📝 エピソード概要
本エピソードは、エンタメ社会学者・中山淳雄氏の特異な生い立ちとキャリアの軌跡(前編)に焦点を当てています。栃木県宇都宮のドメスティックな環境で育ちながら、周囲の常識や反対意見を常に押し切る「逆張り」の選択をしてきた道のりが語られます。
高校時代の決断、浪人時代の猛勉強による成功体験、そして東大院卒後に敢えて派遣会社を選び、予期せぬ形でフィリピンでの海外事業に挑戦するまでの、波乱に富んだ初期キャリアを深掘りします。
🎯 主要なトピック
- 宇都宮での少年時代と海外への憧れ: 栃木県宇都宮で育ち、協調性のないタイプにも関わらず団体競技に打ち込む。小5でのオーストラリア旅行が、地元での村社会の中で誰にも言えない秘密の「海外への憧れ」となった。
- スポーツ心臓によるサッカー部引退と転機: 高校時代、スポーツ心臓を理由に厳しかったサッカー部を引退。「ルールから外れる恐怖」を乗り越え、勉強に時間を費やせるようになり、成績を飛躍的に向上させるきっかけを得た。
- 浪人生活で掴んだ成功体験: 一浪し、東京の寮で生活。壮大な目標として東大合格を目指し猛勉強に励んだ結果、初の大きな成功体験を積み、自力で目標達成できる自信を確立した。
- 東大での社会学への傾倒: 正規の学部では西洋史学に在籍しつつ、興味を持った社会学のゼミに潜り込み研究。後の「エンタメ社会学者」として、集団心理や文化現象を分析する手法の基礎を築いた。
- 周囲の反対を押し切ったリクルート入社: 東大院卒としての一般的なキャリアパス(商社や新聞社など)ではなく、周囲から「絶対行くな」と反対されたリクルートスタッフィング(派遣業)を敢えて選択した。
- ドブ板営業と初の海外事業: 入社後、最も適性がないと思われたドブ板の新規営業で新人賞を獲得。その後経営企画に異動し、英語力がない状態でフィリピンでのブリッジエンジニア事業に携わり、ビジネスでのグローバル経験をスタートさせた。
💡 キーポイント
- 自身のキャリア選択の多くは、周囲の大多数が推奨する道ではなく、反対意見の多かった道を選ぶ「逆張り」によって形成されている。
- 「勉強はPDCA(計画・実行・評価・改善)が最も回しやすい」と考え、大きな目標を立てることで、効率的に自己成長の成功体験を積み重ねてきた。
- 英語力がない状態でフィリピンでの海外事業を任された際、あらゆる質問と想定回答を網羅した膨大な量の資料を作成するなど、「危機的な状況に対し死ぬほど準備する」ことで乗り切る準備力が培われた。
- 社会学を、二人以上の人間間に発生する価値観や文化を分析する学問と定義し、エンタメのヒット研究といった現代的な現象に応用している。
