📝 エピソード概要
本エピソードでは、「サッカーコーチのコーチ」という珍しい肩書きを持つ倉本和昌氏のキャリアの軌跡を追います。プレイヤーとしての挫折から、中学時代にコーチの道を志し、高校卒業後に単身スペインへ留学。困難な状況の中で最年少で上級ライセンスを取得し、Jリーグクラブでの経験を経て、2018年に「コーチのコーチ」として独立・起業に至るまでの異色のストーリーが語られます。
🎯 主要なトピック
- 「サッカーコーチのコーチ」という仕事: 倉本氏の現在の仕事は、サッカー選手ではなく、指導者(コーチ)に対して、指導力の向上、チーム運営、選手育成に関するフィードバックやアドバイスを提供することです。
- プレイヤーとしての挫折とコーチへの転身: 小学校からサンフレッチェのジュニアユースでプレーするも、中学時代にプロへの道を諦め、将来はコーチになることを決意。当時の圧倒的な実力差がその決断を早めた要因となりました。
- 高校卒業後のスペイン留学を決断: 日本でプロコーチになる道のりが非常に狭いと判断し、より門戸が開かれていたスペインでのコーチライセンス取得を目指しました。イタリアではライセンス取得に制限があったため、スペインを選択しました。
- スペインでのコーチライセンス取得の苦難: 当時、外国人によるライセンス取得の前例はなかったものの、「取れないとは書いていない」というポジティブな解釈で挑戦を開始。結果、26歳で国内最年少レベルで一番上のライセンスを取得しました。
- 日本帰国後のJリーグでのキャリア: 帰国後、湘南ベルマーレ、大宮アルディージャのアカデミーでプロのコーチを経験。この時期に、直接指導からコーチをサポートする役割へと関わり方が変化しました。
- 「コーチのコーチ」への転身と独立: 複数のチームに関わる中で、自分が直接指導するよりも、コーチを指導することでより多くの選手(約20倍)に影響を与えられることに気づき、その可能性に面白さを見出して独立を決意しました。
💡 キーポイント
- 倉本氏は、日本でトップレベルのコーチになるには元Jリーガーなどの実績が必要であるため、海外(スペイン)でライセンスを取得するという独自の戦略を選びました。
- スペインのコーチライセンスは、かつては日本のS級ライセンスよりも短期間(26歳で取得可能)で、外国籍にも開かれた取得経路でしたが、現在は制度が厳格化しています。
- Jリーグ時代、指導者としての経験に加え、心理学や脳科学を学びコーチ陣のサポートを行う中で、「コーチのコーチ」という職種の可能性を見出しました。
- 独立の動機には、「自分の武器を活かし、より多くの指導者を通じて子どもたちに貢献したい」という思いと、「より自由に働きたい」という個人的な要素がありました。
- 現在はオランダに在住し、主にオンラインで日本のコーチ向けにマインドセットに関する講座やコンサルティングを提供しています。
