甲子園の歴史を新聞社とともに振り返る
夏の甲子園シーズンが到来しました。今年の展望ではなく、二人が生まれてから見てきた甲子園の歴史をたどろうという回です。
第一回大会は1915年で、甲子園球場に移ったのは1924年大会からだと話されています。今年は第108回大会にあたります。
なぜ単なる学生スポーツが別格の人気になったのか。井上さんは新聞社の存在を挙げます。
夏の大会を大阪朝日新聞、春の選抜を大阪毎日新聞が創設。二大紙による紙面での熱狂的な報道合戦が、全国的な注目度を一気に押し上げました。
各都道府県を代表校で結びつけたことで郷土愛や応援熱が高まり、大会開始からわずか数年で全国的なフィーバーになったと説明されています。
ラジオ中継は1927年、テレビ中継は1953年に始まったとされ、戦前の嶋清一投手をはじめ、時代ごとにスターが登場してきました。
荒木大輔から松坂まで、スターの系譜
1970年代の荒木大輔投手の人気は「大輔」という名前が広まるほどで、松坂大輔投手の名前もそこから来ていると話されています。
荒木大輔がだから、みんな「大輔」って名前をつけたっていう。
80年代のPL学園、清原和博選手と桑田真澄選手のコンビは、化け物クラスの実力で全国のスターになりました。清原選手は1年生の夏から出場し、ほぼ優勝を経験していると振り返られています。
まあメッシとクリロナみたいなもんだ、多分。
90年代の松井秀喜選手、98年の松坂大輔選手へと系譜が続きます。松坂選手は春夏連覇に加え、決勝でのノーヒットノーランや延長17回完投など、いくつもの伝説を持っています。
二人が実際に記憶しているのは、2006年の早稲田実業対駒大苫小牧だと話されています。斎藤佑樹投手と田中将大投手の対決です。
大阪桐蔭はいつから強くなったのか
強豪・大阪桐蔭の話題になります。創部は1988年で、わずか4年後の1991年夏に甲子園初出場を果たしました。
初出場ながら、涙で巨人をなぎ倒し初優勝という偉業を達成し、一躍全国にその名を知られました。
西谷監督の就任は2002年です。井上さんは、日韓ワールドカップの年からずっと一人で指揮を執っている点に驚きます。
日本がトルシエ、ジーコ、オシム、岡田、アギーレ、ハリルとかやってる間に、ずっと一人で西谷。
中村剛也、西岡剛、中田翔、藤浪晋太郎、森友哉といった選手を輩出し、スカウティング体制を確立させて全国トップへ躍り出たと語られます。
西谷監督は練習にはほとんどおらず、ほぼ全国のスカウトに回っているという噂も紹介されます。
最後のスターは斎藤佑樹と田中将大か
二人が記憶に残る名場面を年ごとに挙げていきます。2007年の佐賀北の逆転満塁ホームラン、2008年の浅村栄斗選手、2010年の興南・島袋洋奨投手の春夏連覇などです。
2015年は木村さんと井上さんの世代で、東海大相模の小笠原慎之介投手やオコエ瑠偉選手が話題になります。オコエ選手はファーストの弾いた打球の間に二塁を陥れた俊足が印象に残っていると語られます。
しかし議論は「どこまでが全国区のスターか」に移ります。井上さんは、斎藤佑樹投手以降、日本国民の多くが知るスターはいないのではと問いかけます。
でも斎藤佑樹以降、いなくない、全国区。
斎藤佑樹投手のハンカチはメーカーへ問い合わせが殺到し品切れになるほどのフィーバーでした。木村さんは、汗をハンカチで拭うという発想自体がスマートだったと評します。
スターの条件は細身と儚さと物語
なぜ最近はスターが出にくいのか。木村さんは、科学的なトレーニングでフォームが最適化され、みんな同じ打ち方になっていることを挙げます。
大阪桐蔭の左バッターとかって、みんな同じ打ち方してる。びっくりするぐらいみんな同じことしてる。
区別しづらいと推しにくくなります。だからこそ斎藤佑樹投手はハンカチというアイコンを持てたことが大きいと話されます。
木村さんは、これは推し活の宗教性に近いと指摘します。
キリスト教を信仰する人は十字架を持つように、斎藤佑樹を推す人はあのハンカチを持つんだと。
スター性の条件として、二人は「細身であること」と「儚さ」を挙げます。ゴリゴリの選手がゴリゴリのプレーを見せるのはプロ野球で十分で、高校生であることを活かすなら細さや可愛げが必要だという理屈です。
佐々木麟太郎よりは佐々木朗希じゃん、やっぱり。朗希の、なんかあの儚さも込みで。
松井秀喜選手は例外で、5打席連続敬遠という事件があって伝説になった、という整理も語られます。松坂大輔選手も童顔で細身なのに剛速球を投げるギャップがスター性につながったと分析されています。
ドキュメンタリーやTikTokでスターは作れるか
井上さんは、今後は自分たちでチームの一年間を追ったドキュメンタリーをYouTubeで公開したり、お調子者の球児がTikTokでバズったりする可能性を探ります。
木村さんは、それは分散してしまうと反論します。チーム全体は推せても、感情移入する先が定まらず「箱推し」にしかならないというのです。
さらにTikTokのバズは瞬間最大風速でしかなく、信仰の対象にはなりにくいと指摘します。
信仰を集めようとしたら、信仰集まらないよね。信仰って自然にされるもので。
斎藤佑樹投手のハンカチも、目立とうとしたのではなく、自分がすっきりするから使い始めたら自然に話題になった、そういう発生でないといけないと語られます。
井上さんは、試合後のインタビューが面白い球児が出てきてほしいとも話します。新庄剛志さんや落合博満さんのように、実力とは別軸のスター性です。ただし、それを狙ってやる高校球児はかえって小賢しく見えて嫌だ、という難しさも語られます。
なんかインタビューとかが面白い球児とか、ちょっと出てきてほしいなと思う。
多様性の時代とスターの不在
二人は、スター不在の背景を時代性に求めます。イチロー選手や落合博満さんのように、圧倒的な実力と言葉を兼ね備えた存在は稀有で、今から作るのは難しいと話されます。
木村さんは、これを多様性の時代の「罪」と表現します。みんなと違うものを推してよい時代で、全員が共有できる対象が消えたのです。
十人が集まったら十人で喋れる共通のものって、マジでないよ。
大谷翔平選手ですら「大谷ハラスメント」と揶揄されることに触れ、もはや一神教のような一極集中は無理なのかもしれないと語られます。
2018年の金足農業も惜しかった例として挙げられます。地元メンバーで大阪桐蔭に挑む物語は魅力的でしたが、吉田輝星投手の刀を抜くポーズが「隙」になり、スマートさを欠いたと分析されています。
まあ斎藤佑樹や松坂ほど、そのスマートさが若干足りなかった感じかな。クールさというか。
延長戦が伝説を作ってきたのに、今は球数制限や体力面の配慮で激戦になりにくく、名勝負が生まれにくいことも一因として語られます。
趣味としての甲子園、その現在地
結論として二人は、甲子園はもう昔のような一大カルチャーではなく、好きな人が楽しむ趣味でいいのではないかと着地します。
木村さんは、将棋や歌舞伎、相撲のような伝統芸能に近い立ち位置を挙げます。見る人は少なくても権威と賞金があり、藤井聡太さんのようなスターが10年に一度出てフィーバーする、それでいいのではないかという見立てです。
一生懸命やってることは、別にどのレベル、甲子園でも別に地方大会でも等しく尊いから。
都道府県代表というシステムは、全員が地元を応援できる珍しい機会であり、これからも続いていくだろうと肯定的に語られます。
最後は、今年の夏も熱くなりそうだと締めくくられます。井上さんは、生で見るとよいものだと勧めつつ、日焼け止めと水分補給、体調管理を呼びかけて回を終えます。
まとめ
甲子園の歴史を新聞社の報道から振り返りつつ、なぜ斎藤佑樹投手や田中将大投手を最後に全国区のスターが生まれにくくなったのかを掘り下げた回でした。細身や儚さ、物語、そして推し活の宗教性という条件を軸に、多様性の時代におけるスター不在を語り合っています。
- 甲子園は新聞社の報道合戦で全国的な人気を獲得し、ラジオやテレビの中継とともに拡大した
- 二人は甲子園の全国区スターを斎藤佑樹と田中将大が最後だったと位置づけている
- スターの条件として物語、アイコン、細身、可愛げ、クールさが挙げられた
- 多様性の時代には共通で推せる対象が減り、一神教的な一極集中は難しくなっている
- 甲子園は伝統芸能に近い趣味として、地元を応援できる機会であればよいと着地した
