大物ゲスト登場、なぜ「深掘り」が必要なのか
番組冒頭では、川野社長と東原が、今回のゲストへの期待を語り合います。
「ナニモノでもないワカモノを」。この番組は、まだ何者でもない若者に、いろんなきっかけを届けていくポッドキャストです。毎回ゲストをお迎えして、川野さんから若者に向けたお話をしていただきながら、私東原がインタビュアーとして話を深掘りしていきます。川野さん、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
ちょっと前回から、間があんまり空いてないですね、今回は。
そうだ、思い出したらすぐ何回もやるっていうね。ちょっと思い出した時にバラッと詰めてやらないと、ダメなのよ、僕たちは。
前回のあれ、めっちゃ面白かったですね。やっぱり皆さんストーリーありますよね。
そうそう。結局ストーリーあるんだけど、それがなんか、まとまって見るところがなかったりとか。自分のことをバーッと書いてる人って、俺がWikipediaに書かれてるぐらいでしょ。
めっちゃ僕使命感感じてるんですよね、その辺。誰かが深掘らないと、このおもろい人たちは一生言わへんなと思ってて。今日はまさに、その代表格の方に来ていただきましたね。
福島県は会津若松より、会喜地域薬局グループ代表、馬場さんです。
よろしくお願いします。
馬場さんが来てくれました、ついに。
いやー、この時間に馬場さんが起きていらっしゃる。
いや、普段も起きてますよ。
いや、でも夜に馬場さんとお話するのってちょっと不思議な気がします、僕。なんかレアな気がしますね。
魚座B型、丑年40歳。
ここで、番組恒例の自己紹介を馬場さんにお願いします。ところが、馬場さんの語りはとても控えめでした。
あのー、いつもお願いしてるものがありましてですね。自己紹介というのをゲストの皆さんにお願いしてるんですけれども。よろしいですか?
魚座、B型、丑年、40歳、馬場です。よろしくお願いします。
ちゃんと聞いてくれてんなぁ、やっぱり。すごい。
我々のラジオが浸透してると勘違いしてますね、川野さん。
ほんまに。出演が決まったから聞いただけやのに。いつも聞いてくれてると思ってしまう。
しかも、魚座B型しか言ってないよ。もっと言ってください。
福島県の会津若松というところで薬局の運営をしております。何?なんか喋ることあったっけ、俺。何喋ったらいいですか?
まあ一旦それぐらいで。
相棒・高橋さんとの出会いと、組織を任せるスタイル
続いて話題は、馬場さんとインタビュアー・川野さんの出会いへ。さらに、馬場さんの右腕である高橋さんとの関係にも及びます。
僕は、某メーカーのイベントですね。Twitterの中で、僕の写真が初めて出回ったとされている回。だから東京で出会ったんですよね。
そう、某イベントで。
私も馬場さんとの出会いでいうと、同じ会社の営業チームが会津若松にお客様がいらっしゃって、すごい薬局だと。馬場さんっていうすごい人が会津若松にいるみたいな。会津若松どこ?みたいな。僕まず入るんですけど。
馬場さんって結構ほんと謎めいてるんですよね。いつまでたっても謎めいてて。なんかあんまり自分のこと喋んなくないですか?
喋る内容があんまりないんですよね。
御社のPR責任者の高橋さんも悩んでましたそれ。自分語りをしてくれないからPRしにくいって。
高橋さんに語っていただいた方がいいんじゃないかな。よーちゃん、いい話するんですよ。熱い思いが溢れてるんで。
高橋さんとはどういうご関係なんでしたっけ?もともと。
小中学校の同級生です。スポ少でミニバス一緒にやってました。小学校の頃なんか家に行ったりとかするんで、親父殿が覚えていて。就職説明会で見つけてナンパしたらしいですね。
なんか一緒にお仕事されて、このナンバーワン、ナンバーツーでやるみたいなこと思ってましたか?
全然何も思ってなかったです。「りょうちゃんいるよ」って親父殿に言われて。「え?」みたいな。「そうなの?」みたいな。
組織づくりについて聞かれると、馬場さんは「自分は何もしていない」と繰り返します。川野さんは、尖った人材をまとめる馬場さんの手腕に注目します。
まあ言い方悪いかもしれないですけど、その曲者というか、ちょっと変わった尖り方してる人たちをたくさん抱えて、それを一つの組織体としてまとめていくのってめっちゃ大変やと思うんですけど。馬場さんってすごく上手にされてるなっていう印象があって。意識せずやれてるもんなんか、なんかどうなんかなって思うんですけど。
うち基本みんな本読みなんじゃないですかね。店長さんとか事務の責任者がリーダーシップ取ってやってるんで。だから最低限守ってくれればOKみたいな感じでやってはおりまして。俺、何もしてないな。一応だから箱は作るけど、箱作った後、俺何もしてない。どうしよう。
結論を急ぐタイプ。だからこそのリーダーシップ
相談を受けるのが苦手だという馬場さんに、川野さんも共感します。経営者として、あえて全員に寄り添いすぎないスタンスが話題になります。
俺が相談受けるの苦手だから、あの、スマート相談室いいサービスなんですよね。結論を急いでしまって、「で、どうしたいの?」とか聞いちゃうから、相談に向かないんですよね、きっとね。
僕も結論を急ぎたくなるタイプではあるんで。相談者が求める寄り添いと結論のバランスで喋れてることはあんまりないなって思うんですよね。結論ありきみたいな感じで喋っちゃうんで、お話を聞いて共感する時間を長めに取るとか、すごい苦手ですね。
なんかいいですよね、経営者の方々があんまり従業員さん全員に寄り添いすぎてもよくないじゃないですか。みんなの気持ちがわかっちゃうと平均点の社長さんになっちゃうと思うし、リーダーシップがあるから周りが寄ってくるわけじゃないですか。なんでわからんぐらいがいいと思います。
そうそう、その方が遠くに行ける気がする。
なぜ薬学部へ?「食いっぱぐれなさそうだった」
話題はいよいよ馬場さんの生い立ちへ。10歳から会津若松、18歳から東京、そして28歳で地元に戻る。まずは大学時代の話です。
10歳から18まで会津若松におって、18から28まで東京におって、28から今41なんで、会津若松におりますね。10年ずつくらい。
大学どっちでしたっけ?
星薬科大学っていう、五反田にある単科大学でございます。同級生に会ったことがないんですけど。薬局業界にいないんじゃないかって思ってるんですけど。
いや、そもそもなんかこの薬学部に行こうと思ったのってなんでなんですか?
薬学部に行こうと思ったのは、飯食いっぱぐれなさそうだなと思って。いや、ほんとっすよ。高校生の時に完全に勉強したくなくて、ずっと授業中本読んでて。成功毒という単語を知って、成功毒の生活がしたいと思ったら金がいるじゃないですか。楽して儲ける手法はないものかと思って。
親が薬局やってたんで、薬剤師は食いっぱぐれなさそうだなと。で、親が薬学部だったらまあ反対しないだろうみたいな。
そもそもなんか文系科目が苦手で理系科目しかできないんで、私。入試でそもそも文系の大学行けないんですよ。まあ消去法で。医学部とか全然選択肢に入らないんですよね。頑張っても入れないからさ、絶対。
新潟薬科大学が親父殿の母校なんですけど、そこの有機化学の先生のところに一回連れてってもらって、実験ちょろっとやらせてもらったのは楽しくて。実験楽しいなと。で、食いっぱぐれないから薬学部。何ともしょうもない理由ですね。
なんかいいですね、その「食いっぱぐれない」っていうのが、ご実家の大成功を見て。
留年、居合、そして政治家秘書の手伝い
大学に入った馬場さんは、ゲームに没頭して留年してしまいます。しかしその「暇な時間」が、意外な出会いにつながっていきました。
とりあえずずっとゲームしてたんですよね。怠惰な生活で基本ダメ人間なんで。ゲームやってたらうっかりテスト行き忘れちゃって留年して。曜日を勘違いしてたんですね。初日だと思って行ったら二日目だったみたいな。
留年すると暇なんですよ。単位取るものもないし。やることないんでなんかやろうと。で、小学校の頃やってた剣道でもやろうかなと思ったんですけど、武道具屋さんに行ったら居合道っていうのもあるんだよって教わって。近くの道場に行ったらそのままハマってしまったっていう。
僕は留年した時にパチスロになりましたね。多分留年した一年とか二年は若くて元気なんで、時間持て余すんで。
なんか、ご実家を継ぐみたいな意識はあったんですか?
いや、ないですね。まあ言われはするけど、当面はないかなみたいな。遠回しに匂わせるくらい。
でも自分で薬局やってて、息子が薬学部行ったら、もう!って思うよね。絶対。次OKって思うよね。
伝説の薬局・水野薬局へ。ノリで受けた新卒就職
新卒で入ったのは、業界で知る人ぞ知る「ミズノ薬局」。その入り口も、留年中のフラフラした人脈からでした。
卒業されて、初めの会社ね、すごい会社に行かれたというのは認識してるんですけど、どちらでしたっけ?
水野薬局っていう、今はもうないんですけど。OBがみんな偉い人がいっぱいいる。
そこに入られるきっかけってあったんですか?もう伝説の薬局じゃないですか。
留年して暇だった時に、フラフラしてて、政治家の秘書の手伝いとかもね。当時、金持ち父さん貧乏父さんとかが流行ってたんですよ。そういうところに行くと、怪しげな大人がいっぱいいるわけですよ。そこで知り合った人が、水野薬局のヨシローさんの友達で、「馬場ちゃんこんなのあるんだよ」って教えてくれて。
見学に行ったらおしゃれだし、仕事ぶりしっかりしてて、かっこいいなと思って、ノリで受けたら、ちょうど人辞めた後だったんで、運良く採用してもらえたっていう。基本募集あんま出してなかったらしい。
なんか馬場さんがその水野さんで働く時って、どの辺が自分の面白いあれに触れたとかってあるんですか?その意識高いって、ちょっと馬場さんとは違うワードじゃないですか。
社長が金髪だったんですよね。なんで金髪なんですか?って聞いたら、「あのハゲ隠しだよ」って言ってて。すごいファンキーな、アメリカで薬剤師やってて日本に戻ってきてみたいな、面白いおじさまが社長さんだったんですけど。
でも基本すごいおしゃれだったんですよね。電子薬歴とかもちゃんと使ってて、システマティックに動いてる薬局で。
レセコンとかも自前で作られてたんですよね。
自前開発で1日400枚とかさばいてたんで。なんかかっこいいなと思って、ここで働きたいかもと思って、応募してみたら、運良く拾ってもらえた。
震災ボランティアが、会津若松へ戻すきっかけに
東京で薬剤師として働いていた馬場さんが、会津若松へ戻ったきっかけには、東日本大震災がありました。
そこから直で会津若松に戻られたんですよね。それはなんか。
ちょうど東日本大震災あったじゃないですか、2011年とかで。震災直後に有給5日を入れちゃってて、どっか行こうと思ってたんですけど、行ける場所なくなってボランティアに行ったんですよ。地元の薬剤師会経由でボランティアに行って。
こうやってたら、仕事ぶりちゃんとしてるし、こういうところもいいのかなと思って、ちょっと考え出したみたいな感じですかね。百聞は一見に如かずみたいなところはあるんじゃないですか、きっと。
まだまだ東京でブイブイ言わせたいぜみたいなことを言ったわけじゃないですか。そこで地元に帰ってお父様の薬局を手伝おうって思われたわけですよね。
会津若松で大きい県立病院が建て替えるみたいな話があって、そこに出店しようみたいな。だから戻って来いみたいなオファーがあったんですよね、親父から。結局場所悪いからやらなかったんですけど、そういうオファーがあって、じゃあ帰るかみたいな感じで帰ったような感じですね。
もう流れに身を任せみたいな生き方して、あんまり主体的ではないかもしれないけど。長いものには巻かれて、長湯には身を任せるタイプですね。
「流されてる」のか「掴みに行ってる」のか
自分は流されて生きているだけ、と語る馬場さん。しかしインタビュアーと川野さんは、その生き方に別の見方を投げかけます。
なんか別に大丈夫ですよね、そういうのって。チャンスに乗っかられるとか、その時に感じた気持ちを大事にされて、年齢とかじゃなくて。乗りに行けるというか、そういうの大事ですよね。
時間があったからなんかしてみたみたいなのが結構人生を動かしてるんやなと思って。
流されてたらそこにはいないですよ、多分。泳いでる感じめっちゃします。
泳いでる感じしますかね。流れには逆らってないだけですかね。
川の流れ利用してね、別に流れに落ちてそのまま行っちゃったみたいな。なんかそんな感じはすごいします。
僕、自分でよく運がいいと言うんですよ。でもそれを紐解いていくと、チャンス来た時に動いてる人なんかなみたいなのを思うわけですよ。望む望まないに関わらず、自分が動いた方向、動くという意思決定がちゃんといい方向に向いてるというか、意味あるものにしてるっていう感じかな。
暇で「どうしよう。じゃあ寝よう」みたいな人もいるわけじゃないですか。でもそこでボランティアするとか、いろんなこと体験してみるとかって、すごく意味ありそうな意思決定ができてて。だから自分で人生をそういう意味で切り開いていってるっていうのが、僕の感想ですね。
馬場さん、もしパチスロやってたら勝てるようになってましたね、絶対に。
週2本のnoteを4年。文章で伝える文化の強さ
最後は、馬場さんが4年以上続ける社内報の話題へ。会喜の「文章で残す文化」に、川野さんも舌を巻きます。
馬場さんね、今オープン社内報っていうのを会社でされていて、もう四年ぐらいになるんですけど、毎週二本絶対欠かさずnoteを出されてるっていうのをされてるんですけど。続けることへのコミットみたいなものだったりとか、結果あの媒体で採用にもつながったりとか。隣で見せていただいて、めちゃめちゃ学ばせていただいてます。
でもあれほんまにすごいっすよ。なんであんな毎週続けられるんですか、馬場さん。
なーんでしょう。でも多分それもりょうちゃんじゃないですか。穴開くと大体りょうちゃんが記事書いてくれる。馬力のある穴埋めしてくれる人がおったりしてですね。私だけだと投げてるかもしれないですけど。
文章でなんかこう残すとか伝える文化がやっぱり会喜さんすごくあって、会社の中で。言語化とか、ストックしてちゃんと残して改善していくとか、同じことを説明しなくても済むとか、そういうカルチャーはありますよね、すごく。
僕、会喜さんのSlackに密かに入れてもらってるんですよ。そこのSlackの、この文章の皆さんのレベルの高さにビビってるっていう。どこのIT企業かなって思うもんね。
文章書ける人って本当にすごいと思います。めちゃくちゃ大事なスキルで。AIとかで作ってくれますけど、最後のアウトプットがいいものかどうか判断できるのは人間だと思いますし、普段から書いてないとやっぱり判断できないじゃないですか。
人間は言葉を覚えたから猿から進化できたっていうのを最近すごく思ってて。人の発明した文字を使って、ちゃんと他人に自分の意思なり考えを正しく伝えるみたいなのは、すごく人間らしい行為で、最高にいいことやと僕は思ってるんですよ。
後編へ。「ナニモノか」の核心はこれから
話は尽きず、経営者としての本題に入る前に前編は終了。二人は、馬場さんの魅力を伝える後編を約束します。
今なんか経営しだしたぐらいまでしか聞いてない。後編、後編ちょっとしたい。やりたい。
いやー、深掘りしきれないですね。でも誰かがやらなくちゃいけないですからね、馬場さんの素晴らしさを。
最近、高橋さんと橋本さんから僕、その役割を預かってて。馬場祐樹の良さを僕が広めないとダメなんです。
僕個人的には、二代目ってどういう入りで行って、どういうことに苦労して今どうみたいなのは俺めっちゃ気になる。
SaaS企業との付き合い方とか、地域コミュニティへの参加の仕方とか、従業員研修の話だとか、スポンサーもいただいてるラクミラボの話とか。やっぱめちゃめちゃあるんですよ。
馬場さん、後編もよろしいですか?今度出ていただいて。
もう、なんでも。川野さんとか東原さんがおっしゃることは、はいかイエスだと思ってますんで。
ありがとうございます! それではナニモノでもないワカモノを、また次回後編でお会いしましょう。ありがとうございました。
まとめ
前編では、会喜地域薬局グループ代表・馬場祐樹さんの、東京での薬剤師勤務から会津若松に戻るまでの道のりが語られました。「食いっぱぐれなさそう」で選んだ薬学部、留年中の暇な時間から始めた居合、震災ボランティアがきっかけの帰郷。本人は「流されて生きてる」と言いますが、川野さんとインタビュアーは、チャンスの時に動き、体験を意味に変えてきた生き方だと読み解きます。文章で残す会喜の文化も印象的でした。経営者としての本題に迫る後編に続きます。
- 馬場さんは「流れに身を任せてきた」と語るが、暇な時間や震災をきっかけに動いてきた
- チャンスの時に動き、体験を経験値に変えることが、人生を切り開くことにつながる
- 相談を急ぎたくなる性格を自覚し、あえて全員に寄り添いすぎない経営スタンスを取る
- 右腕の高橋さんは小中学校の同級生。二人三脚で尖った人材をまとめている
- 週2本のnoteを4年以上続ける「文章で伝える文化」が、採用や業務改善につながっている


