この世界、実は不確定?原子の研究がハイゼンベルクの行列力学に辿り着くまで
サイエントークのレンさんとエマさんが、2025年で100周年を迎えた量子力学の誕生秘話を語りました。USBメモリが「曖昧さ」で動いている話から始まり、ハイゼンベルクが「電子の軌道を考えるのをやめよう」と提唱し、行列力学にたどり着くまでの道のりを紹介。アインシュタインが「こんな理論を本気で信じているのか」と反発した背景まで、その内容をまとめます。
科学に「曖昧さ」は必要か──USBメモリと量子トンネル効果
科学の世界に「曖昧さ」はあるのでしょうか。写真データを送るときに99%しか届かなかったら困りますし、普通は「科学=正確」というイメージがあります。ところがレンさんによれば、USBメモリにデータを保存するという極めて正確な技術が、実は曖昧さなしには成り立たないのだそうです。
USBメモリの中では、絶縁体電気を通さない物質のこと。ガラスやゴムなどが代表例。USBメモリ内部では電子を閉じ込める「壁」として使われている。の箱に電子が「入っているか・いないか」でデータの0と1が決まっています。ここで不思議なのは、その箱には入り口がないこと。窓のない密閉された部屋のようなものです。普通のボールなら絶対に入れません。
しかし電子は「曖昧な存在」です。レンさんはオーラに例えて説明しました。電子の存在確率はぼんやりと広がっていて、壁の内側にもわずかながら「ここにいる確率」が発生します。すると、うっかり箱の中に入ってしまうことがある。電圧をかけてこの現象をコントロールすることで、0を1に書き換える──これがUSBメモリの書き込みの仕組みです。
電子が曖昧がゆえにUSBメモリって保存できるんよ、データを。
データ自体は正確にコントロールされています。しかしその正確さを支えているのが、電子という存在の「曖昧さ」だというのは、なんとも不思議な話です。
ハイゼンベルクの登場と量子力学100周年
では、「ものが曖昧な存在である」ということに最初に気づいたのは誰なのか。それがヴェルナー・ハイゼンベルク1901〜1976年。ドイツの理論物理学者。行列力学を創始し、不確定性原理を提唱。1932年にノーベル物理学賞を受賞した。です。2025年は、ハイゼンベルクが量子力学の基礎となる論文を発表してからちょうど100年にあたり、「量子力学100周年」と呼ばれています。
ハイゼンベルクはドイツ生まれで、子供の頃はピアノの腕前が素晴らしく、一時は音楽家の道を真剣に考えたほどでした。しかし物理学より先に好きだったのは数学で、ミュンヘン大学1472年創立のドイツの名門大学。物理学・数学など多くの分野でノーベル賞受賞者を輩出している。の数学教授リンデマンのもとに、父親のコネで面接を受けに行ったそうです。
ところがこの面接がかなり変わっていました。リンデマン教授は高齢で耳が遠く、机の上にいたプードルがずっと吠えていて、ハイゼンベルクの話はほとんど聞き取れなかったといいます。さらに、ハイゼンベルクがアインシュタインの相対性理論1905年の特殊相対性理論と1915年の一般相対性理論の総称。時間・空間・重力に対する理解を根本から変えた20世紀物理学の金字塔。に関する書籍の話を出したところ、教授は面接を打ち切り、「そんな物理学みたいなことをやっていたら数学は絶対にわからない」と言い放ったのだそうです。
それでハイゼンベルクさん数学できないってなっちゃう。そこが運命の分かれ道でもあるんだけど。
こうして数学の道を閉ざされたハイゼンベルクは物理学に転向し、やがてニールス・ボーア1885〜1962年。デンマークの物理学者。原子のボーアモデルを提唱し、1922年にノーベル物理学賞を受賞。コペンハーゲンの研究所に多くの若手物理学者を集めた。と出会います。ボーアはハイゼンベルクの数学センスを見抜いていたといいます。
ボーアの原子モデルとその限界
ハイゼンベルクが登場する前の原子研究はどうなっていたのでしょうか。ボーアは、原子の中の電子が太陽系の惑星のように原子核の周りをくるくる回っているだけでは説明がつかないと考えていました。そのままだと電子はエネルギーを失って原子核に落ちてしまうからです。
ボーアの提案した「レール」──特定の軌道上なら電子はそれ以上落ちないという特殊ルール──は水素原子の光のスペクトルを見事に説明しました。しかし、そのレールを誰も見たことがないし、電子がレールからレールに飛び移る瞬間も観測できません。当時の物理学会では大激論が起きていたそうです。
さらにボーアはアインシュタインのライバルでもありました。アインシュタインが「光は光子光の粒子としての性質を表す概念。アインシュタインが1905年の光電効果の論文で提唱し、光が波であると同時に粒子としても振る舞うことを示した。という粒子でできている」と言ったのに対し、ボーアは「自分の原子モデルで光も説明できるはずだ」と考えて研究を進めていましたが、行き詰まっていたのです。
「電子の軌道を考えるのをやめる」という革命的発想
師匠たちの行き詰まりを目の当たりにしたハイゼンベルクは、根本的な発想の転換を提唱します。「原子のような見えないものの中身を、太陽系やボールのような身近なイメージで捉えるのをやめませんか」という主張です。
レンさんはこの発想を野球のバッティングに例えて説明しました。従来の物理学は「ピッチャーの球の軌道をぴったり見て、バットの芯と一致させる理想のフォームをイメージしなさい」というアプローチです。電子に当てはめれば、太陽系のように回っている姿を想像し、その位置やスピードを求めようとするやり方です。
電子の「軌道」や「位置」を視覚的にイメージし、そこから数式を導く
→ 理想フォームを描いてから振る
観測できるデータ(光の周波数・強さ)だけを使い、入力と結果の関係を数式にする
→ 球速と角度だけでホームランを打つ
ハイゼンベルクはこう言ったわけです。「フォーム(軌道のイメージ)はどうでもいい。ピッチャーが投げた球のデータが来たら、それに合うバットの振り方のデータだけ出せばいい」と。電子の世界で言えば、ある元素の原子がどのような周波数の光をどれくらいの強さで出すのか──その入力と出力の関係だけを数式にしようというアプローチです。
普通にさ、どんどんズームしていったら今見えてる世界と同じようなものがちっちゃいサイズで存在してると思うじゃん。でもそうじゃなくって違う世界なんだって言ったってことでしょ。それはなかなかできないよね。
掛け算の順序で結果が変わる──行列の発見
ハイゼンベルクは実際に、電子の状態遷移と光の関係をデータとして整理していきます。電子が状態Aから状態Bに移るときにはこの色の光が出る、BからCではまた別の光が出る──こうした関係をExcelの表のようにまとめていったのです。
たとえば、A→Cの遷移で出る光を知りたいとき、「A→Bの計算をしてからB→Cの計算をする」のと、「B→Cを先にやってからA→Bをやる」のとでは結果が合わないという現象が起きました。通常の数学なら3×5も5×3も15で同じですが、この計算では順番を変えると答えが変わってしまうのです。
ハイゼンベルクはこの奇妙な結果に悩んでいましたが、彼の指導教員であるマックス・ボルン1882〜1970年。ドイツの理論物理学者・数学者。波動関数の確率解釈を提唱し、1954年にノーベル物理学賞を受賞。ハイゼンベルクやパウリの指導にあたった。が、その計算を見て「これは行列だよ」と指摘しました。行列の掛け算ルールに従えば、すべての計算が整合的に説明できたのです。
ハイゼンベルクはどこかの島にこもって一人で考え続け、二十代にして自力でこの結論にたどり着いたといいます。
位置と速度は同時に決まらない──不確定性原理へ
行列で電子の計算ができるという事実は、もっと深い意味を持っていました。行列の掛け算で順番を変えると答えが変わるという性質は、「位置を知ろうとするとスピードがわからなくなり、スピードを測ろうとすると位置がわからなくなる」という電子の性質と対応していたのです。
なぜそうなるのか。レンさんの説明によれば、電子はあまりにも軽いため、位置を観測しようと強い光を当てると電子が飛ばされてしまい、スピードがわからなくなります。逆に、動きを邪魔しないようそっと弱い光でスピードだけ測ろうとすると、位置がぼんやりとしかわかりません。
行列の掛け算
A×B ≠ B×A(掛ける順番で結果が変わる)
電子の観測
位置を測る → スピードが不確定に / スピードを測る → 位置が不確定に
不確定性原理
位置とスピード(運動量)を同時に100%正確に知ることはできない
これはニュートン力学17世紀にアイザック・ニュートンが確立した古典力学の体系。物体の位置と速度がわかれば未来の運動を完全に予測できるとする決定論的な世界観を持つ。の常識を根底から覆すものでした。ニュートンの物理学では、ボールの位置と速度がわかれば、次の瞬間どこにいるかを確実に計算できます。しかし量子の世界ではそれができない。「50%ぐらいの確率でこの辺にいるかも」としか言えない──それが電子の世界の現実なのです。
レンさんはこの行列力学を「考え方のアップデート」と表現しました。大きな世界からズームインしていくのではなく、ミクロの世界からゼロベースで積み上げていく。具体的な事実だけを重ねて、「それこそが電子の正体なのでは」と問いかける。ハイゼンベルクの先生たちは「理論物理学は実は哲学だった」とまで語ったそうです。
アインシュタインの反発と量子力学の行方
ハイゼンベルクの発見に興奮したマックス・ボルンは、アインシュタインに手紙を書きました。「ハイゼンベルクという若者がすごく正しい奥深い発見をしたよ」と。しかしアインシュタインの反応は冷ややかでした。
アインシュタイン結構ボロクソに言ってますよ。「こんな理論を本気で信じているのか」って書き残してたりする。
アインシュタインにとって、「物体の位置や速度がわからない」というのは物理学ではありませんでした。それは何か見落としがあるからであって、もっと研究すれば古典的な物理学の枠組みで確実に計算できるはずだ──そう考えていたのです。一方でハイゼンベルクは「全く新しい物理学を作っていかなければダメだ」と主張しました。
確率なんてありえない。まだ何か見落としがある。古典物理学の延長で必ず説明できるはず
曖昧さは自然そのものの性質。従来の物理学の考え方を捨て、ゼロから新しい物理学を構築すべき
ハイゼンベルクの論文は「頭が良すぎて難しすぎる」と評され、当時のほとんどの物理学者は「行列なわけないだろう」「意味がわからない」と冷ややかな反応だったそうです。答えとなる論文がすでに世に出ているのに誰も信じない──そんな状況がしばらく続きました。
しかしこの後、シュレディンガーエルヴィン・シュレディンガー(1887〜1961年)。オーストリアの物理学者。波動力学とシュレディンガー方程式を提唱し、1933年にノーベル物理学賞を受賞。「シュレディンガーの猫」の思考実験でも有名。がまったく別のアプローチで電子を記述する理論を打ち立てます。そしてよくよく調べてみると、シュレディンガーの理論はハイゼンベルクの行列力学と本質的に同じものだったことが判明する──というのが次回の展開とのことです。
まとめ
今回のエピソードでは、USBメモリの仕組みから量子の「曖昧さ」に入り、ハイゼンベルクが「電子の軌道を考えるのをやめよう」という革命的な発想に至るまでの道のりが語られました。数学の行列という道具が電子の振る舞いとぴったり一致したという発見は、「位置と速度を同時に知ることはできない」という不確定性原理へとつながります。何百年も信じられてきたニュートン力学の世界観を打ち砕く、まさに「ちゃぶ台返し」の物語でした。
- USBメモリのデータ書き込みは、電子の「曖昧さ」(量子トンネル効果)を利用して成り立っている
- 2025年はハイゼンベルクの論文発表から100年目にあたる「量子力学100周年」
- ハイゼンベルクは「電子の軌道を視覚的にイメージするのをやめて、観測できるデータだけで理論を作ろう」と提唱した
- 電子の状態遷移を表にして計算すると、掛け算の順番で結果が変わる「行列」のルールと一致した
- 行列の非可換性は「位置と速度を同時に正確に知ることはできない」(不確定性原理)という自然の性質を反映している
- アインシュタインは「確率なんてありえない」と反発したが、後にハイゼンベルクの理論が正しいと確認された
- 次回はシュレディンガーが別のアプローチで同じ結論に至る話へと続く

