物理学者志望の少年はなぜ起業家になった?
Eight SleepのCTOであるMaxさんは、自身を「生まれてからずっと起業家」と表現します。イタリアで科学者の家系に生まれ、子どもの頃は物理学者になるつもりだったそうです。
Maxさんの進路を変えたのは、子ども時代に出会ったソフトウェアでした。独学でプログラミングを学び、同じことに興味を持つ友人と出会い、高校卒業直後に最初の会社を立ち上げています。
Maxさんは数年後に大学を中退し、その最初の会社に専念しました。会社はイタリアで成長し、サンフランシスコにオフィスを開くことになり、Maxさんもチームの一部と一緒に移住しています。
サンフランシスコでMaxさんはもう1社スタートアップを手がけ、その後MatteoさんとAlexさんとともにEight Sleepを創業しました。
Eight Sleepは何を目指す会社なのか
Maxさんによると、Eight Sleepの目的は、毎晩の睡眠時間からより多くを得られるテクノロジーをつくることです。会社には創業当初から2つの明確な目標があったといいます。
Eight Sleepの1つ目の目標は、睡眠の最適化です。睡眠を「やらなければいけない雑用」のようなものから、生産性を上げ、エネルギーを高め、毎日を気分よく過ごすための道具に変えたいと話しています。
Eight Sleepの2つ目の目標は、健康の継続的なモニタリングです。Maxさんは、技術はすでにあるのにその仕組みが存在しないと考えており、正しい形はベッドだと語ります。人は毎晩必ずベッドに戻り、何時間もほぼ動かず、管理された環境で過ごすからです。
現在のEight Sleepの製品はマットレスそのものではなく、今使っているマットレスの上にかぶせるカバーです。買う人はマットレスを探しているのではなく睡眠を最適化したい人なので、特定のマットレスを強制したり寝心地を損なったりすることは障壁になると考え、その影響を減らすことに力を入れてきたといいます。
Eight Sleepの広告を見ると、ユーザーは全員プロアスリートのように見えます。実際にアスリートの利用は多く、最後の5%を引き出して最高のパフォーマンスを出したい人たちにとって、睡眠は大きな要素だからです。
一方でMaxさんは、Eight Sleepの顧客にはソフトウェアエンジニアや創業者も多いと話します。現在の中心はテクノロジーのアーリーアダプターや、テック系の著名人をフォローする人たちで、シリコンバレーやテック系インフルエンサーの間で知名度が高いそうです。
なぜ「データを渡すだけ」の製品では足りないのか
Maxさんは、Eight Sleepの機能を大きく2つに分けて説明します。1つは健康や生体データを測り、睡眠を計測するセンサー群です。最初の試作品はおよそ10年前で、非常に感度の高いセンサーをベッドの中に「消える」ように組み込むことに多くの労力を注いできました。
Eight Sleepのもう1つの機能群が環境制御です。創業初日から、ただデータを渡すだけではない製品をつくる必要があると考えていたといいます。
Maxさんは、多くのウェアラブル ── 腕時計型や指輪型など、身につけて心拍や睡眠などを計測する機器の総称。Fitbitやスマートウォッチが代表例ですは「行動しない」と指摘します。AIのおかげでデータは以前より役立つようになったものの、結局はアドバイスを渡しているだけだという見方です。
そこでEight Sleepは、集めたデータを使って環境を制御し、睡眠を直接最適化することを選びました。最初に手をつけたのが温度です。
Eight Sleepの第1世代は加温だけの製品でした。センサーは聴診器に近い仕組みで、横になった人の心拍、呼吸、体の動きを「聴いて」います。加温だけにしたのは、ものを温めるほうが冷やすよりずっと簡単で、いわばMVP ── Minimum Viable Productの略。価値を検証するために必要最小限の機能だけで出す最初の製品のことだったからです。
ただしMaxさんたちは、本当の意味で市場に刺さるのは冷却だとわかっていました。ベッドは断熱性が高く、時間とともに熱がこもるうえ、布団は温度のためだけでなく安心感のためにもかけるものだからです。
資金もエンジニアチームもない初期のEight Sleepは、MVPで進むことを決めました。興味深いのは、Indiegogo ── アメリカのクラウドファンディングサービス。製品の発売前に支援者を募り、資金と初期の需要を確かめる場として使われますのキャンペーンでも、冷却を重視するあまり「加温」とは一度も言わず、「ベッドの温度を管理する」と表現していた点です。
温度から始めた理由について、Maxさんは、最も多くの人に広く影響する要素だからだと説明します。1人の悩みだけでなく、温度の好みが違うカップルの問題も解決でき、さらに体温は概日リズム ── 約24時間周期で繰り返される体内時計のリズム。睡眠や体温、ホルモン分泌などの変化を調整していますによって一晩のうちに変わります。眠っている間は、自分で温度を調整する手段がありません。
宮武さんが「行動する」の意味を確かめると、Maxさんは違いを次のように説明しました。ウェアラブルはデータを集めてアドバイスをくれても、効果を得るには本人が多くの努力をしなければなりません。Podは購入して設置し、眠るだけで睡眠がよくなるという違いです。
つまり、これ(温度制御)が「行動する」という意味ですよね?体温がどう変化したかのデータを渡すだけじゃなく、実際に細かく調整している。
温度の調整はなぜそんなに単純ではないのか
宮武さんが「体温が5度下がったらマットレスを5度上げる、という話ではないですよね」と尋ねると、Maxさんは「そんなに単純ではない」と答えます。
Maxさんがまず挙げるのは、睡眠の段階によって体の体温調節が変わることです。特にレム睡眠 ── 眠りの段階の1つで、脳が活発に働き夢を見やすい状態。この間は体温を調節する働きが弱まりますに入るには、温度が安定した環境が必要だといいます。
Maxさんの説明では、レム睡眠中の体は温度調節が苦手なため、進化的な安全装置として、温度環境が安定していなければレム睡眠に入らないそうです。
さらに、深部体温は夜中にかけて下がり、朝には代謝が上がって再び上昇します。そのたびに快適な温度も変わります。日ごとの違いもあり、環境要因に加えて運動量や食事、寝る前に何杯か飲んだかどうかも大きく影響すると話しています。
Eight Sleepにはアプリがあり、好みの温度を設定したり、どんな調整が行われたかを確認したりできます。ただしMaxさんは、Eight Sleepは常に「ほぼ見えない」製品をつくってきたと強調します。習慣への影響をできるだけ小さくし、新しく何かを覚えなくてもいいようにするためです。
宮武さんもこの点に強く同意し、ウェアラブルの負担を挙げました。
ウェアラブルだと、いつも着けるのを覚えていないといけないし、充電もしないといけない。そういうこと全部が新しい習慣になるんですよね。
Maxさんによると、ウェアラブルをやめる人の多くは、ある日充電器に置いたまま、それきり二度と着けなくなるそうです。Eight Sleepの設計では、一度設定すれば毎日何時間も、ずっと使い続けられる製品を目指したといいます。
宝飾品のスタートアップからなぜ睡眠へ?
CEOのMatteoさんとMaxさんは、Maxさんが前のスタートアップを経営していた頃に友人になりました。その会社はのちに買収されています。一緒に何かをやりたいと考えた2人は、いくつかのアイデアを試しました。
Maxさんたちが検討したアイデアには、グループ購入用のクレジットカードもあったそうです。当時は産業レベルの3Dプリントが大きく進歩しており、MatteoさんとAlexさんは、大量生産の宝飾品にカスタマイズを取り戻す3Dプリントの宝飾品スタートアップを構想していました。
MatteoさんたちはMaxさんに、宝飾品をカスタマイズできるオンラインの3Dモデリングツールをつくってほしいと説得しました。Maxさんは率直に「最もワクワクするもののリストでは上位ではなかった」と振り返ります。
Eight Sleepのアイデアは、Matteoさんの睡眠へのこだわりから生まれました。Matteoさん自身が睡眠に悩んでいたことに加え、アスリートでもあったため、睡眠の大切さをよく知っていたのです。ある夜のディナーで睡眠の話になったといいます。
Maxさんによると、2014年当時はFitbitが伸び始め、IoT ── Internet of Thingsの略。家電や照明などさまざまなモノをインターネットにつなぎ、遠隔操作や自動化を可能にする考え方がトレンドになりつつありました。Philips Hueがあり、Nestはちょうど途方もない金額でGoogleに買収されたばかりだったそうです。
Maxさんが注目したのは、Nestがしていたことでした。昔から家にある地味な製品に技術を注入し、新しいことを教えなくても価値を届ける。サーモスタットを上げ下げする操作を、自動で設定されるものに変えたのです。
家にある地味なサーモスタットに技術を入れ、手動の上げ下げを自動化する
誰もが毎晩戻るベッドに技術を入れ、設定や操作の手間なく価値を届ける
Eight Sleepの自動化へのこだわりは、何かをプログラムしたり操作したりしないと価値が得られない、という摩擦を取り除きたいという考えから来ているといいます。
Y Combinatorの廊下に寝室をつくった面接とは
宮武さんが次に尋ねたのは、Y Combinator ── シリコンバレーの著名なスタートアップ支援プログラム。少額出資と3カ月の集中支援を行い、多くの有名企業を輩出していますの話です。Eight Sleepは一度落ち、Maxさんいわく何度か挑戦して合格しています。
当時のEight SleepはIndiegogoのキャンペーンが好調で、量産向けの設計を進めていました。オフィスはMatteoさんとAlexさんが住む1ベッドルームのアパートで、そこで製品を試していたそうです。
デモには驚きが必要だとMaxさんたちは考えていました。投資家に「ここで寝れば、よく眠れるのがわかります」とは言えないからです。そこで加温機能にIoT機器を組み合わせ、ベッドに入ると部屋の照明が暗くなり、センサーのデータがリアルタイムでテレビに映る仕組みをつくりました。
ようやくYCの面接が決まったものの、アイデアを話した相手は全員「クレイジーだ」「絶対にうまくいかない」と言っていたそうです。面接だけでは足りない、実際に体験してもらおうと考えたMaxさんたちは、トラックを借りました。
面接官の1人は、Maxさんが昔から憧れていたジェシカ・リビングストン ── Y Combinatorの共同創業者の1人。スタートアップの創業者たちへの取材でも知られますで、興奮しすぎて何が起きているのかよく覚えていないといいます。面接官たちは、外に寝室が丸ごとできていたことにかなり驚いたそうです。
ネット上には、MaxさんとMatteoさんがマットレスを引きずっている写真も残っているとのこと。宮武さんは、2人のハッスルぶりがよくわかるエピソードだと応じました。
いびきと無呼吸に、姿勢の制御でどう挑むのか
Eight Sleepが計測している指標は、心拍数、呼吸数、体の動き、睡眠段階、室温、湿度です。制御する要素は、最も多くの人に大きな影響を与えられる温度から始めました。温度でできることはまだ多いとMaxさんは話します。
次の一歩が、2023年から2024年にかけて発売したPod Ultraの初代です。Pod Ultraは、姿勢を変えられる調整式のベースを追加しました。ベッドで本を読むのにも使えますが、Maxさんが「キラー機能」と呼ぶのは姿勢の制御です。
Pod Ultraの姿勢制御によって、Eight Sleepは初めて、いびきや閉塞性睡眠時無呼吸 ── 睡眠中に喉の空気の通り道がふさがり、呼吸が止まったり弱くなったりする状態。いびきや日中の眠気の原因になりますに悩む人を助けられるようになったといいます。Maxさんによれば、30歳以上の30%が睡眠時無呼吸を抱え、最も見逃されやすい疾患の1つだそうです。
Pod Ultraでは、まず既存のセンサーを使っていびきを分類し、呼吸の問題を見つけることを学習させました。そのうえで、調整式ベースで姿勢を変えていびきを抑えます。
Maxさんは、こうした問題の解決が難しいのは、すべての要素が互いにつながっているからだと話します。姿勢を変えていびきを止めつつ、本人を起こしてはいけません。顧客の約70%がカップルなので、特に隣で寝ている人を起こさないことも大切です。
Maxさんは、この問題は下手に解くのは簡単でも、うまく解くのは本当に難しいと語ります。温度も同じで、睡眠に最適な温度が快適さに最適な温度とは限らず、その間でちょうどいい折り合いを見つける必要があるといいます。
最初のPodはなぜあえて寝心地を犠牲にした?
これまでの大きな失敗を尋ねられたMaxさんは、多くは意図的な決断とトレードオフだったと答えます。例に挙げたのが、初めて冷却に対応したPodです。何年か経った今だから認められると前置きし、少しプラスチックっぽくて寝心地が悪かったと振り返りました。
ベッドを冷やすには、どれだけ冷やせるか、どれだけ音を出すか、どれだけ寝心地をよくするかの3つのバランスを取る必要があります。寝心地をよくするにはフォームを足しますが、フォームは優れた断熱材です。
Maxさんによると、Eight Sleepの製品はベッドの表面から寝室へ熱を逃がすまでの一連の熱交換でできています。ベッド表面で効率を失うほどサイクル全体が悪くなり、最後には冷やせなくなってしまうそうです。
| 要素 | 最初のPod | 理由 |
|---|---|---|
| 冷却性能 | 最優先で強化 | 懐疑的な人に冷やせることを証明したかった |
| 静かさ | 確保 | 絶対に静かにしたかった |
| 寝心地 | 意図的に犠牲 | 全部そこそこにすると失敗すると考えた |
MatteoさんとMaxさんは、寝心地を優先して冷却をそこそこにするか、冷却に振り切るかを話し合いました。最初の製品で懐疑的な人が多かったため、冷却に振り切ることを選んだそうです。最初のPodは本当によく冷えて、静かでしたが、寝心地はかなり悪かったといいます。
この判断の背景には、全部をそこそこにこなす製品は失敗するという考えがありました。その後の改良を重ね、Pod 3からPod 4の間で、冷却性能を落とさずに寝心地の問題を完全に解決できたと話しています。
5000ドルを超えるハードウェアはなぜ成り立つのか
現在販売されているのはPod 5で、宮武さんによればPod 5 Ultraは5000ドルを少し超える価格です。フルセットでは、健康トラッキング、温度制御、姿勢調整、ホワイトノイズなどの環境音までがそろうといいます。
高価格は意図的なのかという宮武さんの問いに、Maxさんは「Eight Sleepはプレミアム製品で、これからもずっとそうだ」と答えます。この価格帯でまだ成長の余地が大きいため、急いで大衆向けに広げる必要はないという考えです。
Maxさんは、潤沢な資金を持つ話題先行のスタートアップでない限り、ハードウェア企業は初日から持続可能な事業をつくる必要があると話します。そのためには、速く動くこと、高い品質、価格を下げることのうち、何を優先するかを選ばなければなりません。
速く動くこと(革新の少なかった分野で革新するため)と品質(顧客に心から満足してもらうため)
価格を下げること(プレミアム価格のまま成長を目指す)
Maxさんによると、多くの消費者向けハードウェアのスタートアップは、顧客獲得にかかるコストを甘く見て失敗します。宮武さんも、製品さえよければ売れると考えがちだと応じました。
(多くのハードウェアスタートアップは)製品そのものが全部売ってくれると思っているけど、いつもそうとは限らないんですよね。
Maxさんの答えは、顧客獲得コストを下げる唯一の方法は、人が愛して口コミしたくなるほど良い製品をつくることだというものです。高価な部品やゼロから設計した工程に加え、購入者は研究開発の費用を一部負担している面もあるといいます。
ベッドという形はウェアラブルに何で勝るのか
宮武さんが、ベッドならセンサーを置く場所も多く、充電の心配もないのではと尋ねると、Maxさんはまず、この形でつくるのは非常に大変だと答えます。技術を快適にし、消し去り、極めて静かにしなければならないからです。
それでもMaxさんがベッドにこだわる理由の1つは、ウェアラブルが毎日身につけてもらう必要があるという大きな課題を抱えている点です。身につける場所は限られ、アプリやコンテンツを持つ製品やデザインの好みとも競合します。ベッドなら、人は毎晩ベッドに入るので、使い続けてもらうことが最初から保証されています。
| 観点 | ウェアラブル | Eight Sleep |
|---|---|---|
| 継続利用 | 毎日身につけてもらう必要がある | 毎晩ベッドに入るので自然に続く |
| 電源 | 電池の持ちの最適化に多くの時間を使う | 壁のコンセントにつながっている |
| 処理能力 | 小さな省電力チップで動かす必要がある | Linuxが動くクアッドコアCPUを搭載 |
| 通信 | 帯域が限られる | Wi-Fiで生のセンサーデータを送れる |
| センサーの追加 | コストと電力が重い | 1ドルのセンサーは価格への影響が小さい |
Maxさんは、ウェアラブルのエンジニアはおそらく時間の半分を電池の持ちの最適化に使っていると話します。Eight Sleepはその制約がないため、生のセンサーデータをアップロードして製品改善に使えます。ベッド内とハブにも多くのセンサーがあり、製品自体の不具合を先回りして見つけられるそうです。
センサーを多めに積んで冗長性を持たせられることに加え、Maxさんは、この形だからこそ「行動できる」ことが最大の利点だと語ります。
一晩のデータと数年分のデータ、それぞれ何がわかる?
宮武さんは、長い期間を追えるEight Sleepなら老化の変化もとらえられるのではないかと問いかけます。Maxさんは、一晩のデータにも長期のデータにも、それぞれ違う利点があると答えました。
ベッドではほぼ動かないため、何時間も高精度のデータが取れる
3〜5年毎晩使われるため、数年単位の変化を追える
一晩のデータについて、Maxさんは面白い戦略を紹介します。精度が十分でないと考える数分間のデータはあえて捨て、集めるデータをすべて高品質に保つというものです。ウェアラブルは体が動き、光の条件も変わるため、理想的な測定条件にない時間が多いといいます。
長期のデータについては、Eight Sleepのような製品は3〜5年使うのが前提です。そのため、安静時心拍数の長期的な変化や、食事や運動量によって変わるHRV ── 心拍変動の略。心拍の間隔のゆらぎのことで、ストレスや回復の度合いの目安として使われますの変化を追えます。
Maxさんたちは将来的に、心血管の年齢の指標となる動脈の硬さ、つまり血管年齢も測りたいと考えています。こうした変化は1日で見えるものではなく、何年もかけて見えてくるトレンドだと話しています。
AI睡眠コーチと「長寿ツイン」は何をするのか
Eight Sleepは8月に資金調達を発表し、あわせて2つのAIの取り組みを打ち出しました。睡眠コーチとLongevity Twinです。
Maxさんによると、Eight Sleepは睡眠が非常に個人的なものであるため、創業初日から機械学習を製品の中核に使ってきました。睡眠コーチは、データをもとに環境を自動で最適化する「Autopilot」の次の段階にあたります。
睡眠コーチでは、最新のLLM ── 大規模言語モデルの略。大量の文章を学習し、文章の理解や生成ができるAIのこと。ChatGPTなどの基盤になっていますを使って、性質の異なるデータをまとめて分析できます。Apple HealthやGoogle Health Connectと連携して日中の活動データを取り込み、その夜の判断に反映できるそうです。Autopilotがなぜその調整をしたのかを自然な形で説明したり、ユーザーの書き込みなどのフィードバックを取り入れたりもできるといいます。
Longevity Twinは、長期のデータから将来の健康像を描く取り組みです。宮武さんの言葉を借りれば、10年後、20年後の健康をシミュレーションするものです。Autopilotの調整が長期的な健康にどう影響するかを予測するだけでなく、今日の習慣やその変化が将来にどう効くのかを直接見せたいとMaxさんは話します。
Maxさんがこれを重視するのは、人に助言したり習慣を教えたりするのが難しいからです。人は問題が目の前に見えない限り行動しない、という点で宮武さんとMaxさんの見方は一致しました。毎日の小さなことを変えたら自分がどうなれるかを、視覚的に見せる方法を開発しているそうです。
この考えは、2018年にPodを出したときのリブランディングにもつながっています。Eight Sleepは「睡眠はフィットネス」という考えを打ち出しました。今日1つだけ何かをすれば急に睡眠がよくなるわけではなく、小さな習慣を続けて積み重ねる必要がある点がフィットネスと同じだからです。
宮武さんは、睡眠が「ずっと寝ているのは怠け者」と見られがちな点にも触れました。Maxさんは、10年前、そして今でも時々、睡眠が短いことを誇る人がいると話します。
「3時間しか寝てない」みたいなやつですよね。
Maxさんによれば、かつては成果を出す人ほど「1日4時間しか寝ないから、3時間多く働ける」と言っていたそうです。今は睡眠がより生産的で競争力を高める道具だと理解され始めており、その語られ方を変えることもEight Sleepの使命の一部だといいます。
数十万人の睡眠データから何が見えてきたのか
宮武さんは、OpenAIでサム・アルトマン氏が解任された際、MatteoさんがサンフランシスコでⅠ睡眠の質が落ち、5時間未満しか眠れなかった人が27%増えたと投稿していたことを紹介し、ほかに興味深いデータはあるかと尋ねました。
Maxさんはまず、睡眠は極めて個人的だと強調します。臨床研究では10人ほどの被験者の食事や運動をできる限り管理しても、交絡する要因が多すぎて強い傾向をつかむのが難しいそうです。傾向が見えるのは、かなりの人数が集まってからだといいます。
Eight Sleepでは数十万人が毎晩製品で眠り、しかも環境を制御できます。そのため、ある手法が別の手法より優れているかを確かめるABテスト ── 利用者を2つのグループに分け、異なる手法を試して結果を比べる検証方法。ウェブサービスの改善などで広く使われますを実際に回せることが、Autopilotを速く進化させる力になっているそうです。
Maxさんがいちばん注目している傾向は、人生の段階が睡眠に与える影響です。当たり前に思えるかもしれませんが、赤ちゃんが生まれた親の睡眠への影響は、誰もが話題にするとはいえ、思われているよりずっと悪く、「本当に過酷」だといいます。
もう1つ直接取り組んでいるのが、更年期や閉経前後の女性のほてりです。睡眠を大きく妨げるため、Eight Sleepは最近これに対応する最初の機能を出しました。ユーザーの中では温度の問題ほど大きな層ではないものの、本人たちにとっては非常に大きな問題で、解決する道具はそろっているとMaxさんは話します。
月曜日がだるいのはなぜか
Maxさんは、睡眠に最も大きく影響する習慣の例として、週末に遅くまで寝ていることを挙げます。影響の大きさは不釣り合いなほどで、根本的な原因は、毎週末に自分で時差ぼけを起こしていることだといいます。
週末に寝坊
平日より1〜2時間遅く起きる
睡眠負債は一部回復
ただし体内時計のリズムがずれる
回復に2〜3日
ずれた概日リズムが戻るまで時間がかかる
月曜日がつらい
自分で起こした時差ぼけの状態で週が始まる
宮武さんが「だから月曜日はだるいんですね」とまとめると、Maxさんは「理由の1つです」と答えました。断定を避けつつも、週末の起床時間のずれが月曜日の不調に関わっているという見方です。
最後に宮武さんは、Eight Sleep以外で睡眠のためにしていることをMaxさんに尋ねました。Maxさんがまず挙げたのは、週末の話と同じく、起きる時間をできるだけ一定に保つことです。Maxさん自身は朝型だそうです。
Maxさんにとってもう1つ大切なのが、寝る前の食事です。寝る前に食べるものが睡眠に悪い影響を与えていると気づいたといいます。さらに毎晩、寝る1時間前からシャワーを浴び、仕事のことを考えないようにしてリラックスするルーティンを続けています。
一方でMaxさんは、難しい問題に取り組むことが仕事の原動力で、正直なところ取り組んでいる問題を考えながら眠りに落ちるのが好きだとも明かしました。それでもできる限り切り離してリラックスし、毎日同じ時間に起きることが自分にとって何より重要だと話しています。
宮武さんは、Eight Sleepがいつか日本に来ることを願い、そのときは手伝いたいと伝えてインタビューを締めくくりました。
まとめ
Eight Sleepは、データを見せるだけのウェアラブルとは違い、ベッドという毎晩必ず使う場所で環境を制御し、眠るだけで睡眠がよくなる「見えない製品」を目指してきました。温度から始まり、姿勢制御、AIコーチ、長寿ツインへと広がる取り組みの根には、睡眠を小さな習慣の積み重ねで鍛えるフィットネスと捉える考え方があります。
- Eight Sleepは、利用者に新しい習慣を求めない「ほぼ見えない」製品を設計の軸にしている
- 最初は加温だけのMVPで始め、2018年のPodで本命の冷却に対応した
- 最初のPodは冷却と静かさを優先し、あえて寝心地を犠牲にする判断をした
- ベッド型は継続利用、電源、通信、センサーの追加で、ウェアラブルにない利点を持つ
- 週末に1〜2時間寝坊すると体内時計がずれ、戻るまでに2〜3日かかることが、月曜日がだるい理由の1つだという





