フランクフルト20年。ライター兼コーディネーターの現在地
この番組は、エンタメ業界の人や、世界を相手にビジネスをする人、日本国外で暮らす人との雑談から「エンタメ×グローバル」のヒントを探る回です。今回のゲストは、ドイツ・フランクフルト在住のKatahoさんです。
Katahoさんは、ドイツと日本、とくにドイツのオタク文化の交流を軸に、ライターやコーディネーターの仕事をしています。フランクフルトに住み始めてから、すでに20年ほどが経っているそうです。
聞き手の坂本さんとの出会いも、ちょうど1年ほど前だといいます。フランクフルトのブックメッセという書籍関連のイベントで会ったそうで、まさにKatahoさんのホームグラウンドでの再会でした。
なお「Kataho」は本名ではなく、ペンネームでありハンドルネームだといいます。番組の前半では、このKatahoさんの生い立ちやキャリアをたどっていきます。
現在のライター業として力を入れているのが、日経新聞が運営する「日経コメモ」への月1回の連載です。ドイツから見たコンテンツ産業について書いています。
ドイツの事例を見ることで、他の国とかエリアにも目を向けていただけるような、そういう趣旨で投稿しております。
坂本さんがKatahoさんを知ったのも、この日経コメモやnoteの記事がきっかけでした。フランクフルトに行く予定があったため、コメントかメッセージで連絡を取ったのが出会いの始まりだったといいます。
連載と並行して、コーディネーターの仕事もしています。当初は日本側から「ドイツのイベントに行きたいので手伝ってほしい」という依頼が多かったそうです。
一方で最近は、Katahoさん自身がドイツ在住でドイツ語もある程度話せることから、ドイツ側からの相談も増えていると話します。「こういう日本人を招待した企画をやりたい」といった相談です。
エヴァンゲリオンが開いたドイツへの扉
なぜドイツでこうした仕事をするに至ったのか。坂本さんがその経緯を尋ねると、Katahoさんはまず、ドイツに惹かれたきっかけを語り始めます。
Katahoさんの世代では「あるあるかもしれない」と前置きしつつ挙げたのが、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」でした。エヴァを「面白い、かっこいい、すごい」と通過してきた世代だといいます。
作中のキャラクター、惣流・アスカ・ラングレーがドイツのクォーターという設定で、ドイツ語を話す場面があること。さらに「ネルフ」「ゼーレ」といった用語がドイツ語からの借用であることに惹かれたそうです。
ドイツ語カッケーみたいな感じがありまして。
大学時代には、夏休みを利用してドイツ語の語学学校へ通いました。大学自体は日本で、卒業や就職も日本でしています。ドイツへ移住する前に、一度語学留学とヨーロッパを回る旅を経験したそうです。
19歳の多感な時期に、一人でリュックサック背負ってやったんですけど。その時に、アニメ漫画がドイツに来てるっていうのを知って、すごい感動したんですよ。
移住したのが20年前なので、初めてドイツを訪れたのはさらに前のこと。まだ現在ほど多くのタイトルが渡っていた時代ではありませんでした。
フランス経由、イタリア経由。作品が渡る意外な経路
当時ドイツに届いていた作品として、Katahoさんは「ドラゴンボール」「セーラームーン」「めぞん一刻」「らんま1/2」などを挙げます。坂本さんは、その並びに少し意外そうな反応を見せます。
というのも、これらの作品は必ずしも日本から直接ドイツへ渡ったわけではなかったからです。「めぞん一刻」は、フランスから翻訳されてドイツに入ってきたとKatahoさんは説明します。
さらに「ベルサイユのばら」は、イタリアに先に入り、イタリアのエージェントがドイツにも販売したパターンだといいます。タイトルは「レディオスカー」を踏襲していました。
オープニングの歌も、イタリア版で新たに作られた曲のドイツ語カバーが、そのままドイツ版のオープニングになっていたそうです。
意外と、アニメも漫画も、輸出輸入の経路って、日本とその現地国が直接結びついてないパターンもあるんですよね。
アニメや漫画の往来を解像度を上げて見ていくと、そこには面白い発見があるというのが、Katahoさんの見立てです。作品がどの国を経由して届いたのかを追うだけで、文化の伝わり方が見えてきます。
日本
原作アニメ・漫画が制作される
イタリア
先に輸入され「レディオスカー」として展開
ドイツ
イタリアのエージェント経由で販売、独語カバー曲を採用
好きなもので国際交流。ネット掲示板でオタクを探した日々
初めてドイツを訪れたときに感動したのは、アニメや漫画が届いていたことだけではありませんでした。現地の人と交流するとき、アニメや漫画が共通の話題になり、国際交流がはかどったことに強く感動したといいます。
坂本さんも、いまでも「日本から来たのか、ナルト、ワンピース」といった具合に話が広がる場面があると同意します。Katahoさんはその面白さから、オーストリアやスペインなど、あちこちで現地のオタクとの交流を実践したそうです。
自分たちの好きなものがわかってる国の人が来たぞということで、みんなに良くしてもらって、めちゃめちゃ楽しかったんですよ。
坂本さんは、当時はまだオタクグッズを身につけて街を歩く文化もなかったはずだと指摘し、どうやって現地の愛好者を見つけたのかを尋ねます。
Katahoさんの答えは、ネットのコミュニティでした。SNSがまだない時代、現地の人がゆるく交流する掲示板的な場を事前に探し、書き込みをしていたのです。
よかったら一緒に交流しませんかと。やったら、ウィーンに行った時は確か15人ぐらい集まってくれて。
集まった人たちは街を案内してくれて、日本の漫画屋や食材店を巡り、レストランでみんなで食事をしたといいます。2000年になるかならないかという時期の出来事でした。
この楽しさを自分だけで味わうのはもったいない。そう感じたことが、いまの活動の根っこにあると話します。
自分が好きなもので国際交流できるっていう楽しさを、もっと日本の人に知ってもらいたいなと思って。
宗教学と日本学が教えた「どこに注釈をつけるか」
坂本さんは、オタク文化を交流させる仕事はいまでも職業として確立されたものではないと指摘します。Katahoさんがドイツへ渡った当初の立場は、実はアニメではなく学問でした。
Katahoさんは日本の大学で外国語学部ドイツ語学科を卒業したあと、ドイツの宗教学に触れたといいます。心理学のユングらに影響を与えた流れをつくった宗教学者に関心を持ったことがきっかけでした。
なぜかドイツの宗教学っていうものに触れてしまいまして。
その流れを汲む先生がフランクフルト大学にいたため、そこへ弟子入りする形で学部から入り直しました。これがフランクフルトを選んだ理由でした。
一見すると、宗教学とアニメは結びつきにくいテーマです。しかしKatahoさんが学んだのは、作品を宗教的に分析する分野ではありませんでした。宗教学の中にある「日独の交流」でした。
日本とドイツの宗教学者が交流し、互いに理解できること・できないことを考える。たとえば禅とキリスト教の似ているところを比べるような、日独を比較するジャンルだといいます。
この学びが、ドイツのアニメファンと交流するときの土台になっているとKatahoさんは話します。何がわかって何がわからないか、どこに説明がいるかを見極める感覚です。
さらにKatahoさんは、宗教学と並行して副専攻で日本学も学びました。すると、ドイツ人が日本の文化や言葉をどう理解し、どう学ぼうとしているのかが見えてきたといいます。
どちらか一方だけでは理解が浅かった、というのがKatahoさんの実感です。日本人が日本を紹介するときと、他の文化圏の人が日本を紹介するときとでは、足りないものと足りているものが全然違うからです。
坂本さんも「お互い共通認識があることは説明しないし、説明しているのは相手が知らないものだから」と受け止めます。ここから、交流に必要な視点が浮かび上がります。
我々が日本の文化をドイツで紹介するときに、どこに我々は注釈をつけて喋ればいいのかっていう話なんですよね。
日本人同士なら共通のバックボーンがあり、いちいち説明しないことが多くあります。しかし国外ではそうではない部分があり、そこに注釈をつけないと理解してもらえない、とKatahoさんは語ります。
共通の前提が多く、説明を省く。何が伝わらないか気づきにくい
キリスト教的な価値観が土台。足りない前提を補って理解しようとする
ニコ生のイベント配信から始まったコーディネーターの道
こうした学問的な土台を持ちながら、Katahoさんのキャリアが動き出す転機が訪れます。きっかけは、ドイツの大きなアニメファンイベント「コンニチ」でした。
当時、日本ではニコニコ動画の配信が立ち上がり、ブームになりつつありました。その流れで、ある知られた配信者がドイツに行くという情報を、ドイツ在住数年目だったKatahoさんがキャッチします。
ちょうどコンニチの開催時期と重なっていたため、Katahoさんは自ら声をかけました。会場からアニメ漫画ファンのイベントを配信してはどうか、自分も一緒に行くと提案したのです。
この配信を日本側で見た人から反響があり、そこから初めての依頼が舞い込みます。ドイツのイベントで企画協力としてパネルをやりたい、手伝ってもらえないか、という相談でした。
坂本さんは、一般的なサラリーマンのキャリアとはまったく違う道のりに驚きます。一つのイベントでの取り組みをきっかけに始まり、そこから活動が広がっていったのです。
番組の後半では、日本とドイツのオタク文化や産業について、どこが似ていてどこが違うのかを掘り下げていく予定です。前半はここで締めくくられました。
まとめ
エヴァンゲリオンへの憧れから始まったドイツへの関心が、掲示板でのオタク交流、宗教学と日本学の学び、そしてニコ生配信の手伝いを経て、日独オタク文化のコーディネーターという仕事につながっていく前編でした。
- Katahoさんは、エヴァの用語や設定をきっかけにドイツへ惹かれ、20年前からフランクフルトに住んでいる
- アニメや漫画は日本から直接ではなく、フランスやイタリアを経由してドイツに届いたケースがある
- 好きなものを通じた国際交流の楽しさが、いまの活動の根っこにある
- 宗教学と日本学の学びが「どこに注釈をつけるべきか」を見極める土台になっている
- ニコニコ動画の配信を会場から手伝ったことが、コーディネーターとしてのキャリアの起点になった



