有志活動が仕事になったきっかけは何だったのか
前編では、Katahoさんが日本とドイツのオタク文化交流の仕事を始めるまでが語られました。後編は、そこからどう発展して今に至るのかという話から始まります。
Katahoさんによると、最初はビジネスにはなっていなかったといいます。イベントの手伝いは有志による集まりであり、ホテル代を提供してもらうことはあっても、ギャラをもらうような話は最初の頃はほとんどなかったそうです。
ただ、そうした活動を重ねるうちに、日本側から「情報をまとめてほしい」という依頼が入るようになりました。ここがリサーチやライターとしての有償の仕事につながっていきます。
依頼元として名前が挙がったのは、観光庁系の調査や、ネットの面白い話題を紹介するメディア「ネトラボ」、そして紙のコスプレ雑誌などです。世界の漫画市場調査のドイツパートを担当したり、ドイツのオタク文化の様子を取材して記事にしたりしていったといいます。
ガチのお城で踊る「コスプレ舞踏会」とは何なのか
コスプレ雑誌からの依頼で取材したのが「コスプレ舞踏会」でした。舞踏会といっても戦う方ではなく、踊る方です。
舞踏会ってどういう、戦う方?踊る方?
踊る方ですね。踊るコスプレ舞踏会の取材に行ったんですよ。
コスプレ舞踏会は、コロナ前ぐらいまで割と流行っていた企画です。大きなアニメファンのイベントの一企画として、夜の部などにホールでみんなでコスプレして踊るというものだといいます。踊るのはワルツなどの社交ダンスです。
普通のアニメのキャラ、鬼滅とかチェンソーマンみたいなのをコスプレしてる人同士が手繋いで社交ダンスしてるっていう状態なの?
そうです、そうです。露出の激しい衣装はダメとか、ドレスコードが割ときっちり固まってるんですよ。
Katahoさんが雑誌社に提案したのは、そうしたイベント併設ではなく、単独で開催されるコスプレ舞踏会でした。その会場が、本物のお城の舞踏会ホールだったといいます。
リアルに何百年前かわかんないですけど、貴族とかが舞踏会してた場所ってことですよね。
そうです、そうです。
Katahoさんが取材でいいと感じたのは、お城側の話でした。日本でも神社仏閣を巡る趣味は年配の人が多いように、古い伝統的なものに価値を見出すのは年配層が中心になりがちです。
ところがコスプレ舞踏会という形で、20代を中心とした若い人が会場に集まってくれる。お城の人は、それが未来につながる感じがしてすごくいい、と話してくれたそうです。
ドイツのオタク文化はどんなふうに始まったのか
話題は、ドイツのオタク文化全体の様子へと移ります。Katahoさんによれば、アニメや漫画が来る前から、特定のジャンルにはしっかりしたコミュニティが存在していました。
代表例として挙がったのがスタートレックです。ドイツにも非常に大きなコミュニティがあり、積極的な活動があるといいます。アメコミやスターウォーズの集まりもあります。
さらにKatahoさんが挙げたのが、ドナルドダックのコミックです。薄い冊子が長年発行され続けており、根強い人気があるといいます。
その薄い本って、ドナルドとミッキーのなんかチョメチョメみたいな話かなと思ったんですけど、公式のってことですね。
ええ、そうそうそう。
日本の漫画と違い、アメコミ系は薄くてカラーで、2〜3ヶ月に1冊というペースでもありません。その公式コミックが50周年を迎えるほど続いているという話です。
Katahoさんは、作中の車がある日、電気自動車になっていたというニュースを例に挙げます。長寿作品が時代に合わせて描写を更新していく感覚は、日本のサザエさんやドラえもんを思い浮かべると近いといいます。
なぜドイツには10万人規模のオンラインコミュニティがあったのか
ドイツが他のヨーロッパ諸国と違う点として、Katahoさんが強調したのがオンラインコミュニティの存在です。今でこそSNSで趣味の合う人とつながるのは当たり前ですが、ドイツではその歴史が早くから始まっていました。
その中心が「Animexx(アニメックス)」というオンラインコミュニティです。歴史はおそらく2000年頃まで遡り、かなり初期からドイツ語圏のアニメ漫画ファンがネット上に集まる場になっていたといいます。
以前はコスプレ写真や二次創作・一次創作の漫画が数多くアップロードされ、ドイツのコミュニティを分析するうえで非常にいい研究先だったとKatahoさんは振り返ります。
インスタとpixivと2チャンネルとmixiコミュニティと全部くっつけました。でもオタクテーマのみですみたいな感じですかね。
で、プラスドイツ語なんですよ。ドイツ、スイス、オーストリアで。
Katahoさんが難しいと語るのは、統計の取りづらさです。SNSが普及して活動の場が分散し、そもそもドイツ人でも必ずしもドイツ語で活動しているわけではないため、「ドイツ人」「ドイツ語」というくくりで実態をつかむのが難しくなったといいます。
記憶に基づく数字だと前置きしつつ、アニメックスには無料会員が10万人ほど登録していたと語られました。ドイツの人口が7000万〜8000万人ほどであることを考えると、自国発の文化でないにもかかわらず、かなりの人数です。
さらに、付加価値のある機能を持つ有料アカウントも1000人以上いたといいます。今は下火でわかりにくいものの、ドイツのオタク文化を語るうえでは避けて通れないポイントだと話されています。
「文化」と「産業」を分けて考えると何が見えてくるのか
話題は、文化だけでなく「産業」としての側面へと移ります。Katahoさんが強く意識しているのが「文化産業」という言葉です。
アニメ・漫画・ゲームといったコンテンツは、文化と産業という別々のものが一つになったハイブリッドだといいます。産業には採算性が取れるかという経済の話があり、文化は採算を度外視して情熱で進めていく面があります。
採算性は度外視。情熱で進めていく。国の助成金で支える能や歌舞伎のような輸出もこちら
それをやって採算が取れるかという経済的な視点。売り上げを立てる仕組みが必要
Katahoさんは、日本のクリエイターを呼んでドイツでイベントをやる際に、この採算性をどうクリアするかを非常に重視していると語ります。採算を割るならもうできない、というシビアな線引きです。
クリエイターさんが来た時に、物販は必ずやらないと意味がないんです。サイン会や握手会、いろんなモノとサービスを含めて、現地で売り上げを立てる機会をしっかり作っていく。
そのためには、日本のコンテンツの権利を持つ出版社、特にライツ担当者に事前にしっかり話を通し、会場で何をさせてほしいかをきっちり伝えておくといいます。
坂本さんは、作家がボランティアで行き、主催者がホテル代を負担して終わりでは、2年目・3年目と続けたり規模を大きくしたりが難しくなると受けます。イベント出演が一回こっきりで終わらず、次の施策に続いていくことが大事だとKatahoさんは強調しました。
ドイツ語版がない漫画家をイベントに呼べるのはなぜか
続いて語られたのは、持続的な産業につなげる具体例です。ドイツ語版がまだ出ていない漫画家が、イベント出演をきっかけにドイツの出版社に名前を知ってもらい、話が展開していったケースが今年2つほどあったといいます。
ドイツ語がまだ出版されてないのに、イベントに出るみたいな機会が起きるってことがあるんですね。
あります。これはやり方がありまして。
前提として、ドイツ側に「この作家を呼びたい、まだ知られていないけど紹介したい」という強い意志があり、作家側にも「ドイツなら行ってみたい」という思いがあることが必要だといいます。それがそろえば、Katahoさんが集客できる企画を考えます。
ただ、ドイツ語版がないということは知名度がほとんどない場合が多く、作品紹介の話をすると言ってもピンときません。知らない作家の知らない作品の話を聞きに行くのは、なかなか難しいのです。
そこでKatahoさんが取るのが、界隈の話や技術の話をしてもらう方法です。日本の漫画業界の話や、ストーリーの進め方・絵の描き方といった技術論なら、作品を知らない人にも共通して届きます。
こうして集客し、現地のコネクションを作り、物販もしっかり行う。それが次のビジネスへのきっかけになっていくという流れです。
イベントが大きくなりすぎると何が起きるのか
話題は、ドイツのオタクコンテンツ産業の現在地に移ります。Katahoさんは、先日池袋で行われた国際漫画会議「IMART(アイマート)」のセッションでも多くを語ったと紹介しつつ、今見えている課題を挙げます。
それは、イベントが大型化しすぎることの弊害です。大規模イベントとしてのメリットが、かえって生きてこないのではないかというのがKatahoさんの見方です。
来場者が何十万人も来ても、全員が全ホールを巡回することはありません。興味のあるホールには行くが、興味のないホールには行かない。結果として、もともとそのジャンルが好きな人が来るだけの場になってしまうといいます。
来場者が何十万人も来て、全てのホールを巡回するっていうのはありえないんですよ。ここのホールは行きます、でもここは興味がないんで行きませんとか。
一方、中堅規模のイベントなら事情が変わります。せっかく入場料を払ったのだからと1周してみたり、メイン企画だからとりあえず見てみたりする。そこで興味のなかったジャンルとの出会いが生まれ、間口が広がるのです。
興味なかったけど見に来てみましたみたいな。初めてそこで生まれるってことですね。
そうなんですよ。新しい人にどうリーチしていくかっていうのは一つの課題だと思いますね。
Katahoさんは今年8月に訪れたマンハイムの「ANIMAGIC」も例に挙げます。企画が盛りだくさんで同時進行するため、来場者は自分の好きなものしか見ない。マニアックで濃い人が集まって、さらに濃くなって帰っていく構図です。
高い付加価値を持つ高額商品を提案するのは、その濃い層に対しては正しいやり方だといいます。ただ、新しいファンを作るという点はあまり機能していないのではないか、とKatahoさんは指摘します。
新規ファンとコア層、日本側はどちらを狙うのか
坂本さんは、深くはなるが広がりはしづらいというジレンマを整理します。イベント主催側からすれば大型化したくなる気持ちもわかる、と難しさを認めます。
一方で、日本から出展する企業やクリエイターにとっては、すでにファンになっている人が集まるだけでは参加のメリットが薄いといいます。海外進出・海外展開を狙うのは、もっと広げたいからだという前提があるためです。
日本のコンテンツを海外に広げるとき、既存のコアなファンを掘り下げるのか、その外側のカジュアル層を巻き込むのか
Katahoさんは、日本のアニメや漫画が現地で人気であることは、すでに一定のファンがいる前提だと整理します。そのうえで、コア層をさらに掘り下げるのか、外側のカジュアルな層をどれだけ巻き込むのか、どちらがやりたいことなのかを日本側が問われていると語ります。
坂本さんは、若い人や新しい人がその領域に入ってこなくなると、どの業界も行き着く先はシュリンクしていくと応じます。長年のファン向けにリメイクやコンプリートボックスを出すことも大事ですが、それとは別に新しいファンをどう獲得するかの戦略があった方がいいとKatahoさんは考えています。
坂本さんは、自身が所属するコミスマが同じ漫画出版社の中でも新しい方であり、新しいファンにどう届けるか、今までの作品だけではないと好きになってもらうかが立場だと重ねます。
Katahoさんは、漫画をたくさん買う人はすでにたくさん買っており、読む時間の問題もあると指摘します。だからこそ、あまり漫画を買ってこなかった、読む時間がなかったカジュアル層の方が、新しく買って読んでもらえる伸びしろがあるのではないかと話されています。
まとめ
後編では、有志活動から仕事になった経緯、ドイツ独自のオンラインコミュニティ、そして大型化するイベントが抱える課題までが語られました。文化と産業の両面を意識しながら、いかに新しいファンを増やすかが、日本コンテンツの海外展開の核心として浮かび上がります。
- Katahoさんの活動は有志の集まりから始まり、リサーチやライター、イベントコーディネートの仕事へと発展した
- ドイツにはアニメ以前からスタートレックなどのコミュニティがあり、Animexxという10万人規模のオンラインコミュニティが早期から存在した
- コンテンツは文化と産業のハイブリッドであり、海外イベントでは物販やサイン会などで採算性を確保することが重要だとされる
- イベントが大型化しすぎると来場者は好きなホールしか回らず、新規ファンとの出会いが生まれにくくなる
- コア層を掘り下げるか、外側のカジュアル層を巻き込むか、日本側の戦略が問われている



