Netflixの仕事はどう決まる?映像作家・柳沢翔が語るコンペの勝ち方と制作現場の裏側
News Connect 土曜版に、Netflix 2026年ブランドムービー「あなたが出会う新たな物語(What's Next?)」の監督を務めた映像作家の柳沢翔さんと、テクニカルコンサルタントとして参加した株式会社MEMEXクリエイティブプロデューサーの津本栄憲さんが登場。世界中のトップクリエイターが参加したコンペをいかにして勝ち抜いたのか、海外の制作プロセスは日本とどう違うのか、そしてアカデミー賞俳優らが現場で見せた驚くほどフラットな姿勢まで、あらゆるビジネスパーソンに学びのある裏話が展開されました。その内容をまとめます。
柳沢翔と津本栄憲──「ユニット」としての特殊な関係
柳沢翔さんは、ポカリスエット大塚製薬のスポーツドリンク。柳沢さんが手がけたCMはダイナミックなカメラワークとセットの物理的な動きで話題になった。や資生堂、NTTドコモなど数々の話題作CMを手がけてきた映像作家です。今回のNetflixブランドムービーでは監督を務めました。一方、津本栄憲さんはその「右腕」として長年活躍する人物です。
津本さんの肩書きは「テクニカルコンサルタント」ですが、その役割は一般的な助監督やプロデューサーの枠に収まりません。柳沢さんは自身の強みを「情熱に訴えかけること」だと説明します。俳優にバックボーンや感情を伝え、スタッフに新しい技術の可能性を語り、ワクワクさせる。それが柳沢さんの担当領域です。
一方、「じゃあ具体的に何歩歩いてどこで止まるの?」「右を向いた方が光が綺麗なの?」といった物理的な現実──カメラ位置、セット構造、スタッフ配置──を設計するのが津本さんの役割です。柳沢さんはこう表現しました。
カメラに映るものは物理的なものしか映らない。結局細部しか映らないんで、細部の手綱を握ってるのは津本くん。彼のクオリティがそのまま画面に映る
プロデューサー的な仕事もこなし、演出にも関わり、現場の指揮もとる。津本さんのようなポジションは業界でもほぼ前例がなく、柳沢さん自身が「この人以外にいない」と語るほどの特殊な存在です。
海外コンペの仕組みと「トリートメント」という文化
今回のNetflixブランドムービーは、コンペティション(競合プレゼン)複数の監督やチームがアイデアと見積もりを提出し、クライアントが選ぶ方式。アメリカでは独占禁止法の関係もあり、指名発注ではなく必ずコンペを行うのが通例とされる。を経て監督が決まりました。アメリカでは、どんなに小さな案件でも監督の指名はせず、3〜5人程度の候補者がアイデアと見積もりを提出して競い合うのが標準的なプロセスだといいます。
これは日本の広告業界とは大きく異なります。日本ではエージェンシーのクリエイティブディレクターが「この監督でいきましょう」と決め、クライアントが了承すれば一本釣り。その後に予算が提示され、それに合わせてコンテを描くという流れです。
CD(クリエイティブディレクター)が監督を指名 → クライアント了承 → 予算提示 → コンテ制作
案件公開 → 複数監督がトリートメント+見積もり提出 → クライアント&エージェンシーが選定 → アサイン
海外コンペで提出する資料は「トリートメント」監督の演出方針やビジョンをまとめた提案資料。コンテ、テスト映像、音楽、デザインなどを含む「詰め合わせボックス」のようなもの。と呼ばれます。柳沢さんはこれを「喜びとか楽しさの詰め合わせボックス」と表現しました。コンテを描くだけでなく、テスト映像をミニチュアで撮影したり、仮のミュージシャンにオリジナル音楽を作ってもらったり、CGを制作したりと、受注前にもかかわらず相当な労力とコストをかけます。
制作チームも大規模です。文章を整えるライター、レイアウトやデザインを担当するデザイナーが3人ほど、プロデューサーが3人程度。まだ受注できるかわからない段階で、大所帯のチームが動くのです。
課題解決ではなく情熱を売る──コンペを勝ち抜いたプレゼン術
実は柳沢さんは、前年の2025年版ブランドムービーのコンペにも参加し、敗退しています。その経験が、今回のプレゼンのスタイルを大きく変えるきっかけになりました。
2025年のプレゼンでは「課題解決型」のアプローチをとっていたそうです。「こういう課題があり、私はこう解決します」と論理的に説明した。しかしZoom越しの反応は「うん、なるほど」「大丈夫。ありがとう」と淡白なものでした。
課題解決じゃないよなと思った。面白いもの作りたいから作ってるのに、なぜビジネスライクになっちゃったんだろうって
翌年のプレゼンでは戦略を一変させます。まず冒頭で「英語が喋れないので台本を読みます」と正直に伝えたところ、Netflix側から「じゃあ質問していいか?」と声がかかりました。用意した台本は使えなくなりましたが、柳沢さんはそこで覚悟を決めます。「もう熱量だけ伝えよう」と。
片言の英語で語ったのは、課題の解決策ではなく「これ見たくないですか?」「これやったら世界初ですよ」「面白くないですか?」という、純粋な興奮と情熱でした。さらに、渡された脚本に対して「ここはつまらないと思います」と正直に指摘した上で、改善案ではなく「でも僕が見たいのはこれなんです」とビジョンを語りました。
津本さんはこのプレゼンスタイルを「ある種ロジカルで、ある種ホラ吹き」と評しました。ただし「こいつ絶対嘘だな」というラインではなく、「面白そうなことをやりそうだな」と思わせるギリギリのところ。コアをしっかり握っているからこそ、枝葉に飛んでも戻ってこられる強さがあるのだと分析しています。
2025年コンペ:課題を分析し、解決策を論理的に提案する「課題解決型」プレゼン → 反応は薄く、敗退
2026年コンペ:つまらない部分は正直に指摘し、「これが見たい」というビジョンと情熱だけを伝える → コンペ勝利
制作のリアル──予算・スタッフ・実験の設計
コンペに勝利し、いざ制作がスタート。最初のミーティングは日本・ロンドン・LAをつないだ大人数のZoomで行われました。参加者は各部署の「親方」──撮影部、照明部、美術部のトップとプロデューサー陣で、約20人弱。まず柳沢さんが「こういう映像を世の中に見てもらいたい」というビジョンと、Netflixが掲げるコアメッセージ──「What's Next」がネガティブからポジティブに聞こえるような体験世界情勢の不安の中で「次は何が起きるの?」と怯えるのではなく、Netflixのコンテンツ体験を経て「次は何があるの?」とワクワクできる状態に変えたいというNetflix側の意図。──を共有しました。
その後、津本さんが具体化を進めます。「ファーストシーンはこういうシチュエーション。美術はこれが必要、衣装はこれが必要、ワイヤーが必要だからアクションチームが要る。練習期間はこれくらい。そもそもできるかわからないからテストが必要」──一つ一つのシーンを物理的な現実に落とし込んでいくのです。
海外の制作プロセスには、日本とは大きく異なる特徴があります。トリートメント提出時に見積もりも一緒に出すため、「アイデアとお金が双方で出せる」構造になっています。日本では予算が先に決まり、その後にアイデア開発をするため「ちぐはぐになる」ことがあるのに対し、海外方式では差分が少なくなるといいます。
プロダクション
撮影現場の制作・運営を担当。監督はここに所属
ポストプロダクション / 音楽 / キャスティング
それぞれ独立した会社・部署が担当。責任とコストが分散される
津本さんが強調したのは、海外では各工程の責任が分散されている点です。日本では制作会社に「全部お願いします」とトップダウンで任されることが多く、どこかで予定外のコストが膨らむと全員に影響が及びます。一方、海外ではプロダクション、ポストプロダクション、音楽、キャスティングがそれぞれ独立しているため、負荷の分散が可能です。
トップセレブが見せた「異常なフラットさ」
撮影現場に世界的セレブリティたちが登場した時の話は、柳沢さんが「一番ショックだった」と語るほどのインパクトがあったようです。
日本の広告業界では、タレントや俳優に対する一種の「ケアの文化」があります。控室の飲み物を指定のものにする、テイク数を絞る、動線を細かく設計する──商品を売るために出演者を大切に扱うバイアスが自然にかかるのです。柳沢さんはこれ自体を否定しているわけではなく、「そのバイアスの中で一番いいものを作る」のが日本のやり方だと説明します。
しかし、今回のNetflix撮影現場では、アカデミー賞俳優を含む全員が、そうした「特別扱い」のトーンを一切出していなかったといいます。
権力を使えてしまう人たちが、そういうことをさせないように、ものすごく気を使っている。それがアカデミー賞俳優だろうが、今一番売れてる俳優だろうが、全員等しくそのマインドセット
しかもそれは受け身の姿勢ではなく、セレブリティ側が「あえてそうしないように努めている」のが強く伝わってきたそうです。カリスマ性やオーラといったブランディングよりも、現場のフラットさを維持することの方が作品制作にとって良いという判断を、全員が共有していたのです。
さらに印象的だったのは、出演者の個性や特性──例えば長時間強い光を浴びるのが難しい、大きな音が苦手──に対する配慮でした。日本の効率重視の現場なら「じゃあその人は使わないようにしよう」となりかねないケースでも、今回は「俳優としての能力があるなら、個人の個性は尊重されるべき」というスタンスで、撮影日数が伸びた分はNetflix側やエージェンシー側がきちんと補填したそうです。
ものづくりの原動力──「面白いもの作りたい」が全てを超える
制作過程で困難がなかったわけではありません。18世紀のダンスホールが傾くシーン(『ブリジャートン家』Netflix制作の人気ドラマシリーズ。19世紀初頭のロンドン社交界を舞台にしたロマンス作品。のシーン)では、セットを物理的に傾けるためのエンジンの数や、それを支える躯体の設計はテストなしには予測できませんでした。ミニチュアの回転シーンは一日〜一日半で撮り切る必要があり、全部ひっくり返すためリテイクにも時間がかかります。
しかし柳沢さんは、こうした難しさを「苦」とは感じなかったと言います。壁にぶつかるたびに、チーム全員が「でも見たいよね、これ」という言葉で前に進んだからです。
人間って結局ワクワクしたいっていう欲望がビジネスを超えるんだなっていう瞬間を何回も経験してきた
柳沢さんはこの感覚を、手塚治虫日本の漫画家・アニメーター。『鉄腕アトム』『ブラック・ジャック』など数々の名作を生み、「漫画の神様」と称される。の少年時代のエピソードに重ねました。遠足の作文で「ピクニックしてたらクマが出た」と嘘を書いたのに、面白すぎてクラス全員が最後まで聞いたという話です。「本当か嘘かが消えて、何が見たいかだけになっている」──それこそが、プレゼンでも演出でも、人を動かす力の源泉だと語りました。
完成した映像について柳沢さんは「ベスト版を出した感覚に近い」と率直に振り返りました。今までの技術・経験・引き出しを全て使い、巨大な予算と一流の俳優陣で作り上げた集大成。ただし「表現者としてのカタルシスは新曲にあるわけで、それとはちょっと違った」とも。演出家としてのマインドセットに徹したからこその、正直な感想でしょう。
津本さんは、柳沢さんとの仕事を「試合」に例えました。他の仕事はその「練習」であり、柳沢さんと組む時は自分も武装しなければ良いものは生まれない。その緊張感の中で作品が完成した時の達成感こそが、この仕事のやりがいだと語っています。
まとめ
今回のエピソードでは、Netflixの超大型ブランドムービーが「どう始まり、どう作られたのか」という制作の裏側が、驚くほど率直に語られました。海外コンペの仕組みや、課題解決より情熱を売るというプレゼン哲学は、映像業界に限らず多くのビジネスパーソンにとって示唆に富む内容です。
そして、トップセレブリティが自ら特別扱いを排し、フラットな現場を維持しようとする姿勢は、「いいものを作る」という目的に全員がコミットしている時に何が起こるかを示しています。ワクワクがビジネスを超える──その瞬間に立ち会えるかどうかが、ものづくりの醍醐味なのかもしれません。
- 米国の映像コンペでは「トリートメント」と呼ばれる詰め合わせ資料+見積もりを提出し、アイデアと予算をセットで競う
- 柳沢さんは前年の敗退を経て、課題解決型から「情熱を売る」プレゼンに転換し、名だたる監督を抑えてコンペに勝利した
- 海外の制作プロセスでは、プロダクション・ポスプロ・音楽・キャスティングが分離しており、予算と責任が分散される構造になっている
- アカデミー賞俳優を含むセレブリティ全員が、現場で「特別扱いをさせない」フラットな姿勢を自ら徹底していた
- 壁にぶつかっても「でも見たいよね」でチーム全員が前に進む──ワクワクがビジネスを超える瞬間がものづくりの本質

