幼い頃からベビーシッターに預けられ、寄宿制の学校に入れられるなど、親元で育った印象は薄かったようです。
転機は14歳の夜。激しい雷雨に見舞われたボイル少年は、恐怖に震えながら「もしこれで生き残れたら、神に人生を捧げる」と心に誓いました。無事に朝を迎えた彼はその誓いを守り、大富豪の息子でありながら禁欲的な生活を選びます。
君みたいだな。雷すごく怖いじゃん
雷めっちゃ怖いけど、生きて助かったら神に人生捧げるとは思ったことないけどね
勉強熱心だったボイルは、同時代のガリレオ・ガリレイGalileo Galilei(1564–1642)。イタリアの天文学者・物理学者。望遠鏡による天体観測や落体の法則で知られ、「近代科学の父」と称される。の著作などに触れ、物理や化学(当時は錬金術)にのめり込んでいきます。「神に仕える道」として彼がたどり着いたのが、錬金術卑金属を金に変えたり、不老不死の薬(エリクサー)を作ろうとした実践的哲学。近代化学の前身にあたり、蒸留や精製などの実験技術の発展に貢献した。の世界でした。
「いかなるものの言葉も鵜呑みにするな」──アリストテレス批判の始まり
ボイルは30歳頃、オックスフォードイングランド南部にある学術都市。オックスフォード大学は12世紀に設立された世界最古級の大学の一つ。に自分の実験室を構えます。当時のオックスフォードには、ロンドンの戦乱を逃れた学者たちが集まっており、毎週のように科学の議論が行われていました。ボイルはこの議論に積極的に参加し、後にこの集まりは王立協会Royal Society(1660年設立)。イギリスの国立科学アカデミー。世界最古の科学学会の一つで、ニュートンやダーウィンなど多くの著名科学者が会員を務めた。(ロイヤル・ソサエティ)へと発展します。
王立協会のモットーは「いかなるものの言葉も鵜呑みにするな」。当時の文脈でこれは明確に「アリストテレスの言葉を鵜呑みにするな」を意味していたといいます。実験で確認されていない権威の言葉を盲信することへの反旗でした。
ボイルはこの精神を体現するように、『懐疑的化学者The Sceptical Chymist(1661年刊)。アリストテレスの四元素説やパラケルススの三原質説を批判し、物質を実験的に分析する重要性を説いた。近代化学の出発点とされる著作。(The Sceptical Chymist)』という本を出版します。この中でアリストテレスの元素観を徹底的に批判しました。
木材が燃えると何が起きるのか
たとえば木材を燃やすと煙が出ます。アリストテレスの説では、煙は「空気」という元素に変化しただけということになります。しかしボイルはその煙を集めて冷やすと、油や塩のようなものが得られることを示しました。つまり木材は単一の元素ではなく、複数の成分が混ざった混合物だったのです。
一方で、金や銀などの金属はそれ以上細かく分けることが難しいため、「これこそ元素なのではないか」とボイルは考えました。さらに、元素と呼んでいるものもより細かい微粒子で構成されているのではないかと推測していたといいます。ただし当時の技術ではそれを確認する手段がありませんでした。
万物は「土・水・火・空気」の4元素からなる。木を燃やすと煙=空気に変わるだけ。空気はそれ以上分けられない。
木材は複数の成分が混ざった「混合物」。煙を冷やせば油や塩が取れる。金属のように分けられないものが「元素」。
こうした物質の構成成分を実験で調べるという手法に、ボイルは「アナリシス(analysis)英語で「分析」を意味する語。ギリシャ語の「分解する」に由来。ボイルが化学的分析の概念を体系化し、この用語を定着させたとされる。」──つまり「分析」という名前を与えました。物質を加熱したり蒸留したりする行為は以前から行われていましたが、それを「成分を特定するための体系的手法」として位置づけたのはボイルが初めてだったのです。
空気の中に"何か"がある──呼吸と燃焼の実験
固体の分析に取り組んだボイルでしたが、次に目を向けたのは誰も手をつけていなかった「空気」でした。目に見えず、捉えどころがない空気の正体を調べようという人は当時ほとんどいなかったのです。
ここで一つのアクシデントが起きます。乗馬中に落馬したボイルは目を悪くしてしまい、自分で実験ノートを書くことが困難になりました。そこで助手を雇い、口述筆記で研究を続けることにします。この時雇った助手の一人が、後にロバート・フックRobert Hooke(1635–1703)。イギリスの博物学者・物理学者。自作の顕微鏡でコルクの細胞構造を観察し「cell(細胞)」と命名。後にニュートンのライバルとしても知られる。でした。フックは顕微鏡でコルクを観察して「細胞」を発見したことで知られますが、ボイルの気体実験に使われた器具の多くもフックが製作・操作したとされています。
なぜ呼吸をするのか?
ボイルが挑んだのは「人間(動物)はなぜ呼吸するのか」という根源的な問いでした。当時、呼吸の意味は理解されていませんでした。そこでボイルはネズミや鳥を密閉容器に入れる実験を行います。結果、動物たちは呼吸が苦しそうになり、やがて死んでしまいました。
もし空気が単一の元素であれば、吐いた空気をもう一度吸えば済むはずです。それなのに死んでしまうということは、呼吸によって空気中の「何か」が消費されているか、あるいは吐き出したものが有害になっているか──どちらかでなければ説明がつきません。これは酸素の消費と二酸化炭素の排出という、現代の私たちが知る呼吸のメカニズムそのものです。
前提
空気が一つの元素なら、吸っても吐いても同じ。密閉されても問題ないはず
実験結果
密閉容器内の動物は苦しみ、やがて死んでしまう
ボイルの結論
空気中には「摂取されるもの」と「排出されるもの」がある。空気は一つの元素ではない
ろうそくの火が消える実験
ボイルは優しい性格だったため、動物の解剖にまでは踏み込めなかったといいます。代わりに行ったのが、ろうそくを使った実験でした。密閉容器にろうそくの火を入れると、やがて火は消えてしまいます。さらにポンプで容器内の空気を抜いてもろうそくの火は消えました。これにより、火が燃えるためにも空気中の「何か」が必要であることが初めて実験で示されたのです。
その「何か」が酸素であると特定されるのはボイルの死後、約100年後のことです。しかし「空気は一種類ではない」という認識を実験で明確にした功績は計り知れません。容器とポンプという素朴な道具だけで、2000年続いたアリストテレスの元素観に風穴を開けたのです。
未来を見通した発明リスト
ボイルには「発明したいものリスト」があったといいます。その内容が驚くほど先見的でした。
| ボイルの願望 | 現代での実現 |
|---|---|
| 永久照明 | 電灯(ランプの時代に永遠の光を夢見た) |
| 鎧を極めて軽く硬くする方法 | 防弾素材・カーボンファイバーなど |
| 記憶や能力を高める薬 | 各種向知性薬・サプリメントなど |
| 苦痛を和らげる薬 | 鎮痛剤 |
| 安らかな眠りをもたらす薬 | 睡眠薬 |
| 延命する方法 | 近代医学による寿命延伸 |
エマさんが感心したように、「不死の薬」ではなく「延命する方法」と書くあたり、非常に現実的な線引きがされています。まだ薬の概念すら十分に確立されていなかった時代に、実現可能な範囲で未来を構想していたのです。
すごいちゃんと実現可能なことをリストにしてるね。不死の薬とかじゃなくてね
ボイルはもともと体が丈夫ではなく、1691年に64歳で亡くなりました。病名は記録に残っていません。レンさんは「分析機器さえ与えてあげれば……」と惜しみ、エマさんは「ボイルさんを21世紀に連れてきたい」と語りました。たった400年で科学がここまで進んだことに、二人は改めて驚きを共有していました。
まとめ
ロバート・ボイルは、「空気は空気でしょ」という2000年来の常識に最初の一撃を加えた人物でした。密閉容器とポンプという素朴な道具で、呼吸にも燃焼にも空気中の「何か」が必要であることを示し、「分析(アナリシス)」という化学の基本概念を生み出しました。
レンさんの言葉を借りれば、これは「アリストテレスに強烈な右ストレートが入ったところ」。ここから多くの科学者がさらなるダメージを与えていき、最終的に元素観を根本から塗り替えることになります。私たちが教科書で「酸素」「二酸化炭素」と当たり前に習えるのも、400年前のこの一歩があったからこそなのかもしれません。
- 17世紀まで空気は「一つの元素」と考えられており、密閉空間で動物が死ぬ理由すら説明できなかった
- ロバート・ボイルは大富豪の家に生まれ、14歳の雷の夜に神に人生を捧げると誓い、禁欲的に研究に没頭した
- 著書『懐疑的化学者』でアリストテレスの四元素説を批判し、物質の成分を調べる「分析(アナリシス)」の概念を確立した
- 密閉容器での動物実験・ろうそく実験により、呼吸にも燃焼にも空気中の「何か」が必要であることを初めて実験的に示した
- 「発明したいものリスト」には永久照明や鎮痛剤など、現代でほぼ実現された項目が並んでいた
- 助手のロバート・フック(細胞の発見者)が器具製作・実験操作を担い、ボイルの法則の発見にも貢献した

