素粒子の研究で宇宙の謎が解ける?加速器の中では何が起きているのか【KEKコラボ 前編】
サイエントークに、高エネルギー加速器研究機構(KEK)茨城県つくば市にある、加速器を使って素粒子・原子核などの基礎科学を推進する日本の研究機関。略称「高エネ研」または「KEK」。の素粒子研究者・中山浩幸さんがゲスト出演。宇宙の謎を解くために「めちゃくちゃ小さいもの」を調べるという一見矛盾した研究の中身を、加速器の仕組みから反物質・暗黒物質まで幅広く語っていただきました。その内容をまとめます。
なぜ「小さいもの」を調べると宇宙がわかるのか
「宇宙の研究をするとき、どこを見たらいいと思いますか?」──レンさんのこの問いかけからエピソードは始まります。普通に考えれば望遠鏡で星を観測するイメージですが、ゲストの中山浩幸さんの答えは真逆でした。
宇宙の研究をするとき、どこ見たらいいと思いますか?
中山さんは高エネルギー加速器研究機構(KEK)茨城県つくば市に本部を置く大学共同利用機関法人。略称KEK。世界最高性能クラスの加速器を保有し、素粒子・原子核などの基礎研究を推進している。の素粒子原子核研究所で准教授を務める実験物理学者です。自己紹介で「宇宙の研究をしています」と言うと、ほとんどの人が「望遠鏡で星を見るんですか?」「ロケットに乗るんですか?」と聞いてくるそうです。しかし実際には、世の中で一番小さい素粒子物質を構成する最小単位の粒子。原子よりもさらに小さく、クォークやレプトン(電子など)、力を伝えるゲージボソンなどが含まれる。を詳しく調べることで、広大な宇宙の成り立ちに迫っています。
なぜ「小さいもの」を見ると「大きなもの」がわかるのか。その理由は、宇宙が誕生した直後の超高温状態では素粒子レベルの物理法則が宇宙全体の運命を左右していたからです。その当時の状態を人工的に再現するのが、中山さんたちの研究なのです。
加速器とは何をする装置なのか
中山さんたちが使っているのは加速器電場や磁場を使って荷電粒子を高速に加速する装置。粒子を光速近くまで加速し、衝突させることで新しい粒子を生成したり、物質の構造を調べたりする。と呼ばれる装置です。粒子を加速する──つまりスピードを速くする装置で、小さいものだと昔のテレビのブラウン管真空のガラス管内で電子ビームを加速・偏向し、蛍光面に当てて映像を映す装置。原理的には小さな加速器と言える。も一種の加速器です。一方、KEKにあるSuperKEKBKEKが運用する電子・陽電子衝突型加速器。円周約3kmのリング状で、世界最高のルミノシティ(衝突頻度)を記録・更新中。は円周約3km。東京ディズニーランドを一周するとだいたい3kmだそうで、そのスケールの巨大装置です。
なぜ加速しなければならないのか
新しい発見をするためには、日常とは異なる「極限状態」を作ることが重要だと中山さんは説明します。たとえば25℃で成り立つ理論が、1000℃では合わなくなることがあります。日常の温度では誤差に隠れて見えなかった現象が、極端な条件にすると大きく現れるからです。
日常の条件(室温・低エネルギー)
既存の理論で説明できる。新しい効果は誤差に埋もれて見えない
極限状態(超高速・超高エネルギー)
隠れていた効果が大きくなり、理論のズレが検出可能になる
素粒子の場合、温度や圧力ではなく、粒子を光の速さに限りなく近づけてエネルギーを高めるのが「極限状態」への手段です。小さいものを見るには短い波長の光(=高エネルギー)が必要で、それには大がかりな装置がいる。理科室の光学顕微鏡から部屋一つ分の電子顕微鏡へ、さらに円周3kmの加速器へ──見たいものが小さくなるほど、逆に装置が大きくなるのです。
加速器の中で起きていること
SuperKEKBでは、まず直線部分で粒子をほぼ光速まで加速し、円形リングに入れます。リング内ではエネルギーの補充をしながら粒子をぐるぐる回し、時計回りと反時計回りのビームを正面衝突させます。
プラスの粒子(陽電子電子の反粒子。質量は電子と同じだが電荷がプラス。人工的に生成され、PET検査や加速器実験に使われる。)とマイナスの粒子(電子)をぶつけると、プラスマイナスで消えてしまいそうに思えますが、実際にはもとの2つのビーム粒子が持っていたエネルギー分の重さに相当する、まったく新しい重い粒子が生まれます。中山さんはこれを「昔の錬金術みたいな感じ」と表現しました。軽い元素から重い金を作ろうとした錬金術のように、軽い電子と陽電子から重い粒子を人工的に作り出しているのです。
それはやっぱ自然にはできないような粒子なんですか?
中山さんの答えは「自然にはできない」。ただし、天体で加速された宇宙線を捕まえて研究する分野もあるそうです。その場合はより高いエネルギーに達しますが、「宇宙からたまに降ってくるものを頑張って見なきゃいけない」ため運任せの難しさがあります。KEKの実験はあくまで「人工的に」「とにかくたくさん」作ることにフォーカスしているのです。
世界記録を更新中──ルミノシティという指標
なぜ「たくさん作る」ことが重要なのでしょうか。中山さんはアンケートにたとえます。100人に聞いたアンケートと1万人に聞いたアンケート、どちらが信用できるかは明白です。素粒子実験でも、統計的な揺らぎに惑わされず「本当にこの現象が起きている」と断言するためには、膨大なデータ量が必要です。
加速器の性能を測る指標がルミノシティ加速器における粒子ビームの衝突頻度を表す指標。値が高いほど単位時間あたりに多くの衝突イベントを生成でき、希少な現象を発見しやすくなる。です。1秒間にどれだけ衝突させられるかを示すもので、SuperKEKBは現在この世界記録を保持し、さらに更新中です。実験で欲しいB中間子ボトムクォークを含む中間子。CP対称性の破れの研究に重要な粒子で、Belle II実験の主要な研究対象。は1週間で約1,500万個も生成され、全体で何百万個ものデータを蓄積して解析しています。
ビームを「絞る」技術がカギ
エマさんが「素粒子はすごく小さいのに正面衝突させられるんですか?」と疑問を投げかけると、中山さんは「おっしゃる通り」と答えました。実際には1個ずつぶつけるのではなく、何百万個もの粒子の塊同士をすれ違わせ、そのうちの一部が衝突するイメージです。
ルミノシティを上げるには、衝突直前にビームをギュッと細く絞ることが決定的に重要です。しかしプラス同士(またはマイナス同士)の粒子が密集すると電気的に反発してしまいます。そこで超伝導磁石超伝導状態の導体で作られた電磁石。非常に強い磁場を発生でき、加速器のビーム制御に不可欠。の力を借り、衝突する本当に直前だけビームを極限まで絞り込みます。
先代のBelle実験1999年〜2010年にKEKで行われた電子・陽電子衝突実験。小林・益川理論が予言するCP対称性の破れを実証し、2008年のノーベル物理学賞につながった。(1999〜2010年)から現在のBelle II実験Belle実験の後継。2019年に本格運転を開始し、27の国と地域から約1,200名の研究者が参加する国際共同実験。SuperKEKB加速器を使用。(2019年〜)への最大の進化ポイントも、まさにこの「ビームを細く絞ってからぶつける」技術でした。前の実験の世界記録をすでに2倍以上塗り替え、今後さらに数十倍を目指しているそうです。
反物質はどこへ消えた?小林・益川理論の衝撃
ここから話は「なぜ素粒子の研究で宇宙がわかるのか」の核心に入ります。宇宙はビッグバンで生まれ、火の玉のような超高温状態からだんだん冷えて現在に至りました。その過程で「変なこと」が起きていると中山さんは言います。
物質と反物質のアンバランス
反物質通常の物質と質量は同じだが、電荷などの量子数が逆の粒子で構成される物質。電子の反粒子は陽電子、陽子の反粒子は反陽子。物質と反物質が出会うと対消滅してエネルギーに変わる。とは、私たちの身の回りの物質とそっくりだけれど電荷のプラスマイナスが逆転した存在です。私たちの世界では陽子がプラス・電子がマイナスですが、反物質の世界ではそれが逆になります。
宇宙が「何もない」状態から生まれたのなら、物質と反物質は同じ数だけペアで誕生したはずです。ところが、今の宇宙を見渡すと物質だけが残り、反物質はほとんど見当たりません。
物質と反物質が同数ペアで誕生(プラマイゼロからスタート)
物質だけが残り、反物質はほぼ存在しない
この謎を解く鍵がCP対称性の破れC(電荷共役)とP(パリティ)の変換を同時に行っても物理法則が変わらないという対称性が成り立たないこと。物質と反物質の振る舞いに違いがあることを意味する。です。物質に働く物理法則と反物質に働く物理法則の間にわずかな違い──対称性の「破れ」があれば、片方だけが生き残れるかもしれません。
クォーク3個では足りない
1970年代初頭、CP対称性の破れは観測されていましたが、原因は不明でした。当時見つかっていたクォーク陽子や中性子を構成する素粒子。アップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトムの6種類がある。陽子はアップクォーク2個とダウンクォーク1個で構成される。は3種類。3種類でいくら理論をこねくり回しても説明がつかず、4種類にしてもダメ。そこで小林誠・益川敏英日本の理論物理学者。1973年にクォークが6種類存在すればCP対称性の破れを説明できるとする論文を発表。2008年にノーベル物理学賞を受賞。の両先生が「いっそあと3つ足して6個あると仮定すればうまくいく」と提唱しました。まだ3種類しか見つかっていない時代に、です。
なんか周期表を見つけた人みたいですね。まだ見つかってない元素を予想して、実際にあったぞっていう。
その後、残りのクォークもすべて発見され、さらに「6種類以上はない」ことも証明されました。そしてKEKのBelle実験とアメリカのライバル実験が、B中間子を使ってCP対称性の破れを実験的に証明。2008年、論文発表から約35年を経て小林・益川両先生はノーベル物理学賞を受賞しました。
しかし話はここで終わりません。小林・益川理論で説明できるCP対称性の破れの大きさは、現在の宇宙が99.99%以上物質だけで構成されている事実を説明するには全然足りないのです。クォーク以外の素粒子にも対称性の破れがあるはずで、それを探す研究が今も続いています。
暗黒物質と暗黒エネルギー──宇宙の95%は未解明
素粒子の標準理論素粒子物理学の基本理論。17種類の素粒子とそれらの間に働く力(電磁気力・弱い力・強い力)を統一的に記述する。非常に高い精度で実験結果を説明するが、重力やダークマターは含まれていない。はとてもよくできた理論ですが、宇宙のすべてを説明できるわけではありません。中山さんが挙げた大きな未解決問題が、暗黒物質(ダークマター)光を発せず直接観測できないが、重力的な影響から存在が推定されている物質。銀河の回転速度や重力レンズ効果などから間接的に検出される。と暗黒エネルギー(ダークエネルギー)宇宙の加速膨張を引き起こしていると考えられる未知のエネルギー。宇宙全体のエネルギーの約68%を占めるとされるが、正体はまったく不明。です。
私たちが知っている「普通の物質」は宇宙全体のわずか約5%。残りの約95%は正体不明です。「ダーク」という名前は「邪悪」ではなく「見えない」という意味。光も何も出さないから観測に引っかからないだけだと中山さんは笑います。
見えてるものだけでもたった5%っていうのが衝撃でした。
暗黒物質は重さがあるため、遠くの銀河が「何かに引っ張られている」ように見えることで存在が推定されていますが、標準理論の中にそれに対応するものは何もありません。さまざまな仮説はあるものの、正体はまったくの謎。暗黒物質の候補を探す専用の実験も世界中で行われており、いつか信号が見つかるかもしれません。
極限のチャレンジが生む副産物
話題はアミノ酸の左右対称性に飛び、再び「対称性」のテーマに戻ります。地球上の生命のアミノ酸はほぼ左手型(L型)だけなのに、はやぶさ2JAXAの小惑星探査機。小惑星リュウグウからサンプルを地球に持ち帰った。砂に含まれるアミノ酸は左右型がほぼ同量だったと報告されている。が持ち帰った小惑星のサンプルでは左右がほぼ同量でした。物質と反物質の非対称も、アミノ酸の偏りも、さまざまなスケールで「対称性の破れ」が現れるのは興味深いと中山さんは語ります。
中山さんは「人間は対称性が美しいものに惹かれる」と言い、タージ・マハルインドのアーグラにある白大理石の霊廟。左右対称の美しい建築で知られる世界遺産。の完璧な左右対称を例に挙げました。一方で日光のお寺には**わざと対称性を破った門**があるそうで、物理学の「対称性の破れ」とどこか通じるものを感じさせます。
最後に中山さんが強調したのは、極限のチャレンジが予期せぬ副産物を生むということです。加速器の技術は粒子線治療加速器で加速した陽子や炭素イオンをがん組織に照射する治療法。正常組織へのダメージが少ない利点がある。やPET検査陽電子放射断層撮影。体内に注入した放射性薬剤から放出される陽電子の対消滅ガンマ線を検出し、がんの早期発見に役立てる診断法。などの医療に応用され、CERNスイス・ジュネーブ郊外にある欧州原子核研究機構。世界最大の加速器LHCを保有する。WWW(World Wide Web)はCERNで研究者のデータ共有のために考案された。では研究者間のデータ共有から**インターネット(WWW)**が生まれました。
「売ってないですからね、装置」と中山さんは笑います。誰も見たことのないものを観測するには、そのための機械を一から作らなければなりません。一緒に製作してくれる企業を探すところから始まり、しかも1個しか作らないとなると交渉も大変。それでも前人未到の性能を追い求める中で、医療や情報通信など思わぬ分野に技術が波及していくのです。
まとめ
今回の前編では、KEKの中山浩幸さんに素粒子研究の全体像を語っていただきました。宇宙の謎を解くのに「めちゃくちゃ小さいもの」を調べるという一見矛盾したアプローチが、実はビッグバン直後の超高エネルギー状態を再現するという意味で理にかなっていること。そして加速器の中では電子と陽電子を正面衝突させ、錬金術のように新しい粒子を生み出していること。小林・益川理論が35年越しで実証されたドラマや、宇宙の95%が未だ解明されていないという壮大なスケールの話まで、素粒子物理学の奥深さが伝わる回でした。後編では、KEKの研究現場のリアルな姿に迫ります。
- 宇宙誕生直後の超高温状態を再現するために、素粒子を光速近くまで加速してぶつける「加速器」が使われている
- KEKのSuperKEKBは円周約3km。電子と陽電子を衝突させ、ルミノシティ(衝突頻度)の世界記録を更新中
- ビッグバン時に同数あったはずの物質と反物質のうち、反物質だけが消えた謎を「CP対称性の破れ」が説明する
- 小林・益川理論はクォーク6種類の存在を予言し、約35年後に実験で証明されノーベル物理学賞を受賞
- 宇宙の約95%は暗黒物質・暗黒エネルギーで、標準理論ではまだ説明できない大きな謎が残っている
- 加速器技術は医療(粒子線治療・PET検査)やインターネットなど、意図せぬ副産物として社会に還元されてきた

