東京、NY、SFを行き来する起業家との再会
この回は、Off Topicのビデオインタビューシリーズとして、サンフランシスコにあるSara Duさんの拠点で収録されています。宮武さんとSaraさんは数年前に知り合い、サンフランシスコ、東京、ニューヨークで年に何度も会う間柄です。
Saraさんは自分の居場所を「シュレディンガーの猫のようなもの」と冗談めかして話します。宮武さんは初対面のころからSaraさんを非常に優秀だと感じていて、ティール・フェローだと知ったときに「なるほど」と納得したと振り返ります。
ティール・フェローシップとはどんな制度なのか?
Saraさんは、フェローシップの歴史に詳しいわけではないと前置きしたうえで、制度の背景を説明します。PayPalの創業者であるピーター・ティールは、国や教育制度の運営について強い考えを持ち、リバタリアン ── 個人の自由を最大限に尊重し、政府の介入を最小限にすべきだと考える政治的立場。ティールはその代表的な論者として知られていますとして知られている人物です。
Saraさんの見方では、今の教育制度は硬直的で不必要に官僚的で、若者の成長や可能性を押さえつけています。Saraさん自身も「なぜ高校は4年で、大学も4年なのか」とずっと疑問を抱いてきたといいます。
Saraさんは14〜15歳でプログラミングに出会い、好きだと確信しました。それなら、同じことを学ぶためや、適当に別の専攻を選ぶために学校へ行く必要はないと考えたそうです。
Saraさんがフェローシップを知ったのは、ニュース記事やX(旧Twitter)でのフェローとの交流がきっかけでした。やがてフェローシップのディレクターから直接連絡があり、17歳の高校生のときに、面接日にあたる「サミット」に参加しています。
ただしSaraさんが実際にフェローに選ばれたのは2022年ごろで、選考はパンデミック期だったためほぼオンラインでした。大学がどんなものかを一度見てみたいと考え、サミット参加から採用までには何年もの間があったといいます。
フェローシップの条件について聞かれると、Saraさんは「たぶん刑務所に入らないことくらい」と笑います。大学中退がよく知られた条件ですが、Saraさんはフェローになった時点ですでに中退して3年経っていました。
Saraさんは、今は中退がタブーではなくなったため、フェローシップにはほとんどトレードオフがないと指摘します。始まった当初は騒ぎになったものの、「誰もが中退している」今の時代にはその意味合いを変える必要があるかもしれないと話します。
フェローシップの支援も、非常に緩い形だといいます。フェロー全員が入るWhatsAppグループはあるものの、同じ期でも全員を知っているとは限りません。YC ── Y Combinatorの略。シリコンバレーの代表的なスタートアップ支援組織で、同期の起業家が一緒にプログラムを受ける仕組みで知られますのようなコホートの概念はなく、期によって仲の良さもまちまちだそうです。
なぜ学校を離れようと思ったのか
宮武さんは、Saraさんが大学の4年間という仕組みに疑問を持ち始めたきっかけを尋ねます。Saraさんによると、その疑問は15歳でものづくりを始めたころに芽生えました。
オープンソースの世界には個性的な人が多く、高校を途中でやめた人にもたくさん出会ったそうです。その環境では「なぜ自分はまだここにいるのか」と自問するのがごく普通のことに感じられた、とSaraさんは話します。
Saraさんは学校をよく休んでいて、学校の人間関係にはほとんど馴染んでいませんでした。ものづくりや企業での仕事が楽しかったこともあり、4年という期間はとても長く感じられたといいます。
周囲の反対については、友人の多くがネットで知り合った中退者だったため、相談することもなかったそうです。一方で、移民として渡ってきた両親とは関係が難しくなり、中退後は1〜2年ほどほとんど話さなかったと明かしています。
中退で得た自由は、何をもたらすのか?
宮武さんが両親との関係が変わった瞬間を尋ねると、Saraさんは「映画のような瞬間があればよかった」と答えます。実際には、関係は少しずつ変わっていったそうです。
Saraさんはアジア系の家庭で育ち、親を大切にする孝行 ── 親を敬い大切にするという儒教由来の価値観。東アジア系の家庭では、子が親の期待に応えることが重視されやすいとされますの感覚があったため、気まずさから3か月に1度ほど実家へ帰るようになりました。最初のうちは大学の話題に触れるだけで両親が動揺したといいます。
両親はSaraさんに多くの夢を託し、名門校に合格したことを喜んでいました。Saraさんは「学費を節約したんだからすごいでしょ」と話していたそうですが、両親にとって一番つらかったのは卒業式を見られないことでした。本来の卒業予定日を過ぎると、そのわだかまりは薄れていったそうです。
宮武さんは、フェローシップ開始当初に高等教育の関係者から反発が起き、60 Minutes ── アメリカCBSの長寿報道番組。調査報道やインタビューで知られ、社会的な話題を掘り下げて取り上げますが失敗例を取り上げたことに触れます。その一例だった第1期のAiryLabsは1〜2年で閉鎖しましたが、創業者のAndrew Suさんは今、Speakの共同創業者兼CTOとして成功しています。
(ティール・フェローシップは)いろいろなことに挑戦して、たとえ失敗しても構わない自由を与えている。でも(失敗も)人生の一部ですよね。
Saraさんによると、当時フェローシップの資金は「探索のための2年間の自由」を手に入れる手段でした。今ではベンチャーキャピタルが同じ役割を担っていると話します。
ティール・フェローシップの資金が、若者に2年間の自由な探索期間を与えていた
ベンチャーキャピタルが同じような自由を与えるようになった
ただしSaraさんは、学校の外にも別のバブルがあると付け加えます。サンフランシスコには開発者が多いため、必要以上に開発者向けツールの会社が立ち上がり、見落とされている課題も多いのではないかという見方です。
学校の枠を離れて自分を伸ばすことは、向いている人にとってはすばらしいとSaraさんは考えています。一方で、17〜18歳には人と関わる経験も必要な場合があり、Saraさん自身も仕組みを一度見るために大学に1年通いました。宮武さんも、大学は教育だけでなく社会的な経験も含めたものだと応じています。
使い道を縛らない資金が、ピボットを可能にする
宮武さんは、フェローシップが中退以外にほぼ条件のない資金を渡している点に注目します。StripeのPatrick Collisonさんが語った、科学研究の資金は特定のテーマに縛られ方向転換できないという話を引き合いに出します。
特定のテーマに紐づき、途中で方向転換しにくい
方向性の指定がなく、ピボットが許される
Saraさんは、方向性の指定がまったくないことが悪く受け取られる場合もあると認めます。市場と戦略を与えられれば特化型SaaSで勝てる「傭兵型」の創業者は、方向を見失うとしばらくさまようこともあるからです。
それでもSaraさんは、若くして始める人ほど自分について学ぶことが多く、自由に方向転換できる価値は大きいと話します。会社づくりを通じて、マーケティング主導と営業主導のどちらのgo-to-market ── 製品を市場に届けて顧客を獲得するための戦略。マーケティング主導型と営業主導型などのやり方がありますが合うかに気づくこともあるそうです。
Saraさんの考えでは、最初に選んだアイデアだからといってサンクコスト ── すでに支払って取り戻せない費用や労力のこと。これに引きずられて撤退できなくなる心理がよく問題にされますにとらわれ、最後までやり遂げる必要はありません。
ピーター・ティールの「人を選ぶ力」の正体とは?
フェローシップの規模は今も年20人で、もともとは「20歳未満の20人」という形でした。Saraさんは「今なら15歳未満の15人にすべきかも」と冗談を言います。
宮武さんは、FigmaのDylanさんの上場やMacorの創業者など、卒業生の活躍に触れます。PayPalマフィア、Palantirマフィア、そしてフェローシップと、ティールには人を選ぶ特別な力があるように見えると問いかけます。
Saraさんは、ティール本人とゆっくり過ごしたことはないと断ったうえで、答えは「人に対する独特の好み」だろうと話します。その好みで選ばれた人がまた次の人を選ぶため、ネットワークによる選抜になっているという見方です。
独特の好み
ティールが人に対してはっきりした好みを持つ
ネットワーク選抜
その好みで選ばれた人が、次の人を選ぶ
数十年の積み重ね
カルトづくりにも似た側面が、長い時間をかけて複利的に強まる
Saraさんは、この仕組みは一夜でできたものではないと強調します。ティールは宗教を深く研究しているとされ、人がなぜ何かを信じ、つながりを感じるのかをそこから学んでいるのではないか、と推測しています。
フェローたちに共通する「壊れたドーパミン」
フェローに共通点はあるかと聞かれ、Saraさんはまず「官僚主義への嫌悪」を挙げます。そのうえで、若くして型破りなことをする人は、ドーパミンの仕組みが壊れている傾向があると話します。
Saraさんによると、それが人によってはアドレナリンを求める形で表れ、平均的なフェローは一般の人よりスカイダイビングが好きかもしれないといいます。スピード感と切迫感を持っていることも、フェローに多い特徴だそうです。
Saraさんは、20歳のフェローはすでに人を雇い、解雇し、さまざまな経験をしてきたと語ります。多くの人が20代、30代、40代でも経験しないことを2年で経験するため、時間の感覚が圧縮されるのだといいます。
リスクを取らないことにもリスクがあるんですよね。(大学の)4年間は、本質的にリスクを取っていない期間なんです。
宮武さんは、Saraさんにとって大学の4年間が長く感じられたのはこのためだと読み解きます。Saraさんもこれに同意し、フェローに長寿研究に取り組む人が多いのは、若くして死を意識した人が多いからだと続けます。死を意識することで時間の感覚がゆがみ、「今やらなければ」という感覚が生まれるという見方です。
若くして死を意識する
多くのフェローが早い段階で死の存在に気づく
時間感覚のゆがみ
残り時間を強く意識し、時間が圧縮されて感じられる
今やるしかない
切迫感から、長寿というテーマに取り組む
年下のフェローから学ぶこと
フェローシップから持ち帰った教訓を聞かれ、Saraさんは教訓というより観察だと前置きします。フェローを卒業して数年が経ち、新しい期のフェローたちの優秀さに驚かされているそうです。
Saraさんは「年齢はただの数字」と感じていて、年下の人たちからも多くを学べるといいます。人がどう働き、時間とともにどう成長していくかを見るのが楽しいと話しています。
宮武さんは、最新の期に日本人フェローが選ばれたことにも触れます。Saraさん自身は卒業生として面接に関わることがあり、年下のフェローと知り合う機会もありますが、公式な役割ではないそうです。
最後にSaraさんは、このインタビューにはネット上の多くの情報よりも詳しい内容が含まれていると笑って締めくくります。
まとめ
ティール・フェローシップは、条件もコホートもほとんどない緩い制度で、若者に探索とピボットの自由を与えるものとして語られました。その背景には、学校や官僚主義への疑問と、若くして多くを経験したフェローたちの圧縮された時間感覚があります。
- ティール・フェローシップは年20人の規模で、中退以外にほぼ条件がなく、コホートの概念もない緩い制度だと語られた
- Saraさんは15歳でものづくりを始めた経験から、4年制の学校の仕組みに疑問を持つようになった
- 使い道を縛らない資金は、若い創業者がサンクコストにとらわれず方向転換できる自由につながる
- ティールの人選の力は、独特の好みとネットワークによる選抜が数十年積み重なったものだとSaraさんは見ている
- 若くして死を意識し、時間感覚が圧縮されていることが、多くのフェローが長寿研究に向かう理由だと語られた





