AIはマーケターを絶滅させるのか
近藤さんは冒頭、ナオコさんにストレートな問いを投げかけます。数年後、AIがマーケティング業務のほとんどを完璧にこなすようになったら、マーケターは絶滅するのか、というものです。
数年後、AIがマーケティング業務のほとんどを完璧にこなすようになった時、マーケターは絶滅するでしょうか。
ナオコさんは、AIが人と同じクオリティで仕事をこなすなら、マーケターと横並びの選択肢になるのではと応じます。人を雇うかAIを雇うか、という選び方になるという見立てです。
近藤さんは、この不安こそが今リスナーに一番突き刺さっているリアルな恐怖なのではないかと話します。
今この配信を聞いている全ての人間の皆さんに突き刺さってる一番リアルな恐怖はこれなんじゃないか。AIに取って代わられるのでは。
効率化に喜ぶマーケターが消える理由
近藤さんによれば、2026年の今、ある最新の意識調査ではAIの実務活用率が九割以上に達しているといいます。
ただ、その多くがやっているのは素案づくり、画像生成、企画書作成、ソース調べなど、これまで人間がやってきた業務をAIに置き換えているだけだと指摘します。
時間をかければ人間でもできることをAIにやらせているだけ。だから、スピードや生産性が上がったと喜んでいるマーケターは市場から消えると予測されるといいます。
さらに近藤さんは、AIエージェントが自律的に連携して業務を回す仕組みが本格化していると話します。
少子高齢化で労働人口が減る日本では、こうした仕組みはさらに発達し、マーケティングや広告業界に必要な人材は縮小していくと近藤さんは断言します。
絶滅はしない、その根拠は「買い手が人間」だから
一方で近藤さんは、AIがどれだけ賢くなっても、人間にしか手が出せない決定的な領域があると話します。ここでナオコさんが独自の視点を投げかけます。
最終的なエンドユーザーがAIになる時代は来ると思いますか。
近藤さんは、買い物は一種のエンターテインメントだから、それは永遠に来ない気がすると答えます。ナオコさんはその前提を受けて、絶滅はないと結論づけます。
買い手がやっぱりどこまでも人間なのだとしたら、売り手とか、その人のことを思う人は人間じゃないと成立しないと思います。
この回答に近藤さんは強く反応し、鳥肌が立ったと驚いていました。買い手が人間であり続ける限り、人を思う仕事は人間に残るという見立てです。
時短でも民主化でもない、AIの本当の使いどころ
近藤さんは、多くのマーケターが陥る勘違いを二段階で整理します。一つ目は、キャッチコピーを秒で量産する、企画書を五分で作るといった時短・効率化の領域です。
AIはこの領域も高精度ですが、生産性が上がることとマーケティングが高度化することは全く別物だと近藤さんは言います。ライバルも同じツールを使うため、市場全体では優位性にならないという指摘です。
二つ目は、データベースにAIを噛ませ、チャット画面で「先月の二十代女性の離脱率」を出すような、UIの進化としての使い方です。
これは専門知識がなくてもデータを引ける「民主化」であり、時短より良い改善だと近藤さんは評価します。ただし、いずれも既存の人間スキルの拡張に過ぎないといいます。
近藤さんが挙げる本命は、市場の動きや顧客ペルソナをAIに降霊させる「デジタルツイン」の構築です。
AIは人間には処理しきれない何千もの変数を掛け合わせ、人間の脳では気づけない外れ値のような正解や、ロジックで説明できない相関関係を見つけてくると近藤さんは説明します。
時短・効率化
人間でもできる作業をAIで速くする段階。市場全体では優位性にならない
データの民主化
チャットで誰でもデータを引ける段階。入り口は優しくなるが戦略の質は変わらない
デジタルツイン
人間には気づけない相関や外れ値をAIが発見する段階。ここで業績に跳ね返る
AIが見つけた「バグ」に意味を与えるのは人間
ただし近藤さんは大きな落とし穴を挙げます。AIの結論はニューラルネットワークの中で導かれるため、なぜその結論になるのか理由がわからないのです。
ナオコさんも、話す人も報告される人も理由がわからなければ判断できないのではと同じ懸念を口にします。
話す人も理解していない、報告される人もなぜか理解できないなら、判断ができなくないですか。
だからこそ、その現象に意味付けをする力が人間に必要になります。AIは外れ値や異常値を見つけるのが得意で、人間はその裏にある心の理由に名前をつける役割を担うと近藤さんは整理します。
近藤さんは具体例として、深夜にダイエットサプリを検索しながら、もう片方の手でポテトチップスを食べている人の姿を挙げます。
ここでナオコさんが独自の理屈を展開します。関西だし醤油味は年に一、二回しか出会えない希少なカロリーだから、無いに等しいというのです。近藤さんは「とんでもない理屈だ」と返しつつ、その矛盾に反応します。
関西だし醤油は年に一回か二回しか出会えないカロリーじゃないですか。
近藤さんは、ダイエット、節約、ミニマリスト志向など、人間の非合理さ、いわば「バグ」こそが市場を成立させていると語ります。痩せたいのに食べるからダイエット市場があるという指摘です。
矛盾を「愛のある意味」に翻訳する仕事
近藤さんは、AIならこの矛盾を「ダイエット願望とストレス解消欲求の葛藤」などと候補として並べてくるだろうと言います。しかしそれは候補の羅列に過ぎないと指摘します。
生身の人間なら、この光景を見て「わかるわ」と感じます。明日から頑張ると決めたからこそ今夜だけポテチを味わい尽くしたい、そんな理由を思い浮かべられるのは人間だからだといいます。
近藤さんは、マーケターの仕事はその矛盾に気づき、理解し、愛でることだと話します。非合理な行動を無理に合理的に説明するのではなく、人間らしい言葉に翻訳して意味付けするのです。
たとえば「意志の弱いあなたへ」というコピーは正論でユーザーを傷つけるだけ。一方で「明日から頑張る人の今夜の味方です」と言えば、同じ状況が救いに変わると近藤さんは例示します。
人間が気づけないデータの歪みや外れ値の発見。意味付けの候補を並べることもできる
顧客の矛盾を愛のある意味に変え、意志を持ってブランドの価値にする意思決定
ナオコさんが「共感力が求められますね」と応じると、近藤さんはその通りだと同意します。AIは共感している風の言葉を使えても、実際には共感していないためインサイトが導けないという見立てです。
生き残るための3つの補助スキル
近藤さんは、インサイトを掘るスキルはこれからAIと共存共栄しながら発揮する必要があると言います。人間が単独で発揮しても精度は弱いという前提です。
その上で、マーケターが一律に獲得すべき補助スキルを三つ挙げます。疑う力、止める力、つなぐ力です。
疑う力について近藤さんは、AIが「クリック率が2倍になりました」と報告した時に手放しで喜ぶのは危ういと言います。もともと買う気だったファンがクリックしただけではないか、と問い直す姿勢が必要だという指摘です。
止める力は、AIが得意なアクセルに対してブレーキを踏む役割です。AIは炎上しても謝罪会見には出ません。誇大表現や著作権ギリギリのクリエイティブに「待て」と言えるのは人間だといいます。
ナオコさんは、しつこくて嫌われる感情の機微や、スキャンダルの可能性、コロナ禍のような世の中の空気を踏まえた判断も人間の領域だと補足します。近藤さんも、空気を読む力は人間の方が圧倒的に高いと同意します。
消える人と消えない人、そして虚業論
冒頭の問いに近藤さんはこう答えます。マーケターは絶滅するのか。答えは、消える人と消えない人がいる、というものです。
消えるのはAIによる生産性向上だけに終始する人。消えないのは、AIの人知を超えた結論に意味付けできる人だといいます。
近藤さんは、AIに仕事を奪われる恐怖に戦々恐々とするのではなく、自分が作業の速さだけで価値を出そうとしていないかを見つめるべきだと話します。AIとパートナーシップを組めるかが問われるという結論です。
話は終盤、ホワイトカラーの縮小へと広がります。ナオコさんは、室内でできる仕事ほど試されると感じ、農家など世の中に直接役立つ仕事へ身を投じた方がいいのではと悩む夜があると打ち明けます。
逆に言うと、農家とかになった方が世の中のためにも自分のためにもいいんじゃないかとすら、ちょっと悩んで眠れなくなる夜さえある。
近藤さんは、日本ではブルーワーカーも人口動態の面で安泰とは言い切れないとしつつ、エッセンシャルワークは自分たちの仕事より圧倒的にダイレクトに社会貢献していると語ります。
我々虚業なんでね、なくてもね、大丈夫なんで。
それでもナオコさんは、人間の欲望に差し込みに行って社会経済を回そうとはしているのだと、マーケティングの役割を静かに擁護してこの回を締めくくります。
まとめ
AIがマーケ業務の大半をこなす時代でも、マーケターが一律に絶滅するわけではありません。作業の効率化に喜ぶだけの人は消え、AIが見つけた矛盾や外れ値に意味を与えられる人が残る、というのがこの回の結論でした。
- 時短や効率化、データの民主化は入り口に過ぎず、それだけでは市場での優位性にならない
- 人間の非合理な「バグ」こそが市場を成立させ、それに愛のある意味を与えるのは人間の仕事
- AIが導く結論は理由がわからないため、意味付けと言語化の力が人間に残される
- これからのマーケターには「疑う力・止める力・つなぐ力」の3つの補助スキルが求められる
- AIを賢く怖がり、パートナーとして意味付けを担えるかが、消える人と残る人を分ける
