子どもの幼稚園にあった「父の会」
この回は、七夕祭りのライブを終えた翌日の振り返りとして話されています。始まりは、こうやさんの子どもが通っていた幼稚園にあった「父の会」でした。
父の会は、運動会や夏祭りといった幼稚園の行事のちょっとしたサポートやお手伝いをする、ゆるいボランティアグループのようなものだったといいます。
本当に自分たちも楽しんで活動に参加して、それを通して子供たちとも、より近くで触れ合えるような、そんな会でした
仕事が忙しい人も多いため、参加できるタイミングで自由に参加してくださいという立て付けだったそうです。こうやさんは上の子と下の子で計六年間、この会に在籍していました。
ただ、上の子の時期はコロナ禍とほとんど重なり、幼稚園のイベント自体がなくなることも多かったといいます。一方で、下の子の三年間はイベントや親睦会が復活し、そこで一気に仲良くなったと話されています。
父の会バンドが結成されるまで
父の会の中には、昔や今も楽器をやっている人が意外と何人かいました。園長先生からの「バンドでもやったらいいじゃん」という軽い提案をきっかけに、三年ほど前に父の会バンドのようなものができたそうです。
こうやさんはワンテンポ遅れて参加しました。飲み会で「楽器経験がある人は教えてください」という呼びかけがあり、手を挙げたのがきっかけでした。
僕自身はGLAYが大好きだったんで、GLAYのコピーバンドでベースを弾いてた経験があったので、ベースでよければちょっとはできますと
そこからギター、ドラム、ボーカルと各パートが集まっていきました。楽器はできないけれどダンスがしたいという人はパフォーマーとして加わり、父の会バンドとパフォーマーのゆるい集まりが立ち上がったといいます。
生活発表会から七夕祭りへ、ライブ活動の広がり
初めての本番は、幼稚園が毎年秋にやっている生活発表会でした。子どもたちが歌や踊り、劇を披露するイベントに、父の会バンドという枠を園長先生公認で設けてもらったそうです。
翌年からは、こうやさんが住む地域で毎年夏に開かれる七夕祭りのライブステージにも出演するようになりました。素人のバンドでもエントリーすれば出られる屋内ステージだったといいます。
こうして父の会バンドは、秋の生活発表会と夏の七夕祭りという年二回のライブを続けてきました。
子どもたちも加わった今年の七夕祭り
今年の七夕祭りが、この放送の前日に開かれた本番でした。今年は父の会のお父さんたちだけでなく、子どもたちも「僕も私も出てみたい」と何人か加わったそうです。
一曲だけ、誰もが聞いたことのある「パプリカ」を、お父さんたちに混じって子どもたちが歌ったり踊ったり演奏したりしました。
おじさんたちに混じってキッズたちが歌ったり踊ったり演奏したりっていう、すごくいい雰囲気のステージができたなと
ライブは昼間に終わり、その後はゆるく解散となりました。祭りに並ぶキッチンカーで軽くプチ打ち上げをし、こうやさんは一度ベースを家に置いてから合流したそうです。
夕方から改めて打ち上げが始まり、二次会、そして三次会のカラオケを経て解散。夜中には店じまいした祭りの道を、酔っ払ったおじさんたちで歩いたといいます。
誰もほとんど人のいない、夜の暗くなったお祭りの道路の上を、僕ら酔っ払いのおじさんたちが闊歩するみたいな、夏の思い出の一ページでしたね
「僕らただの友達っすよね」という言葉
打ち上げの席で、こうやさんの印象に強く残ったフレーズがありました。誰かが発した「僕らただの友達っすよね」という言葉です。
元々は、子どもがたまたま同じ幼稚園に通い、父の会で知り合ったパパ友という関係でした。それが気づけばバンドを組み、打ち上げやカラオケに一緒に行く仲になっていたといいます。
特に本番前の7月は、毎週日曜の夜にスタジオで練習していたため、毎週末顔を合わせていました。こうやさん自身はすでに子どもが卒園していて、幼稚園とは関係がないはずでした。
子供の幼稚園のパパ友っていう関係性を超えて、普通にただの友達っていう、そういう表現がぴったりだなっていうのを思いましたね
この年に「ただの友達」ができる尊さ
来年40歳になるこうやさんは、この年でただの友達を作ることの難しさをあらためて感じたと話します。多くのつながりは会社の人間関係で、どこまでいっても仕事の延長線になりがちだといいます。
仕事以外の場所で、利害関係もなく、音楽やバンドを通じて仲良くなる仲間は、この年でそう簡単にはできない。だからこそありがたく、大事にしたいとしみじみ思ったそうです。
そもそも父の会のような仕組みがない幼稚園がほとんどで、お父さん同士のつながりができる機会自体が少ないとも語られています。
なんか全体的に総じてみんないい人、すごくいい意味で大人な人が、いろいろ配慮ができるし、お互いを尊重できる、程よい距離感の人たちが集まってるなという感覚があるんですよね
バンドについては、単純に音楽が好きで、みんなで音を合わせるのが好きだから、できるだけ長く緩く楽しく続けたいと話します。それぞれの仕事や生活があり、メンバーが欠けることもあり得ると受け止めつつ、今のいい関係を続けていきたいとのことでした。
子どもたちに伝わってほしいこと
今年のライブで、大人と子どもが同じ曲を一緒に演奏できたことも、こうやさんには嬉しい経験でした。ステージ上にいたため客席からの光景は見られなかったものの、いい形だったと振り返ります。
子ども自身が「やってみたい」という好奇心を持ち、勇気を出して一歩を踏み出すことは大きいと話します。歌でもダンスでも楽器でも、人前でみんなと一つの音楽を表現する経験を与えられたのではないか、と。
今の時代は、子どもが興味を持つ対象としてバンドより先にダンスがあるかもしれない、とも語られています。それでも、楽器をやる立場からバンドの面白さが少しでも伝わってほしいと願っていました。
楽器をやってる僕としては、バンドもすげえ面白いんだよっていうのを、今回のステージに出てくれた子供たちに伝わったらいいなって
まとめ
子どもの幼稚園でたまたま知り合った父親たちと始めたバンドが、いつの間にか「ただの友達」と呼べる関係になっていた。この年で利害関係のない友達と時間を過ごせることの尊さを、七夕祭りの翌日にしみじみと語った回でした。
- 父の会というゆるいボランティアグループが、父の会バンドへとつながっていった
- 生活発表会と七夕祭りの年二回のライブを、三年ほど続けてきた
- 今年は子どもたちも「パプリカ」で参加し、大人と子どもが同じ舞台に立った
- 40歳を前に、会社以外で利害関係のない「ただの友達」ができるのは簡単ではないと実感した
- 音楽を通じたつながりを、長く緩く楽しく続けていきたいと語られた
