DUMBOからマンハッタンへ。Red Antlerはどんな会社か
今回のインタビューは、Red Antlerの新しいオフィスで収録されています。Red Antlerは長くブルックリンのDUMBO ── ニューヨーク・ブルックリン区のイースト川沿いにある地区。倉庫を改装したオフィスが多く、スタートアップやクリエイティブ企業が集まるエリアとして知られますに拠点を置いていましたが、創業の地であるマンハッタンに戻ってきたそうです。
宮武さんは2019年にDUMBOのオフィスを訪れたことがあり、当時もとても活気があったと振り返ります。ヘイワードさんによると、2019年は週5日出社の文化だったため、社員を収容する大規模な改装をしたばかりの時期でした。
現在のRed Antlerの働き方は完全にフレキシブルだといいます。火曜日は多くの人が出社し、クライアントが来るときも人が集まりますが、全員に出社を義務づける日はありません。そのため、今の使い方に合った、小さくてよりよい空間に移ることができたと話しています。
ヘイワードさんはRed Antler以前、伝統的な広告業界で大手グローバルブランドのテレビCMなどを手がけていました。転機は2007年、iPhoneが発売された年で、ニューヨークでは新しい技術を使って人々によりよい体験を届けようとするスタートアップが次々に生まれていたといいます。
そこでヘイワードさんたちは、創業者のパートナーとなることに特化したクリエイティブサービス会社としてRed Antlerを立ち上げました。18年前のことで、初期はローンチ前のスタートアップとしか仕事をしていなかったそうです。
現在のRed Antlerは、大手グローバル企業を含むあらゆる段階の企業と仕事をしています。それでも依頼が来るのは、クライアントが「成功を将来にわたって持続させたい」と考え、創造性の力で今も将来も意味のある存在になりたいと望んでいるからだ、とヘイワードさんは見ています。
スタートアップ側では、ロボティクス企業のFigure、マーサ・スチュワートと立ち上げたスキンケアのElm Biosciences、ラブネ ── 中東で食べられている水切りヨーグルト。濃厚なクリーム状で、ディップやスプレッドとして使われますのディップブランドBeziなどを手がけてきました。過去にはCasper ── 2014年創業のアメリカのマットレスブランド。マットレスを箱に詰めてオンラインで直販するモデルで知られます、Allbirds、ヘアケアからスキンケアに広がったProseの立ち上げにも関わっています。
既存の大企業では、現在マッキンゼー・アンド・カンパニーと仕事をしているほか、過去にはNBAなどのグローバルなブランドとも組んできたといいます。
データがないスタートアップは、どうブランドを見つけるのか
宮武さんが最初に尋ねたのは、情報がほとんどない創業者とどうやってブランドアイデンティティを見つけるのか、という点です。ヘイワードさんは、ローンチ前の企業には確かにデータがないと認めます。
ただし、Red Antlerに来るのは夢を描いているだけの段階の人ではありません。事業計画も、資金調達の計画も、収益化までの道筋もあり、事業として成り立つことはすでに調べている企業だといいます。
足りないのは消費者側の情報です。ローンチ前の創業者の場合、Red Antlerは高額で必要な答えが得られるとも限らない大規模調査ではなく、人へのインタビューを中心とした定性調査を行うそうです。
あわせて、机上でのカルチャー調査も多く行います。今カルチャーで何が起きているか、TikTokで人々が何を話しているかを見て、つくるブランドが「今の時代に合っているか」、そしてカテゴリーがどこへ向かうかを考えるといいます。
そのうえでヘイワードさんが重視するのは、強い仮説を持つことです。強い視点を打ち出しつつも、ブランドは生きて呼吸するものであり、大理石の彫像をつくっているわけではない、と話します。世界や事業が変わるにつれて、しなやかに適応できるものをつくる必要があるということです。
「今に合わせること」と「長く続くアイデンティティ」をどう両立させるかについて、ヘイワードさんはこれこそ自社の仕事の核心的な課題だと答えます。鍵は、流行や特定の瞬間ではなく、まだ満たされていない深く根本的なニーズに応えるブランドにすることだといいます。
一方でクリエイティブ面では、新鮮な方法でマーケティングを続けられる柔軟性を組み込んでおく必要があります。ヘイワードさんは、ブランドアイデンティティとマーケティングは別物だと整理しています。
理想的には数十年、あるいは1世紀続く。普遍的なニーズに応え、少数の核となる要素に錨を下ろす
更新されていくもの。数週間で終わるキャンペーンもあり、今起きていることを取り込んでよい
この整理に立つと、アイデンティティは少数の「常に真であるべきこと」だけを固め、それ以外はマーケティングで柔軟に動かせるようにしておくことが大切だと考えられます。
色やロゴは、ブランドそのものではない
宮武さんは、複数の色を使ったり時期によって色を変えたりするブランドが増えている一方、エルメスやティファニーのようにシグネチャーカラーを持つブランドもあると指摘し、ブランドカラーの考え方を尋ねます。
ヘイワードさんの答えは、カテゴリーによるというものです。エルメスやティファニーにとって色は最もわかりやすい識別要素で、物理的な製品があることもうまく働いているといいます。
反対に、デジタル事業では使いやすさの観点からも、1色に固定するのはずっと難しいそうです。色は道具箱の中の道具の1つにすぎず、シンボルやマスコットなど、人が見て覚え、長く記憶に残るものであれば色以外でもかまわない、とヘイワードさんは話します。
続いて宮武さんは、ヘイワードさんの著書で指摘されている点に触れます。多くの人がブランドをロゴや色、フォントと結びつけるものの、それは一部にすぎないという話です。
ヘイワードさんは、これはよくある誤解だと言います。ロゴや色、フォントはブランドの大切な表現ではあっても、ブランドと同じではありません。見栄えのよいロゴをつくれる人はたくさんいますが、それだけで事業が成功するわけではないといいます。
成功につながるのは、その下にあるものです。自分たちが何を大切にしているのか、なぜ人が気にかけるべきなのか、人々の生活にどう関わりたいのかを、驚くほど明確に持つこと。ロゴはそのうえで、その感情を伝えるようにデザインするものだとヘイワードさんは語ります。
ヘイワードさんは、「ナイキのスウッシュのようなロゴがほしい」と言われることがあるといいます。スウッシュ自体は素晴らしいものの、人々の生活や文化の中で多くを象徴するナイキと結びついていなければ、紙の上で見ても今と同じ感情は湧かないはずだ、というのがヘイワードさんの見方です。
この10年で変わった「コンテンツマシン」の現実
宮武さんは、マスのテレビ広告の時代に比べて競争環境もチャネルも大きく変わり、人々があらゆるコンテンツに埋もれている今、創業者と向き合う枠組みはどう変わったのかを尋ねます。
ヘイワードさんは、テレビの時代どころか、Red Antlerが事業をしてきた期間の中でも変化があったと答えます。2015年や2016年に事業を一気に成功へ押し上げたやり方は、今はもう通用しないそうです。
変化の1つ目は、イノベーションのサイクルが速くなったことです。新しい事業を始める障壁が下がり、同じ時期に6つの異なるチームが同じものをつくっていることもあるため、カテゴリーの中で「新しい存在」であるだけでは助けにならないといいます。
それ以上に大きいのが、コンテンツマシンがはるかに強力になったことです。ヘイワードさんはCasperのローンチ時を例に挙げます。
Casperのローンチ時は撮影で12枚のよい写真を用意し、それで長い期間まかなえた
今では同じ量はお昼までしかもたない。人がブランドを見つけるInstagramやTikTokに、常にコンテンツを供給し続ける必要がある
ヘイワードさんによると、人々はもうブランドの公式サイトでブランドを発見していません。Instagram、そして間違いなくTikTokで発見しており、そうしたプラットフォームで成果を出すには非常に活発でいる必要があるといいます。
では、ひたすらコンテンツを増やし続けるしかないのか。宮武さんのこの問いに、ヘイワードさんはそうは思わないと答え、量を質より優先するのは「底辺への競争」になりかねないと話します。
Red Antlerは今も、ブランドの土台づくりに多くの時間と労力をかけています。ノイズが多い今だからこそ、土台はある意味でより重要になっている、というのがヘイワードさんの考えです。
スタートアップは、カテゴリーをつくった既存の大手、他のスタートアップ、そして注目そのものを奪い合っています。だからこそ大事なのは一番声が大きいことではなく、一番賢くあることで、自分たちにしか言えないこと・できないことを見つけ、独自の関係を築くことだとヘイワードさんは語ります。
TikTokの投稿に「いいね」をもらっても、その人は5分後には忘れているかもしれません。ひたすら大量に発信することで成功した企業もあり、それ自体は1つの戦略ですが、ほとんどの企業には当てはまらないとヘイワードさんは話しています。
カルチャーに便乗するのは、なぜ危ういのか
宮武さんは、日本と比べてアメリカではカルチャーとの関わり、つまりカルチャー的な話題性を狙うブランドが多いと指摘し、速い流行のサイクルの中でどう向き合うべきかを尋ねます。
ヘイワードさんはまず「危険だ」と答えます。今の時代に乗ろうとしてつまずくブランドは多く、ときには何もしないより悪い結果になるといいます。
(流行への便乗は)すごくイタいことにもなりますよね。
もちろん、あらゆるミームに飛びつくことがアイデンティティの一部になっていて、人々もそれを期待し、上手にこなしているブランドもあります。ただ、ほとんどのブランドにとっては、極めて慎重に考える必要があるとヘイワードさんは言います。
判断の基準は2つです。1つは、その会話に価値を足せるか。もう1つは、自分たちにしか言えないことか。みんながやっているから乗るのではなく、自分たちだけが果たせる役割があるかを問うべきだといいます。
宮武さんは、テイラー・スウィフトの話題や『セブランス』のような人気ドラマに乗れば再生数が稼げるかもしれず、誘惑は大きいと続けます。ヘイワードさんの答えは、明確なブランド戦略を持ち、それをソーシャル戦略へ落とし込むことでした。
そのチャネル自体の役割ではなく、そのチャネルで自分たちが独自に果たす役割は何か、消費者とどうつながりたいかを定めたうえで、相応の規律が必要だといいます。
とはいえ、ルールは破るためにあるとも言います。面白くてブランド戦略に合う、あるいは少し外れる程度の素晴らしいアイデアなら、それでかまいません。ただし基本は、ノイズを増やす前に「これは自分たちにとって意味があるか」を考えることだとヘイワードさんは話しています。
矛盾があるからブランドは面白い。Hingeの「アイコン殺し」
宮武さんは、ヘイワードさんが著書で書いている「緊張」や「並置」、つまり相反する2つの性格を1つに組み合わせて面白くするという考え方について尋ねます。
ヘイワードさんによると、これは独自の場所にたどり着くブランドパーソナリティをつくるための考え方で、ニュアンスを持たせることが目的です。多くの人は「自信があって信頼されるブランド」を望みますが、それを望まない人はいません。
面白い人を思い浮かべると、そこには矛盾があり、発見すべきものがある。ブランドも同じだというのがヘイワードさんの見方です。
好例として挙げたのが、デーティングアプリのHingeです。Hingeは人が恋に落ちるのを助けるために存在する事業で、そこには優しく誠実なものがあります。
ところがRed Antlerがつくったキャンペーンでは、ふわふわした小さくかわいいアイコンを、グロテスクで暴力的なやり方で「殺して」いきます。Hingeで出会って恋に落ちたらアプリを削除する、というアイデアから、アプリのアイコンが壊される姿を見せたのです。
ヘイワードさんは、デート中の2人が見つめ合うような真面目な表現にするより、ずっと成功したと話します。Hingeのミッションや性格には合ったまま、本物のつながりを探すアプリには期待しない「驚き」が組み込まれていたからだといいます。
機能ではなく感情を描く。CasperとKnixのキャンペーン
宮武さんは、以前Red AntlerのチーフビジネスオフィサーであるBlake LinesBlake Linesさんから聞いた話として、Casperのキャンペーンでは夜眠る人の写真を見せず、昼間に起きている人を描いたことに触れ、その理由を尋ねます。
ヘイワードさんによると、Casperのローンチ当時は、今のように200ものオンラインマットレスブランドはありませんでした。それどころか、ショールームでいろいろなベッドに寝転んで選ぶのが当たり前で、マットレスをネットで売れること自体に多くの人が懐疑的だったといいます。
当時のマットレスブランドは、どれも「ぐっすり眠れる夜」を売りにし、暗い部屋で心地よく眠る人を見せていました。けれど、ぐっすり眠れた結果として得られるもの、つまり気持ちよく目覚めて自分の人生を生きることを語る人は誰もいなかったそうです。
気づき
各社が「眠り」を競う中、誰も眠った後に得られる目覚めや日中の生活を語っていなかった
ブランドの軸
「最高の1日と可能性を目覚めさせる」という考えを中心にし、ユーモアも多く取り入れた
表現
ニューヨークの地下鉄で、Casperで眠るさまざまな人を細かく描いたイラストの広告を展開した
効果
疲れた朝の通勤をちょっと明るくし、Casperで眠ることが自分にもたらすものを感じさせた
ヘイワードさんは、このキャンペーンが人々の1日にちょっとした喜びをもたらし、マットレスがもたらすと言っていたことをキャンペーン自体が体現していたと振り返ります。それは無意識に働くものですが、意図していたことでもあったそうです。
現代版の例として紹介されたのが、Knixのキャンペーンです。Knixはさまざまな製品をつくるブランドで、このキャンペーンは女性が生理中にはく吸水ショーツを扱っていました。強いタブーがつきまとう題材です。
チームが着目したのは、女性が友人に「私、大丈夫?」と服の後ろを確認してもらう、ごく自然なしぐさでした。女性はみな「それ、やる」と共感し、男性は「何それ?」という反応だったそうです。
この友人同士の人間らしい瞬間をキャンペーンにし、親友のようなキャラクターを持つ俳優のクリステン・ベルを顔に起用しました。ヘイワードさんは、今は目立つのにずっと多くのことが必要で、ベルさんが本物らしい雰囲気をもたらしつつ、キャンペーンの露出も押し上げたと話しています。
進化を急ぎすぎない。名前は「機能」を表すべきか
ブランドは生きて変化するものだという話を受けて、宮武さんは、核に固執する創業者をどう説得してブランドを進化させるのかを尋ねます。ヘイワードさんの答えは、むしろ逆のことが多いというものでした。
今の企業は急速に成長し、事業を広げているため、新しい領域に進出すると「新しいアイデンティティが必要だ」と考えがちだそうです。ヘイワードさんは、最初から正しくブランドをつくっていれば、土台を変えずに新しい顧客層や機能を包み込める大きな傘があるはずだと話します。
ブランドを柔軟に保つ鍵は、機能や特徴ではなく、核となる真実についてのブランドにすることです。それは名前のレベルにも及びます。
その時点の事業内容を文字どおり表す名前を選ぶと、事業が進化したときに名前が合わなくなります。名前はロゴ以上に変えるのが難しいものなので、Red Antlerはごく一部の例外を除き、名前で事業内容を説明せず、感情を喚起させるべきだと創業者を説得しているそうです。
| カテゴリー | 名前の方針 | 理由 |
|---|---|---|
| 実店舗のブランド | 何かが伝わる名前でよい | 通りがかった人に何の店かわかってほしい。例としてSoulCycleは、感情とクラスの内容の両方が伝わる |
| 食品 | 文字どおりでなくても、食べ物らしい名前にする | 食料品店で食欲をそそる必要がある |
| ソフトウェア | 文字どおりの名前はほぼ常に間違い | ピボットしないまでも必ず進化し、同じブランドの下に機能や新サービスが加わる |
SoulCycleはRed Antlerが名付けたわけではないものの、店構えがそのまま看板の役割を果たす素晴らしい名前だとヘイワードさんは評価しています。
見落とされた接点「カスタマーサービスのポリシー」とコミュニティ
顧客とのあらゆる接点はブランドだ、という考えを受けて、宮武さんは今見落とされている大きなチャンスはどこかを尋ねます。
ヘイワードさんは以前から、カスタマーサービスが重要な接点だと話してきたそうです。人間につながるか、対応が親切かといったやり取りは、消費者が文字どおりブランドと関わる数少ない機会で、大きな影響を持つといいます。
さらに踏み込んで、手つかずの領域として挙げたのがカスタマーサービスのポリシーです。損をせず、無責任にもならずに、誰よりも顧客の味方であることを示す方法を考えるべきだといいます。
ヘイワードさんは、特に今のアメリカでは、みんなが自分から何かを奪おうとしていて、特典は削られ、あらゆることが少しずつ悪くなっていると感じる時代だと話します。そこでブランドが味方として現れ、ほかでは得られないことを実現させてくれたら、大きな愛着が生まれると考えています。
続いて宮武さんは、使われすぎている言葉として「コミュニティ」を挙げ、すべてのブランドがコミュニティをつくるべきかを尋ねます。
ヘイワードさんは、定義しだいだと答えます。熱心にコメントするソーシャルのフォロワーという意味なら、すべてのブランドにとって現実的ではありません。ヘイワードさん自身、好きでもSNSでフォローしていないブランドはたくさんあるものの、それでもそのコミュニティの一員だと感じているそうです。
ヘイワードさんの定義では、強いコミュニティを持つブランドとは、そのブランドを選ぶこと自体が自分のアイデンティティの一部になっているブランドです。このスニーカーを履き、このコーヒーを飲むことが自分について何かを語る。それはInstagramのコメント以上に強い場合もあるといいます。
Awayの本と、あえてつくる「手に入りにくさ」
宮武さんは、スーツケースブランドのAwayが創業時にハードカバーの本を使った例を挙げ、初期顧客を動かす独自の施策をどう見つけるのかを尋ねます。
ヘイワードさんは、戦略的に行えば非常に強力な手段だと答えます。ただ「こうしたらクールじゃない?」という誘惑に流されず、投資対効果を考える必要があります。それは広告費のように目に見えるリターンではなく、顧客との長い関係への投資だといいます。
Red AntlerはAwayを手がけていませんが、ヘイワードさんは大ファンだそうです。Awayは荷物ではなく旅を象徴するブランドになり、最初の購入者と一生続く関係を築こうとしていました。最初の顧客に本を届けたことは、その関係をより強くしたはずだとヘイワードさんは見ています。
新しいブランドなら、スケールせず長期的には割に合わない施策でも、初期の顧客に投資してよいとヘイワードさんは話します。最初の人たちの間で愛着を築ければ、それは非常に強力だからです。
(初期の顧客は)友達みんなに話してくれますからね。
ヘイワードさんはこれに全面的に同意し、その人たちは一生の顧客になるかもしれないと付け加えます。10年前の本の施策が今もこうして話題になっていること自体が、その効果を示しているといいます。
宮武さんはここから、あえて摩擦やハードルをつくることが達成感を生むのではないかと話を広げます。ヘイワードさんは、これも最も熱心なファンをどう動かすかという同じテーマだと答えます。
Amazonで注文すれば帰宅するころには届く世界では、少し手に入りにくいものほど特別に感じられます。特別な商品や招待を手に入れたことで、ブランドの一員だと感じられるからです。スニーカーのために並ぶ人々や、新しいiPhoneを待つAppleファンがその例として挙がりました。
摩擦のないことが基本のソフトウェア企業はどうするのか。ヘイワードさんは、摩擦のよい面として「誰を招き入れるか」と考えることを勧めます。プライベートベータや一部のユーザーだけへの新機能公開をすると、噂を聞いた人が「それ、どうやって手に入れたの?」と欲しくなるといいます。
広告かブランドか。AI時代にブランドはどうなるか
宮武さんは、効果が見えやすい広告に予算を集中させるべきか、ブランドに投資すべきかという、多くの企業が抱える問いを投げかけます。
ヘイワードさんは数週間前、創業者中心のカンファレンスに参加し、どのセッションでもこの話題が出たといいます。そのうえで、パフォーマンスマーケティング ── クリックや購入など、測定できる成果に応じて評価・最適化する広告手法。検索広告やSNS広告が代表例ですだけに投資するやり方は、ほとんどの企業にとって成長への道になり得ないと話します。
測定でき、リターンが見える投資で絶対に必要。ただし費用は上がり、混雑し、それだけでは1ドルあたりの効果が下がっていく
大きなブランドの瞬間や認知づくりで広告の効果を底上げする。広告を見た人がすでにブランドを知り、何を感じてほしいかを理解している状態をつくる
ヘイワードさんは、賢いマーケターはみな両者のバランスが必要だと気づいているといいます。パフォーマンス広告が効きすぎて他に1ドルも回せなかった時期から、ブランドづくりと認知づくりを再評価する揺り戻しが起きているそうです。
AI時代にブランドの重要性はどうなるかという問いに、ヘイワードさんは「もっと重要になってほしいし、なると思う」と答えます。人々はAIエージェントにブランド選びを任せるようになるかもしれません。たとえば「スキーは嫌いだけど寒いのも嫌。どのコートを買えばいい?」と尋ねるような使い方です。
ただ、エージェントがどこから情報を得るかを考えると、Redditのような場所やデジタル上のあらゆる会話が重要になり、そこでブランドが大きな役割を果たすとヘイワードさんは見ています。人々は最終的に、人間らしいと感じられる選び方も求めるはずで、ブランドには人工的な環境の上に立つチャンスがあると話しています。
アメリカに進出する日本ブランドは「日本らしさ」をどこまで出すべきか
日本企業がアメリカに進出する際、日本語を使うか、日本発だと言うかなど、どこまで日本らしさを出すべきかについて、宮武さんが助言を求めます。
ヘイワードさんは、新婚旅行で日本を訪れたほど日本が好きなので、「全部日本にして」と言ってしまいそうだと笑いを誘ってから答えます。
ヘイワードさんによれば、国や、アメリカ国内の州でさえ、特定の場所は一連の連想や価値を伴い、便利な略語として働きます。たとえばバーモント州発のブランドなら、自然や環境保護を思い起こさせます。それがなりたいブランド像の一部なら「Made in Vermont」は役に立ち、そうでなければあまり重要ではありません。
つまり日本から来るブランドにとっての問いは、日本との連想が、伝えたいブランドの物語を強めるかどうかだといいます。
例として挙がったのが、Red Antlerのベンチャーファンド、Habitat Partnersが投資した日本のスキンケアブランドDamdamです。ブランディングはRed Antlerではありませんが、Sephoraの売り場では日本らしい要素を打ち出しており、スキンケアではそれがとても効果的だとヘイワードさんは見ています。
アメリカ人は一般に、アジア、特に日本のスキンケアに対して、先進的で最先端の成分や科学があるという好意的な印象を持っているそうです。そのためDamdamの場合は、日本のブランドであることを前面に出すのが理にかなっているといいます。
宮武さんは、ヘイワードさんがRed Antler以前に伊藤園と仕事をしていたことにも触れます。ヘイワードさんは、緑茶の事業なら日本発であることを打ち出さない理由はないと話します。抹茶がどこにでもある今から見ると伊藤園は時代を先取りしていて、アメリカナイズしようとしなかったからこそ本物らしいポジションを保っている、と評価しています。
クイックファイア。手がけたブランドを一言で表すと
最後に宮武さんは、Red Antlerが手がけたブランドの名前を挙げ、ヘイワードさんに1〜3語で表現してもらうクイックファイアを行いました。
| ブランド | ヘイワードさんの言葉 | 日本語の意味 |
|---|---|---|
| Casper | Playful | 遊び心 |
| Allbirds | Mission-driven | ミッション主導 |
| Figure | Future optimism | 未来への楽観 |
| Hinge | Connection | つながり |
| Pop Up Bagels | Authentic | 本物らしさ |
| Ramp | Growth | 成長 |
Figureについては最初に「Optimism for the future」と4語で答えてしまい、「Future optimism」と言い直す場面もありました。インタビューは、宮武さんがヘイワードさんの再来日を願う言葉で締めくくられています。
まとめ
エミリー・ヘイワードさんの話に一貫していたのは、ロゴや色、流行への便乗、大量のコンテンツといった「表現」の前に、自分たちが何を大切にし、なぜ選ばれるべきかという土台を明確にすることでした。そのうえで、名前は機能ではなく感情に寄せ、マーケティングは柔軟に動かし、初期の顧客やカスタマーサービスで愛着を育てることが、ノイズの多い時代やAI時代にも通じるブランドづくりとして語られています。
- ロゴや色はブランドの表現であり、ブランドそのものは「何を大切にし、なぜ人が気にかけるべきか」という土台にある
- コンテンツは量だけの勝負ではなく、自分たちにしか言えないことを見つける賢さが問われる
- HingeやCasperのように、機能ではなく感情や意外性を描くことでブランドは記憶に残る
- 名前は事業内容を直接表さず感情を喚起するものにし、特にソフトウェアでは文字どおりの名前を避ける
- パフォーマンス広告だけでは効果が下がり続けるため、ブランドと認知への投資とのバランスが必要になる


