ヒトとチンパンジーのDNAは99%同じ→実は85%だった?科学的事実が移り変わる理由
サイエントークのレンさんとエマさんが、2025年にNatureに掲載された論文をきっかけに、「ヒトとチンパンジーのDNA一致率」がなぜ99%から85%に変わったのか、そして科学的事実が時代とともに更新されることの意味について語りました。その内容をまとめます。
「99%一致」はどこから来たのか
「ヒトとチンパンジーのDNAは99%同じ」──この有名なフレーズの起源は、1975年にまで遡ります。当時の研究では、ヒトとチンパンジーそれぞれのDNA鎖を1本ずつ取り出してペアにし、加熱してどのくらいの温度で鎖がほどけるかを調べるという方法が使われました。
結果は「かなりくっつく」、つまり非常に高い温度をかけないと外れないというもので、計算上は約99%の配列が一致しているだろうという結論が出ました。ただし、この時点ではDNAの文字配列(塩基配列DNAを構成するA(アデニン)・T(チミン)・G(グアニン)・C(シトシン)の4種類の塩基が並ぶ順番のこと。ヒトのゲノムは約30億塩基対からなります。)を直接読んだわけではなく、あくまで物質としての性質から推測した数値でした。
それで99%って言ってたの?
一番最初はね。だからこれが本当のベース。でもめちゃくちゃざっくりしてる
ゲノム解読の"完了"は完了ではなかった
2001年にヒトゲノムプロジェクト1990年に開始された国際共同プロジェクトで、ヒトの全DNA配列を解読することを目標としました。2001年にドラフト配列が発表され、2003年に「完了」が宣言されましたが、実際には読めない領域が残っていました。の配列が発表され、2005年にはチンパンジーのゲノムプロジェクトも完了しました。文字列同士を直接比較できるようになり、改めて計算してみると──やはり約99%の一致率。1975年の間接的な推定と合致する結果でした。
しかし、ここには大きな見落としがありました。
問題①:読めない領域があった
当時の技術はDNAを短い断片に切り刻んで読み、パズルのように組み立てる方式。同じ文字の繰り返し配列などは正確に再構成できず、ゲノムの一部は空白のまま残されていました。
問題②:比較方法の限界
ヒトのゲノムを基準にチンパンジーの配列を当てはめて比較していましたが、チンパンジー固有の挿入配列など、あまりにも違う部分は計算から除外されていました。
結果:「読めた部分」だけの比較で約1%の差
研究者はこの限界を認識していましたが、「1%の違い」という数字だけが独り歩きし、書籍やメディアを通じて広まっていきました。
ゲノムってDNAの全部っていう意味じゃん。全部わかったんだすごいって思ってたのに
プロジェクト完了って言ってた裏では、実はめっちゃ細かいところを読む研究がずっと走ってたってこと
ロングリード技術と真の完全解読
従来のショートリードシーケンシングDNAを数百塩基程度の短い断片に分割して読み取る技術。大量に読めるが、繰り返し配列の再構成が難しいという弱点があります。は、いわば千ピースのジグソーパズルを組み立てるような作業でした。これに対し、2010年代後半から登場したロングリードシーケンシング数万〜数十万塩基の長いDNA断片をそのまま読み取る技術。PacBio社のHiFiリードやOxford Nanopore社のナノポアシーケンサーなどが代表的。繰り返し配列や構造変異の解読に強みがあります。は、パズルのピースを巨大にして、組み立ての精度を飛躍的に高めるものでした。
こうした技術革新を経て、2022年にようやくヒトゲノムの「真の完全解読」が宣言されました。高校の教科書に載っていた「ヒトゲノム完了」から、実に約20年後のことです。
そしてヒトのゲノムが完全に読めるなら、チンパンジーも同様に読めるはず。満を持して2025年、類人猿のゲノムを完全に読み取り比較した論文がNatureに掲載されたのです。
15%の差の正体──ジャンクDNAに隠された秘密
2025年の論文では、従来の比較方法の限界を克服するため、ゲノムの違いを2つの指標に分けて計算するという手法が採用されました。
配列を並べて比較可能な領域。一文字単位の違い(SNPなど)を計算 → 約1.6%の差
片方にしか存在しない配列、大規模な挿入・欠失・重複など → 約13.3%の差
合計すると約14.9%(≒15%)が異なる、つまりヒトとチンパンジーのDNAは約85%の一致だったという結論になります。
重要なのは、従来の「約1%の差」が完全に間違いだったわけではないということです。タンパク質をコードする重要な領域──つまり以前から読めていた部分──では、やはり約1.6%程度の差しかありません。しかし、残りの大きな差は、かつて「ジャンクDNAかつて「機能を持たないゴミ」と考えられていたDNA領域。ヒトゲノムの大部分を占めます。近年の研究で遺伝子の発現調節など重要な機能を持つことが明らかになりつつあります。」と呼ばれ、機能がないと思われていた領域に潜んでいました。
このジャンクとされた領域から、ヒトとチンパンジーの分岐に関わる重要な遺伝子が続々と見つかっています。たとえば、NOTCH2NLヒト固有の遺伝子重複により生まれた遺伝子群。大脳皮質の神経幹細胞の増殖に関わり、ヒトの脳が大きくなった要因のひとつと考えられています。のように神経細胞の数を増やすことに関わる遺伝子や、シナプスの密度を高めて神経細胞の形を変えるタンパク質に関わる遺伝子などが報告されています。
チンパンジーの多様性とヒトの均一性
今回の研究から浮かび上がった興味深い事実のひとつが、チンパンジー同士の遺伝的多様性は、ヒト同士のそれよりも倍以上大きいということです。
エマさんは犬を例に挙げて「パグとハスキーぐらい違う人間っていないよね」と語りましたが、まさにその通りで、ヒトは種として見ると遺伝的にかなり均一です。一方、チンパンジーは各地で長期間にわたって生き延びてきたため、集団間の遺伝的差異が大きく蓄積されています。
レンさんによれば、ヒトの祖先がかつて数千人から1万人程度まで激減する絶滅の危機に瀕したことがあり、そこから回復した結果、現在の遺伝的均一性につながっている可能性があるとのこと。DNAの情報が充実すればするほど、こうした過去の歴史の解像度も上がっていくわけです。
「1%」も「15%」も正しい?──前提条件の重要性
ここで混乱しやすいのが、「じゃあ1%は完全に間違いだったのか?」という問いです。レンさんの説明を整理すると、答えは「前提条件次第でどちらも正しい」となります。
| 比較の範囲 | 差の割合 | 含まれるもの |
|---|---|---|
| タンパク質コード領域など(従来読めていた部分) | 約1.6% | 一塩基の置換(SNP)など、配列を並べて比較可能な差 |
| ゲノム全体(新技術で読めるようになった部分を含む) | 約14.9% | 上記に加え、構造変異・挿入・欠失・重複配列などを含む |
つまり、「どの部分を」「どうやって」比較するかという前提条件を明示すれば、1%も15%もそれぞれ正しいと言えます。問題は、その前提条件が省略されたまま「99%同じ」という数字だけが広まってしまったことでした。
前提条件をちゃんと言ってれば1%でも正しいよって言えるみたいな状況なのよ
科学的事実は常にアップデートされる
レンさんがこのエピソードで最も伝えたかったのは、15%という数字そのものではなく、「科学的事実は時代とともに変わる」という認識の重要性でした。
ある主張が「科学的根拠がある」と言われると、それで決着がついたように感じてしまいがちです。しかし実際には、技術が進歩すれば新しいデータが得られ、過去の結論が修正されることは科学では日常的に起こります。
エマさんは「昔の主張と違うからといって執拗に責めてはいけない」と語り、レンさんも「今の技術だったら違う結果が出るかもしれないのだから」と同意しました。研究者が断言を避けてもちゃもちゃと説明するのも、この「変わりうる」という前提があるからこそです。
逆に、「絶対に効く」「間違いなくこうだ」と断定している主張に出会ったときは、少し立ち止まって考えてみる価値があるかもしれません。
医療ガイドラインという「現時点のベスト」
では、科学が常に変わるなら何を信じればいいのでしょうか。レンさんは医療のガイドライン専門家集団がその時点で得られた最良のエビデンスを基に作成する診療指針のこと。数年ごとに改訂され、最新の研究成果が反映されます。を例に挙げました。ガイドラインは1〜2年ごとに更新されることもあり、「時代によって変わる」ことを前提に、その時点での専門家の合意を示すものです。
まとめ
今回のエピソードは、リスナーの山女さんからの指摘がきっかけで実現したものでした。レンさん自身も「過去のエピソードで99%と言ってしまっていた」と率直に認め、最新の情報をシェアすることで修正する姿勢を見せました。
「1%の違い」から「15%の違い」への変化は、科学の失敗ではなく、技術の進歩による自然なアップデートです。かつて読めなかったDNA領域が読めるようになり、比較方法も改善された結果として、より正確な数字が出てきました。そしてそのジャンクだと思われていた領域にこそ、ヒトがヒトである理由のヒントが隠れているかもしれないのです。
科学的事実は「確定して終わり」ではなく、常に更新され続けるもの。その認識を持つことが、情報と向き合ううえでの最も大切なリテラシーなのかもしれません。
- 「ヒトとチンパンジーのDNAは99%同じ」という通説は、1975年の間接的な推定に始まり、2005年のゲノム比較でも確認されたが、読めない領域や比較方法の限界が残っていた
- 2022年にヒトゲノムの真の完全解読が達成され、2025年のNature論文で類人猿ゲノムとの全面比較が実現。結果、約15%の差があることが判明した
- 差の大部分(約13.3%)は、かつてジャンクDNAと呼ばれていた領域の構造変異に由来。この領域にヒト固有の神経発達に関わる遺伝子などが見つかっている
- 「1%の差」は比較可能な領域に限った数字として今も正しく、「15%の差」はゲノム全体を含めた数字。前提条件の違いがこの差を生んでいる
- 科学的事実は技術の進歩とともに更新されるもの。過去の結論が変わることは科学の失敗ではなく、正常なプロセスである

