人間vs細菌の終わらない戦い──抗菌薬の誕生から耐性菌問題まで
サイエントークのレンさんとエマさんが、人類の平均寿命を劇的に押し上げた立役者「抗菌薬」の科学と歴史を語りました。古代ビールに含まれていた抗菌成分から、「魔法の弾丸」の発想、ペニシリンの偶然の発見と量産の苦労、そして現代の耐性菌問題まで──人間と細菌の壮大な戦いの全貌をまとめます。
平均寿命はこの125年で倍以上に
現在の世界の平均寿命は約71歳。WHOWorld Health Organization(世界保健機関)。国際的な公衆衛生を担う国連の専門機関で、各国の健康統計も取りまとめている。の2025年版統計(185カ国対象)によるデータです。ところが1900年にはわずか約31歳。1950年でも約49歳でした。つまりこの125年ほどで、人類の平均寿命は倍以上に伸びたことになります。
この劇的な伸びには衛生環境の改善、ワクチン、栄養状態の向上など複合的な要因がありますが、なかでも大きな影響を与えたとされるのが抗菌薬──細菌を退治する薬の発明です。レンさんはこのエピソードで、人間と目に見えない細菌との戦いの歴史をたどっていきます。
抗菌薬と抗生物質の違い
まず押さえておきたいのが、「抗菌薬」と「抗生物質」は同じものではないという点です。日常会話や病院の場面では混同されがちですが、正確には意味が異なります。
細菌を倒す薬の総称。人工的に合成したものも含む。ウイルスには効かない。
抗菌薬の一種で、微生物が作り出した抗菌成分のこと。ペニシリンなどが代表例。
つまり抗生物質は抗菌薬の中に含まれる存在で、人工的に設計・合成された薬は抗菌薬と呼ぶのが正確です。英語でも同様に、抗菌薬はantimicrobials、抗生物質はantibioticsと区別されますが、日常的にはantibioticsが広く使われているそうです。
古代人は知らずに抗菌薬を摂取していた?
抗菌薬の歴史は近代から語られることが多いですが、実は古代の人間がすでに無意識に抗菌成分を摂取していた可能性があります。その手がかりとなったのは、意外にもビールでした。
紀元前のミイラの骨に紫外線を照射すると、黄緑色に蛍光を発する場合があるそうです。調べてみるとこれはテトラサイクリン現代でも広く使われる抗菌薬の一種。細菌のタンパク質合成を阻害することで増殖を抑える。という抗菌物質でした。骨の内部に化学的に結合しているため、後からの汚染ではなく、生前に摂取したものと考えられています。
テトラサイクリンは土壌細菌のストレプトマイセス放線菌の一種で、自然界における抗生物質の主要な産生者。穀物や土壌に付着していることが多い。が産生する物質で、ビールの原料となる穀物によく付着しています。つまり古代に醸造されたビールにはこの細菌由来の抗菌成分が含まれており、人々は知らず知らずのうちにそれを飲んでいたと考えられるのです。なかにはミイラの骨から、現代の治療に使う量に匹敵するほどのテトラサイクリンが検出された例もあるとのこと。
最初ビールって聞いたら、アルコールの消毒作用かと思ったけど、ちゃんと抗菌作用のある物質がビールに含まれてたんだ
経験則による治療の時代
ビール以外にも、古代エジプトではカビたパンを傷口にくっつけるという治療法が行われていました。カビが分泌する物質が傷口の細菌を殺していたと考えられます。同様の実践は中国やギリシャなど世界各地で見られ、腐った豆や土を傷口に塗るといった方法もあったそうです。
もちろんこれらは経験則の域を出ず、逆に悪い菌が入ってしまうリスクもありました。レンさんが「ロシアンルーレットみたいなもの」と表現したように、メカニズムがわからないまま「なんとなく効くもの」を使い続ける時代が、1600年代まで長く続いたのです。
細菌の発見と「病気の原因」への到達
転機となったのは1674年頃、オランダのレーウェンフックアントニ・ファン・レーウェンフック(1632-1723)。オランダの商人・科学者。自作の顕微鏡で微生物を初めて観察し、「微生物学の父」と呼ばれる。による発見です。趣味で顕微鏡を自作していた彼は、自分の歯の汚れや水を観察し、小さな生き物がうようよ動いているのを見つけました。当初は「アニマルキュール(微小動物)」と名付けられたこの発見──これが人類が初めて細菌の存在を認識した瞬間です。
ただし、レーウェンフックがイギリスの王立協会Royal Society。1660年に設立されたイギリスの学術団体で、世界最古の科学アカデミーの一つ。ニュートンやダーウィンも会員だった。に手紙を送った当初は、「頭のおかしい田舎の商人が変なことを言っている」と信じてもらえなかったそうです。他の人が実際に顕微鏡で確認して初めて、微生物の存在が認められました。
病気の原因は「空気の悪さ」ではなく細菌だった
しかし、細菌が見つかってもすぐに病気と結びつけられたわけではありません。当時の病気の原因は「空気が悪いから」「祟りだ」といった考え方が主流でした。
その後、パスツールルイ・パスツール(1822-1895)。フランスの化学者・微生物学者。低温殺菌法(パスチャライゼーション)の開発やワクチンの研究で知られ、「近代微生物学の父」と呼ばれる。が「ものが腐るのは細菌のせいだ」ということを突き止め、さらに菌が菌を殺す現象を観察します。「生物が生物を殺すなら、人間の病気も生物によって引き起こされているのではないか」──この発想が、病原菌の概念につながりました。実際に菌を体に取り入れて病気になることを自ら確認するという、現代では考えられない人体実験も行われていたそうです。
原因がわかれば対策もできます。ナイチンゲールフローレンス・ナイチンゲール(1820-1910)。イギリスの看護師。クリミア戦争での統計的手法を用いた衛生改善の提言で知られ、「近代看護の母」と呼ばれる。による衛生環境の改善や、フェノール石炭酸とも呼ばれる有機化合物。19世紀にジョゼフ・リスターが手術器具や傷口の消毒に使用し、外科手術の死亡率を劇的に下げた。などの消毒液を使った傷口の処置が始まり、手を洗うだけで死亡率が激減するという事実も確認されていきます。しかしこの時代はあくまで「菌を体に入れない」という防御の段階。体の中に入ってしまった菌を倒す手段は、まだありませんでした。
「魔法の弾丸」──体内の菌だけを狙い撃つ発想
消毒液を体の中に入れれば菌は殺せるはずですが、実際にはエタノールやフェノールは人間の細胞も破壊してしまう「無差別攻撃」です。ここからもう一段のジャンプが必要でした。
突破口となったのは色素の研究です。特定の色素が特定の細胞や菌にだけくっつくという性質が知られていました。ドイツのパウル・エールリッヒパウル・エールリッヒ(1854-1915)。ドイツの医学者・細菌学者。化学療法の概念を提唱し、1908年にノーベル生理学・医学賞を受賞。「魔法の弾丸」の概念で近代薬理学の基礎を築いた。はこの原理に着目し、「人間の体にダメージを与えずに菌だけを殺す物質」があれば病気を治せるのではないかと考えました。この概念に「魔法の弾丸(Magic Bullet)」という名前をつけたのです。
初の人工抗菌薬「サルバルサン」と秦佐八郎
エールリッヒは梅毒梅毒トレポネーマという細菌による性感染症。15世紀末からヨーロッパで大流行し、有効な治療法がなかった20世紀初頭まで深刻な公衆衛生上の問題だった。を起こす菌をターゲットに、ヒ素を含む化合物をベースにしながら、菌にだけくっつき人間には害のない物質を探す実験を開始します。少しずつ構造を変えた化合物を動物実験で試していくという、現代の製薬開発の走りともいえるアプローチです。
600以上の化合物を試した末、1909年に606番目で当たりを引き当てたのが、日本から留学していた秦佐八郎秦佐八郎(はた さはちろう、1873-1938)。日本の細菌学者。パウル・エールリッヒの研究室に留学し、梅毒の治療薬サルバルサンの発見に貢献した。でした。翌1910年、ヘキスト社ドイツの化学・製薬企業。後にヘキスト・マリオン・ルセル等を経てサノフィに統合された。当時のドイツは化学産業の世界的中心地だった。から「サルバルサン」という名で発売されます。サルベーション(救済)とアーセニック(ヒ素)を組み合わせた名前──「救済するヒ素」です。
ただしサルバルサンは完璧ではありませんでした。空気中で酸化すると毒になる、点滴が血管から外れると皮膚が壊死して最悪腕の切断が必要になるなど、リスクの大きい薬でした。それでも世界中から注文が殺到したといいます。他に選択肢がなかったのです。
ペニシリンの発見と量産への苦闘
サルバルサンに続く大きなブレイクスルーが、1928年のペニシリンの発見です。ロンドンの細菌学者アレクサンダー・フレミングアレクサンダー・フレミング(1881-1955)。イギリスの細菌学者。ペニシリンの発見により1945年にノーベル生理学・医学賞を受賞。は、散らかった実験台を片付けようとした際に、黄色ブドウ球菌を培養していたシャーレに青カビが混入し、そのカビの周りだけ細菌が死滅していることに気づきました。
それを見てフレミングは「That's funny(面白いな)」と言ったと。これがペニシリンの始まり
ペニシリンが画期的だったのは、細菌の細胞壁細菌の細胞を外側から覆う堅い構造体。人間の細胞は細胞膜のみで細胞壁を持たないため、細胞壁の合成を阻害する薬は人間には無害で菌だけを攻撃できる。の合成をブロックするという仕組みです。人間の細胞には細胞壁がないため人体にはほぼ影響がなく、幅広い種類の菌に効果を発揮しました。
しかし発見から実用化までには長い道のりがありました。フレミングが1929年に論文を発表するも、約10年間はほとんど注目されず、別の研究者が論文を再発見して研究が再開されたのです。
「おしっこパトロール」──量産の壁
最大の問題は量産でした。カビが作り出す天然の物質であるため、人工合成のサルバルサンと違って大量生産が難しい。しかもペニシリンは体内に入ると8割がすぐに尿として排出されてしまいます。
この苦しい状況で編み出されたのが、通称「Pパトロール(P Patrol)」。患者に投与したペニシリンが尿として排出されるのを回収し、再びペニシリンを抽出して再利用するという方法です。医師がペニシリンを投与し、数時間後に自転車で患者のもとへ尿を回収に回り、実験室に持ち帰って精製する──まさに自転車操業の日々だったそうです。
初めてペニシリンの正式な投与を受けた警察官は、投与後24時間以内に熱が下がり食事もとれるまで回復しましたが、ペニシリンの供給が追いつかず5日で投与を中断せざるを得ませんでした。感染症が再燃し、約1ヶ月後に亡くなっています。量さえあれば救えた命──この事実が、ペニシリン大量生産への強い動機となりました。
腐ったメロンとカビハンター・メアリー
量産の突破口は二つの発見から開かれました。一つはトウモロコシからでんぷんを作る際に出る廃液が、ペニシリンを産生するカビの絶好の「餌」になるとわかったこと。これだけでペニシリンの生産量は10倍以上に増えました。
もう一つは、より多くのペニシリンを出すカビの探索です。ここで活躍したのがメアリー・ハントペニシリン量産のために各地のカビを収集した女性研究員。「モルディ・メアリー(カビのメアリー)」の愛称で呼ばれた。。「モルディ・メアリー(カビのメアリー)」というあだ名をつけられた彼女は、地元の市場を回ってあらゆるカビを集め続けました。1943年、ついに腐ったメロンに生えていたカビが、元のカビの数百倍ものペニシリンを産生することが判明します。
紫外線照射による突然変異の活用なども加えて最終的に数千倍の生産効率を達成。この成果は戦争にも大きな影響を与えました。第一次世界大戦では細菌性肺炎による死亡率が約18%だったのに対し、ペニシリンが使えた第二次世界大戦では1%未満にまで激減したそうです。
耐性菌とのいたちごっこ
ペニシリンの発見者フレミングは、1945年のノーベル賞受賞講演で驚くべき予言をしています。「無知な人間が不十分な量のペニシリンを使うことで、体内にペニシリンに強い菌が残り、いつか人類の脅威になるかもしれない」と。
実際に数年後、ペニシリン耐性菌ペニシリンを分解する酵素(ペニシリナーゼ)を獲得し、ペニシリンが効かなくなった細菌。抗菌薬の使用圧力が自然選択として働き、耐性を持つ変異体が生き残って増殖する。が出現。それに対抗してメチシリンペニシリン耐性菌に効くように開発された半合成ペニシリン系抗菌薬。しかし1961年にはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が報告された。が開発されるも、今度はメチシリン耐性菌が登場する──このいたちごっこが1980年前後から加速しました。
新しい抗菌薬の開発
ペニシリン → メチシリン → さらに新しい薬…
耐性菌の出現
ペニシリン耐性菌 → メチシリン耐性菌(MRSA)→ 多剤耐性菌…
製薬企業の撤退
新薬がすぐ効かなくなり儲からない → 1980年代以降、開発が大幅に縮小
耐性菌だけが増え続ける現状
2050年にはがんと並ぶ死亡原因になるとの予測も
新しい薬を作ってもすぐに耐性菌が現れて売れなくなるため、1980年代以降は多くの製薬企業が抗菌薬開発から撤退してしまいました。結果として耐性菌だけが増え続けるという危機的状況が生まれています。「このままいくと2050年頃にはがんの死亡率に匹敵する可能性がある」という論文もあるとレンさんは紹介しました。
人を殺す方面にも人を生かす方面にも技術発展してってるよね、この時期
現在はAIを活用した新しい抗菌薬の探索など、現代の技術で突破口を開こうとする研究も進められています。一方で、私たち個人にもできることがあります。病院で処方された抗菌薬は最後まで飲みきること。中途半端にやめると体内に耐性菌が残る原因になりかねません。フレミングの予言を現実にしないために、一人ひとりの行動が問われています。
まとめ
エピソードの後半では、寿命の上限はあるのか、健康寿命をどう延ばすかといった議論にも話が及びました。抗菌薬の発展で人類の寿命は劇的に伸びましたが、それゆえの社会問題や精神的な課題も生まれています。レンさんは「情報って現代の処方箋なんじゃないか」と語り、正しい知識を持つことの重要性を強調しました。
古代のビールから始まり、レーウェンフックの顕微鏡、エールリッヒの「魔法の弾丸」、フレミングの偶然の発見、メアリーの腐ったメロン、そして現代の耐性菌問題へ。人間と細菌の戦いはまだ終わっていません。むしろこれからが正念場ともいえます。研究を続けること、正しく薬を使うこと──その両方があって初めて、次の世代に「長く笑って暮らせる」未来をつなげられるのかもしれません。
- 世界の平均寿命は1900年の約31歳から現在の約71歳へ、125年で倍以上に伸びた
- 抗菌薬は細菌を倒す薬の総称で、抗生物質(微生物が作る抗菌成分)はその一部
- 古代のビールやカビたパンに含まれる抗菌成分が、人類最初の抗菌薬だった可能性がある
- 1910年に秦佐八郎らが見出した「サルバルサン」が人類初の科学的に設計された抗菌薬
- 1928年にフレミングがペニシリンを発見し、腐ったメロンのカビから量産が実現した
- 耐性菌とのいたちごっこが1980年代以降深刻化し、製薬企業の撤退も問題になっている
- 処方された抗菌薬を最後まで飲みきることが、耐性菌を生まないために重要

