なぜ「アプリの外」で会わせるAIを作ったのか
Allen Wangさんは、AIソーシャル系スタートアップ「Ditto」の創業者で、会社はシードラウンドの段階にあります。Dittoは、すぐに行けるデートをテキストで届けてくれる「AIの友人」だと説明されています。
Dittoの出発点は、Allenさんと共同創業者がカリフォルニア大学バークレー校でコンピューターサイエンスとデータサイエンスを学んでいた頃に感じた違和感です。人は現実で会いたがっているのに、既存のソーシャルアプリはかえってそれを難しくしている、という問題意識でした。
Allenさんによれば、既存アプリは広告やサブスクリプションで収益を上げるため、ユーザーをできるだけ長くアプリ内にとどめようとします。その結果、Tinderでは実際のデート1回にたどり着くまで平均1000回のスワイプが必要で、ビジネスのネットワーキングでも、何百回もの雑談の末にようやく1〜2回のコーヒーチャットにつながる、と指摘しました。
Allenさん自身の経験も、この問題意識を裏づけています。外向的なAllenさんには元恋人が10人ほどいるそうですが、あらゆるマッチングアプリを試したにもかかわらず、出会いはすべて友人の友人や授業、学内のクラブ活動といった現実の場でした。
内向的な共同創業者にとっては、アプリでの出会いはさらにうまくいかなかったといいます。「自分たちにうまくいかないなら、多くの人にもうまくいっていないはずだ」と考えたことが、Dittoの原点です。
Allenさんは、自然で本物のつながりは現実の中で生まれると考えています。そのため、DittoはAI企業でありながら、人を現実のつながりへ連れ出すことを何より重視しているといいます。
でも(現実での出会いは)AIを通じて、なんですよね。それ(AI)が手助けしてくれる。
バーチャルペットのアプリから何を学んだのか
Dittoは最初からマッチングサービスだったわけではありません。2023年末、Allenさんたちはバークレーの学生一人ひとりが自分専用の「バーチャルAIペット」を持つアプリを作っていました。
このアプリでは、ある人はバーチャルの犬、別の人はバーチャルの猫を持ちます。授業中、仮想のバークレーキャンパスでペット同士が遊び、それぞれのペットは持ち主の情報を入れた「バックパック」を背負っています。
授業が終わると、ペットが「英語の授業で一緒のジャックに会ったよ。彼もラップが好きだから、一緒に遊べるかも」と教えてくれる、という仕組みでした。犬の散歩中に飼い主同士が自然に雑談を始める光景をヒントに、それをAIで再現しようとしたものです。
(ペットのアプリは)人と出会うきっかけを作るのにすごくいい方法だったんですね。
このバーチャルペットのアプリから、Allenさんは2つの学びを得たと話しています。1つは、人はバーチャルなやり取り以上に、現実で会うことを求めているということです。
もう1つは、「デート」のほうが刺激的で口コミが広がりやすく、集客の入口として強いということです。「友だちを作りに来て」と呼びかけたペットアプリは誰にも使われませんでしたが、「デートアプリを作った」と言った途端、みんなが「友だちを作りに来ただけ」と言いながら集まってきたといいます。
「友だちを作る場所」と呼びかけたペットアプリは、ほとんど使われなかった
「デートアプリ」と打ち出すと人が集まり、多くは「友だち作りに来た」と言っていた
Allenさんは、Z世代には「友だち向け」と言われると退屈に感じ、「デート向け」と言われると興味を持つ、逆心理 ── あえて反対のことを言ったり、本来の目的をずらして伝えたりすることで、相手の行動を引き出す心理的な働き。英語ではreverse psychologyと呼ばれますのような傾向があると見ています。宮武さんも、人は誰かに会うための「口実」としてのアクティビティを求めている、と自身のPodcastでの話題に重ねて応じました。
ローンチから半年で2万人超、どう広がったのか
Dittoは2025年1月末ごろにローンチされました。最初の展開先はカリフォルニア大学サンディエゴ校で、クォーター制で学期の始まりが最も早かったことが選んだ理由です。
サンディエゴ校では、まず友人グループに提供したところ「もっと人を増やして」と求められ、学内全体に公開しました。その後は女子学生の社交団体のグループチャットで話題になるなど一気に広がり、3〜4か月ほどで学生の約24%が利用するまでになったといいます。
続いてバークレー校にも展開し、10〜15%の学生を獲得しました。夏休み前の時点で、2校の合計ユーザーは約1万2000人に達しています。
夏の間は学生がキャンパスを離れるため、Allenさんたちは別の手を打ちました。夏のベイエリアには、Yコンビネーター ── シリコンバレーを代表するスタートアップ支援組織。少額の出資と集中的な育成プログラムで、多くの著名企業を輩出していますやスタートアップ、インターンシップのために全米から優秀で発信力のある学生が集まるため、ベイエリアの大学生全体にDittoを開放したのです。
この施策も大きく広がり、ClueのRoy Leeさんのような有名な若手創業者もユーザーとなって、X(旧Twitter)でDittoを紹介しました。夏の終わりには、ユーザーは約2万1000人に増えています。
現在の利用条件は、展開先の大学の学校メールアドレスを持っていることです。今後はすべての大学に広げ、さらに大学の外へも段階的に拡大していく計画だと話しています。
アプリすら持たない、Dittoの体験はどう進むのか
宮武さんは、以前見たデータとして、ユーザー1万2000人の時点で6000件もの対面デートが生まれていたことを挙げ、その高い転換率の理由を尋ねました。Allenさんの答えは、最優先事項は人を現実で会わせることであり、そのためにDittoには専用アプリすらない、というものでした。
Allenさんは、相手選びや日程調整の過程にユーザーが関わる必要はないと考えています。Dittoは「あなたに最適な相手はこの人、時間と場所はここ」とだけ伝えます。
体験の流れはこうです。まずWebサイトのアンケートに、好きなこと、グリーンフラッグ ── 相手の好ましい特徴や、関係がうまくいきそうなサインを指す言葉。危険信号を意味する「レッドフラッグ」の対になる表現ですとレッドフラッグ、外見の好み、自分自身の情報を入力します。あとは「設定したら忘れていい」状態で、AIからテキストやメールでデートの案内が届くのを待つだけです。
案内には相手の情報、日時、場所、デートのコツまで含まれていて、ユーザーは行くかどうかを答えるだけで済みます。デートが終わると、AIが「どうだった?新しい希望はある?」とフィードバックを求めます。
登録
Webのアンケートで、好み・NG・自分の情報を入力
マッチング
AIエージェントが候補を絞り、相手1人と日時・場所を決める
案内
テキストやメールで、相手の情報やデートのコツと一緒に届く
デート
ユーザーは行くかどうかを決めて、現実で会う
フィードバック
AIが感想と新しい希望を聞き、次のマッチングに反映
フィードバックでは、「デート自体は良かったけど、もうCS専攻の男子はいい」「1年生は若すぎる」といった声が寄せられるといいます。ユーザーはそのたびに自分のエージェントを調整し直し、Dittoは回を重ねるごとに相手選びの精度を上げていきます。
この仕組みは、人間の仲人が実際に行っている手順を分解し、その一部をAIに置き換えたものだそうです。たとえばTinderやHinge ── アメリカで人気の恋愛マッチングアプリ。プロフィールへの質問回答を軸に、真剣な交際を目指す人向けとして知られていますでは「タトゥーとピアスのある人がいい」と伝えても、アプリにはそれを判断する手段がありません。DittoのAIなら、その条件で候補を絞り込み、1000人をスクロールさせることなく1人の有力な候補を示せるといいます。
高い転換率の理由について、Allenさんは2点を挙げます。Z世代が終わりのないスワイプに疲れ、現実で会うことを望んでいること。そして、毎回候補を1人だけ提示し、果てしない選別をさせないことです。
Z世代はなぜスワイプに疲れたのか
宮武さんは、自身のようなミレニアル世代はTinderやHinge、Bumbleとともに育ってきたのに、なぜZ世代はそれに疲れてしまったのかと問いかけました。Allenさんは、ソーシャル・出会い系アプリには約10年ごとに大きなパラダイムシフトが起きていると説明します。
Allenさんの整理では、20年前はPCネイティブのMatch.com、10年前はモバイルネイティブのTinderとHingeが主流でした。静的なWebサイトをスクロールして選ぶMatch.comより、TinderやHingeははるかに効率的でしたが、それでも本人の代わりに動くAIエージェントにはかなわない、というのがAllenさんの見方です。
スワイプにはドーパミン ── 快感や意欲に関わる脳内の神経伝達物質。SNSの通知やスワイプのように小さな報酬が繰り返される仕組みは、ドーパミンの分泌を促すとよく言われますによる刺激がありますが、長い目で見て人生に人を連れてこないなら、ユーザーの望みとは合っていません。Allenさんはスワイプ型を時代遅れになりつつあるものと位置づけています。
スワイプ文化だと、常に誰かに拒否されているような気分になると思うんです。常に人を評価して、常に評価されている。
Allenさんは、次の10年を担う企業はネットワークをいかに速く大きくし、いかに活発に保つかという第一原理から考える必要があると話します。そのうえで、スワイプ体験の改良だけに取り組むアプリは消えていくだろう、とかなり強い言葉で語りました。
Allenさんはこれを、車が未来なのに馬車の車輪を改良しているようなものだと例えています。Allenさんにとっての「車」とは、何も作業せずに現実で会い、デートを楽しみ、良かった点と悪かった点をエージェントに伝えて次に進む、という体験です。
この構想はデートにとどまりません。「今日の午後30分、ロボティクスに取り組むバークレーの創業者と話したい」と伝えれば実際のコーヒーチャットが、「ゴルフを始めたので一緒に回る人を探したい」と伝えれば実際のゴルフが手配される、エージェントだけで成り立つネットワークを思い描いているといいます。週末のフリスビーのように、グループでの集まりも対象になります。
宮武さんがグループの要素の面白さに触れつつ、デートは入口として優れていると応じると、Allenさんはデートは汎用的なネットワークへの「くさび」だと表現しました。
趣味の一致ではなく「バイブス」でつなぐには?
マッチングの精度を高めるうえで、登録時のアンケートは十分なのか、と宮武さんが尋ねました。Allenさんは入力は非常に重要だとしたうえで、初回のアンケートには人間の仲人が実際に使う質問票をテンプレートとして取り入れていると答えています。
さらにAllenさんは、AIの強みとして、画像や動画も理解できるマルチモーダル ── 文章だけでなく、画像・音声・動画など複数の種類の情報をまとめて扱えるAIの能力のことですな能力と、深い推論能力を挙げました。既存のアプリは「バスケが好き同士だから話してみて」といった表面的なタグで人を結びつけますが、Allenさんは、現実の友人関係はそうやって生まれていないと指摘します。
Allenさんによれば、現実で人が気にするのは、性格が好きか、雰囲気(バイブス)が合うか、根っこの価値観に共感できるかです。Allenさん自身の友人も、好きな音楽やアートはまったく違うのに、とても気が合うといいます。
「バスケが好き」など、表面的なタグの一致で結びつける
AIがタグの奥にある性格や価値観を読み取り、雰囲気の合う人同士を結びつける
Allenさんは、AI研究者ジェフリー・ヒントン ── 深層学習の基礎を築いた研究者で「AIのゴッドファーザー」とも呼ばれます。2024年にノーベル物理学賞を受賞しました氏のPodcastでの話を例に挙げました。「堆肥の山と原子爆弾はどう似ているか」とAIに聞くと、誰も教えていないのに、どちらも熱せられると連鎖反応を起こすと答える、というものです。
Allenさんによると、人のマッチングも同じです。スカイダイビング好きとヒップホップ好きは一見無関係ですが、AIは2人とも表現力が豊かで冒険好き、芸術的だと見抜けます。この人についての新しい洞察を使って、Dittoはマッチングしているといいます。
人間の仲人の知見、AIの推論能力、そしてデートのたびに情報を集め続ける反復的な仕組み、この3つがDittoの競争力の源だとAllenさんはまとめました。
宮武さんは、Spotifyのリアルタイムの音楽データなど、外部データの連携についても尋ねました。Allenさんは、プライバシーと、そのデータが本当に役立つかの両方に注意が必要だと答えています。
たとえばデート相手にLinkedInの投稿を見られたくない人は多く、人はデートの場で自分のどの面を見せるかを自分で決めたいものだ、というのがAllenさんの考えです。そのため現時点ではデータ収集を自動化していませんが、将来はInstagramの「今日はハイキング」という投稿から「週末はハイキング好き」とプロフィールに反映するような自動化も考えられるといいます。宮武さんも、ユーザーの許可を前提にした仕組みになるだろうと応じました。
Z世代チームはどうやってユーザーを集めているのか
マーケティングについて、Allenさんはまず、自分たち自身がZ世代なので、Z世代が何を求め何に夢中なのかを肌感覚でわかっている点を挙げます。次に、既存のマッチングアプリへの不満に共感するメッセージを打ち出していることです。
Dittoは「大学の恋愛事情を変える」「Tinderを倒す」「すべてのマッチングアプリを終わらせる」とはっきり掲げています。ユーザーの多くは、そもそもアプリを使ったことがないか、これまでのアプリでの体験を嫌っている人たちなので、このメッセージが響くといいます。
さらにAllenさんは、自分たちが猛烈に働くチームであることも強みに挙げました。宮武さんがバークレーのキャンパスを歩いただけで少なくとも3〜4枚のポスターを見かけ、しかもそれぞれ異なるコピーで違う層に向けていたことに触れると、Allenさんはそれこそが狙いだと応じています。
ポスターのほかにも、ショート動画を多く制作し、パーティーも開いています。インタビュー当日もバークレーのキャンパスで「パフォーマティブ・メール・コンテスト」というイベントを開催中で、すでに300人ほどが集まっていたそうです。抹茶を飲み、フェミニズム文学を読むといった、いま流行りの「見せる男らしさ」をネタにした企画です。
宮武さんが、最近のサンフランシスコの創業者たちはローンチ動画などのマーケティングがうまいと話を振ると、Allenさんは20代の創業者はショート動画ネイティブだと答えました。毎日TikTokやInstagramに触れているので、何が流行り何が流行らないかの感覚が鋭いといいます。
Allenさんは、XのトレンドはInstagramやTikTokより2年遅れているというRoy Leeさんの意見にも賛同しています。今はスマホとマイクさえあれば発信できるので、面白いストーリーがあればアイデアを広めやすくなっている、という見方です。
ただしAllenさんは、根本的には優れたプロダクトが必要だと強調します。Dittoのユーザーの50%以上は友人からの紹介で、強い口コミの成長を支えるのはプロダクトの力であり、そこに配信力が加わることで差がつくと話しました。
Allenさんは、Dittoはいまシリコンバレーで最も有名なソーシャルアプリだと自負しています。『イカゲーム』をモチーフにした動画やカスタマーサービスの動画も準備中で、少なくとも月に1本は高品質な動画を出していく計画です。
チームの体制は、全体で7〜10人、そのうちマーケティング担当が3〜4人です。ただし多くはパートタイムで、フルタイムはAllenさんと共同創業者のEricさんの2人だけだといいます。
日本への展開はあるのか
宮武さんは、カリフォルニア州内、そして全米への展開の先にある、日本を含む海外展開について質問しました。Allenさんによれば、UCサンディエゴやバークレーのユーザーには、早稲田大学やドイツ、イタリアなどからの交換留学生も多くいるといいます。
そうした留学生からは「ヨーロッパに持ってきて」「日本に持ってきて」という声が届き、LinkedInのDMにも毎日のように「日本にはこれが必要だ」とメッセージが来るそうです。Allenさんは、いつか必ず日本のユーザーにもDittoを届けたいと話しました。
連絡先としては、AllenさんのXかLinkedInが一番だということです。最後に宮武さんは、自身は試せていないとしつつ、周りから聞く話をもとに感想を述べました。
(Dittoで)1人を推薦されて、その人に会いに行けるというのは、間違いなくゲームチェンジャーです。
まとめ
Ditto AIは、スワイプで相手を選ぶ従来のマッチングアプリとは逆に、AIが相手・日時・場所まで決めて「現実で会う」ことに振り切ったサービスです。Allen Wangさんは、Z世代のスワイプ疲れと、表面的なタグではなくバイブスでつなぐAIの推論能力を武器に、学生の間で急成長させてきました。
- バーチャルペットのアプリから、人は現実で会いたがっていること、「デート」が集客の強い入口になることを学んだ
- アプリを持たず、アンケートとフィードバックだけでAIが毎回1人の候補とデートを手配する
- ユーザーは約2万1000人に達し、デート率はTinderの25%に対して75%だとAllenさんは説明している
- 趣味の一致ではなく、性格や価値観といった「バイブス」でマッチングすることを目指している
- Z世代のチームならではのショート動画やイベントで広げつつ、成長の土台は50%以上を占める友人紹介にある





