後半で紹介する作品と「偽の巨人事件」
冒頭であいさつをしたのち、前半で紹介しきれなかった作品の話に入っていきます。全四十九点のうち、まずは去年発表された新作から。
アートテラーとに~のそろそろ美術の話を。今回は前回に引き続きアウスラー展のキュレーターで森美術館キュレーターの椿玲子さんをゲストにトークをしていきたいと思います。前半お疲れ様でございました。どうでした、前半やってみて。
すごい面白い。なんか雑談をしてる感じで楽しくさせていただく。
そういう番組で。後半もいっぱい雑談をしていただいて。前半と後半の一番の違いは、椿さんの前にお菓子がたくさん。より雑談モードで後半はしていこうかなと思います。前半で紹介しなかった中で、椿さん的にこれもぜひというのがあれば。
例えばですね、穴から釣り上げられてっていう、これ去年彼が新作として発表しているものなんですけども、Hoisted from the Pit。これも非常に面白い作品で、今回は巨人の像みたいなのがあった。
横たわってる。
あれは新たに加わっていて。ちなみにその前橋のお風呂の話ばっかりしてますけど、あそこにある岩石もそこで使っていたものをいただいて。
プロジェクションがあって、その前に黒い石みたいなちっちゃい石がこう敷き詰められていて、そこに映像が映し出されてたんですよね。
その黒い石は、前橋で使われていたものをそのままいただいて、サステイナブルないい取り組みだと思ってるんですけど、再利用していて。穴から釣り上げられてHoisted from the Pitっていうのはカーディフの巨人といって、19世紀の1869年のことなんですけども。
ある神父様、キリスト教信者とそれを信じてない無神論者の間で、いざこざというか、主義主張が違うじゃないですか。これはアメリカで今も起こり続けてきていることらしいんですね。その無神論者の方が、神父様は何を言っても話が通じないので、自分と似た巨人を作って、それを知り合いの農地に埋めて、1年後にさもそこで発掘調査する人にわざと頼ませてやったところ、巨人がいるみたいな感じになって。
穴から釣り上げたんですよ。
作り物の巨人。
作り物の巨人だけど、そこにさも長い間あったかのようにしてわざと掘り起こさせて。
なんか以前ゴッドハンドの事件があったけど、あんな感じのことですよね。
そうすると、うわぁって巨人が出てきたっていうことで、みんな見に来たいわけですよ。で、見に来たい人たちからさらにお金を取って。
鑑賞料を取ったわけですね。
そういうことで、すごく知られてる事件があるそうで。
実際あった話。
実際あった話なんですって。ある意味ではそれが偽物だって分かってる人もいたし、信じてる人もいたと思うんですけど。その話を元に、今我々が信仰しているものが何なのかみたいな話になってきていて。
角を持ったおばあさん、実はジョン・ジョナスっていうすごく有名なアーティストなんですけど、その人が杖を振ったりする中に、電気の鉄塔が映し出されたり。若い綺麗な女の人たちが携帯を持ってるんですけど、携帯がふって溶けていくんですよね。この辺は多分AI映像を作ってますし、裸のおじさんがころころ転がってきたり。
ある種の、何を信じてメディアを通して私たちが今見てる現実とか、何を信仰してるかっていうことをテーマにした、非常に面白い作品で、ちょっとQアノンっぽい人も出てきますね。トランプの、Qアノン信者みたいな人たちも出てきたりする不思議な。
最新の時事ネタみたいなのも入れてるってこと。
入ってますね。
「マシンエルフ」と、進化し続けるアウスラー
続いて紹介されたのは《マシンエルフ》。水晶と見えない周波数を掛け合わせた、デジタル・オカルト作品です。
あとですね、マシンエルフという作品がありまして、これも非常に幻想的で、いろんな色の光が水晶の形を持ったような。
巨大なクリスタルみたいなのが。
あって、そこにいろんな不思議な人たちが登場して、ちょっとサイケな感じもするんですけど、カラフルなものがあって、お花が咲いたりしてる。マシンエルフのエルフには低周波、5Gと言われる、人間が感知できないんだけれども、ある周波数、そういう意味もあります。
妖精の意味かと思った。
クリスタルっていろんな電子機器の部材に使われてるんですって。
クォーツとかもそうですよね、水晶時計とかも。
テクノロジーの最先端のものに必要なんだけれども、同時にスピリチュアリズムの象徴でもあるわけですよ。
水晶占いとかでも使います。
そういうものが見れる作品なので、非常に面白い。
いろんな作品がある中で、マシンエルフだけなんか今っぽいなと思っちゃいます。トニー・アウスラーさんの作品ってオカルトからスタートしてるから、いい意味でこうエモいというか、一世代前のような雰囲気もあるじゃないですか。だけどマシンエルフは結構今っぽかった。若手の作家さんがやってるのかなぐらい若々しかったけど、二、三年前の作品。トニーさんもちゃんとブラッシュアップされてるんだなって思いましたね。
なるほど。
昔のことをずっとやってる人ってイメージだったんですけど、意外とちゃんとテクノロジーに合わせて進化されていらっしゃる。
本当に彼は批評的な視点で、出てくる新しい技術を必ず作品化していて。例えば《ユーフォリア》っていう作品があって、青いお薬のカプセルの中にちっちゃいモニターがあって、そこにトニーが描いた顔が角度を変えたりする。ユーフォリアって恍惚状態じゃないですか。その当時から、メディアを人がずっと見続けることで恍惚状態になるっていうことを予知してるんですよ。
他にも顔認証システムを作品化したものがあって、これ読めないんですよね。クレッシェンドのマークがあって、Oがあって、プラスプラスっていう。読み方トニーに聞いたんですけど、「いやわかんない」って。
本人もよくわかんない。
顔認証システムって、角度とかで人の顔を見てるわけですよ。デジタライズ化されたものとして把握してるから、我々がそのデータを見ても何なのかわかんないんですよ。それをこのタイトルも表してるのかなと思うと、なるほどなって思いますよね。
トニー・アウスラーさんという一人の、でもこの人がメディアアートの先駆者である以上、初期から今の作品を見ると、一人の展覧会だけどメディアアート史みたいな。
メディアアート史であり、マルチメディアアートと言ってるんですけど、欧米でメディアアートってどうしても技術だけに寄ってる感じで。彼はもう少し自由で、言葉とか香りとかも使うんで、僕はマルチメディアアートって言うんです。マルチメディアアートの巨匠っていう風にしたんですけど。
メディアアートの入門編でもありますよね。歴史もわかるし。絵画が一番って人には敬遠されがちかもしれないけど、むしろこれを見ることで入りやすさもあるっていうのが面白い作家さんですね。
目玉のグッズと、映える限定ドリンク
展覧会にはオリジナルグッズも充実。目玉モチーフのアイテムが並びます。
このトニー・アウスラー展、グッズもたくさんできたっていう。作るんですか。
いろいろあって、目玉が入ってるキャンディーとか、最近お子さんに人気のちょっと厚みのあるプクプクシールってやつ。
今シール交換流行ってるらしいですね。それだって子供が交換した時に、目玉とかもらって相手泣くかもしれないですけどね。向こうはお花とかくれてるのに、こっちが目玉とかあげたら。
比較的でも、ちょっとかわいいぐらいな感じのね。
こわかわいい。かわ怖いだとちょっと怖いになっちゃう。
かわいい感じですし。他にもTシャツとかキャップ、ポーチもキーホルダーもありますし。
トニーさんグッズってこれまでもあったんですか。
あんまりなかったみたいなんですよね。本人も喜んでて、もう絶対帽子は買うって言ってました。
帽子は何がデザインされてるんですか。
トニー・アウスラー、テクノーシスっていう英題が書かれてるだけなんですけど、なかなかおしゃれな。トートバッグもメッシュのやつに目玉がたくさん。すごい軽いので、あれはいいなって個人的には思いました。
これはここでしか買えない。
買えないですよね。あと、この期間中って結構いろんな店舗さんでオリジナルのカクテルとかも出してるんですよ。虎ノ門ヒルズステーションタワーの中の四十五階の東京ノードダイニングでカクテルが出てますし、目玉が入ってるドリンクとかもあるんで、撮っていただけると、見た後に二度美味しいみたいな。
映えそうですね。
図工の時間だけ真面目な子供時代
ここからは番組後半の恒例、ゲスト本人を掘り下げていきます。まずはいつから美術に興味を持ったのか。
皆さんにいつも聞いてる質問なんですが、いつから美術に興味を持っていますか。
多分小さい時から、絵とかも好きでしたし、描くのも小学校一、二年生の時から面相筆とか買って。
日本画で使うやつ。
みんな中くらいのやつで書いてるのに、めっちゃ細いやつとかもやって、枝の一本一本とか描いて、図工の時間は時間を忘れちゃって。他の時はちょっと集中力が足りなくて途中で立っちゃったりとか。でも図工の時間だけはすごい真面目にやってましたね。
じゃあスタートはもう描く側、アーティスト側。
描く側っていうか、見るのも好きでしたけど。美術館に全部行ってたわけではないけど、たまに連れて行ってもらうことも。
すごい覚えてるのが、大体図工で貼り出されるんですよね。でも小さい時からちょっと子供らしくない絵を描くとか言われてて。着物とか描いて、いい言われるのに、子供らしくないので評価が低かったりとか。サワガニの、宮沢賢治の話をみんな描く主題で、その時に梨だけをすごいうまく描こうと思って。
それ小学生の時ですか。
描いたら、その時は全然貼り出されなくて。
なんかもうコンセプトを持ってるんですね。言われたことを描くじゃないですか、普通子供だったら。
それじゃつまんないからって思ったら、やっぱり出なかったみたいな。
結果としてそっちの方がアーティストっぽいけど、当時としては先生的にはちょっと気に食わなかった。こういう生意気な、と思われた。
わかんないですね。中学校とか高校ぐらいの時も、美術の先生とは話が合うというか。美術系の学校に行ったらとかも言われたんですけど、その時は、美大とか芸大に行くと同じことずっとやらなくちゃいけないのかなみたいな感じだったんですよ。絵を描く人はずっと絵を描く、彫刻する人はずっと彫刻する。私結構飽きっぽくて、職人的にはできないなってわかってたので、自分が作家になるんじゃないなと思ってて。
それで美学美術史に行ったって感じですかね。
「今っぽさ」への興味とファッションから
大学では美学美術史へ。椿さんの関心の中心には、一貫して「なぜ人は新しいものを求めるのか」というテーマがありました。
その時は卒論とか、研究分野は何だった。
ちょっと変わってて。私、ファッションとかも好きだったんですよね。なんで人は新しいものを求めるのかっていうのはすごい興味があったんですよ。人って新しいものって、過去があって、現在があって、未来があるっていう進歩的な時間軸がないと、新しいっていう観念はないわけじゃないですか。
そうかそうか。
円環的な時間軸だったら、常に戻ってくるから。ボードレールっていう人も語ってるんですけど、かなりのものは古来受け継がれてきたものの上に成り立つんだけど、そこにちょっとの新規さが乗ることによって、新しい美が生まれるみたいな言い方をされてるんですね。
百パーセント新しいはないってことなんですね。
そういうこととかにすごく興味があったんですよね。今っぽさってどうやって生まれるのかなって。今の人が見て面白いとか、いいっていうようなものがどうやったら生まれるのかっていうことに興味があって。文学部の美学美術史だと西洋美術史とかやってる人が多いので、人間環境学研究科創造行為論っていうところに、篠原資明さんっていう先生のところに入って。
その時にはもう現代アートには興味持ってた。
現代美術も見てました。自分にとってはそこが続いてて。現代美術も好きだけど、デザインとは言わないけど、いろんなものが。靴の先っぽの形にも何らかの今っぽさが現れると思うんですよ。口紅をつけるのかつけないのか、髪の毛はショートなのか、そういうのが面白いなと思ってたんですよね。
今っぽいって確かに何をもって今っぽいと思うのかって言われたら気になりますね。僕らが使う今っぽいは、周りの流行に敏感な人が作ってくれるから、そういうことが今っぽいんだって後付けで知るじゃないですか。僕はファッションリーダーじゃないから。
それも構造的には作られてるんですよ。次の流行色とか決められたりとか。でもモードでは流行って戻ってくるし、螺旋状にグルグルこういうふうに。今って不思議なのは、すごい若い子でも昔の曲も知ってるし、昔のファッションも知ってるし、すごいミックスしてるじゃないですか。ちょっと違う次元に来てるなって感じはあるし。
Adoが出てきた時って今っぽい歌になってたけど、よく聞くとギザギザハートの子守唄の今版だとか、昔の曲がなんか内包されてて。
確かに。藤井風さんとかも、お父さんゴスペルとかもお好きで、そういうのも混ざってると思うんですよね。
パリ留学と「おばあさんハント」
ファッション系のビジネスに一瞬身を置いた後、椿さんはパリへ。留学中には現代美術家・やなぎみわさんの制作を手伝うことになります。
どこからどうなっていくんですか、そこから。
その後に、ファッション系のブランドビジネスみたいなところに一瞬だけいたんですよ。一瞬で辞めてるんで。
もう一回じゃあ美術に戻る。
その時にアート系のところと一緒に組んでやった時に、「椿さんやっぱ絶対アートっぽいよね」とか言われて。私もやってることが商社じゃないなって思って。先輩に聞いたら、パリ第一大学の哲学科の現代美術批評とか、あの辺だったらいいんじゃないって言ってもらって。仲いい先生が完璧なモチベーションレターを書いてくれたんですよ。
フランス語の。向こうの先生はこの人はフランス語もできるし完璧だと思って取ったんだけど、向こうに行って面接したら「あれ、あなたフランス語そんなにできないよね」って。最初はフランス語から始めてちょうだいとか言われて。なかなか大変な数年間だったんですけど、一応その間にフランス語も習得し、論文も書いて口頭試問みたいなのを終えて。それからカルティエ現代美術財団という。
ラスパイユ通りにあるところに、ジャン・ヌーヴェルが庭の中に建てたガラス張りの透明な建物で。そこにアジア人としては初めてのインターンシップを五ヶ月ぐらいやって。
そうこうしてるうちに、京都の時代に知っていたやなぎみわさんと、ポンピドゥセンターで偶然出会って。私今パリに住んでるんですよって言ったら、私パリの展覧会やることになってて、じゃあちょっと手伝ってくださいって言われて。柳美和さんの作品を作るために、お年寄りの女性のモデルを探す必要があったんですよ。
その展覧会に合わせて新作を作ると。
新作を作る人のモデルになる人。サンジェルマンデプレのカフェとかに行って、おばあさんハントとかしてたんですよ。あの人ナンパしてきてって、私が行って、あそこにいる人があなたをモデルに作品を作りたいって言ってるんですけどとか言ったら、大体断られるんですよ。柳さんさすがに目があるなと思ったのが、一回断られたおばあさんがもう一回キオスクに新聞を買いに行って、もう一回言ったら、もうしょうがないわねみたいな感じでOKしてくれて。その人ソルボンヌの歴史の教授だったかな。
お年寄りの人たちが集まるディスコみたいなのがあって、そういうとこもナンパしに行ったんだけど、ここには気に入る人はいないとか。
その時は椿さんはどういう肩書になるんですか、立ち位置。
アシスタントにアシスタント。ちょっとわかんないですね。
森美術館へ、そしてキュレーターの道
やなぎみわさんの制作を手伝う中で、椿さんは森美術館の開館を知ります。2002年、日本へ戻ることになりました。
やなぎみわさんが、東京で森美術館っていうのができるらしいよって。私もそろそろパリで仕事探さなくちゃいけないなと思ってたんで、CVとか送って、戻ってきたって感じなんですね。
ってことはもう開館の時にはもう。
そうです、2002年に戻ってきて。すぐに四、五年したらもう一回海外に行こうかなとか思ったんですけど、キュレーターの道があまりにも険しくて、結構長い間行っちゃったなっていう感じ。
森美術館って最初から日本を代表する現代美術の美術館として、若者にも大人気みたいな。それって開館時からそんな感じだったんですか。
開館したハピネスの時はすごい人入ってましたね。私はパリにいると、いろんな友達が展覧会を見に行くんですよ。映画をパリってみんな見る文化があって、新しい映画が出たらみんな見に行って、それが良かったとか良くなかったとか批評するみたいな文化があって。数学者であろうが八百屋さんであろうが、いろんな人が見てて。
自分たちで批評できる文化がいいなと思って。日本ってなんでも高尚なみたいな感じもあるし、ブランドものがいいみたいなのもあるし。そうじゃなくて、自分で見て面白いと思うとか、そういうのができてきたらいいなって思ってたので。六本木ヒルズの一番上にあるとある種キラキラしてる感じなんだけれども、現代アートを知らない人でも一回見に来てくれるんじゃないかと。
そしたら現代美術の良さに気づいてくれる人もいるだろうし、すごい可能性のある場所だなって思ったので。
今でこそ六本木、アートの街になったけど、開館時で国立新美術館はないですもんね。サントリー美術館もないし。あの時って多分森美術館しかあのエリアに美術館らしい美術館ないですよね。
確かにないですよね。
いつからこんなになんか気づいたらアートの。
いつの間にか。ギャラリーをピラミデの辺りに森ビルが誘致して来ていただいたみたいなのはあると思うんですけど、いつの間にかね、確かにトライアングルに。
蜘蛛の「ママン」と、担当した展覧会
六本木ヒルズのアイコンとなったルイーズ・ブルジョワの蜘蛛《ママン》。その設置の経緯も語られます。
ルイーズ・ブルジョワの蜘蛛の《ママン》があるじゃないですか。今はアイコンになってますけど、あそこに蜘蛛を置くって結構パンチ効いてるじゃないですか。最初から蜘蛛でいこうっていうのも。
最初の森美術館のファウンダーである森稔さんと森佳子さんが、森美術館を作るのにあたって世界中を旅して視察していた時に、テートモダンかMoMAを見て、これが欲しいって思われたそうなんです。最初はなかなか強烈なので、ちょっと置いて様子を見ようっていう感じで。でもそのままずっと置くことになったみたいに聞いてますね。
学芸員になって、一番最初に担当した展覧会って何ですか。
森美術館のハピネスですね。すごい数の作家さんが、その当時五十二階も五十三階もあったんですよ。開館展なので、初代館長のデビッド・エリオットがピエールルイジ・タッチというイタリアのキュレーターを呼んで、古今東西のいろんなものを、蘇我蕭白とかも出てましたし、現代美術までみたいな大きな展覧会で。まだわかってないので、いつ力を抜いたらいいのかもわかんないです。
十一時半ぐらいに家の近くのカフェで夕飯を食べられたら、なんて今日は幸せなんだろうって思うことぐらいの。
ハピネス。大変な。
椿さんがもう企画から全て自分でこうデビューだなと思えるのはどれになるんですか。
小企画で、MoMAプロジェクトでサスキア・オールドウォースっていうイギリス人を見せたのが多分最初じゃないかな。模型みたいなのを作るんですけど、その中で一人語りの物語が語られる。でも誰も人間は出てこないんですよ。その後、医学と芸術展は南條さんの企画なんですけど、現代美術のどういう人を入れるかっていうセレクションをして。
これ僕かなりインパクトある展覧会で覚えてて、医学と芸術っていう切り口、タイトルだけ聞いたらどういうこと?って思うじゃないですか。ダミアン・ハーストもありましたよね。海外のスーパーマンとか有名なキャラクターがもしも老人ホームに入ったらみたいな作品ありましたよね。
ありました。選びました。
あれ面白かった。プラス医学と芸術だから、昔の入れ歯とか。
ウェルカムトラストコレクションっていうのがロンドンにあって、医療器具とか全部集めてるんですよ。すごいお金のある財団だけど、そこに現代美術とか、川鍋暁斎のどくろのとか。
現代アートの展覧会って、最初見始めた時ってわからないと難しいなってなってたけど、こういう切り口で入りやすくなったのが結構初めてで。カルチャーショックというか、面白い展覧会だなというのは未だにインパクトあって。これが椿さんだったんだっていうのを。
いや、もう全貌では全くないです。いくつかの現代美術の作家とか作品で、私がその中で入れたものはあります。
椿さんの中で、これはもう自分の中でこれっていうところ。
それはやっぱり宇宙と芸術展とか、2016年の。南條史生さんとご一緒にしたんですけれども、かなり私のアイデアは入ってるので。
宇宙と芸術展にチームラボ。チームラボ初めて見たの俺この気がします。あれはあんなになると思ってなかったですよ。こんなプラネッツとか作ると思って。
新作で作ってもらったんですけど、NHKさんとか読売新聞さんと一緒にやったので、その中でチームラボさんも入れましょうみたいな話になったんですよね。その当時から人気がもちろんあったと思いますよ。
他ジャンルへの好奇心が展覧会を生む
最後は美術以外の関心について。椿さんの幅広い好奇心が、分野横断的な展覧会につながっていることが見えてきます。
美術以外で好きなものはありますか。
デザインとか全般的に、建築も好きですし、ファッション好きですし。あとは美味しいもの、ワインとかシャンパンとか、日本酒も好きですし、旅行とかね。
趣味は?って言われたらどう。休日の過ごし方は美術館巡りが多いです。
NETFLIX見たりもしますけど、全くアートと関係ない世界を見つつ、結局はやっぱりアートとか見たくなって、旅行するのも展覧会見に行ったり、寺社仏閣を回るのも好きですし。今日ちょっと三上さんいらっしゃってて、トライジン関係とかも興味あるので、有名なところを回ったりすることはありますね。
トライジンの見る場所、ちょっと気になる。
八坂神社とか下鴨神社の狛犬って、実は一角獣トライジンなんだよねみたいな。京都の友達に言われて掘っていくと結構面白くて。昔から日本だけじゃなくて世界中結構つながってるんですよ。シルクロードしかり、海もしかり、いろんな人たちが入ってきてるので、いろんな文化が入っていて。
仕事とは別にまた研究するんですね。やっぱ好きなんですね、掘り下げるみたいな。
そういうのはあります。
それがいつかアウトプットするかもしれないですね。
それ聞いてやっぱ腑に落ちたのは、医学と芸術とか宇宙と芸術って、他ジャンルとの展覧会って、そういう人じゃないと生まれないのかなっていう。ずっと美術畑にいたら違うジャンルに興味持たないと思うんですよね。椿さんが生んだ展覧会だってのが分かったし、椿さんがトニー・アウスラーに興味を持つのも納得したというか、繋がりました。
ありがとうございます。
展覧会情報とごあいさつ
最後に、開催中のトニー・アウスラー展の告知でしめくくります。
改めて企画展の告知を最後にお願いしたいと思います。
このトニー・アウスラー展、技術と霊知のはざま、魔術、メディア、アートですけれども、九月の二十七日までやっております。必ず見に来てください。
ぜひ。僕と巡る閉館後の特別ギャラリーツアーが七月二十二日にあります。それとは別に椿さんのギャラリーツアーもございますということですね。
はい。
前後半本当にありがとうございました。どうでしたか、ちょっとやってみて。
面白かったです。ありがとうございます。
椿さんもなんか展覧会やるときにはぜひ告知を兼ねてうちの番組。
ぜひよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
まとめ
後半では、トニー・アウスラー展の《ホイスト・イット・フロム・ザ・ピット》や《マシンエルフ》といった作品を通じて、19世紀のオカルト事件からAI・5G時代までを批評的に作品化し続ける作家の姿が語られました。さらに椿玲子さんのキャリアでは、「なぜ人は新しいものを求めるのか」という一貫した好奇心が、ファッションからパリ留学、森美術館のキュレーションへとつながっていることが見えてきました。分野を横断する視点が、医学と芸術展や宇宙と芸術展といった独自の展覧会を生んだことがうかがえます。
- トニー・アウスラーは新しい技術を必ず批評的に作品化し、進化し続けている
- 椿さんの原点には「今っぽさはどう生まれるのか」というファッションへの関心があった
- パリ留学中の「おばあさんハント」や財団インターンが、キュレーターへの道につながった
- 美術以外への幅広い好奇心が、分野横断的な展覧会を生む源泉になっている
