近況と「スキルを売る」ということ
配信の冒頭は、スーパーで一番安いビールと二番目に安いビール、そしてドンタコスをお供にした軽い雑談から始まります。金欠気味だという背景には、なかなか大変な事情がありました。
今年の4月にPCが突然壊れて急遽買い替え、さらに2月末には子どもと遊んでいるときに子どものおでこが前歯にぶつかり、後日その歯の神経が死んでいることが判明。治療費も含めて計40万円ほどの想定外の出費が重なったといいます。
そこでりょうたろうが取った対策が、自分の持つスキルを売ること。クラウドファンディング不特定多数の人からインターネット経由で少額ずつ資金を募る仕組み。ここでは支援の見返り(リターン)として心理相談を提供している。を使い、「5,000円で心理士が話を聞きます」というリターンを用意したところ、すでに何名かの支援があったと感謝を述べます。
自分ができて人様に価値が提供できることと言ったら、人の話を聞くってところぐらいだなと思ったので。
予定外の出費に備えて売れるものがあると強い。だからこそ自らに保険をかけるように、いろいろなスキルを磨いていかないといけない、という気づきを語ります。
『ファイア・ドーム』はなぜそんなに面白いのか
今回いちばん伝えたかったのが、辻村深月日本の小説家。『鍵のない夢を見る』で直木賞、『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞。ミステリーから青春小説まで幅広く手がける。さんの新作『ファイア・ドーム』の面白さ。りょうたろうは「初めの一文字目から最後の一文字まで全部面白かった」と絶賛します。
ジャンルはミステリー小説。りょうたろうは以前読んで面白かった作品として『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬による小説。「このミステリーがすごい!」大賞などを受賞。独ソ戦を舞台に女性狙撃兵を描く。を挙げつつも、あちらは戦争の話でイメージがつかみにくい部分があったのに対し、『ファイア・ドーム』は日本の新聞社を舞台にしているため映像が想起しやすく、読むのが全く大変ではなかったと語ります。
途中で中断せざるを得ないのがもどかしく、「早く続きを読ませろ」と思いながら読んだそうです。映画やドラマを見た体験に近い感覚だった、とも述べています。
物語の導入──25年前の事件と行方不明の少年
ここからは冒頭部分のネタバレを含む紹介です。舞台は日本の北陸地方にある「L県」。縦に長い地形が特徴的で、匿名性を高めつつも「あそこかな」と想像させる設定になっています。時代はおよそ2019年ごろです。
物語の起点となるのは25年前、1994年の夏に起きた事件です。L県のとある百貨店の受付嬢・新沼佐枝(22歳ほどの若い女性)が誘拐され、殺害されます。
地域紙「L新聞」の記者を名乗る男
百貨店に電話し、受付嬢・新沼佐枝を名指しで「インタビューさせてほしい」と呼び出す。
ラジオ局へ呼び出し
インタビュー場所と称して呼び出された佐枝は、そのまま誘拐・殺害される。
容疑者の出頭で幕引き
身代金要求の電話音声が電波に乗り、容疑者の息子が「この声、お父さんに似てる」と言ったことをきっかけに、容疑者が自首した。
25年後の2019年、物語は主に小学校教員・佐村美冬(23〜24歳ほど)の視点で展開します。美冬が担任する小学4年生のクラスで、乾幸太郎という児童が欠席します。欠席した児童の家にプリントを届ける役を、暗井隼人という男の子が引き受けますが、その家から「なぜうちの子が届けなければいけないのか」という抗議の電話が学校に入り、美冬は違和感を覚えます。
信頼するベテラン男性教員に相談すると、乾家が「25年前の誘拐殺人事件と絡んでいる家」だと知らされます。実際に美冬がプリントを届けに行くと、そこは表札の取れた大豪邸で、年配の男性が「誰だ!」と怒鳴りながら現れる不穏な雰囲気でした。
美冬の恋人でL新聞記者の桜木トウマから、事件の詳細を聞きます。被害者・新沼佐枝が事件当日に父親の車で出勤していたことなどから、「被害者家族こそが事件に関わっているのでは」という噂が当時広まっていたといいます。父親の新沼忠治は議会議員で弁が立ち、報道陣の前であまりに流暢に話したため、かえって世間の疑念を招いていました。
そして、乾幸太郎は新沼佐枝の妹の子供ではないか、という推察が語られます。乾家に立派な花菖蒲があったこと、新沼忠治が花菖蒲の品評会に出すほど力を入れていたことが、その手がかりとされます。
やがて幸太郎は学校に復帰。遠足で風景画を描きに行った日、美冬は疲れた足を治すため早めに退勤し、鍼治療に向かいます。その道すがら、トンネル付近で「絵の続きを描きに来た」という幸太郎に出会います。もうすぐ6時、辺りが薄暗くなる時間帯。美冬は「もう遅いからすぐに帰るんだよ」と声をかけ、自分は鍼治療へ向かいました。
治療中に疲れて眠り込み、目覚めるとスマホには学校や副校長の個人携帯から大量の着信。かけ直すと「乾幸太郎君が行方不明になって帰っていないみたいです」と告げられます。ここから物語が大きく動き出す──というのが導入部分です。
気になるでしょ?気になるように話したんで、読んでください。
感情の「速い経路」と「遅い経路」
後半は、脳科学者恩蔵絢子脳科学者。茂木健一郎氏に師事した経歴を持つ。著書に『脳科学者の母が、認知症になる』などがある。さんの著書『感情労働の未来──脳はなぜ他者の見えない心を推し量るのか』から、興味深かった話を紹介します。まずは「感情の二つの経路」の話です。
視床から感情を司る扁桃体へ直接情報が届く。身を守るために働き、冷や汗や足のすくみなど防衛反応が起こる。「紐状のもの=ヘビかも」と即座に反応するイメージ。
視床の情報が大脳新皮質を通ってから扁桃体へ届く。「本当にヘビだったのか」と分析する経路。遅いが詳細な処理を行う。
目の前に紐状のものが落ちていたとき、「ヘビかもしれない」とまず身を守るのが速い経路。一度身を守った後で「本当にヘビだったのか」と恐る恐る見るのが遅い経路。感情には、この速くて粗い経路と、遅くて詳細な経路の二つがある、という話です。
初めての体験ほど記憶に残る理由
ついでに語られたのが、「感情は初めての体験のときに一番動く」という話です。感情を司る扁桃体と、記憶を司る海馬脳の中で新しい記憶の形成に重要な役割を果たす部位。扁桃体の隣に位置する。は隣同士。これは、感情が揺さぶられる情報ほど記憶にとって重要だからだと説明されます。
強く嬉しかったことは「もう一度味わいたい」に、強く怖かったことは「二度とやりたくない」につながる。だから生命維持にとって、感情と記憶の結びつきは重要なのだ、というわけです。そして初めての体験は二度目より必ず感情が揺さぶられるため、強く記憶に残ります。
友人や知人の子どもの成長を早く感じるのも同じ理屈だといいます。初めて会ったときのインパクトが強烈で、その後何度会っていても最初のイメージが定着する。だから小6になった子を見て「あれからもう5年経つの?」と感じてしまう──それは初めて会った小1のときの印象が強く残っているからだ、と語ります。
AIに「心の理論」はあるのか
りょうたろうが「スーパー面白かった」と語る本題が、心の理論英語ではTheory of Mind(ToM)。自分と同じように他者にも心があり、他者は自分と異なる考えや知識を持ちうると理解する能力。の話です。発達心理学の専門用語で、「自分と同じように相手にも心がある」ことを理解することを指します。
心の理論を測る有名なテストが「サリー・アン課題」です。
正解は「赤いバスケット」。観察者はボールが青にあると知っていますが、「サリーはそれを知らない」と理解できるかどうかが問われます。自分と異なる相手の心の動きを理解できるかを測るテストで、突破できるのがおおむね5歳〜9歳ごろとされます。
アメリカの認知科学者ショーン・トロットらは2023年、このサリー・アン課題をGPT-3OpenAIが開発した大規模言語モデル(LLM)。大量のテキストから次に来る言葉を予測して文章を生成する。に実施しました。ただしそのままだと答えを覚えてしまうため、登場人物を変えた課題を複数用意して答えさせています。
GPT-3は、登場人物が移動を見ていたかどうかで答えを変え、人間より正答率は低いものの、「自分はボールの場所を知っているが、相手は知らないはず」と推測できたといいます。GPT-4などでも同様の実験が行われ、2024年時点でLLMの心の理論は人間の6歳児くらいの感度とされています。言葉による学習だけでも、ある程度は人の心を推測できるようになるのです。
ChatGPTの回答は、ジョンとマークそれぞれの思い込みを正しく答えたうえで、さらに「猫は猫が箱の中にいると思うでしょう」「バスケットと箱は何も思わないでしょう。知覚する力を持っていないのだから」と続けたといいます。つまり「彼ら」という言葉を人間に限らず、猫にも箱にもバスケットにも拡張し、漏れがないように答えたのです。
人間なら「彼ら」はジョンとマークだと文脈で読み取ります。しかしChatGPTは言葉だけの文脈から律儀にすべてを主語に含めてしまった。りょうたろうはここに「人間語とAI語の違い」を強く感じたと語ります。
著者は、人間に一番関心を持ち、自分と他人を区別して苦しみなどの感情を感じ、時に動けなくなることが人間の心の理論の発達には必要であり、そのような関心は人工知能の中にはなさそうだ、と述べています。
人間の言語は身体から生まれる
本の次の章「人間の言語は身体の感覚情報から生まれる」も面白かったといいます。LLMは言葉の上の話で、「この言葉が来たら次はこの言葉が来る確率が高い」という演算をすべて言葉で行います。一方、人間は言葉より手前で膨大な情報処理をしており、言語以外のものから言語が生まれている、というのです。
感覚器官がなく、言葉だけで処理する。次に来る言葉の確率を演算して言葉を選ぶ。
目・耳・皮膚・鼻・内臓の状態など、あらゆる感覚器官の情報を統合しながら話す。外の環境に応じて言葉を飲み込んだり調整したりする。
りょうたろうは、話しながら窓の外を大きな音でバイクが通れば、言葉を一瞬飲み込んだり大きめに言ったりと調整する、と例えます。その調整によって次に出てくる言葉自体が変わる。人間の言葉とはそういうものだ、と。
印象的だったのが、当時1歳7ヶ月ほどの息子のエピソードです。まだ「ブーブー」「バーバー」程度しか発音できないのに、妻に「お母ちゃんもそれ食べていいよ」と伝えたいとき、「パクパク(食べる)」+「どうぞ」のジェスチャーを組み合わせて表現したといいます。
文法を理解してんじゃん、みたいな。言葉より手前に、伝えたいことがあって、なんなら文法使えてるんすよ、人間って。ボディランゲージだけで。
言葉より手前に伝えたいことがあり、身体のジェスチャーだけで文法を使えている。これこそ人間のすごいところだ、と語ります。だからこそ、言葉を使う系のAIは当てにならない、というのが今回の結論です。
「何者かになれ」という要請への違和感
最後に、勉強の関心が感情労働からルッキズムやゆとり世代へと広がり、いまは自己啓発の歴史に興味が出てきたという話に。「いつから僕たちは何者かになりたいのだろうか」という問いから、元祖自己啓発本を読んだといいます。
その内容は「努力しろ」「弱音を吐くな」「うだうだ言う暇があったら動け」「神も他人もお前を助けない、お前が自分を助けろ」。偉大な人物はすべからく努力しているから、成功したいなら努力しろ、という論調だといいます。
りょうたろうはこれを「ずるい」「暴力だ」と批判します。相対性理論やミケランジェロの彫刻が一朝一夕にできないのは当然。しかしアインシュタイン理論物理学者。特許局に勤めながら1905年に相対性理論などの重要な論文を発表したことで知られる。が本業の合間に論文を書いたからといって「お前もそうしろ」と言うのは、時代背景も24時間の使い方も違う、と反論します。
学校に来ること自体に大変な努力をしている子もいる。それを「百点取れなきゃ立派じゃない」と評価する教員はダメ教員だ──りょうたろうは、「何者かになれ」という要請も、そのダメ教員が出している要請と同じようなものだから無視でいい、と語って配信を締めくくりました。
まとめ
今回は、辻村深月『ファイア・ドーム』の熱い推薦と、脳科学の本から得た「感情」「心の理論」「言語」の話、そして自己啓発への違和感まで、幅広く語られた回でした。
共通して流れていたのは、「人間の心や言葉は、身体や関心といった言葉の手前にあるものから生まれる」という視点です。だからこそAIには当てにならない部分があり、また「努力して何者かになれ」という一律の要請にも、りょうたろうは慎重な距離を取ります。優れた読書体験も、子どものジェスチャーも、その「言葉になる手前」の豊かさを感じさせるものでした。
- 辻村深月の新作ミステリー『ファイア・ドーム』は、25年前の誘拐殺人事件と現在の少年の失踪が絡む物語で、りょうたろうは「初めから最後まで面白い」と絶賛。
- 感情には、身を守る「速くて粗い経路」と、分析する「遅くて詳細な経路」の二つがある。
- 感情と記憶は結びつきが強く、「初めての体験」ほど感情が動き、強く記憶に残る。
- LLMはサリー・アン課題である程度「心の理論」を示すが、「彼ら」に猫や箱まで含めるなど、文脈読解で人間と異なる振る舞いをする。
- 人間の言語は感覚器官の情報統合や身体から生まれる。1歳児がジェスチャーで文法的に伝える例がその豊かさを示す。
- 元祖自己啓発本『自助論』の「努力しろ」という論調に対し、りょうたろうは「何者かになれ」という一律の要請への違和感を語った。
