「Don't Buy This Jacket」という伝説の広告
2011年11月25日のブラックフライデーに、ある会社が「私たちの会社の商品を買わないで」というキャッチコピーの広告を出しました。出したのはパタゴニアアウトドアウェアのブランド。環境保全への取り組みで知られ、売上の一部を環境保護団体に寄付するなど独自の企業姿勢を持つ。。「Don't Buy This Jacket.」というコピーで、ニューヨークタイムズに一面広告を掲載したものです。
広告にはフリースジャケット(人気モデルR2)の写真が大きく載り、その上に「Don't Buy This Jacket.」の文字。そして買うなと言う理由がこう説明されていました。
普通の企業なら「うちは環境に優しい」と主張するところ。しかしこの広告は、めちゃくちゃ頑張って環境に優しいものを作ろうとしても、それでも環境に負荷をかけているという、自社商品を否定するようなメッセージでした。
いや、思い切りましたよね。なんか自虐的ですよね。
なぜ「買うな」で売上が30%伸びたのか
この広告が話題になった翌年、パタゴニアの売上は前年比で約30%増になったといいます。「買うな」と言って売上が伸びる──一見矛盾したこの結果は、時代の流れを見事につかんだものでした。
大量消費の時代にあって、ブラックフライデーは「買わないと損」という空気すらある。そこに逆張りで一石を投じたことが、時代の流れをつかんだ広告だとやーまんは評価します。
ただし二人が繰り返し強調したのは、「今これをそのままやっても滑る」ということ。「ChatGPTのこんな使い方してる人はオワコンです」のような、注目を集めたいだけの「〜するな」系広告は、いまや珍しくありません。パタゴニアの広告がうまくいったのは、コピーの巧さだけが理由ではないのです。
時代が味方しちゃうね、これ。今やると滑るよね、絶対。
広告を成立させた思想と一貫性
パタゴニアの広告には確かに矛盾があります。企業として服を作って売り、その売上で給料も家賃も払っている。売上がなければ続かない。それなのに「買わないで」と言う。しかし、この矛盾がむしろ誠実さや可愛らしさとして受け取られました。
ポイントは、こうした思想的なメッセージは実績が伴っていなければただのポエムになる、ということ。「環境を打ち出しているのに実際は何もやっていない」と見えた途端、口だけだと思われてしまいます。
「買わないで」と言うだけ。うさんくささが残り、注目集めだけの手法と見なされる。
長く使える製品づくり、修理支援、中古流通のサポート、環境負荷の公開などが伴っていた。コピーが会社の思想として伝わった。
表面だけなら「うちのサービスを使わないでください」「本当に必要か考えてください」というコピーは誰でも作れます。しかし普通にやればうさんくさくなる。パタゴニアの場合は、売上の1%を環境団体に寄付するといった積み重ねがあったため、単なる一過性のコピーではなく会社を表す思想として受け取られたのです。
思想の一貫性を象徴する例として、法人向けフリースの話が挙がりました。パタゴニアは会社でおそろいの服を着るときに使える法人向けフリース(胸にロゴを入れて支給する)を作っており、アメリカのスタートアップ系ドラマで使われたことで定番になっていたそうです。しかし、めちゃくちゃ儲かっていたにもかかわらず、パタゴニアはそれをやめたといいます。理由は、会社は入れ替わりが激しく、数ヶ月で退職すればその服も着られなくなる。それは「作って捨てる」につながり、思想に反するからです。
いや、かっこいいね。儲かるのにそこのチャンネル捨てちゃう?これですよ、ブランドって。
かっこいいこと言う風な口調でかっこ悪いこと言うやん。(笑)
逆張りの本質はルールチェンジ
はりまは、この逆張りの考え方を高く評価します。市場経済というゲームで有利に戦おうとするなら、ルールそのものを変える必要が出てくる、というのです。
たとえば世界一の富豪、イーロン・マスク。通常の人の何百万倍もの金融資本を持つ相手に、「お金の多さがそのままパワーになる」ゲームで挑んでも勝てません。だからこそ、自分が勝てるゲームにルールを変える発想が必要になります。
マスクは金は潤沢でも、時間はすべての人に平等。あの人には自由な時間がほぼありません。ならば「時間を贅沢に使わないとできないこと」を有利になるルールに設定してしまえばよい、というわけです。マスクは決してYouTubeで「山手線一周歩いてみました」のような企画はやりません。トランプの大富豪でいう「革命」のように、ルールごとひっくり返してしまう発想です。
与えられたルールの中でどう勝つかを考える。強者がそのまま強く、ひっくり返しにくい。
「そもそもこのルールで戦う必要があったのか?」と問い、自分が有利なルールを新たに設定する。
「自由にのんびり過ごすことが最大の幸福だ」「環境を守ることが企業活動の本質だ」といったように競争ルールそのものを変えていく。パタゴニアの逆張り広告も、こうしたルールチェンジの一種だと言えます。ただし新しいルールを作ることより、それを流行らせて「ちゃんとやりきる」ことのほうが難しい。そこが分かれ目だと二人は指摘しました。
サンデル教授とトロッコ問題という思考のフィルター
思想の話になると、はりまは自分が「サンデル教授の洗礼」を受けてきたと語ります。
物事をどう考えるべきかの大きな指針としてサンデルの思想があるといいます。臓器や血液をお金があれば手に入れてよいのか、そこまでお金で解決していいのか──こうした問いに20代の多感な時期に触れたことで、「自分たちのやっていることは本当に意味があるのか」というフィルターを一度は通すようになったそうです。大義名分がないと動けない体質になってしまった面もあるが、多方面から考えるのは良いことだと振り返ります。
はりまは「とあるごとにトロッコ問題を考えている」ほど好きだと語ります。読んでいる小説『同志少女よ、敵を撃て』でも、女性狙撃兵の訓練で生きた牛を撃つ場面に出会い、「一匹の牛を殺すことで多くの人が生きられるなら正当化されるのか」という登場人物の問答にトロッコ問題を重ね、そこで読むのをやめてしまったというエピソードも紹介されました。
AI時代に「思想」が資産になる理由
やーまんは最近、「思想がめちゃくちゃ大事だ」と感じているといいます。自分の思想を短い文章のファイルにして保存し、AIに覚えさせる実験をしているのです。
思いつきで商品を作らない、検索キーワードの需要から掘り下げる──こうした自分の考え方をアトミックノートに落とし込み、商品開発のプロジェクトに読み込ませる。すると、記憶のないChatGPTやGeminiに質問するより、自分の欲しい答えが返ってくる確率が圧倒的に上がったといいます。まるで自分の分身と会話しているような感覚だそうです。
ここで興味深いのが、二人の「思想」の捉え方の違いです。はりまは根っこにコアの理念があり、そこから思想が生まれると考えるタイプ。一方やーまんは、まだ立派にまとまった理念はなく、周りのふわっとした思想(行動指針)をたくさん出していくことで、少しずつ「自分たちのコア」の輪郭が見えてくる、と発想が逆でした。
根っこにコアとなる理念がある。そこから具体的な思想や行動が生まれていく。
短い思想(行動指針)を大量に吐き出し、その輪郭が集まって理念が浮かび上がる。
はりまはこれを、具体例をたくさん見せて抽象化するアプローチだと整理し、AIの画像生成で使われる逆拡散モデル画像生成AIの仕組みのひとつ。ノイズだらけの状態から少しずつノイズを取り除いて画像を作り上げていく。ここでは「断片から全体像が立ち上がる」比喩として使われている。にたとえました。
やーまんが実践から得た学びも印象的でした。デザインの作り方をAIに覚えさせようと手順化(ステップ1・2・3)しようとしたところ、うまくいかなかったといいます。同じロゴ制作でも、飲食店向け(BtoC)とコーポレート向け(BtoB)では手順が違い、一つひとつ説明書を作る必要が出てしまう。そこで、手順ではなく「思想」だけを覚えさせ、手順やルールの導き方すらもその思想から生み出させるほうが、自分の脳に近いと気づいたのです。
はりまもAI活用について二つの可能性を挙げました。ひとつは、職人技のデータ化。すごい人たちの手技をそっくり残しておけば、「見て学べ」に頼らず、時代が追いつけば再現できる会社の資産になります。もうひとつは、やりたいことがわからない問題への処方箋。まず動いて作業興奮を作った状態から逆算し、「自分はこういうことがやりたかったんだ」と発見していく手順として使える、というものです。
最後に二人は、パタゴニアの思想もファストファッションの姿勢も、それぞれ一つの正義でありメッセージだと確認しました。どちらが正しいかはあなた次第──それぞれが発信するメッセージに、自分が共感するかどうかで選べばよい、というところに落ち着きました。
まとめ
「私たちの商品を買わないで」という一見最悪のコピーが成功したのは、コピーの巧さではなく、その裏に長年積み重ねた思想と一貫性があったからでした。逆張り広告の本質は、強者に真正面から挑むのではなく、自分が有利なようにルールそのものを変えること。そして、その根っこにある「思想」は、AI時代においてこそ人間の資産として価値を持ち始めている──二人の対話は、そんな示唆へとつながっていきました。
- パタゴニアは2011年のブラックフライデーに「Don't Buy This Jacket」広告を出し、翌年の売上が前年比約30%増となった。
- 成功の理由はコピーの巧さではなく、長く使える製品づくりや環境負荷の公開といった実績が伴い、思想として伝わったこと。
- 儲かる法人向けフリースをあえてやめるなど、思想の一貫性がブランドの信頼を支えている。
- 逆張りの本質は「ルールチェンジ」。強者に有利なゲームで戦わず、自分が勝てるルールを新たに設定する(孫子の兵法の発想)。
- AI時代には、手順ではなく「思想(パーパス)」を覚えさせることが、より自分らしい判断を引き出す鍵になりつつある。
- 思想はトップダウン(理念から)でもボトムアップ(断片の蓄積から)でも組み立てられ、人によってアプローチが異なる。
