なぜいま「発達障害」をよく聞くのか
最近、発達障害という言葉が世の中でかなり話題になっていますよね。
私たちが小さい頃にはあまり聞き慣れない言葉だったので、なぜいまこんなに聞く機会が増えたのか、心理士のRyotaroさんに聞いてみました。
Ryotaroさんの答えは「結局正解が狭まってるから」というものでした。
ミスしちゃいけない、遅刻しちゃいけない、コミュニケーションが取れなきゃいけない。人に求められる能力の期待値が高くなり、「健康」や「正常」のモデルがあまりにも狭くなっている。
そこから漏れ出ている人たちのことを発達障害と言っている状況がある、とRyotaroさんは話していました。
社会が成長を続けていて、みんながつながりすぎているから、ミスの影響がとても大きい。だからミスしない人が欲しくなる、という側面も一部あるんじゃないか、という見方でした。
大人になってから発達障害がわかるという話も聞いたことがあったので、正解が狭まっていると考えると、私にも少しつながって見えました。
「寄り添う」より「ルールを全部言葉にする」
当事者が職場にいて、どう接したらいいか、どう仕事を教えたらいいかわからない。そんな声を聞いたことがあります。
もちろん人それぞれなんでしょうけれど、そこもRyotaroさんに聞いてみました。
Ryotaroさんによると、ADHD・ASD・LDといった違いに、知能の問題も掛け算になるので、本当に多種多様なんだそうです。
そのうえで、誤解されやすい点として挙げていたのが、ASDの人たちとの関わり方でした。
よくあるのは、マジョリティ側が「理解しなきゃ」と寄り添ってしまうこと。でもASDの人の側からすると、むしろマジョリティの常識を教えてほしい、という場合が全然あるそうです。
Ryotaroさんの言葉を借りると、「いや、自分はそのルールがあるゲームに参加したいから、ルールちゃんと教えてくんない?」という感覚なんだとか。
特にわかりにくいのが暗黙の了解 ── 言葉にして決められていないけれど、周りの人たちがなんとなく共有しているルールや前提のことで、言われたことはわかるけれど、言われていないことはわからない。
だから皆まで言う、全部言うことがとても大事で、「言わなくてもわかるよね」「察して」という文化の日本人はそこが苦手だろう、とRyotaroさんは話していました。
聞きながら、それってASDであろうがなかろうが大事なことだよな、と思いました。言葉にしないとわからないことなんて、いっぱいありますから。
ただRyotaroさんいわく、そういう経験がないと、表現しているつもりでも全然足りていないことがあるそうです。Ryotaroさん自身は1から10まで言うし、それでもわからなければ11を言うと。
大事なのは「1から10まで説明したのに、なんでわかんないの?」と思わないこと。自分の10は相手にとっての5かもしれないから、足りなければ6、7、8を伝えていく。
相手のことでモヤっとしたときも、感情で処理するのではなく「なんでモヤるんだろう」と考えて、それも言葉で伝えてあげればいい、という話も印象的でした。
「理解してあげる」ではなく、対等に
こういう相手と接すると、どうしても「なんで伝わらないんだ」という怒りが先に立ちがちですよね。
それでも、Ryotaroさんは「理解する」というより、そういう人もいるよね、と受け入れているように私には見えました。
Ryotaroさん自身は、特別視していないそうです。足が速い人・遅い人、絵が上手い人・下手な人がいるのと同じで、コミュニケーションが得意かどうか、時間が守れるかどうかも、能力のパラメーターの違いでしかない、と。
いとこにダウン症の子がいて、小さい頃からよく遊び、いまも一緒に焼肉に行くそうです。身内にいる感覚があったことが大きいのかもしれない、と話していました。
私はそこで、Ryotaroさんのような感覚を少しでもインストールできたら、もう少し平和になるんじゃないか、と思ったんです。
ところがRyotaroさんの返事は「理解できなくても僕は全然いいと思って」というものでした。
電車で騒いでいる人がいたら、本を読みたいから普通に車両を変える。「理解してあげなきゃ」と思うと上下の関係が出てきて、そっちの方が傲慢だ、というのがRyotaroさんの考えです。
「理解してあげよう」「助けてあげよう」という言い方はよく聞くので、ハッとさせられました。大事なのは態度、スタンスの問題なんだと思います。
言葉にするのが面倒な私と、それを面白がる人
Ryotaroさんは文章を書くのも得意です。聞いてみると、全部を言語化するトレーニングをしているから書けるようになった、という順番なんだそうです。
一方の私は、言語化するのは多分苦手な方で、途中で面倒くさくなってきてしまうんですよね。
Ryotaroさんに面倒になることはないか聞いたら、即答で「ない」。むしろ伝わらないことが面白いとすら思っていて、「うわ、そう受け取るか」と感じるのだそうです。
伝え方を変えて、伝わったら「よし」。なんだかゲームみたいですね、と言ったら、本当にミッションクリアを目指す感覚でやっている、とのことでした。
この話は、企業の人たちにもすごく需要がありそうだなと思いました。
心理士の仕事は、私の知らない世界でとても面白かったです。次は自分の子どもの相談もさせてもらえたらな、と思っています。
まとめ
「察して」が通じにくい相手には、寄り添うより、暗黙のルールを1から10まで言葉にすることが大切。そして「理解してあげる」ではなく、パラメーターが違うだけの対等な相手として接するスタンスが鍵なんだと、私は受け取りました。
- Ryotaroさんは、正解の幅が狭まったことで発達障害と言われる人が増えていると見ている
- ASDの人が知りたいのは寄り添いではなく、マジョリティの暗黙のルールだという
- 伝わらないときは怒るより、何が足りなかったかを考えて言い方を変える
- 「理解してあげる」という上下の関係ではなく、対等に接する態度が大事





