水にピュアさを求めてきた会社が、あえて機能を足す矛盾
番組「The Solutions」は、「その手があったか」と言わせるアイデアに着目して深掘りするビジネスメディアです。今回のテーマは、当たり前を疑いアップデートしたアイデアとして、サントリーの「特水」を取り上げます。
ゲストは、サントリー食品インターナショナルでブランド開発を担当する野口裕貴さんです。聞き手を務める三浦さんは、飲料水のマーケティング経験がある立場から、この商品に強い驚きを感じたと語ります。
トクチャは飲むようにしてたんですけれども、ついにトクスイかと。これはね、結構マジでちゃんとびっくりしましたね。
特水の発想のきっかけは、特茶の新商品を作ろうという発想ではなく、機能性のある水を作ろうというところにありました。野口さんは、健康飲料の担当として市場の課題を感じていたと話します。
トクホとか機能性表示食品の市場自体は伸びています。ただ、飲料業界ということもありまして、結構競争が激しくて、同じようなものが出ては消え、どんどん同質化されていく中で、次の一手に悩んでいました。
もう一つの背景が、サントリー天然水というブランドの存在でした。天然水は伸びているものの、水であるがゆえに差別化が難しいという課題を抱えていました。
弊社のコーポレートメッセージは水と生きるサントリーですので、何か面白いことはやりたいよねっていうことはずっと思っていました。
「ピュアな水に何をした」という消費者の反発
三浦さんは、飲料水のマーケティングでは「いかにピュアで自然か」というイメージが商品価値を大きく左右すると指摘します。その領域で機能を足す挑戦は、緊張を伴うものでした。
水って、そのピュアなものがいいとか、いかに自然なものかみたいなものがものすごくお客様のイメージに寄与するので、そこをどう作るかがめちゃ大変なプロダクトだと思うんですよ。
お茶であれば、成分を入れても味や色でカバーできます。しかし水は、少しでも味や色がつくと消費者から強い反発を受けると野口さんは語ります。
水はもう皆さんおっしゃった通りで、そんなものが少しでもあろうものなら、ピュアがいい水に何をけったいなことをしとるんだっていうお客様の声が浴びるように(届く)。
さらに難しかったのは、その「水はピュアがいい」という価値観を、天然水ブランドを通じてサントリー自身が長年発信してきた点です。三浦さんは、その矛盾を鋭く突きました。
水はピュアがいいって言ってきたのはこの会社だから。(サントリーは)天然がいいって(言ってきた)。どの口が言っとる。
社内でも議論はありましたが、反対一色ではありませんでした。むしろ、水を健康のために飲む理由が近年急速に伸びているという着眼から、やること自体には前向きだったといいます。
もともと水は無味無臭だからこそ人を選ばない、シーンを選ばないというマルチユース性が価値でした。それに並ぶぐらいの勢いで、最近この水を健康のために飲むという理由が急に伸びてきたんです。
ただし、天然水を大切に育ててきた会社だからこそ、商品作りには厳しい基準が課されました。恥ずかしくない中身ができないならやるな、という議論です。開発は着眼から3年ほどかかりました。
50種類の素材を試して見つけた「無味無臭無色」の答え
最終的にたどり着いた成分は、米ぬか発酵物由来のHMPAでした。ここに至るまでには、成分の存在感をいかに消すかという試行錯誤がありました。
成分に存在感があるため、フレーバーをつけてスポーツドリンク味やレモン味にすれば、もっと早く発売できたといいます。しかしそれでは、水が日常に入り込めないと判断しました。
(フレーバーをつければ)多分もう1年ぐらい早く出せたんだと思うんです。ただ、それでは水は多くの人の日常に入り込めないだろうなと。
無味無臭無色の素材を探し、溶かして飲んでは駄目、という作業を繰り返しました。その数は50種類ほどにのぼり、最後に残ったのがHMPAでした。
(素材を)取り寄せては溶かして駄目だ、を繰り返しました。50個ぐらいは溶かし飲み溶かし飲みをやった時に、最終的にこのHMPAという素材だけが、これは出しても恥ずかしくない(と思えた)。
成分の存在感を消し、水として日常のあらゆるシーンで飲めること
機能性表示食品として、内臓脂肪を減らすのを助ける機能を恥ずかしくなく謳えること
野口さんは、HMPA由来のかすかな味わいが、むしろ好意的に受け止められている点にも触れました。人工的でないまろやかさが感じられるといいます。
(特水は)人工的な感じじゃないまろやかさがあるんですよね。
使用している水自体は純水で、成分を最もおいしく飲めるように、あえて軟水を使うことを決めて作られています。
コンセプト調査では絶賛、なのにパッケージにすると拒否される壁
特水の開発には2つの壁がありました。1つ目が素材の壁、そしてもう1つが、できあがった中身を消費者に受け入れてもらう壁でした。
コンセプト自体はすごく評価が高くて、お伝えするとみんな絶対買いますとおっしゃっていただいた。ただ、そのコンセプトをそのままパッケージに落とすと、急にお客様の態度が変わるんです。
コンセプトでは絶賛されるのに、実際のパッケージにすると「ピュアな水に何をした」という反応に変わる。この本音と建前のギャップに、三浦さんはコンセプト調査の限界を実感したと語ります。
本当にコンセプト調査って嘘ばっかりですもんね。あんな意味ないものないですもんね。
だいぶ限界はありますね、正直。
最初は機能を伝えるため、科学的で機能性を一瞬で訴えるパッケージを見せました。しかし返ってきたのは、ピュアなものに変なものを入れるな、という叱責でした。
私はピュアだから水を買っとるんだってお叱りを受けました。
それならばと、真逆に振り、波打つデザインの「水らしい水」を作りました。今度は棚で誰も気づいてくれず、天然水のサブブランドのように見えてしまうという問題が起きました。
水に機能がついたというカテゴリーが存在しないため気づかせる必要がある。一方で、水に対する当たり前の価値観とは両立しない。ここが最も難しい壁でした。
端に置かれた「特水」案が、市場の評価を180度変えた
ブレイクスルーは、特茶のフォーマットを使うという発想から生まれました。実は「特水」という名前は、当初チームでも本命ではありませんでした。
最初、特水っていう案がポロッとチームで出た時も、なわけねえだろっていうところも正直(ありました)。
あまりにけちょんけちょんにされていたため、一度形にしてみることになりました。野口さんは、後の方にあったアイデアを本気でやり切った点が面白いと評価します。
そして行われた調査で、消費者の反応が180度変わりました。三浦さんは、この時だけは調査に意味があったと振り返ります。
お客様の反応が180度変わったんです。この水待ってたっていう声が聞けたんですね。
理由は、理解の順番が変わったことにありました。以前は「水に科学的なものを足した」と受け取られていたのが、「特茶の水バージョンが出た」という理解に変わったのです。
特茶っていうことさえわかれば、もう何か入っていても当たり前。そうじゃなきゃ効かないでしょっていうものの水バージョンなので、水を起点にした時の違和感とか拒否感が全く起きないんですよ。
水に科学的なものを足したと受け取られ、ピュアな水への違和感・拒否感が生まれた
特茶の水バージョンが出たと理解され、機能があって当たり前と受け入れられた
「特茶の水」を「お茶の水駅」へ、話題化を仕込んだプロモーション
発売時のプロモーションも印象的でした。「特茶の水」を、御茶ノ水駅を起点にして話題化する試みです。野口さんは、健全なジェラシーを感じたと語ります。
三浦さんは最初、宣伝担当が考えたこの案を社内で半分ネタのように扱っていました。しかし宣伝担当から本気でやると言われ、進んでいきました。
この日、収録に同席していた宣伝担当の話者4が、経緯を補足しました。「特茶の水、お茶の水」は、社内から出た依頼のブリーフだったといいます。
特水の発売を話題化する時にお茶の水を起点にしたいです。特茶の水っていうのをキーワードにして、その情報を最大化できるアイデアをくださいっていうのをオリエンさせていただいた。
野口さんは、この商品を一言にするなら「特茶から出た水」であり、それが伝わらなければ売れないという地点まで、開発段階でポイントがシャープになっていたと語ります。
特茶が長年築いてきたブランド資産の機能性の認識があって、それをそのまま引き継げるかどうかが勝負だったってことですよね。
野口さんは、特保のコピーづくりの難しさにも触れます。メーカーは言いたいことが多いのに規制で言えず、クリエイティブ側は「飲めば痩せる」と書けない。そのせめぎ合いの中で、過去のブランド資産をそのまま移すことが工夫のポイントだったといいます。
戦略のミスは「己を知る」ことの失敗から生まれる
野口さんは、新商品や新プロジェクトでは、つい新しいことや全く違うブランドにしたくなるものだと指摘します。しかし今回、特水は自社の武器を使い切ったところに価値があると語ります。
敵を知り己を知れば百戦危うからずっていう、これは孫子の兵法の言葉なんですけど、大体敵を知りの方に重点が置かれるわけです。でも一番大事なのは己を知ることなんです。
野口さんは、戦略のミスの多くは敵情分析ではなく、自分たちの戦力分析の失敗から生まれると語ります。これはアメリカ軍の話だといいます。
発売後の反響は想像以上でした。発売3ヶ月ほどで話題は絶えず、年末までの売り上げは計画の1.3倍ほどに達したといいます。
実際売り上げも、年末までで言うと計画の1.3倍ぐらいまではいっているので、すごくありがたいなと思ってます。
パイオニアとして市場を守る、最大の参入障壁は「特茶」
特水は、天然水市場と特茶市場の真ん中に位置します。野口さんは自社ブランドとのカニバリを尋ねましたが、三浦さんは想定内だと答えます。
(カニバリは)ゼロだとは言わないんですけれども、全然想定内です。(水を飲む側の)新しいお客さんを作れればなと。
飲料市場では、一社がニューカテゴリーを作ると他社が追随して市場ができる面があります。野口さんは、機能水市場ができていく中でトップブランドでい続ける戦略を尋ねました。
三浦さんは、追随は市場を盛り上げるために一定必要だとしつつ、水に成分を入れれば良いという話ではないと語ります。特茶という存在や、健康飲料の伝え方で学んだことは簡単に真似できないと考えています。
特茶をやってきたブランドこそが最大の競争優位性になっている、競合に対する参入障壁になっているっていうのはめちゃくちゃあるでしょうね。
今後については、健康飲料も水も伸びる市場でありながら風穴を開けにくいと考えていたところに、開け方があると分かったといいます。三浦さんは、守りに入らず風穴を開ける仕事を止めたくないと語ります。
極力どちらの市場にも風穴を開ける仕事は手を止めたくないなということは改めて今思ったりします。
「持っている武器の組み合わせを変える」という発想
番組の終盤、当たり前を変えたい若手マーケターへのメッセージを求められた三浦さんは、今回の学びを語りました。イノベーションを起こせと言われ、つい振りかぶってしまう人に向けた言葉です。
三浦さんは、特茶、水、内臓脂肪といった一つ一つのパーツはありふれていると指摘します。それでも組み合わせを変えるだけで、大きく変わったと振り返ります。
さらに収録の締めくくりで、新たな発見も語られました。発売後、特水を温めたい、氷にしたいという問い合わせが多く寄せられたのです。
この特水温めたらどうですか?とか、氷にしてもいいんですか?とか、水ならではのお客様の飲み方がすごく寄せられて。
想定外だったため、当初はホットでも機能が変わらないか裏取りをしていませんでした。声が来た日に急いで試験を行い、ホットでも機能が変わらないことを確認したといいます。近年の白湯ブームを背景に、この場で「特白湯」も試されました。
温めると特水ならではのすっごくほのかな口の中に広がる甘みがより際立たされてめちゃ美味しいです。グッド白湯です。
まとめ
特水は、消費者に一度は拒否されながらも、既存の特茶ブランドの資産を引き継ぐという発想で市場の評価を180度変えました。新しさを外に探すのではなく、自分たちが持つ武器の組み合わせを変えることの力を示した事例です。
- 特水の発想は特茶の新商品ではなく、機能性のある水を作るところから始まった
- 無味無臭無色と機能性を両立させるため、約50種類の素材を試してHMPAにたどり着いた
- コンセプトでは絶賛されてもパッケージにすると拒否される、という消費者認識の壁があった
- 「特水=特茶の水バージョン」という理解の転換が、拒否感を消し評価を180度変えた
- 戦略の鍵は自社ブランド資産という武器を正確に認識し、その組み合わせを変えることにあった




