なぜ二人の体験は絶妙に「被らない」のか
この回のテーマは、意外と知りたい人が多いのに、まとまった日本語情報が少ない海外エンタメイベントです。
坂本さんは、コミスマに入った2024年の後半から、主にヨーロッパと時々ニューヨークの漫画・出版系イベントに行き始めたと話します。
一方の森下さんは、前職時代から何年もアニメ・ゲーム系のイベントに通ってきました。3〜4年という時間軸で定点観測してきた点が特徴です。
坂本さんがコミスマに入られたタイミングとほぼ同じぐらいが、私が前職を退職しているタイミングなので、その前は本当に毎年ルーティンで海外のイベントに行っていました。
行った地域も重ならないと二人は言います。森下さんはアニメEXPO、アニメNYC、ジャパンEXPO、AFA、China Joyなど、坂本さんはAnime NYCを除くとフランス、ドイツ、イタリア、スペインが中心でした。
二人合わせると、中とアフリカ、南米以外はほぼカバーですかね。
街全体がフェス会場になるヨーロッパの不思議なイベント
坂本さんが今年印象的だったのは、フランスのアングレームと、イタリアのルッカのイベントです。どちらもユニークだったと振り返ります。
何がユニークかというと、まず会場が変だと言います。日本の幕張メッセや国際展示場のような展示会場を借りる形とは違うからです。
古いお城や坂、城壁のある街の建物が展示会場になり、期間中はコスプレしたファンが街を練り歩くと坂本さんは描写します。
こうした形式には理由があります。イタリアもフランスも、日本の漫画が入る以前から地場のコミック文化があり、アングレームはもともとバンドデシネのイベントでした。
だんだん読者が高齢化していってるらしいんですよね。なるべく若い人にも来てもらえるように、少し前から漫画コーナーが拡充し始めたんです。
その伝統的な文化事業が、徐々に漫画・アニメ・ゲームのファンを取り込んでいったのではないか、と坂本さんは見ています。
イタリアのルッカはイベント名がそもそもコミックス&ゲームスで、アメコミやゲームのファンも多く、日本の漫画一色ではない点が特徴です。
チケット外の来場者まで含めて50万人?ルッカとジャパンEXPOの規模
ルッカはヨーロッパで最大級の集客を誇るイベントだと坂本さんは言います。今年は北斗の拳の展示が教会1個を丸ごと使って行われていました。
注目すべきは来場者数のカウントです。有料チケットの来場が25万人ほどで、それに加えてチケットを買わずに来る人が同数程度いると見られています。
海外のファンには、イベント時にお財布を握りしめてグッズを買いに行く層がいます。その人たちはチケットを買わずに来ているためです。
全部合わせると50万人ぐらい参加規模がいる。もしそうだとしたら、ジャパンEXPOを超えてヨーロッパ最大の漫画アニメゲーム関連のカルチャーイベントだと言われています。
話題はジャパンEXPOに移ります。森下さんは2〜3年前に行った際、全ブースに占める漫画の割合が高かった印象を語ります。
その時もおそらく7割シェアが漫画なんじゃないかぐらいの勢いで、漫画を平積みしてブースがドーンみたいな感じでした。
坂本さんの体感では、大手出版社が入り口近くから大きなブースを取る点は同じでした。ただ面積割合では3〜4割程度で、奥にはゲームやフィギュアのコーナーもあったと補足します。
柔道や剣道のスペース、日本のお菓子や食べ物の飲食コーナー、ガンプラをその場で作るコーナーなど、より広い意味での日本文化も並びます。
アニメEXPO、アニメNYCにはガンプラを作ろうぜコーナーが存在しなくて、ジャパンEXPOに行った時に、なんでこんなに熱心にみんな作ってるんだろうって、熱量が違うなと思いました。
アニメEXPOとアニメNYCは何がそんなに違うのか
坂本さんは今年初めてアニメNYCに行き、アニメEXPOには未経験です。二つの違いを森下さんに尋ねます。
時期の話から入ります。森下さんが通っていた頃のアニメNYCは真冬で、露出の多いコスプレイヤーが寒さにヒイヒイ言いながら歩く劣悪な環境だったと振り返ります。近年は8月末に移り、坂本さんは今年ちょうどよかったと話します。
森下さんは当時のアニメNYCについて、集客に困っている印象があったと語ります。出展経験からくるコスト感と集客クオリティを踏まえた所感です。
一方でアニメNYCは、数年前の数万人規模から10万人超へと成長途上だと主催側は説明していた、と坂本さんは補足します。
横並びで比較すると、ロサンゼルスのアニメEXPOが最も集客力があると森下さんは言います。4〜5年連続で同じブース位置から定点観測してきた経験がその根拠です。
道幅も変わらないから、去年よりも人がぶつかるとか、密集度のイメージがあって、やっぱり年々増えてるっていう感覚はあったんですよ。
他地域のイベントが現状維持や微増止まりの中、アニメEXPOだけが右肩上がりに伸び続けていた点に、坂本さんも驚いたと話します。
西と東でコスプレも財布の紐も違う?アメリカの二つの海岸
森下さんが印象的だったのは、西海岸ロサンゼルスにホロライブEnglishのコスプレイヤーがワンピースやドラゴンボールのキャラと同じくらいの出現率でいたことです。
同じ時期でもニューヨークにはそこまでいなかったといい、森下さんはこの東西差を面白いと感じています。
坂本さんは、テクノロジーへの需要度や新しいものへの飛びつきやすさの違いか、あるいは金融や政治が中心の東海岸の硬さの違いかもしれない、と推測します。
財布の紐にも違いがあると坂本さんは聞いた話を紹介します。
アニメEXPOは西海岸の方がみんなお財布の紐が緩い。NYCは一旦全部見て吟味してから買うけど、アニメEXPOは欲しい、買う、欲しい、買うでバンバン買っていくと聞きました。
森下さんもこの違いを実感しています。アニメEXPOで日本のIPが初売りや情報解禁をすると、とんでもない長蛇の列になることがあるためです。
開場1時間前に入れるVIPパスやアーリーアクセスのレーンがあるほどで、購買意欲の高さがうかがえます。
なぜ情報解禁は「アニメEXPO一択」になるのか
アニメEXPOは情報解禁のタイミングとしてよく使われると坂本さんは言います。自社アニメでも、このイベントに合わせて情報解禁しようという話が出るためです。
森下さんは、海外展開でアメリカと日本の両方を狙う時、情報出しをイベント合わせにすると暗黙の了解でアニメEXPOになると語ります。
それを起点にブースを取る、声優さんを呼んでプレイさせて煽る、独自情報を出す、というプランニングになる。みんな暗黙の了解でそこに合わせに行く合意形成がなされているんです。
同じような時期にアニメEXPOとアニメNYCのどちらかを選ぶなら、より大きく注目が集まる方を選ぶのは自然だと坂本さんも納得します。
China Joy・G-STAR・AFA、アジアのイベントはどう違うか
森下さんはChina Joy、G-STAR、AFAシンガポールなどアジア系イベントにも通っていました。ただ盛り上がりでは、アニメEXPOの比ではないと言います。
China Joyはコロナ前、冷房が効かず暑いことから通称「サウナジョイ」と呼ばれていました。しかし森下さんがコロナ明けに訪れた2年前は、人が思ったよりおらず、出展枠も埋まりきっていませんでした。
これは覚悟していかなければならんと思って気合の半袖短パンで行ったんですけど、全くサウナ状態ではない。若干肩透かしでした。
日本IPの進出も限定的で、バンナムやDeNAなど一部にとどまっていたと言います。渡航にもビザ申請のハードルがあり、行きづらさの一因になっていました。
坂本さんはこれに関連し、中国以外の企業が新規タイトルを出すには国の許可が必要な版号問題を挙げます。今も現在進行形で続いていると森下さんは応じます。
韓国のG-STARは規模こそ小さいものの、文化的に近く進出しやすいマーケットだと二人は話します。開催地の釜山はシーフードが美味しく、ビーチ沿いのランニングもよいと盛り上がります。
台北ゲームショーはさらに一回り小さく、インディーゲームも多い手作り感が魅力だといいます。
AFAシンガポールはゲームではなくアニメ寄りのイベントで、現地の人にとってはコスプレをしに行く場という側面が強いと森下さんは説明します。
コスプレをする人、それを撮りに来る目的が大きい。撮る、演じる人たちがキャパとしてけっこういっぱいいるみたいな感じです。
自由な海外コスプレと、なぜか一番人気の「原神」
坂本さんは、日本のコスプレは完成度が高い一方で、キャラの見た目に合わないと少しはばかられる雰囲気があると感じています。欧米では好き勝手にコスプレしている印象があると語ります。
お腹が出てるんだけどへそ出しでセクシーキャラのコスプレをしているとか、悪い意味じゃなくて、めっちゃ自由で自分の好きを表現してるなって、すごくポジティブに見えるんですよ。
森下さんによれば、シンガポールも同様に自由だといいます。ふくよかな男性が女性キャラの格好をしても、いいじゃんそれで、という空気があるためです。
そして印象的な話として原神が挙がります。シンガポールでは今も人気が強く、カフェやボバティーとのコラボが続いています。
2年前のジャパンEXPOで最も大きく、物販が異常な長蛇の列になっていたブースも原神だったと森下さんは振り返ります。中国発ながら、ジャパンのコンテンツとして受け入れられている点が興味深いと二人は話します。
言われてみれば確かにそうだわ。ジャパンじゃないじゃん。
ヨーロッパでは、日本のゲーム業界が中国発タイトルに脅かされているといった文脈は関係なく、可愛い、かっこいいから買う、というシンプルな受け止め方だと森下さんは指摘します。
作家個人のブースも印象的で、坂本さんは今年のジャパンEXPOにあった伊藤潤二さん単体のブースや、アングレームでの田辺剛さん、『ヴィンランド・サガ』の展示を挙げます。細かい描き込みは芸術作品として見られているのではないか、と話します。
いつか自分たちのやってる作品でも、サイン会だろうがブース展示だろうが、もっと届けたいというのは夢ですね。
出展者だけが知る落とし穴──ビザとアメリカの施工現場
明るいイベント話から一転、二人は出展プレイヤーとしての苦労を語り始めます。まず原作者やキャストを海外へ帯同させる際のビザの問題です。
森下さんはアニメNYCで、あるIPのキャストにゲームをプレイしてもらい情報開示をしたことがあると言います。その際、真っ当にやるとパフォーマンスビザなどが必要になり、費用がかさむと話します。
森下さんは、ESTAではキャッシャー業務のように収入を得る行為はできなかったはずだと振り返ります。ただし細かいレギュレーションはうろ覚えのため、最新情報は各自で確認してほしいと注意を促します。
さらに怖いのが入国拒否のリスクです。何らかの理由で拒否されると、向こう数年から10年ほど再入国に制限がかかる可能性があると森下さんは説明します。
ブラックリストに入っちゃってるので止められやすくなるとか、そもそも入国ができないとかがあるので、そこを理解した上で帯同させないといけないんですよ。
続いて話題は現場の施工に移ります。西海岸では、日本品質を出せる日系の施工会社が数社しかないと森下さんは言います。それ以外に頼むと、アメリカ流の進行になるためです。
当日の朝ぐらいまで施工ブースが完成しないんですよね、大体。
命令系統のトップが日系でも、ラストワンマイルを担うアメリカ人が音楽を爆音でかけて作業する気配がなく、なかなか終わらないこともあったと森下さんは笑います。
完成したと向こうは主張しても、液晶ディスプレイのリモコンや電源アダプターがなく実質機能していないなど、細部にほころびが残るといいます。
「非常時イベント救済キット」──屍の上に積み上げる海外挑戦
森下さんが語る象徴的なエピソードが、キャストにゲームをプレイさせるステージでの音声トラブルです。映像出力、プレイ音声、キャストの声という3系統を成立させる必要がありました。
前日のリハーサルからして怪しく、本番と違う控室でのテストしかできないと言われます。当日も直前のテクリハで、3系統のうち1系統を捨てなければならないと告げられる事態に陥りました。
だから僕はアニメNYCで当日、無能なスイッチャーの人からスイッチャーを奪って、僕がやってたんですよ。
ここから二人は、こうした失敗を個人の屍で終わらせず、共有すべきだと語り合います。想定されるトラブルを事前に洗い出し、機材を自前で持ち込めば、その場で打ち手を打てるからです。
森下さんは、失敗経験を持つ人のナレッジを集めれば、非常時イベント救済キットのようなものが作れるかもしれないと提案します。
求められるのは、これはできているはずだと思い込まず、できなかった場合を想像するメタ認知力と、想定外をその場で何とかする対応力の両方だと坂本さんはまとめます。
海外は何やってもそうですけど、知らんところで、そんな落とし穴が、みたいなのがマジそこら中にあるんですね。
最後に二人は、屍というのはネガティブな話じゃなくて、チャレンジした証でもあると確認し合います。屍を恐れて誰も挑まなければ、日本人が挑戦できなくなってしまうためです。
屍上等で頑張っていきましょう。
まとめ
海外のマンガ・アニメ・ゲームイベントは、街全体がフェスになるヨーロッパから、情報解禁の中心となるアニメEXPO、自由なコスプレ文化まで多様です。一方で、ビザや現場施工など、出展者だけが直面する落とし穴も多いことが二人の体験から浮かび上がりました。
- ヨーロッパのアングレームやルッカは、街全体が会場になる伝統文化由来のイベントで、ルッカは実質50万人規模とも言われる
- 情報解禁のタイミングとしては、集客力で圧倒するロサンゼルスのアニメEXPOが暗黙の了解で選ばれる
- 西海岸と東海岸ではコスプレの傾向も購買意欲も異なり、原神は海外で日本のコンテンツとして高い人気を集めている
- 原作者やキャストの帯同にはビザの問題があり、ESTAの範囲や入国拒否のリスクを理解しておく必要がある
- アメリカの現場は出たとこ勝負になりがちで、失敗のナレッジ共有と機材の備えが海外挑戦の鍵になる





