竜宮城にドラゴンが出てこないのはなぜ?
幸あれこさんが紹介するのは、KADOKAWAから出ている『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました』です。副題は「日本文化から読み解く幸せの形」で、予防医学研究者の石川善樹さんと、ニッポン放送のアナウンサーである吉田尚記さんの2人が書いた、対談形式も含む本です。
幸あれこさんはこの本から、ウェルビーイングの歴史に焦点を当てて紹介すると話します。しゅうへいさんは「めちゃくちゃまたニッチな歴史」と反応しました。
幸あれこさんの説明では、ウェルビーイング ── 心・体・社会のすべてが良好な状態を指す言葉。WHO憲章の健康の定義にも通じ、一時的な快楽ではなく持続的な幸福を表す概念として使われますは心、体、社会のすべてが満たされた持続的な幸福を表す言葉です。そして、そのヒントは日本の昔話に隠れているといいます。
幸あれこさんが最初に出した例は、浦島太郎の竜宮城です。竜宮城は「竜」の字が入っているのに、物語にドラゴンは出てきません。
幸あれこさんは、海外の人が竜宮城と聞いたら、ドラゴンと乙姫と浦島太郎と亀のバトルロワイヤルが始まってもおかしくないと笑います。実際の浦島太郎は、竜宮城で飲み食いして帰り、一気に老けて終わる話です。
幸あれこさんによれば、この肩透かしのような浦島太郎の展開にこそ、日本のウェルビーイングの秘密が詰まっているといいます。そこから本の内容を3つのポイントで紹介する流れになります。
西洋は「上」、日本は「奥」を目指す
1つ目のポイントは「上じゃない、奥なんだ」です。幸あれこさんは、3人で森を冒険していて、おばあちゃんが「奥まだございます」という看板を持っていたらどう思うかと問いかけます。
この問いに出演者からは「奥に行こうと思う」という声が上がり、しゅうへいさんは「奥がまだあるなら休みたい」と返して笑いを誘いました。幸あれこさんは、基本的には奥へのワクワク感を持つはずだとまとめます。
幸あれこさんによると、この「奥への興味」は日本文化のど真ん中にあるそうです。一方の西洋は上を目指す文化で、ピラミッド構造や、頂上を意味するサミット ── 英語で「山頂」を意味する語。転じて各国首脳が集まる首脳会議を指すようになりましたという首脳会議の呼び名がその例として挙げられます。
死後の世界のとらえ方にも違いがあると幸あれこさんは話します。日本では三途の川の向こう岸のように横の方向で語られ、西洋では上にある天国として語られます。
日本が奥を目指す例として、幸あれこさんは奥の細道のブームや、T字路が多く奥へ奥へと誘い込む仕掛けになっているという歌舞伎町の道路を挙げます。神社もタワー型ではなく、格式のある神社ほど参道をくねくねさせて奥を演出しているといいます。
ピラミッド構造、首脳会議を指す「サミット」、死後は上にある天国
三途の川の向こう岸、奥の細道、T字路の多い歌舞伎町、くねくねした神社の参道
幸あれこさんはさらに、遊園地で「上のリンゴをつかむと景品がもらえる」と「奥に行ったらわかりますよ」のどちらに惹かれるかと尋ねます。しゅうへいさんは、オフィシャルなものより非公式っぽいおばあちゃんのほうが面白そうだと答えました。
幸あれこさんは、学力のように上を目指す文化は日本にも入ってきているものの、日本人には今も、何があるかわからない奥に価値を置く感覚があると話します。そして、迷っている時期はつらいと思いがちでも、奥を模索している時こそ幸せなのではないか、という本の考察を紹介しました。
この「奥」の考え方に、しゅうへいさんは「上を見たらきりがない」と応じます。奥は誰かと戦っている感じがしない、という指摘に、幸あれこさんは「自分で模索している感じ」と答えました。
「ゼロに戻る」昔話はなぜ特殊なのか
2つ目のポイントは「ゼロに戻る」です。幸あれこさんがこの言葉のイメージを尋ねると、頑張ったことがなくなるネガティブな印象を持ちやすい、という答えが出ました。
しゅうへいさんは、原点に戻ってぐるっと回ってくる神話の構造としてヒーローズジャーニー ── 神話学者ジョーゼフ・キャンベルが示した物語の型。主人公が日常から旅立ち、試練を経て、変化して元の世界に帰還する流れを指しますを思い出したと話します。幸あれこさんは、すごろくの「振り出しに戻る」のように、手にしたものを失う印象もあるだろうと続けました。
ここで幸あれこさんは、西洋の物語はドラゴンを倒し、お姫様を助け、お宝やお城を得るような「得ていく勝利の話」が多いと話します。例に挙げたロード・オブ・ザ・リングについては、しゅうへいさんから「指輪を捨てに行く話」だと訂正が入りました。
ロード・オブ・ザ・リングの話題では脱線もありました。しゅうへいさんが以前、映画のポスターを見せて「壮大な不倫の物語」と冗談を言ったところ、幸あれこさんはそれを本気で信じていたそうです。
本題に戻ると、日本の昔話にはおじいさんとおばあさんがやたら出てきて、ハッピーエンドもあまりないと幸あれこさんは指摘します。西洋では子どもが主人公の物語も多い一方、日本の昔話はスタートとゴールにほとんど変化がありません。
子どもが主人公のものも多く、ドラゴンを倒し、姫や宝を得る「得ていく勝利」の話
おじいさん・おばあさんがよく登場し、ハッピーエンドが少なく、始まりと終わりがほぼ変わらない
幸あれこさんによれば、物語のスタートとゴールがほぼ変わらない日本の昔話は、世界の物語の中でもかなり特殊だそうです。本では、日本文化の「ゼロに戻る」は、マイナスではなく満たされた無に戻ることだと読み解かれています。
あなたが「ゼロに戻れる」場所は?
幸あれこさんは、プラスを追いかけすぎて疲れる前に一旦ゼロ地点に帰ること、その戻る行為の安心感こそがウェルビーイングだと説明します。旅行や学校から帰ってきて「ああ、お家だ」と落ち着く感覚が、そのイメージだといいます。
「ゼロに戻れるものはありますか」という幸あれこさんの問いに、出演者の一人は、夕方に料理をしながら酒を飲む時間が毎日の一回のリセットになっていると答えました。その日の自分は「全部おしまい」になるそうです。
しゅうへいさんは最初「お布団の中」と答えたものの、すぐに「海辺だ」と言い直しました。夕暮れの散歩をしていると、お金やキャッシュフローのことを抱えていても、ふと自然体の自分に戻れる感じがあるといいます。
幸あれこさんは、ゼロ地点に戻る場所がないと人はずっとニュートラルに戻れないと話し、リスナーにも自分がゼロに戻れるものを探してみてほしいと呼びかけました。
「いる・なる・する」の順番が逆転する大人の人間関係
3つ目のポイントは「ただいることが最強の価値になる時代」です。幸あれこさんは、人間関係ができていく段階として「いる」「なる」「する」の3つを紹介します。
子ども時代の人間関係は、まず公園の砂場に一緒に「いる」ところから始まり、友達に「なる」、そして一緒に遊ぶなど何かを「する」という順番で自然に進むといいます。
ところが大人になると、この順番が逆転します。まず仕事を「する」ことから始まり、同僚や先輩に「なる」、そのあとで一緒に「いる」ようになる流れです。
子ども時代は「いる→なる→する」。砂場に一緒にいて、友達になり、一緒に遊ぶ
大人になると「する→なる→いる」。仕事をして、同僚になり、その後一緒にいたくなる
幸あれこさんは、大人の人間関係の順番が逆転すると「役に立たないと意味がない世界」になりがちで、それが苦しさにつながるのではないかと話します。
そこで幸あれこさんが挙げたのが推し活です。推しはただいてくれるだけでよく、何もしなくても尊い存在であり、「いる」という価値を最強に体現しているといいます。
子どもの頃の推しを聞かれたイケハヤさんは、好きなアイドルも芸能人も女優も全然いなかったと答えます。しゅうへいさんは推しがころころ変わったタイプで、幸あれこさんは世代的にORANGE RANGEのRYOさんが好きだったそうです。
SNSとコミュニティで「ただいる」を感じるには?
幸あれこさんによると、SNSは「今日こんなことをした」「こういう人になった」という「する」「なる」の投稿が中心で、「ただいる」ことが難しい場です。そのため、SNSはウェルビーイングと相性が悪いと本では考察されています。
ただし本では、SNSも「いる」を意識して使えば心地よい交流の場になりうるとしています。幸あれこさんは、それができるのがコミュニティではないかと考え、運営者である2人に意見を求めました。
イケハヤさんは、自分たちのコミュニティでは、今日の朝ごはんのような「どうでもいいこと」をあえて書き込ませる取り組みがあると話します。情報としての価値はなくても、「この人は今日も元気なんだな」と眺めて楽しむ関係だといいます。
しゅうへいさんは、会社を辞める前の不安な時期にイケハヤさんの音声配信を聞いた経験を話します。イケハヤさんが声を出して発信してくれることで「いる」感覚があり、自分も会社を辞めたかったのだと気づいて、その価値観を選び、行動に移る順番だったのかもしれないと振り返りました。
しゅうへいさんは、「いる」ことに価値を感じていても、それを切り出して認識する機会が少ないのかもしれないとも話します。幸あれこさんは、自分だけでなく周りの人の「ただいる」も尊重し合えると、ウェルビーイングにつながるのかもしれないと3つ目のポイントを締めくくりました。
マリオは「奥」、アンパンマンは「横」?
紹介を終えたあと、しゅうへいさんは昔話を切り口にした本の独特さに触れ、桃太郎も竹取物語もおじいさんとおばあさんが出てくると改めて気づきます。
幸あれこさんは、アニメ「まんが日本昔ばなし」の主題歌にもヒントがあるかもしれないと思いつきます。「おしりを出した子一等賞」という歌詞は、上を目指す駆けっこの発想とは違う考え方ではないか、というその場の思いつきでした。
しゅうへいさんは、日本は場そのものを大事にし、西洋は場を広げて開拓していく感じがあると話します。スーパーマリオもジャンプはするものの、結局は左から右へ奥に進んでいるという指摘に、幸あれこさんも納得していました。
さらに幸あれこさんは、アメリカのヒーローには上に飛ぶタイプが多いかもしれない一方で、アンパンマンは横に飛ぶと気づきます。「上」と「奥」という視点で身近な作品を見直すと違いが見えてくるかもしれない、という話で回が締めくくられました。
まとめ
この回では、日本昔話や神社の参道を手がかりに、上を目指す西洋とは違う、日本ならではの幸せのかたちが語られました。
- 日本は何があるかわからない「奥」に価値を置く文化で、迷いながら模索する時間こそ幸せかもしれない
- スタートとゴールがほぼ変わらない日本の昔話は世界でも特殊で、「ゼロに戻る」は満たされた無に帰ること
- 料理や晩酌、海辺の散歩など、自分がゼロに戻れる場所を持つことがウェルビーイングのヒントになる
- 大人の人間関係は「する→なる→いる」に逆転しがちで、推しやコミュニティは「ただいる」価値を思い出させてくれる




