原子の世界観をぶっこわせ!古代の「元素 vs 原子」論争から学ぶ、科学の常識が常識になるまで
サイエントークのレンとエマが、「この世界は何でできているのか」という根本的な問いに向き合い、現代人が当たり前だと思っている原子論の世界観を一度ぶっ壊してみよう、というテーマで語り合った回です。古代ギリシャの四元素説がなぜ説得力を持ったのか、原子論がなぜ2000年も無視されたのかを追い、現代科学の「壁の中」にいる私たちの思い込みにまで話が及びます。その内容をまとめます。
元素原子クイズ──漫画ネタに引っかかる現代人
エピソード冒頭で、レンが「元素原子クイズ」と題した三択問題を出題しました。紀元前に実在した説はどれか、フィーリングで当ててほしいという趣向です。選択肢は以下の3つでした。
エマは「紀元前の人の気持ちになって」3番を選び、次に2番も本当だと答えましたが、どちらも不正解。正解は1番の「愛と憎しみ説」でした。これはエンペドクレス紀元前490年頃〜紀元前430年頃の古代ギリシャの自然哲学者。万物は火・空気・水・土の四元素からなり、「愛」と「争い」の力で結合・分離すると説いた。が実際に唱えた四元素説火・空気(風)・水・土の4つを万物の根源とする古代ギリシャの自然哲学説。アリストテレスが体系化し、中世ヨーロッパまで約2000年にわたって支持された。です。
2番は漫画『HUNTER×HUNTER冨樫義博による少年漫画。登場人物が「念能力」と呼ばれるオーラの力を使い、強化系・変化系・具現化系・放出系・操作系・特質系の6系統に分類される。』の「念能力」の設定、3番は漫画『NARUTO岸本斉史による少年漫画。作中に風の国・雷の国・火の国・土の国・水の国があり、それぞれ砂隠れ・雲隠れ・木ノ葉隠れ・岩隠れ・霧隠れの忍者の里がある。』の国と里の名前がネタ元でした。
四元素説ちょっと知ってるかなって思って、あえて目立たないように後ろに入れたっていう
もしかしたら現代人の私からしたら元素っていう固定概念があるから、それに近い2とか3を選んじゃったのかもしれない
現代の漫画に登場する能力設定の方が、実在した古代の学説よりも「ありそう」に見えてしまう。それ自体が、いかに私たちの世界観が現代の常識に染まっているかを示していると言えるかもしれません。
デモクリトスの原子論と2000年の忘却
そもそも「元素」と「原子」は、現代では種類(元素)と粒子(原子)というセットの関係にあります。しかし歴史的には、この二つはまったく対立する概念でした。
物質を構成する具体的な粒子。それ以上分割できない最小単位。
原子の種類・性質を表す抽象的な概念。炭素、水素、ナトリウムなど。
紀元前470年頃、デモクリトス紀元前460年頃〜紀元前370年頃の古代ギリシャの哲学者。師レウキッポスとともに原子論を提唱。「笑う哲学者」とも呼ばれ、73冊もの著書を残したとされるが、原本はすべて失われている。は「この世界はすべて、これ以上壊れない無数の小さな粒でできている」と主張しました。ギリシャ語で「壊れないもの」を意味するアトモスが、今の「アトム(atom)」の語源です。それ以外の何もない空間には「ケノス(空虚)」と名前をつけ、世界は粒と空間の二種類だけでできていると考えました。
しかし当時の人々にとって、「神もいない」という主張は受け入れがたいものでした。デモクリトスが書いた73冊もの著書はすべて焼かれてしまいます。ではなぜ彼の考えが後世に伝わったのか。皮肉なことに、デモクリトスを批判した人たちが「あいつはこんなことを言っていたが間違いだ」と書き残してくれたおかげでした。
けしからんつって反対した人たちがデモクリトスのことを書いたから残ってる。逆に。
こうして原子論は、紀元前4世紀から17世紀まで約2000年間、人類にほぼ忘れられることになります。エピクロス紀元前341年〜紀元前270年の古代ギリシャの哲学者。デモクリトスの原子論を継承・発展させ、原子の「逸れ(クリナメン)」という概念を導入。快楽主義倫理学の祖としても知られる。のように原子論を支持する者もいましたが、主流にはなれませんでした。17世紀に科学が進展し、物質の構造を実験的に調べる手段が出てきて初めて、「昔にもこんなことを言っていた人がいた」と再発見されたのです。
四元素説が「ぽい」理由
では、原子論に代わって2000年間支配したのはどんな考え方だったのでしょうか。それがアリストテレス紀元前384年〜紀元前322年の古代ギリシャの哲学者。プラトンの弟子で、論理学・自然学・倫理学・政治学など広範な分野を体系化。中世ヨーロッパの学問に決定的な影響を与えた。が体系化した四元素説です。
この説では、世の中のすべてのものは火・空気・水・土の4つの元素で構成されるとします。それぞれは「熱い/冷たい」「湿っている/乾いている」という2軸の性質を持っています。
たとえば、鍋に水を入れて火で温めると蒸発します。四元素説ではこれを「火の"熱い"と水の"湿っている"が合わさって空気になった」と説明します。また水が蒸発しきると、「火の"乾いている"と冷えた水の"冷たい"が合わさって土が残る」というわけです。
全く原子とか知らなかったら、あ、そうかもって思うかも
ちょっとぽいじゃん
もちろん科学的には正しくありません。水が蒸発しても土にはなりませんし、「熱い土」も「熱湯」も存在します。しかし日常の感覚に照らすと「なんとなく説明できそう」に見えてしまう──それが四元素説の強みでした。
さらに、原子論には「何もない空間(真空)がある」という前提がありましたが、四元素説の支持者たちは「真空は存在しない」と主張しました。空気を抜こうとしても必ず何かが入ってくるではないか、というわけです。これは真空嫌悪説「自然は真空を嫌う(horror vacui)」という考え方。アリストテレスに端を発し、中世まで広く信じられた。17世紀にトリチェリやパスカルの実験で否定された。と呼ばれ、原子論が退けられた理由の一つでもありました。
世界中に現れた「ご当地元素説」
興味深いことに、こうした元素的な考え方は古代ギリシャだけのものではありませんでした。中国にもインドにも、それぞれ独自の「元素説」が存在します。レンはこれを「ご当地元素説」と呼んでいました。
| 文明 | 元素の構成 | 特徴 |
|---|---|---|
| 古代ギリシャ | 火・空気・水・土 | アリストテレスが体系化。2軸の性質で分類 |
| 中国 | 火・土・水・木・金 | 五行思想古代中国の自然哲学で、万物は木・火・土・金・水の5つの元素(行)の循環で成り立つとする考え方。陰陽思想と結びつき、医学・暦学・風水など東アジア文化全般に影響を与えた。。5つの要素で万物を説明 |
| インド | 水・火・風・地 | ギリシャと類似。微粒子説も存在するがマイナー |
水と火はどの文明でもほぼ確実に含まれています。「まっさらな地球を見ていたら、それくらいに収束してくるんじゃないか」とレンは分析していました。風(空気)や土もほぼ共通で、各文明が独立して「目に見えるもの」から世界を説明しようとした結果、似たような結論にたどり着いたのは興味深いところです。
一方、原子論的な考え方──目に見えない微粒子でできているという発想──はインドに類似の説があったものの、どの文明でもマイナーな存在にとどまりました。やはり「目で見て触れるもの」で説明する元素説のほうが、圧倒的に直感に合ったのでしょう。
元素説が生んだ錬金術という副産物
四元素説には、原子論にはない大きな特徴がありました。「性質が変わる」という考え方です。原子は粒なので別の何かにパッと変わることはありませんが、元素説では水に火を加えれば土になるといった変換が起こりえます。
この発想から、ある厄介な考えが生まれます。「適当な金属に何かを加えれば、金に変えられるのでは?」──これが錬金術卑金属(鉛など)を貴金属(金など)に変える方法を探求した営み。古代エジプトに起源を持ち、中世ヨーロッパで盛んに行われた。科学的には不可能だが、その過程で化学実験の技法や多くの物質の発見に貢献した。の始まりです。
四元素説の前提
性質の組み合わせが変われば、別の物質に変わりうる
日常での観察
温度を変えると別の性質のものができる → 元素の割合が変わった?
錬金術の発想
なら卑金属に何かを加えれば金にもできるはず!
エマが指摘したように、実際に温度を上げたり条件を変えたりすると別の性質の物質ができることはあります。その現象だけを見れば「元素の割合が変わった」と解釈できてしまう。当時の人にとって錬金術は「立派な科学」だったのです。
錬金術にはそんなあるわけねえじゃんって思うんだけど、昔の人の立場になったら、まあ確かに信じちゃいそうだなっていうのは思った
現代科学は「進撃の巨人」の壁の中?
元素説から原子説への転換には約2000年かかりました。では、現代の科学も実は「壁の中」にいるのではないか──エマがそんな問いを投げかけます。
もしかしたら、もうすごい後の時代の人から見たら、今の元素論的に映るのかもしんないね
二人はここで『進撃の巨人諫山創による漫画。巨大な壁に囲まれた世界で暮らす人類が、壁の外の巨人や未知の真実と対峙する物語。「壁の中の常識」が覆されていく展開が大きなテーマ。』のたとえを持ち出しました。今の私たちは「壁の中」で科学法則を積み上げて安全に暮らしているけれど、壁の外にはまだ見えていない世界が広がっているかもしれない、と。
レンは、少なくとも日常生活で説明できない現象はもうほぼないと言いつつも、ダークマター宇宙の質量の約27%を占めると考えられているが、直接観測されたことがない未知の物質。通常の物質(原子でできたもの)は宇宙全体の約5%に過ぎず、残りはダークマターとダークエネルギーとされる。や時空の本質など、まだ解明されていない領域が存在することは認めていました。一方でエマは、生物の起源や宇宙の仕組みなど「わからないことだらけ」の分野を挙げ、化学(ケミストリー)がかなり体系化されている一方で、他の学問にはまだ大きな未知が残っていると指摘しました。
レンはこのエピソードの狙いについて、「エセ科学を信じてしまうことと、元素説を信じることはちょっと似ている」と語っています。ちゃんとした知識があればわかることを、「それっぽい説明」に騙されて信じてしまう──それは人類が何度も通ってきた道だということです。だからこそ、古代の人がどう世界を見ていたかを知ることは、現代を生きる私たちにとっても意味があるのかもしれません。
まとめ
今回のエピソードは「原子論をぶっ壊す」がテーマでした。原子の存在が当たり前の現代人にとって、四元素説を「信じそうになる」体験をすること自体が、この回の目的です。元素説から原子説への移行は次回以降に持ち越しとなりましたが、「ぶっ壊されたまま次回へ続く」というのもまた、2000年の空白期間を追体験するようで面白いところです。
- 現代人は原子論を「当たり前」と思っているが、古代人の視点では四元素説のほうがずっと直感的で信じやすかった
- デモクリトスは紀元前5世紀に原子論を提唱したが、「神はいない」という帰結が受け入れられず、著書73冊は焼かれ、約2000年間忘れられた
- 四元素説はギリシャだけでなく中国(五行)やインドにも類似の考え方があり、「目に見えるもの」で世界を説明する発想は文明を超えて共通していた
- 元素説の「性質が変わる」という考え方は錬金術を生み出す土壌にもなった
- 現代科学も「壁の中」かもしれないが、少なくとも日常の現象は矛盾なく説明できるところまで到達している。ただしダークマターや生命の起源など、未解明の領域は残されている

