ニューヨークの人はなぜ歩くのが速いのか
今回の収録場所は、ニューヨークのハイライン ── マンハッタン西側の廃線になった高架鉄道を再利用した空中公園。全長2km余りの遊歩道で、チェルシーマーケット周辺を通りますです。宮武さんによると、収録地点はチェルシーマーケットに近い南側で、海の向こうにはニュージャージー側が見えています。
草野さんにとってニューヨークは3〜4年ぶりです。サンフランシスコやLAとの違いを聞かれた草野さんは、人の多さと、電車でどこへでも行ける歩ける街ならではのエネルギーを挙げました。
違いますね。やっぱ人が多いし、歩ける街なので、電車でどこでも行けるから、すごくなんかエネルギーを感じる。
草野さんは、今回会いに行ったのは比較的大きなスタートアップが多かったとも話しています。Rampのゲリラ的なイベントについても、サンフランシスコではなさそうな、ニューヨークだからできるイベントだと感じたそうです。
一方、1か月ぶりの訪問だった宮武さんが明確に感じるのは、歩くスピードの違いです。ニューヨーク市内でも、観光客が多いタイムズスクエアはソーホーより平均スピードが遅いといいます。
宮崎さん(宮武さん)でも他の人よりめっちゃ早いですよ。
ちょっと遅いと、ちょっとちょっと次のアポに行きたいんで、こっちは。
宮武さんは、アメリカでは町の人口が大きくなるほど歩くスピードが速くなるという研究があると紹介しました。メモによれば、人口が10倍になると歩くスピードが24%上がる傾向があるそうです。
草野さんは東京も速いほうかもしれないと応じ、宮武さんは、ニューヨークは歩きと地下鉄での移動が多く、次のアポへ次々に向かう街だからではないかと話しています。
Rampが再現した『ザ・オフィス』のガラス張りオフィス
今回の滞在で草野さんが最も印象に残ったのが、法人向けカードを提供するニューヨークのスタートアップ、Ramp ── 法人カードと経費精算などの支出管理ツールを提供するアメリカのフィンテック企業。ニューヨークに拠点を置き、急成長で知られますが開いた「ブライアンズオフィス」というイベントです。
Rampは、アメリカの人気シットコムザ・オフィス ── 紙の販売会社の支社を舞台にした職場コメディ。イギリス版が元で、2005年に始まったアメリカ版も大ヒットしましたの俳優を起用し、ニューヨークの一角にドラマのオフィスをガラス張りで再現しました。俳優はそこで7時間ほど、演技やアドリブのコントを続けたといいます。
宮武さんによると、出演した俳優は会計チームのキャラクター(作中ではケビン)を演じた人物で、名義上は役名ではなく俳優名で出ていました。それでも、キャラクターが好きなチリを食べるなど、『ザ・オフィス』的な要素が多く盛り込まれていたそうです。
メインの企画は、その俳優がRampのアンバサダーではなく「CFOになった」という設定です。請求書やレシートの入力を手作業でもできるのではないかと、俳優とRampが対決する「人対機械」の構図が作られました。
これも実はザオフィスの裏テーマがあって、こういうのをやったキャラクターがいるんですよ。パソコンVS人間みたいな形で。
当然ながら人間はまったく追いつきません。ライブ配信中は、ひたすらレシートを見るだけでなく、いろいろなキャラクターが入れ替わりで邪魔をしたり、一緒にコントをしたりしていたそうです。
草野さんによると、セットの中では印刷されたレシートがあふれ、終盤には紙だらけになっていました。背後にはRampが処理した枚数と、ブライアンさんがまだここまでという対比が表示されていたといいます。
セットの細部もこだわられていました。ドラマで有名な「World's Best Boss」のマグカップが置かれ、作中の紙の会社の本社CFOを演じた俳優までがRampの企画に登場したそうです。
さらに、以前Off Topicでも紹介したクリエイターのアンソニー・ポーアンソニーポーさんがインターン役で出演していました。二人も現地で撮影を見学しており、配信動画にはたまに二人が映っているそうです。
なぜBtoB企業のライブ配信がここまでバズったのか
草野さんは、Rampのイベントを最近のトレンドの延長として見ています。ドラマ『セヴェランス』のシーズン2開始時にも、ニューヨークの駅にガラス張りのオフィスを再現し、本物の俳優がライブで演技する企画がありました。
ライブストリーミングの切り抜きでUGCがめちゃくちゃ増える。そこに行く意味がある。そこ(イベントの様子)を投稿する意味があるっていうのは、すごくランプのマーケティング、さすがだなって思いましたね。
宮武さんはまず、これをBtoBの会社がやっていることに驚いたと話します。今のトレンドをうまく捉え、『ザ・オフィス』というノスタルジーのある作品と組み合わせた点も評価しています。ビジネスを舞台にしたドラマであることも相性がよかったと、二人は話しています。
宮武さんが特に重要だと考えるのは、ライブ配信にした点です。普通のクリエイティブキャンペーンでもある程度は話題になったはずですが、ここまでのバズにはならなかっただろうと見ています。
めちゃくちゃコストとリソースかかると思うんですけど、でもそこのコスト分の多分ROI多分出ていて。
セットの制作やゲストのスケジュール調整には大きなコストがかかります。それでも、1日中誰かがUGC ── User Generated Contentの略。企業ではなく一般ユーザーが作って投稿する写真・動画・口コミなどのコンテンツを指しますを上げ続け、数日後もTikTokに投稿が続いていたことから、宮武さんは投資に見合う効果があったと考えています。
ライブで再現
『ザ・オフィス』のセットで俳優が約7時間演じ続ける
現地に人が集まる
ファンや通りがかりの人が見に来て撮影する
UGCが増える
切り抜きや来場報告がTikTokなどに投稿される
カルチャーモーメント化
数日後も投稿が続き、一つの出来事として広がる
上の図は、ライブ配信という形式が話題の連鎖を生んだ流れを、宮武さんの説明に沿って整理したものです。宮武さんはこれを「一つのカルチャーモーメントを作る」ことにうまく成功した例だと表現しました。
配信の最後には結婚式まで行われました。Rampの社員らしいカップルの式で、有名インフルエンサーのザ・リズラー ── アメリカのコメディアン兼インフルエンサー。宗教的な歌などをパロディにした動画で人気を集めていますも参加し、リングボーイのような役を務めたそうです。
宮武さんは、超有名人ではない俳優だからこそ起用できたと見ています。主人公ではなく、尖っていてよく知られたサブキャラクターである点もポイントだったと話しました。超有名俳優に、箱の中で何時間も見られ続けるライブ配信を頼むのは難しいからです。
草野さんは、面白いだけで終わらせず、サービスの内容をきちんと伝えている点もうまいと話します。即興の得意なTikTokerやYouTuberがゲストとして出演し、Rampの投資家であるパッキーさん ── ニュースレター「Not Boring」を運営する投資家のパッキー・マコーミック氏。テック企業の分析記事で知られますも投資家キャラとして登場し、Rampの成長ぶりをコントの中で紹介していたそうです。
草野さんは、サービスの認知度を上げる施策として日本でも「結構ありかもしれない」と考えています。
ただし宮武さんは、Rampはもともとふざけたトーンのマーケティングをしてきた会社で、今回の企画はブランドに合っていたからこそ成立したと指摘します。競合が同じことをやっても同じ結果になったかはわからず、日本での再現性も見えないといいます。
やっぱりライブってすごい違う生き物なので。
宮武さんは、制作スタッフのセンスも大きいと考えています。コントの合間も面白くなければならず、チャットを読み上げるなどの工夫も必要です。ブライアンさん自身も、ふっかけられた時のリアクションがうまく、企画がよく機能していたと草野さんは話しました。
会場はフラットアイロン周辺で、スタートアップが多く、たまたまRampのオフィスも近い場所でした。『ザ・オフィス』という一般にも知られた作品のおかげで、ファンが「今何やってるんですか?」と集まってきたといいます。雨で1回延期になっても、多くの人が来ていたそうです。
草野さんは、街中の張り紙も印象に残ったと話します。信号機の柱や壁にはCFO就任の張り紙が貼られ、ほかのクリエイターのトリビアイベントの告知なども多く目にしたそうです。
宮武さんは、ライブ配信を活用したこのイベントは、BtoBでもBtoCでも勉強になるマーケティング手法だと勧めています。
草野さんはさらに、これから公開予定のTBPN ── テック業界のニュースを毎日ライブ配信するアメリカの番組。スタートアップや投資家の間で人気がありますのメンバーもブライアンさんの配信に出ていたことに触れます。TBPNはRampがメインスポンサーのメディアで、もともと相性がよい関係です。
そういうトーンを持ち合わせたメディアとスタートアップとコンシューマーが揃ってるって、やっぱり日本と違うなって思います。
宮武さんも、お笑いを自分たちの武器にし、インサイドジョークをみんなが楽しむ文化があると応じました。ちょっと寄るだけのつもりだったイベントが、想像以上にクオリティが高かったと振り返っています。
インタビュー先4社は意外とつながっていた
Rampのイベントは偶然重なったもので、今回のニューヨーク訪問の目的の一部はインタビューでした。インタビュー先は、マットレスのEight Sleep ── 温度調整機能などを持つスマートマットレスを開発するニューヨークのスタートアップ、Ramp、デザインエージェンシーのRed Antler、VCのLux Capitalです。
Red AntlerはマットレスのCasperなどのブランディングを手がけ、Lux CapitalはAnduril ── AIを活用した防衛テクノロジーを開発するアメリカの企業やCTRL-labsなどに投資しています。
Lux Capitalでは女子さんと話をしました。宮武さんによると、哲学のある人物で、Off Topicでも紹介したメンタルモデルの話や、面白い事例、よく読み返す本の話が聞けたそうです。
宮武さんが意外だったのは、Eight SleepとRampの考え方が重なっていたことです。どちらも、ユーザーが気づかないほどの「消えるUI」の設計を強く意識していました。RampではデザインのVPがそれを語っていた点も、草野さんには面白かったそうです。
利用時間を増やしたい。エンゲージメントされていることを重視する
利用時間が減っているかをKPIで追う。プロダクトが勝手に仕事をし、ユーザーは他のことに時間を使える
この比較のとおり、Rampはアプリの利用時間が落ちているかをKPIとして追っているといいます。草野さんは「普通は逆ですよね」と驚き、宮武さんは、ユーザーが他のよいことに時間を使えることが本当に重視されていると説明しました。
Rampはカルチャーも独特です。前週に取材したUNIFYの創業者も元Rampの人で、Rampでは企業年数ではなく「今日はデイ0、デイ1、デイ2」と1日ずつ数えるそうです。二人がインタビューした日は「デイ2404」で、その日数を表示する専用サイトまであるといいます。
Red Antlerでは、ブランディングとマーケティングがどう進化してきたかという話が面白かったそうです。しかもEight SleepとRampはRed Antlerのクライアントで、Lux CapitalはRampの株主でもありました。草野さんは「世界は狭いですね」と笑っています。
看板を消さないお店とサードプレイス
二人が回ったのは、タイムズスクエアのほか、ソーホー、ウィリアムズバーグ、ウェストビレッジなどです。草野さんは、ShareTalkでお世話になっているリエさん(エハラリエさん)に、最新のリテール店舗やトレンドを教えてもらったそうです。
特に印象に残ったのは、前の店の外観をそのまま残したお店です。ギリシャ料理店なのに、もとの中華料理店か洗濯店の看板をそのまま掲げて営業していたり、もともとあったように壁を装飾していたりするそうです。
なんかそこのところ(前の店の看板を残す工夫)は自分で一人で行ったら気づかなかったので、なんか勉強になりましたね。
店名がほとんど書かれていない洋服店もあり、宮武さんは「わかってる人が行くお店」と表現します。目的を持って行かないと見つけられない店が多かったそうです。カフェでは作業や絵を描く人もいて、実際にサードプレイスとして使われていることにも草野さんは感心していました。
滞在中には、草野さんのお姉さんもたまたまニューヨークに来ていて、ギャラリーで展示をしていました。二人は化粧品店のセフォラも訪れ、草野さんがお姉さんにおすすめのコスメを紹介する様子を宮武さんが撮影しています。ただ、10分ほどある動画は音声の状態が悪く、公開するかは検討中だそうです。
本屋も多く巡りました。バーンズ・アンド・ノーブルやストランドのような定番だけでなく、小さな書店にも足を運んだそうです。草野さんのお気に入りは、オーチャードストリート周辺にあるSweet Pickle Booksという可愛いお店でした。
話題のピザ店は3〜4時間前に予約が必要
食べ物の話では、ニューヨークといえばピザです。定番のプリンス・ストリート・ピザには今回まだ行けておらず、二人は今ニューヨークで最も話題だという宮武さんおすすめの店、シェリーズに行きました。
シェリーズは、行ってすぐには食べられません。まず店で注文して支払い、指定された時間に受け取りに戻る仕組みです。
二人が6時半頃に行ったときには、平日の雨の日にもかかわらず売り切れていました。スライス売りはないため、1人で行く場合は注意が必要です。それでもサクッとした生地で、チーズのピザを2人で4枚ずつ食べ切ったそうです。
前日にはジョーズピザにも行き、マッシュルーム好きの宮武さんは大量のマッシュルームが乗ったピザを注文しました。草野さんは、カジュアルにサクッと食べる様子を日本の駅前のうどん屋やそば屋にたとえています。
なんか1枚食べる、2枚食べる。で、終わるみたいな。
作り置きなら温めて1〜2分、新しく作ったマッシュルームピザも5分ほどで出てきたそうです。シェリーズが遅いのは、注文が殺到しているうえに、1オーダー1パイで焼くからだと宮武さんは説明しました。
グミのBubsとヘビーなパストラミ
ほかにも二人はポップアップ店舗をいくつか訪れました。その一つが、スウェーデンのグミブランドBubs ── スウェーデン発のキャンディ・グミブランド。マシュマロのような食感のグミが人気ですです。
草野さんによると、Bubsはグルテンフリーで、マシュマロとグミが混ざったようなふわふわ系のグミです。人気なのにどこでも売っているわけではなかったため、量販店ターゲットで販売が始まったことを「嬉しいお知らせ」として紹介しました。ただし、置いている店舗はほとんど見かけず、4種類あるはずが2種類しか見つかっていないそうです。
草野さんは、カツで初めてパストラミを食べました。赤身でさっぱりしたイメージだったのに、脂が多く「別次元」だったといいます。サラダチェーンのスイートグリーンとコラボしていると草野さんが紹介すると、宮武さんは、ヘルシーを推す店なのにと驚いていました。
アメリカンチャイニーズも出張中に2回ほど食べたそうです。草野さんはLAの知人から、全自動の調理機で1人で店を回している中華料理店を勧められており、次回行きたい場所に挙げています。
地下鉄を埋めるAIデバイスFriendの広告
最後の話題は、AIデバイスFriendの広告です。宮武さんが先月訪れた時も地下鉄にたくさん貼られていましたが、今回もまだあり、新しく貼られているものも見かけたそうです。草野さんは、2〜3か月にわたって出し続けていることに驚いていました。
宮武さんは、商品自体の評判はいまいちとしつつ、アテンションを取る方法としては面白く、挑戦的だと評価しています。
なんかやっぱりハードウェアって難しいし、まず触ってもらって買うっていうのはソフトウェアより大変なので、アテンションを取って認知してもらうっていうのはすごく興味深い戦略でしたね。
草野さんの言葉には、Rampのイベントにも通じる見方があります。ニューヨークという場所では、街中の広告やライブ配信で人の注意を集めること自体が一つの戦略になっていると二人は見ています。
まとめ
今回のニューヨーク滞在の中心は、Rampが『ザ・オフィス』を使って行ったライブ配信イベントでした。二人は、ブランドとの相性、ライブならではのUGCの広がり、サービスを伝える工夫が組み合わさった点を高く評価しています。そのほかにも、インタビュー先の思わぬつながりや、街のお店とピザの楽しみ方が語られました。
- Rampは『ザ・オフィス』の俳優をCFOに見立て、約7時間のライブ配信で「人対機械」の企画を行った
- ライブ配信がUGCを生み、数日後も投稿が続く一つのカルチャーモーメントになった
- 日本での再現は、ブランドのトーンや制作のセンスがそろわないと難しいかもしれない
- RampとEight Sleepは、利用時間を減らす「消えるUI」を重視している
- 話題のピザ店は3〜4時間前の注文が必要で、スライス売りはない



