人間vs痛みの戦い!麻酔と鎮痛薬はどう誕生したのか?
サイエントークのレンさんとエマさんが、人類が痛みとどう戦ってきたのかを語りました。麻酔なき時代の壮絶な手術から、笑気ガス・エーテル・クロロホルムの発見、コカインから生まれた局所麻酔、痛みの正体に迫るゲートコントロール説、柳の皮から誕生したアスピリン、そして最新のVR鎮痛まで──痛みと医療の歴史を一気にたどったエピソードの内容をまとめます。
麻酔なき時代の手術──床屋が外科医だった頃
人類が「手術」のようなことを始めたのは、文字の発明よりも前だと考えられています。約1万年前の新石器時代の頭蓋骨には、人為的に開けられた穴が見つかっており、しかもその周囲には骨の再生の痕跡があるため、患者は術後もしばらく生存していたことがわかっています。これは穿頭術頭蓋骨に穴を開ける古代の外科処置。宗教的儀式や頭部外傷の治療が目的だったとされるが、正確な意図は不明。と呼ばれ、宗教的儀式や頭部外傷の治療が目的だったと推測されています。
しかし、その後も手術の技術はほとんど進歩しませんでした。19世紀頃まで麻酔も消毒もない状態が続き、負傷した手足はそのまま切断し、患者は痛みに耐えるしかなかったのです。
興味深いのは、中世から近世のヨーロッパでは「医者」と「外科医」が別の職業だったことです。内科は医師が担当し、外科手術は別の人が行っていました。しかもその外科手術を担っていたのは、なんと床屋だったといいます。剃刀を扱う技術があったため、髪を切るついでに歯を抜いたり、手足の切断手術をしたりしていたのだとか。
床屋とかにある赤と白のくるくる回ってるサインポール、あれは昔の外科手術の動脈の赤と包帯の白を表してる説がある
死亡率300%の手術と"最速のナイフ"ロバート・リストン
麻酔のない時代、手術で最も重視されていたのはスピードでした。早く終わるほど患者の苦痛は少なく、痛みによるショック死のリスクも下がるからです。当時の手術の死亡率は約50%にも達していたといいます。
そんな時代に「ウエストエンドの最速のナイフロバート・リストン(1794–1847)に付けられた異名。ロンドンのユニバーシティ・カレッジ病院を拠点に活動した19世紀イギリスの外科医。」という異名を持つ外科医がいました。ロバート・リストン1794年スコットランド生まれの外科医。驚異的な手術スピードで知られ、足の切断手術を2分半で完了させたという記録がある。です。通常数十分かかる足の切断手術をわずか2分半で終わらせ、時には30秒未満で手術を完了させた記録もあるそうです。
しかし、あまりの速さが悲劇を生んだこともありました。医学史上唯一と言われる「死亡率300%の手術」のエピソードです。リストンが超高速でメスを振るった際、勢い余って助手の指を切断し、さらに近くで見学していた観客のコートまで切り裂いてしまいました。結果、手術を受けた患者は感染症で死亡、助手も切断箇所からの感染症で死亡、そして服を切られた観客は自分が切られたと錯覚してショック死。一回の手術で3人が亡くなるという衝撃的な事態になったといいます。
そもそも観客がいるんだ。それも意味わかんないね
当時の手術室は現代とは全く異なる雰囲気でした。患者は痛みで絶叫し、数人がかりで押さえつけなければならないほど。叫び声が響き渡るため、手術室は住居から離れた場所に設置されることもあったそうです。
笑気ガス・エーテル・クロロホルム──全身麻酔の夜明け
アヘンなどの麻薬的な物質で苦痛を和らげる試みは以前からありましたが、本格的に手術に使える麻酔の探求が進んだのは19世紀のことです。
まず試されたのが笑気ガス亜酸化窒素(N₂O)のこと。吸入すると陶酔感や鎮痛効果がある。現在でも歯科などで補助的に使われることがある。(亜酸化窒素)でした。1845年に笑気ガスを使った抜歯が試みられましたが、途中で麻酔が切れてしまい患者が激しく痛がるという失敗に終わっています。
次に注目されたのが硫酸エーテルジエチルエーテルのこと。吸入すると意識を失わせる作用がある。引火性が高く気道への刺激性もあるため、後により安全な麻酔薬に置き換えられていった。です。動物実験を経て、1846年にエーテルを使った抜歯手術が成功。これが外科手術から苦痛を取り除くことに初めて成功した事例とされています。
しかしエーテルには引火性が高く、気道への刺激性があるという課題がありました。そこで登場したのがクロロホルム化学式CHCl₃。無色で甘い匂いのある液体。強力な麻酔作用があるが肝毒性などの副作用もあり、現代の医療麻酔としてはほぼ使われない。化学実験では溶媒として広く用いられている。です。1847年、スコットランドの産科医シンプソンジェームズ・ヤング・シンプソン(1811–1870)。スコットランドの産科医。友人たちとクロロホルムを自ら吸引する実験で強力な麻酔作用を発見した。が友人たちと一緒にクロロホルムを吸引する実験を行ったところ、全員が昏倒。強力な麻酔作用が確認されました。
なんかドラッグを友達3人としてるみたいなイメージ
ちゃんと麻酔薬を探す中でやられたことらしい。運良く全員目覚ましたんで良かったけど
なお、レンさんは大学の研究室でクロロホルムの瓶を割ってこぼしてしまった経験があるそうですが、フィクションのように一瞬で気絶するほどの効果はなかったとのこと。大量に吸入しなければすぐに意識を失うことはないようです。
ヴィクトリア女王の無痛分娩と宗教の壁
シンプソンが産科医だったことには意味がありました。当時、出産時の麻酔使用には大きな壁があったのです。キリスト教では、出産の痛みは「神が女性に与えた試練」と解釈されており、それを取り除くことは神への冒涜だと考える宗教関係者やそれを信じる医師が少なくなかったのです。
この宗教的な反対論を覆す決定的な出来事が起きます。1853年、ヴィクトリア女王在位1837–1901年。大英帝国の最盛期を統治したイギリス女王。イギリス国教会の最高統治者でもあった。が8人目の王子の出産時にクロロホルム麻酔の使用を求めたのです。
女王の日記にはこのように記されていたそうです。イギリス国教会のトップでもあるヴィクトリア女王が自ら麻酔を使ったことで、宗教的な反対論は事実上無力化されました。この手法は「女王風麻酔」とまで呼ばれ、上流階級から一般市民へと急速に普及していったといいます。
コカインから局所麻酔へ
ここまでの話はすべて全身麻酔です。特定の部位だけ痛みをなくす局所麻酔が確立されたのは、19世紀後半のこと。しかもそのきっかけは、手術とはまったく異なる方向から来ました。
南米のコカの葉を使うと兵士が長時間活動できるという報告に注目したのが、当時まだ無名の神経病理学者だったジグムント・フロイト1856–1939年。オーストリアの精神科医・精神分析学者。「精神分析の父」と呼ばれる。若い頃にコカインの研究を行い、その薬理効果を報告した。でした。フロイトは結婚資金を得るために新薬を発見して名声を得たいという動機と、モルヒネ中毒に苦しむ親友を救いたいという思いから、コカインの研究に取り組みます。
自らコカインを服用して握力の向上や精神的な高揚感を確認し、「副作用はない」と断言してしまいました。しかし、これは大きな間違いでした。フロイトがコカインを投与した親友は、モルヒネとコカインの二重中毒に陥り、幻覚に苦しんだ末に亡くなってしまったのです。
フロイトはこの過程で「コカインを使うと舌が麻痺する」ということも発見していました。ここから「局所的に痛みを消せるのではないか」という仮説が立てられ、コカイン溶液を目に滴下する実験が行われます。カエルやウサギ、そして研究者自身の目で検証し、痛みが消えることが証明されました。この成果は眼科学会で発表され、局所麻酔の可能性が広く認知されるようになります。
さらに「現代外科の父ウィリアム・ハルステッド(1852–1922)。アメリカの外科医。ジョンズ・ホプキンス大学で活躍し、外科手術の多くの基本技術を確立した。」と呼ばれるウィリアム・ハルステッドが、コカインを神経の近くに注射するという方法を開発。手術したい部位にピンポイントで麻酔をかける現代の局所麻酔の原型が誕生しました。ただし、メカニズムが十分にわからない状態で使用していたため、ハルステッド自身も重度のコカイン中毒になってしまったといいます。
その後、コカインの化学構造を改変して中毒性を取り除いたプロカイン1905年に合成された局所麻酔薬。商品名「ノボカイン」として広く使われた。コカインと異なり依存性がない。やリドカイン1943年に開発された局所麻酔薬。現在最も広く使われる局所麻酔薬の一つで、歯科治療などで身近に使われている。といった現代の麻酔薬が開発されていきました。
全身麻酔
笑気ガス → エーテル → クロロホルム(ざっくり全身に効く)
局所麻酔
コカイン → プロカイン → リドカイン(ピンポイントで効く)
「痛み」とは何か?ゲートコントロール説と痛みの回路
ここまで麻酔の歴史を見てきましたが、そもそも「痛みとは何か」についての理解は長い間きわめて粗いものでした。17世紀のデカルトルネ・デカルト(1596–1650)。フランスの哲学者・数学者。「我思う、ゆえに我あり」で知られる。座標系(デカルト座標)の考案者でもある。は、痛みを「皮膚から脳までつながった紐が引っ張られて、脳で鐘が鳴るようなもの」と表現しました。痛みが脳で感じられるという点では正しいものの、この単純なモデルでは、腕を失った人が「ないはずの腕が痛い」と感じる幻肢痛切断などで失われた手足がまだ存在するかのように痛みを感じる現象。脳の身体マップが更新されないことが原因の一つと考えられている。や、戦場で重傷を負っても興奮状態で痛みを感じない兵士の例は説明できません。
この解像度の低い状態が一変したのが1965年のこと。ゲートコントロール説1965年にロナルド・メルザックとパトリック・ウォールが提唱した痛みの理論。脊髄に痛みの信号を脳へ通すか否かを決める「門(ゲート)」のような仕組みがあるとした。が提唱されたのです。
この説によれば、痛いところをさすると痛みが和らぐのは、さするという触覚信号が太い線維を通って「痛みのゲート」を閉じるためです。これは科学的にも裏付けられており、さすることで痛みの信号の通過がブロックされるのだといいます。
痛みには専用の回路がある
現在わかっていることとして、触覚・温度感覚・痛みにはそれぞれ独立した神経回路が存在します。痛みのセンサーは侵害受容器組織が壊れるレベルの強い刺激でのみ活性化される感覚受容器。皮膚や内臓など体の各所に分布している。と呼ばれ、組織が壊れるほどの強い刺激でなければオンにならない仕組みになっています。
痛みを伝える神経線維も大きく2種類あります。Aδ(デルタ)線維は伝達が速く、足をぶつけた瞬間の「痛っ!」という鋭い痛みを伝えます。一方、C線維は伝達が遅く、ぶつけた後にジワジワ続く「ズキズキ」した痛みを伝えます。
ぶつけた瞬間の鋭い「痛っ!」
素早く脳に届く
後からくるズキズキした痛み
ゆっくり脳に届く
さらに、脳からの下降性の制御もあり、ノルアドレナリン脳内の神経伝達物質の一つ。覚醒・集中・ストレス応答に関わるほか、脊髄で痛みの信号を抑制する働きもある。やセロトニン脳内の神経伝達物質の一つ。気分の安定や幸福感に関わるほか、脊髄で痛みの伝達を抑制する機能もある。が分泌されると痛みが遮断されることもわかっています。戦場で重傷を負いながらも痛みを感じない兵士がいるのは、こうした脳からの制御が働いているためだと考えられています。
柳の皮からアスピリン、そして分子標的薬へ
麻酔が外科的な痛み対策だとすれば、頭痛や関節痛のような内科的な痛みには「飲み薬」が必要です。その歴史もまた、自然の知恵から始まりました。
柳の皮からアスピリンへ
柳の木の皮古代ギリシャのヒポクラテスの時代から痛みや発熱に効く民間薬として知られていた。有効成分はサリチル酸で、3500年以上の使用歴がある。が痛みや熱に効くことは古くから知られていました。有効成分はサリチル酸柳の樹皮などに含まれる有機酸。鎮痛・解熱作用があるが、非常に苦く、胃粘膜を強く刺激する副作用がある。ですが、苦すぎる味と胃に穴が開くほどの副作用が大きな課題でした。
ドイツの製薬会社バイエル1863年創業のドイツの化学・製薬企業。アスピリンの商品化で世界的に知られる。現在も世界有数の製薬・化学メーカー。の研究員が、サリチル酸に酢酸の一部(アセチル基)をくっつけるアセチル化化合物にアセチル基(CH₃CO-)を導入する化学反応。たった一ステップの反応だが、サリチル酸の刺激性を劇的に低減させることに成功した。というたった一ステップの化学反応で、刺激を大幅に減らすことに成功。こうして1897年に誕生したのがアセチルサリチル酸商品名「アスピリン」として1899年に発売。鎮痛・解熱・抗炎症作用を持つ。世界で最も広く使われてきた薬の一つ。、すなわちアスピリンです。
驚くべきことに、アスピリンは発売から約70年間、なぜ効くのかわからないまま使われ続けました。作用機序が解明されたのは1971年のこと。体内で痛みや炎症物質を作る酵素COXシクロオキシゲナーゼ(Cyclooxygenase)の略。アラキドン酸からプロスタグランジンなどの炎症性物質を合成する酵素。アスピリンはこの酵素を不可逆的に阻害する。をブロックし、プロスタグランジン体内で合成される脂質メディエーター。痛み・炎症・発熱などに関与する。COXによって合成が促進される。などの痛み物質の生産を止めることで、炎症や発熱を抑えていたのです。
「狙い撃ち」する分子標的薬
アスピリンのような低分子薬は、体内のいろいろなものにくっつく傾向があります。それに対して、現代の分子標的薬病気の原因となる特定の分子だけをピンポイントで狙い撃ちする薬の総称。抗体医薬品なども含まれる。従来の薬より副作用が少ない反面、製造コストが高い。は、病気の原因となる特定の分子だけを「スナイパーのように」狙い撃ちできます。
分子が小さい → いろいろなものにくっつく
全体的に痛みが引くが副作用も出やすい
分子が大きく複雑 → 特定の標的だけにフィット
ピンポイントで効くが製造コストが高い
分子標的薬が大きく複雑な分子であるほど、体内でフィットする相手が限られるため、狙い撃ちが可能になります。一方で、大きな分子は化学合成だけでは作れないことも多く、菌に培養させて作らせるなど製造コストが高くなります。研究開発費も含めてトータルで高額になる理由はここにあります。
代表的な成功例は関節リウマチ関節の内側を覆う滑膜に慢性的な炎症が起き、関節が腫れて痛む自己免疫疾患。進行すると関節が変形することもある。の治療です。炎症の「司令塔」となるサイトカインを狙い撃ちする抗体医薬品が開発され、病気の進行を止めるレベルの効果を上げています。また、がんの治療にも分子標的薬は広く活用されています。
VR鎮痛という新アプローチ
化学物質を使うアプローチとは全く異なる最新の試みも紹介されました。痛みを伴う処置を行う際に、患者にVRゴーグルで全然関係ない映像を見せると、脳の注意が逸れて実際に痛みが減少するという研究結果があるそうです。
海外に湿布はない?
エマさんの腰痛をきっかけに、日本と海外の鎮痛文化の違いも話題に上りました。イギリスではどこでもパラセタモール日本での名称は「アセトアミノフェン」。化学名パラアセチルアミノフェノールの略し方が地域によって異なる。WHOはパラセタモールを一般名として推奨、アメリカと日本はアセトアミノフェンを採用している。(日本名:アセトアミノフェン)が勧められるのに対し、日本で定番の湿布は海外ではあまり一般的ではなく、代わりにジェル(塗り薬)が主流とのこと。湿布のひんやりする冷感も、ゲートコントロール説の仕組みで痛みを和らげる効果があるのだとか。
まとめ
人類と痛みの戦いは、1万年前の穿頭術に始まり、床屋が外科医を兼ねていた中世、麻酔なしで「スピード」だけが頼りだった時代を経て、笑気ガス・エーテル・クロロホルムによる全身麻酔の誕生、コカインから派生した局所麻酔の確立、そしてゲートコントロール説による痛みの科学的理解へと進んできました。薬の世界でも、柳の皮から生まれたアスピリンが「なぜ効くかわからないまま70年間」使われ、やがてメカニズムの解明から分子標的薬というピンポイントの治療が実現しています。
レンさんが言うように、痛みは人間にとって必要な機能であり、完全になくすものではなく「うまく付き合っていくもの」かもしれません。それでも、麻酔も消毒もなかった時代を振り返ると、現代の医療のありがたさを改めて感じるエピソードでした。
- 手術の歴史は1万年前の穿頭術にさかのぼる。中世ヨーロッパでは床屋が外科手術を兼業していた
- 麻酔がなかった時代、手術で最も重視されたのはスピード。ロバート・リストンは足の切断を2分半で行った
- 全身麻酔は笑気ガス → エーテル → クロロホルムと進化。ヴィクトリア女王の使用が宗教的反対論を覆した
- 局所麻酔はコカインの研究から誕生。フロイトやハルステッドの「自分で試す」研究が道を切り開いた
- 1965年のゲートコントロール説で痛みの神経メカニズムが初めて科学的に理解された。「さすると和らぐ」も科学的に裏付けられている
- アスピリンは柳の皮の有効成分を化学改変して誕生。70年間メカニズム不明のまま使われた
- 現代の分子標的薬は、病気の原因分子をピンポイントで狙い撃ちする。関節リウマチやがん治療で成果を上げている
- VR鎮痛など化学物質に頼らない新しいアプローチも研究されている

