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ホビサヤ昨今の「いじめ問題」に関して、 「学校が隠蔽するのが悪い」 という声がデカくなっている。 もちろんその通りなのだが、 じゃあ「なぜ隠蔽するのか」と言えば、 「発表すれば世間からボコボコにされるから」 である。 ここで 「ボコボコにされて当然だろう」 と考える人がいたとしたら、まさにあなたのような存在が 学校に「隠蔽」という選択肢を差し迫っている。 僕らは子供の頃に教わったはずである。 例えば、「花瓶を割ってしまった」とき、 「黙っているのが1番良くないこと」であると。 だからこそ、 もし「素直に言った」なら、その点に関しては褒められたはずだ。 そのシステムが、「学校」に関しては担保されていなのである。 言えば損するだけ。 真面目に仕事して、いじめを食い止めたのに、発表すると、ボコボコにされる。 隣の学校がいじめを隠蔽している中で、である。 こんなものはもう社会の滑稽でしかなくて、 自らそこに進んで出ていく学校なんてあるわけがない。 もっと言えば、昨今のネット社会、 何が起こるかわからない。 校長をはじめ、教員の個人情報がリークされ、 家に石を投げ込まれたり、色々なものをネットに晒されるかもしれない。 そういった「リテラシーの低い社会」に対して 顔も名前も晒されている教員という職業の人たちが 学校の「いじめ」という格好のエサを社会に与えることが 今やどれほどの恐怖・脅威になっているか。 そりゃ保身もしたくなるだろう。 教師にも家族がいるし、子供もいる。 「お前の親の学校、いじめがあったんだって?」 なんて、二次被害につながるのが(残念ながら)容易に想像がついてしまう。 繰り返すが、 そういう社会を作ってるのが、我々「市民」である。 #いじめ #誤読 #いじめ問題 #学校のいじめ問題 #学校