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ホビサヤ「なぜ他者と話が合わないのか?」 これまで色んな考察をしてきたけど、 現時点での答えは「おままごと」の「レイヤー」 ここでいう「おままごと」とは、 本質的ではないが、あるグループで共通認識としているルール、文化、価値観、慣習、しきたり、マナー、タブーなどを指す。 ここでいう「レイヤー」とは、 共通の「おままごと」をしているグループの階層(=layer)と捉えてもらえれば。 まず、人類は「世界」というレイヤーに乗っている。 ・戦争をしない ・人を殺さない ・モノはお金で交換する 等々。 そして「日本」というレイヤーに移ってくる。 ・時間はガチで守る ・ポイ捨てしない ・人に会ったらお辞儀する 等々。これは、先述の「世界」レイヤーでは包含されない概念。 ここから徐々に狭まってくる。 ・県のレイヤー ・宗教のレイヤー ・趣味のレイヤー etc… そして、言わずもがな、 異なるレイヤーの人同士が交わる時、意見の相違が起こる。 極端に言えば、異なるレイヤーにいる他者の行い、振る舞い、価値基準、全てが「おままごと」に見えるのだ。 しかし、人は生まれた時点でいずれかのレイヤーに属している。 つまり、自分がやっていることだって「おままごと」なのだ。 このnoteだって、異なるレイヤーの人から見れば ・なんでネット上に文章なんて書いてんの? ・なんで見知らぬ他人の文章を読んでんの? である。 その自覚なしに行動すると、いわゆる ・差別、偏見(自分と他者の「レイヤーの違い」を自覚できてない) ・正義の暴走(自分のレイヤーが「常に正」と誤解してる) ・自己嫌悪(自分の置かれたレイヤーに囚われ過ぎている) ・他者を見下す(レイヤー間に優越があると誤認している) などが起こる。 なんとなく、この説で、世の中の大体の ・不条理 ・生きづらさ ・食い違い が説明できる気がする。 例えば、「ぶつかりおじさん」。 彼がもし「社会」に対して恨みを持っているとしたら、 そんな彼に対して、「社会側」から「やめてください」というのは、 彼にとって「社会への恨み」を増長させる結果にしかならない。 あるいは、インバウンドのマナー問題。 彼らの文句を「日本語」でいう人がいるが、それじゃ相手には届かない。 届けるなら、相手の言語に翻訳して、ネットに流した方が 現地の人たちがキャッチしてくれる。 ちなみに、日本人は「日本人はマナーが良い」と信じきってるけど、案外、海外各国で日本人観光客のマナーの悪さは言及されている。有名どころの落書きは言語道断だが、例えば、タイで「頭の無い仏像に顔を乗せて写真を撮る」等の行為。これは、当人も「マナー違反」と知らずにやってる可能性がある。それこそ、「日本語で言ってくれれば気づけるのに!」ってなると思う。同じことなのだ。 これらは、「おままごと」のレイヤーが違う他者に対して、 「自分のおままごと」内で対処しようとして失敗してる例。 ここがミソで、人間は感情として、 「悪いことをしてる相手に合わせる」というのができないらしい。 しかし、「あなたの感情」と「相手に伝わるか」は全く別問題。 「紙が嫌いだから引越しの手続きを役所のXにDMする」では、 あなたの引越し手続きは完了しない。 役所は「紙の書類」という”おままごと”で動いてるからだ。 違う「おままごと」をプレイしている相手と意思疎通するには、 相手の「おままごと」に参加する必要がある。 「悪い方がこっちに合わせるべきだ」も、 あなたの勝手な「おままごと」なのである。 #ぶつかりおじさん #インバウンド #インバウンド対策 #ジェネレーションギャップ #価値観 #文化