「精神と時の部屋」と呼ばれた5年間
聞き手の坂本達夫さんは、この番組ではゲストの生い立ちやキャリアを前半で、後半でそのゲストならではのトピックを扱うと説明します。後編のテーマは、中国企業のブリッツスケーリングです。
Maoさんは、ByteDanceに5年間在籍し、卒業して1年半ほどになると振り返ります。社内では、ByteDanceの1年は外の世界の3年か5年に相当するという言葉があるそうです。
精神と時の部屋みたいなやつですね。
もうそこは間違いなくそうかなとは思います。
Maoさんが所属していたのは広告売上を作る部署でした。売上をひたすら伸ばすという、成果がわかりやすい領域だったといいます。
着地の30%が次の目標になる高速PDCA
当時のByteDanceでは、2ヶ月に1回のPDCAサイクルがありました。2ヶ月の振り返りと、次の2ヶ月に何をやるかを決める「双月会」が回っていたそうです。
MaoさんのKPIは、売上を双月で30%以上伸ばすというものでした。ここには独特な仕掛けがあります。
これ面白いのが、実は目標の30パーじゃなくて着地の30パーになるので、やればやるほどもう果てしない目標になるという。
つまり、2ヶ月経つと、その時点の実績をベースに次の2ヶ月の目標が設定される仕組みです。年間予算はさらに厳しく、前年度の5倍や10倍といった水準だったといいます。
日本の会社や外資系でも四半期での振り返りは一般的です。ただMaoさんによれば、ByteDanceのスピードは別格でした。
初期にいた僕とかからすると、全然あれですね、初期のバイトダンスが本物のバイトダンスです。
伸びている中国のテック企業は基本的に挑戦的な目標を設定しますが、その中でもByteDanceは特に激しかったとMaoさんは話します。
高速PDCAを可能にした「仕組み化」の正体
高い目標と短いサイクルは、それだけで真似できるものなのか。坂本さんの問いに、Maoさんはインフラと仕組み化の存在を挙げます。
たとえば、北京本社の会議室のレイアウト、机や椅子の位置、水の位置まで、日本オフィスとほぼ同じだったといいます。
例えば日本で業務してるのと、中国本土行って北京本社行って業務やるのと、なんかやってる業務で結局一緒なので、あんまなんかちょっと今俺海外でやってるぞみたいな感覚がほぼないです。
もう一つの支えが、社内ツール「Lark」でした。Maoさんによれば、ByteDanceを辞めた人が口を揃えて残念がるのが、Larkが使えなくなることだといいます。
チャット、カレンダー、ビデオ会議に加え、同時通訳の機能も他ツールよりはるかに高い精度だったといいます。外部機能も、必要になればすぐに内製化されていったそうです。
彼らってそういうのを見ると、こんなんすぐ作れるやんみたいな、もうなんか何ヶ月後にはラーク内にそのボタン押したらもうなんか社内に内製化されてるみたいな。
坂本さんは、繰り返し使うものは最良の仕組みを一つ作り、それを横展開すればいいという思想ではないかと整理します。Maoさんも同意します。繰り返し使うものは、一番いい仕組みを作って横展開するという発想が、急成長を支えていました。
崩壊直前で組織を入れ替える垂直立ち上げ
日本オフィスは数十人から千人規模へ、グローバルでは十数万人規模へと拡大しました。人が無限に来るという採用力が、その拡大を支えていたといいます。
これだけのスピードで組織が大きくなれば、どこかで崩壊したり非効率になったりしそうです。坂本さんの疑問に、Maoさんは独特の運用を明かします。
崩壊直前まで行って、ギリギリまで、これちょっと崩壊するなっていうぐらいの時に、組織の入れ替えをしたりというところをやったりする。
ある目標にフォーカスすると、他部署でハレーション(摩擦や副作用)が起きます。それでも限界まで突破し、その後にミッションを変えることで、多くの問題は解決できるといいます。
Maoさんは、5年間で組織変更を30回ほど経験したと語ります。売上にフォーカスすると決めれば、他の部署も組織の形も人もガラッと変わったそうです。
中国以外の組織では、A部署が変わればB部署やC部署との共通認識や目線合わせが必要になります。しかしByteDanceは、そこに時間をかけて垂直立ち上げが止まることを避けていました。
Maoさんは、全員の合意を諦めるというより、諦めるタイミングとやろうとするタイミングを見極めているのだと説明します。マラソンに例えれば、全体のゴールは42.195キロでも、まずは10キロ集中して走り、そこで出た課題を次の10キロに生かす。その繰り返しだといいます。
ミーティング前に結論が出ているデータ至上主義
数万人規模の組織では、トップ一人で全てを決めることも、全員でボトムアップに決めることも難しくなります。ByteDanceの意思決定はどうだったのか。
Maoさんは、答えはシンプルにデータだと言い切ります。数値的なデータと定性的な分析の両方を、徹底的に準備するのです。
物事を決めるミーティングがある時にめちゃくちゃ準備をするんですよ。日本の市場やりますってなると、1ヶ月ぐらい事前分析をして、分析したデータを持ち寄って。
社内にはマッキンゼーなどコンサル出身の精鋭チームがあり、市場全体の状況、競合、チャンスを揃えます。ミーティングが始まる前に、すでに結論が出ているほどだったといいます。
そういうデータが出てくると、そこにある程度上層部の人もいるんで、反論したらこいつアホやろみたいな、そういうふうに見られるだけなので。
Maoさんは、同じ中国テックのAlibabaと比較します。ByteDanceの資料は読むだけで全てがわかるのに対し、Alibabaの資料は感性が混じり、プレゼンがないとニュアンスが伝わりにくいといいます。
細部・ディテールまでデータにこだわる。資料は読むだけで全てがわかり、説明が不要とされる。
感性やニュアンスが混じる。資料は読むだけでは伝わらず、ある程度のプレゼンが必要とされる。
坂本さんが「データ至上主義」と言い換えると、Maoさんはそれに近いと応じます。データドリブンという言葉では足りない次元だと表現しました。
一日5人面接、無限に来る候補者
これだけのスケールアップを可能にしたのは、採用力だと坂本さんは指摘します。当時のByteDanceは、日本の広告代理店や外資系から人がどんどん吸い込まれていく印象だったといいます。
当時はそうですね。本当に僕、多い時で一日5人とか面接して、誰が誰だか、もう誰だっけみたいな時期はありましたね。
採用フローそのものは特別ではありませんでした。HRBPの面接から、マネージャークラス、最後は執行役員やカントリーマネージャーへと進み、面接3回ほどで内定です。
GoogleなどでもGoogleでも3〜4回の面接は一般的です。特殊だったのは、候補者が無限に集まる点でした。
候補者が無限に来るので、スキームよりもしっかり人を見極める力の方が大事かもしれないですね。
坂本さんが「候補者無限に来ねえよ」と本音を漏らす一幕もありました。当時は、ByteDanceに転職すれば年収が1.2倍になるという噂もあったといいます。
Maoさんは、報酬の競争力はあったと認めつつ、より大きいのは仕事の厳しさだと語ります。
中途半端な気持ちで来ると入ってからめちゃくちゃ苦労しますよね。さっきのスピード感についてこれないです。
結果を出せなかった場合は、ポジションチェンジがありました。ただ、Netflixのように下位の一定割合を毎年入れ替えるような運用は、Maoさんの在籍時にはなかったといいます。事業が伸び続け、人が常に足りないフェーズだったためです。
息をするようにグローバル展開する
ByteDanceは中国本社から日本や各国へ展開しました。マネジメントの方法に大きな差はない一方、マーケティングは各国の文化に根付いた戦略を取っていたといいます。
番組の後半で、坂本さんは今エンタメ企業の海外事業に携わるMaoさんに、日本企業が真似できる要素を尋ねます。Maoさんが最初に挙げたのは、ゴールイメージでした。
グローバル展開したでいいって、ゴールとしてこうなるみたいなのが自分たちでイメージすると。とりあえずグローバルやってますみたいな会社さんが非常に多いので。
さらにMaoさんは、ByteDanceには国内事業と海外事業の垣根がないと指摘します。国内でうまくいっていると、海外にどれだけリソースを割くかという議論になりがちです。
海外で苦労して取った案件が国内の10分の1の売上で、リソースは多くかかる。すると「自分らでやっといて」となる会社が多い。それは、その案件が伸びたときの売上や面の取り方、ブランド価値をイメージできていないからだとMaoさんは分析します。
国内の競合が強すぎるから海外へ
坂本さんは、中国だけでも10億人の市場があるのに、なぜグローバルを目指すのかと問います。Maoさんは、業界構造を理由に挙げます。
たとえばゲーム業界では、中国国内でTencentとNetEaseが7〜8割のシェアを握っています。だからこそ、最初からグローバルで事業をやる企業が増えているのです。
その結果、中国国内では無名でも、グローバルで大きく成功しているゲーム会社が数多くあるといいます。ByteDanceは国内も海外も強く、その中でも特に海外がうまくいっている存在だとMaoさんは位置づけます。
「息をするようにグローバル」とは、国内で成功してから海外展開を考える順番ではありません。サービスを作る最初の段階から、国内も海外も同じ土台で捉える発想です。
自分たちの成功してるスキームをちゃんと言語化ができれば、実はそれって国内でも海外でも一緒なんですよ。
スキームを言語化できれば、同じやり方を海外でも仮説検証できます。うまくいかなければPDCAで直せばいい。やり続ければ失敗はほとんどない、というのがMaoさんの感覚です。
TikTokに見る「シナリオがある」強さ
坂本さんは、外から見たTikTokのイメージを言語化します。ユーザーごとに最適化するアルゴリズムが優れ、良いコンテンツが出続ければユーザーはエンゲージし続ける。そのコンテンツを各国でどう集めるかに仮説がある、という見立てです。
アルゴリズムが中国の外でもワークするか、今のコンテンツでユーザーがエンゲージするか。一つずつ検証し、改善していく。Maoさんはその通りだと応じます。
日本に来たばかりの頃、TikTokは女子高生が踊っている印象が強く、代理店の上層部もそう捉えていました。答え方に迷う坂本さんの隣で、共に来日したチャンイーミンさんは落ち着いていたといいます。
もうそれ別に僕たちたくさん経験してきてるんで、こういうふうにやったらこうなるよというシナリオがあり、それをやって、今のTikTokがある。
何度も経験を重ね、こうすればこうなるというシナリオを持っている。それが今のTikTokにつながっているとMaoさんは語ります。
日本企業がまず真似できること
坂本さんは、ByteDanceの手法をそのまま日本企業が真似できるのか疑問を持ちつつも、自分たちが日本でうまくやれている要素を言語化し、海外に持っていくときのゴールを明確にすることは真似したいと語ります。
Maoさんも、日本企業が好きだと語り、一緒に切磋琢磨したいと呼びかけます。
多分これ割といろんな企業さんが知恵を出し合ってやっていかなきゃいけないと思いますので。より大きなビジョンを叶えていきたいなとは思いますね。
最近参加した中国のコンテンツ系イベントの話など、まだ聞きたいことは多く残っています。中国の動きは早いので、また定期的に話を聞きたいと坂本さんは締めくくりました。
まとめ
後編では、ByteDanceの急成長を内側から支えた仕組みが具体的に語られました。高い目標と高速PDCA、データ至上主義、無限に来る候補者、そして国内と海外を同じ土台で捉える発想が、その正体でした。
- 売上は着地の30%を次の目標にする双月PDCAで、果てしなく伸ばし続ける
- 会議室のレイアウトや社内ツールLarkなど、仕組み化とインフラが高速PDCAを支える
- 組織は崩壊直前で入れ替え、目線合わせより垂直立ち上げを優先する。5年で組織変更は約30回
- 意思決定はデータ至上主義で、ミーティング前に結論が出るほど分析を徹底する
- 国内と海外の垣根をなくし、言語化したスキームを海外でも仮説検証する





