ミイラの化学怪談?リアルな作り方と勘違いで薬になった「ムンミヤ」の話
サイエントークのレンさんとエマさんが、古代エジプトのミイラ作りに隠された化学技術から、勘違いがきっかけでミイラが万能薬として流通した歴史、そしてややこしすぎる語源の謎までを深掘りしました。8月の「#科学系ポッドキャストの日」テーマ「怪談」にちなんだ、ちょっと怖くてちょっと面白いミイラの科学回です。その内容をまとめます。
ミイラはなぜ生まれたのか
ミイラの定義は「人為的に加工したり、自然条件によって乾燥したりして、長期間原形を留めている遺体」のことです。では、なぜ人間はわざわざ遺体を保存しようとしたのでしょうか。
レンさんによると、その根本にあるのは「死への恐怖」というきわめてシンプルな感情だそうです。もともと移動しながら暮らしていた狩猟採集民族農耕や牧畜が始まる以前、野生動物の狩りや植物の採集によって食料を得ていた人々の生活様式。約1万年前の農業革命以前は人類の大半がこのスタイルだった。が定住するようになった背景には、死んだ人を埋葬する文化の誕生があるとされています。そこからさらに「来世で復活するには肉体が必要だ」という考えが生まれ、遺体を人工的に保存するミイラ作りへと発展していきました。
他の動物はミイラ作ろうなんてしない。人が死を恐れたから、肉体を保とうとする、ある意味自然に反することなんですよ
本気のミイラの作り方
古代エジプトのミイラ作りは、現代の目で見ても驚くほど理にかなった化学プロセスでした。レンさんが紹介した手順は、かなりグロテスクですが科学的に合理的です。
特に注目すべきは、表面の乾燥に使われたナトロン炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムの混合鉱物。「ナトリウム」の語源にもなった。乾燥剤・石鹸・歯磨き粉としても使われていた。の役割です。ナトロンが湿気を吸うと、含まれる炭酸成分が反応してpHが上昇し、菌が繁殖しにくい環境を作ります。単に水分を抜くだけでなく、化学的に殺菌環境を整えているわけです。
腐敗っていう化学反応の概念が全くない状態でこれを生み出してる。相当すごいですよ
この技術を持つ人は当時「魔術師」と見なされていたほどで、レシピは秘伝として扱われていたそうです。化学反応という概念すらなかった時代に、トライアンドエラーで数千年もつ保存技術を確立していたのは驚異的と言えます。
2023年の最新研究でわかった「秘伝のレシピ」
ミイラの防腐処理には樹脂が使われていたことは以前から知られていました。しかし、2023年にNature1869年創刊の世界で最も権威ある学術雑誌のひとつ。自然科学全般の査読付き論文を掲載する。に発表された論文によって、その詳細が初めて科学的に明らかになりました。
発掘された容器に付着した成分の分子量を分析したところ、単に樹脂を詰めていたのではなく、動物の油などをブレンドした「腐敗しにくくなる液」を調合してわざわざ作り、体内に充填していたことが判明したのです。
それまでは一成分だけだと思われてたけど、混ぜてたのが成分分析ではっきりわかったのが今年なんだ
数千年前の技術であるにもかかわらず、その全貌が解明されたのはつい最近のこと。ミイラの研究は現在進行形でアップデートされ続けています。
勘違いから始まったミイラ薬ブーム
ミイラの話がここから意外な方向に転がります。なんと、ミイラはヨーロッパで「万能薬」として大ブームを巻き起こしたのです。その経緯には、壮大な勘違いが関わっていました。
まず前提として、瀝青(れきせい)生物の死骸が堆積してできた天然のアスファルト成分。アラビア語では「ムンミヤ」と呼ばれた。漢方では皮膚炎・筋肉痛・歯痛などに効く薬として知られていた。という物質がありました。これはアスファルトの成分で、実際に漢方薬として皮膚炎や筋肉痛などに効果があるとされていたものです。アラビア語で「ムンミヤ」と呼ばれていました。
問題はここからです。ヨーロッパの人々がエジプトのミイラを見た時、その黒っぽい見た目が瀝青にそっくりだったのです。「これはムンミヤ(万能薬)と同じ成分に違いない!」と勘違いされてしまいました。
瀝青(アスファルト成分)
アラビア諸国で「ムンミヤ」として薬に使われていた(実際に効果あり)
ヨーロッパ人の勘違い
ミイラの黒っぽい見た目が瀝青に似ている → 「ムンミヤの元に違いない!」
ミイラ薬ブーム到来
ミイラが高値で取引される。農民がアルバイトでミイラを掘り出す事態に
実際にはミイラに瀝青は含まれていません。しかしこの勘違いは一大ブームとなり、ミイラの解体ショーまで行われるほどだったそうです。ミイラの価値は「インフレ」し、あらゆる病気を治せる万能薬とまで信じられるようになりました。偽物のミイラが作られるほどの過熱ぶりだったといいます。
農民がアルバイトでミイラを掘り出したりしてるみたいな状況だったし
アルバイト!
「ミイラ」という名前のややこしすぎる語源
日本語の「ミイラ」という言葉の語源は、実はとてもややこしい経緯をたどっています。英語ではミイラを「mummy(マミー)」と呼びますが、日本語の「ミイラ」はこれとは別ルートで伝わりました。
江戸時代、鎖国下の日本に西洋医学とともにミイラが「薬」として輸入されました。当時はポルトガル語経由で「モミー」と呼ばれていたそうです。ところが同時期に、ミルラ没薬(もつやく)とも呼ばれる樹脂性の香料。ミイラの防腐処理にも使われた成分だが、ミイラそのものとは別物。という香料も日本に伝わります。名前が似ていたため、この2つが混同されてしまいました。
| もの | 本来の名前 | 正体 |
|---|---|---|
| 防腐処理された遺体 | モミー(ポルトガル語経由) | 英語の mummy に対応 |
| 香料 | ミルラ → ミイラ | 樹脂の香料(没薬) |
| 万能薬(とされたもの) | ムンミヤ(アラビア語) | 瀝青(アスファルト成分) |
ヨーロッパでは「ムンミヤ=万能薬」が当たり前に知られていたため、ミルラ(香料)とは混同しようがありませんでした。しかし日本にはこの2つがほぼ同時に入ってきたうえ、どちらもMから始まる似た名前。結果として「モミー(遺体)」と「ミイラ(香料)」が取り違えられ、日本だけがミイラのことを「ミイラ」と呼ぶようになったのです。
面白い伝わり方だね。Mから始まるしね
ミイラは本当に薬として効いたのか?
勘違いから始まったとはいえ、ミイラ薬は紀元後まもない時代からヨーロッパを経て江戸時代の日本まで、長い間信じられ続けました。まったく効果がなければ、ここまで広まらなかったはずです。では実際のところ、どうだったのでしょうか。
レンさんによると、ミイラの防腐処理に使われていた樹脂の中にはプロポリスミツバチが木の樹液などから集めてくる樹脂の混合物。300〜400種もの成分を含み、「天然の抗生物質」と呼ばれるほどの抗菌作用を持つ。という成分が含まれていたそうです。プロポリスは「天然の抗生物質」とも呼ばれ、実際に抗菌作用があります。風邪のような細菌感染に対しては一定の効果が期待できるため、飲めば風邪薬的に、塗れば抗菌剤として機能した可能性があるのです。
江戸時代の日本の文献にも「ミイラを服用して貧血が治った」という記録が残っているそうです。体内で菌が増殖して体調を崩していた人には、プロポリスの抗菌作用が効いていたのかもしれません。
ミイラの防腐剤に含まれるプロポリス
天然の抗生物質として抗菌作用あり
風邪・感染症に一定の効果
ただし瀝青(ムンミヤ)とは別の作用。万能薬ではなかった
効果なかったらそんな広まらないし、そんなずっと信じられないもんね
とはいえ、もともと万能薬と信じられていたのは瀝青(アスファルト成分)の効果であり、ミイラに瀝青は入っていません。結果的にたまたま防腐剤の中のプロポリスが効いていただけという、なんとも奇妙な構図です。レンさんが「ミイラの話って化け学のエピソードゼロ」と表現したように、人類が化学物質を意識せずに使いこなしていた最初期のエピソードと言えるかもしれません。
まとめ
古代エジプト人は「死への恐怖」と「来世での復活」を信じて、化学反応の概念すらない時代にナトロンや樹脂を駆使した高度な防腐技術を確立しました。2023年のNature論文では、従来考えられていた以上に複雑な「レシピ」で調合されていたことも判明しています。
時代が下ると、ミイラは「瀝青(アスファルト)に似ているから万能薬に違いない」という壮大な勘違いでヨーロッパ中にブームを巻き起こし、やがて日本にまで伝播。その過程で「ムンミヤ」「モミー」「ミルラ」が入り乱れ、日本だけが独自に「ミイラ」という呼び名を生み出しました。勘違いだったとはいえ、防腐剤に含まれていたプロポリスの抗菌作用によって一定の薬効はあったようで、それが長期間信じられ続けた理由かもしれません。
ミイラの物語は、人類が無意識のうちに化学を使いこなしていた「化け学エピソードゼロ」であり、勘違いが歴史を動かすこともあるという、怖くて面白い怪談でした。
- ミイラは「死への恐怖」から生まれた。来世で復活するために肉体を保存する文化
- 古代エジプトのミイラ作りは、ナトロンによるpH上昇で殺菌+樹脂ブレンドで防腐という高度な化学プロセスだった
- 2023年のNature論文で、防腐剤が単一成分ではなく動物の油なども混ぜた複雑な調合だったことが初めて科学的に証明された
- ミイラが「万能薬」として広まったのは、瀝青(アスファルト成分)に見た目が似ていたという勘違いが発端
- 日本語の「ミイラ」は香料の「ミルラ」と遺体の「モミー」が混同されて生まれた日本独自の呼び名
- ミイラに含まれていたプロポリスの抗菌作用により、結果的に一定の薬効はあった可能性がある

