わからない本は、わからないまま読み進めていい?
楽屋トーク回の最初の話題は、以前の文学の回でイケハヤさんが紹介した百年の孤独 ── コロンビアの作家ガルシア=マルケスの長編小説。架空の村マコンドを舞台に、一族の百年にわたる興亡を描きます。似た名前の登場人物が多いことでも知られますに寄せられたコメントです。
カエルンさんからは「私は積読派で読めそうにないのですが、進撃の巨人を3回も見ている娘にプレゼントしてみようかなと思いました」というコメントが届きました。
イケハヤさんは、このプレゼント案を「いけるんじゃないかな」と評価します。『百年の孤独』の村マコンドは閉ざされた空間で、外部からいろいろなものが入り込み、最後は崩壊していきます。全体のプロットや世界観、ダークな雰囲気が『進撃の巨人』と似ているといいます。
よしぼうさんからは、立ち読みで1ページ目から目がくらんだという感想が届きました。登場人物の名前が似ていて想像しにくいものの、つまみぐいを聴いて「わからないままで読み進めるのもありなのかな」と思ったそうです。
このコメントを受けて、幸あれこさんは2人に「わからないものと出会ったとき、どう向き合っているか」を尋ねます。
イケハヤさんの答えは、わからないまま突き進むというものです。今回紹介した『溶ける魚』はそもそも意味のない話なのでわかるはずがありませんが、それでも最後まで読み、「結論わかりませんでした」というところまでたどり着く努力はするといいます。
イケハヤさんにとっては、本は基本的に全部わからないものです。わからなかったものが後でわかるときも来るので、そういう過程も含めて楽しんでいると話しています。
しゅうへいさんの場合は、少し順番が違います。わかったつもりになってVoicyやポッドキャストで話すうちに自信がなくなり、読み直すことが多いそうです。
しゅうへいさんは最近、生成AIを使っているのに説明できないと感じ、LLMの歴史の本を読みました。それでも「浅いわかる」にとどまり、なぜ生まれたのか、細かい仕組みはどうなのかまではわからないままだといいます。
ただ、しゅうへいさんは、本を読んでいると最近つながることがあるとも話します。行き止まりだと思って引き返したら、別の道とつながっていたような体験で、わからないまま置いておいたものが、後でつながる瞬間が好きだそうです。
2人の話を整理すると、わからないものとの付き合い方は次のような流れになります。
わからないまま進む
イケハヤさんは、意味がわからなくても最後まで読み切る
わからなかったと認める
「わかんねえや」と一度諦めることも受け入れる
後でつながる
別の本や体験をきっかけに、以前わからなかったことが腑に落ちる
幸あれこさんは、イケハヤさんが新しいことに進む姿を近くで見ていて、わからないものをいったん放置し、別のことをしているときに取り掛かる場面が多いと感じているそうです。しゅうへいさんは、イケハヤさんと同じタイミングで同じことをしていたらいつか死ぬ、と冗談まじりに話しています。
一生忘れない景色は、阿蘇とディズニーランドとラップのステージ
次に紹介されたのは、しゅうへいさんが凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』を紹介した回へのコメントです。よしぼうさんからは、景色がありありと目に浮かび、いつか本物の瀬戸内の海を見てみたいという感想が届きました。
瀬戸内の描写が多い本だったことから、幸あれこさんは2人に「一生忘れない風景」を尋ねます。
しゅうへいさんが挙げたのは、大学時代に見た熊本の大観峰からの眺めです。外輪山の上に立つと、阿蘇カルデラ ── 阿蘇山の巨大な噴火でできたくぼ地。周囲を外輪山が囲み、くぼ地の中に町や田畑が広がっていますの昔の火口だった場所に町が広がっているのが見えます。
しゅうへいさんは大観峰の景色に、歴史の長さや自然の怖さ、スケールの大きさを感じたといいます。山の形を「仏が寝ている」と呼ぶ人間の面白さも印象に残り、黒川温泉への旅行の際にもう一度訪れたそうです。
大観峰の名前を覚えておらず「手を広げて写真を撮ったところ」と記憶している幸あれこさんに、しゅうへいさんは「画像認識と思い出認識」「AIみたい」と笑っていました。
イケハヤさんが挙げたのは、結婚前の妻と行った夜のディズニーランドの風景です。20代前半ごろの記憶で、めちゃくちゃキラキラして見えたといいます。
イケハヤさんは、あの景色を「恋する人間特有の視点じゃないと見れなかった景色」と表現します。今行けば子どもが心配で、人が多いと感じるはずで、だからこそ忘れてはいけない景色なのだと話しています。
幸あれこさんの忘れられない景色は、一度だけラッパーとしてステージに立った夜のことです。いとこのお兄ちゃんから「悪そうなデニム」と革ジャン、サングラスを借りて臨んだそうです。
幸あれこさんのラップに沸いている人もいれば、「あいつ誰や」という反応の人もいて、会場は偏って盛り上がっていました。沸いていなかった人たちに紙を投げられたことも含めて、一生残るいい経験だったと振り返っています。
「その足で動いた」一番のエピソードは?
幸あれこさんが紹介した文学の回には、AMKさんから「背筋(はいきん)」と読んでいたのがウケたというコメントが届きました。幸あれこさんは「せすじ」より「はいきん」のほうが筋肉寄りで、人間と人類くらいのニュアンスの違いがあると説明しています。
アキリャンさんからは、紹介を聞いたその足で本を買ってきたというメッセージがありました。しゅうへいさんが紹介した凪良ゆうさんの本を買ったという、ゆきさんのXへの投稿もあったそうです。
何かをきっかけにその足で行動することが嬉しい、という流れから、幸あれこさんは2人に「人生でその足で動いた一番のエピソード」を尋ねます。
しゅうへいさんのエピソードは、イケハヤさんの本を読んで、高知のイケハヤさんに車で会いに行ったことです。当時イケハヤさんは掘っ立て小屋を建てていて、近くにいたら来てもいいと発信していたので、1時間半ほどの距離を出かけたそうです。
しゅうへいさんは、トップブロガーに会えば何か教えてくれるかもしれない、という下心があったと正直に話します。実際に会ったイケハヤさんは、草をひきながら話を聞いてくれたといいます。
しゅうへいさんは、そのときイケハヤさんが一つひとつ教えるような対応ではなかったことが、かえって良かったと振り返ります。ブログ運営の教科書を買い、あとは自分でやるしかないと思えたからです。
ブログがうまくいかなかったしゅうへいさんは、イカと鯛を持ってもう一度訪ね、そのときにはがっつりコンサルを受けました。「借金ブロガー」という切り口もそこで決まり、あのとき行っていなかったら今の自分はいない気がすると話しています。
イケハヤさんのエピソードは、2025年5月にこの収録場所で、ブン太さんからバイブコーディング ── AIに自然な言葉で指示を出し、雰囲気や意図を伝えながらプログラムを作っていく開発スタイル。細かいコードを自分で書かずに済むのが特徴ですを教わった件です。その場で始めて「これやばい」となり、今では仕事がかなりやりやすくなったといいます。
一方でイケハヤさんは、同じ場にいたのに始めなかったしゅうへいさんを「一番バカなのかな」と笑いながら指摘しています。
決めたらやれる人と、やれない人の違いは?
しゅうへいさんは、イケハヤさんや幸あれこさんは決めたらやるタイプだと話します。対してしゅうへいさん自身は、決めてもやらないし、言ってもやらないタイプだそうです。
しゅうへいさんによると、東京のセミナーで三日坊主の人や夏休みの課題をギリギリにやっていた人に手を挙げてもらうと、多くの人が挙げたといいます。
しゅうへいさんは、決めたらやる人のほうが楽なのかもしれないと話します。やりたいと思っているのにできていないモヤモヤが一番しんどく、「草刈りぐらいやれよ」という感じだと自分にツッコんでいます。
幸あれこさんは、イケハヤさんがなぜ決めたらやれるようになったのか、原体験を尋ねます。
イケハヤさんの原体験は中学生時代です。パソコンを買ってもらい、ブログのようなサイトを1日4回ほど更新し、学校の技術研究室でHTMLを書いてアップしていたそうです。
イケハヤさんは、決めてやったことが自分にとってプラスになったと知ったことで、中学生のころには決めたらやるのが当たり前になったといいます。朝起きたら歯磨きをするのと同じ感覚だと話しています。
スピノザを曲にする学びと、毎日のアウトプット
ここで幸あれこさんは、今回の「AI時代の教養」というテーマに話を戻し、2人が教養を身につけるために何をしてきたかを尋ねます。
イケハヤさんが今いちばん良いと感じているのは、AIで音楽とミュージックビデオを作る学び方です。イケハヤさんが作る曲には基本的に元ネタがあり、直近ではスピノザ ── 17世紀オランダの哲学者。神と自然を同一視する独自の哲学を展開し、人間の感情についても体系的に論じましたの『エチカ ── スピノザの主著。幾何学のように定義と定理を積み重ねる形式で、神・人間の精神・感情・自由を論じています』を題材にしました。
イケハヤさんによると、『エチカ』の原典は読めないほど難しい本です。それでも『エチカ』を題材にした楽曲を作ると、さすがに勉強し直すことになるといいます。
歌詞はChatGPTが書いてくれますが、スピノザ哲学を下敷きにしているため、最初は意味がわからない部分があります。イケハヤさんは、意味がわからないままでは気持ち悪いので、スピノザ哲学のどこに対応しているのかを調べるそうです。
イケハヤさんは、部分的な切り取りに過ぎないと断りつつも、自分で創作することでスピノザの言わんとすることがわかるところまでいけると話します。往復2時間ほどのドライブ中も自分で作った曲を聴いていて、楽しく勉強にもなっているそうです。
しゅうへいさんは、イケハヤさんの学び方をアウトプットから来るインプットとしての教養と表現しました。役に立つからではなく、表現したいという気持ちが出発点になっている点に注目しています。幸あれこさんは、歌えば歌うほど身につく九九の歌のようだと面白がっていました。
しゅうへいさんが挙げたのは、8年ほど続けている発信です。浅くてもいいから毎日アウトプットし続けることで、恥をかかないために学ばざるを得なくなるといいます。
しゅうへいさんは、仮想通貨の「ボラリティ」と言ってイケハヤさんに「ボラティリティ ── 価格の変動の大きさを表す金融用語。仮想通貨は株式などに比べて値動きが大きく、ボラティリティが高いと言われますね」と訂正された経験も明かしています。
しゅうへいさんにとっての教養は、アウトプットを磨くために必要に迫られて学んできたものです。役に立つ本ばかり読んできたので、教養としてはまだあまり意識できていないと話します。
しゅうへいさんは、教養とは偏りがなく、幅広いのに深みもある「面積が広い」もののように感じるといいます。役に立つ本ばかりの読書から、少しずつ変わってきているそうです。
教養はトップ10の外にある
幸あれこさんの教養の身につけ方は、本が中心です。ただ、本の選び方はラジオ時代の先輩たちから学んだといいます。
幸あれこさんがいたラジオ局では、番組ごとにディレクターが選曲をしていて、その選曲で番組の色が決まっていました。今のJPOPのトップテンばかりをかける番組はなかったそうです。
ラジオのディレクターたちの選曲は、歴史を知ったうえで、この時代のこのジャンル、今流行っているファッションに合う曲といった、さまざまな切り口から選ばれていました。
幸あれこさんは20代前半まで、トップ10を学んでおけば教養だと思っていた節があったといいます。先輩たちの選曲を見て、むしろトップ100にも入っていないものを知らないといけないと気づいたそうです。
トップ10に並ぶ曲や本を知っていれば教養だと思っていた
トップ100にも入らない、誰もが気づかないものに自分で気づこうとする
幸あれこさんは、音楽をこの考え方で学び、本の選び方も変わったといいます。トップ10の本も大好きなまま、それ以外の誰も気づかない本を探すようになり、新しい知識が広がるのを感じるようになりました。
3人の教養の身につけ方を並べると、出発点の違いが見えてきます。
| 出演者 | 方法 | きっかけ |
|---|---|---|
| イケハヤさん | AIで哲学を題材に楽曲とMVを作り、歌詞を調べて理解する | 表現したい、作ってみたいという気持ち |
| しゅうへいさん | 浅くてもいいから毎日アウトプットを続ける | 恥をかかないために学ぶ必要が生まれる |
| 幸あれこさん | トップ10の外にある本や音楽を選ぶ | ラジオ時代の先輩ディレクターの選曲 |
しゅうへいさんは、教養と向き合い続けるには気力や体力が必要で、結局は楽しむ力にたどり着くのかもしれないと話します。哲学の回で紹介した暇と退屈の倫理学 ── 哲学者・國分功一郎さんの著書。人はなぜ退屈するのかを問い、楽しむことを学ぶ大切さを論じていますでも語った「楽しむ力を鍛える」ことが、AI時代の教養を身につけるうえでも必要だという考えです。
しゅうへいさんは、笑いながらちょっとずつ新しい世界に入っていく本つまみぐいラジオもそうかもしれないと話し、堅苦しくないことが大事だと締めくくりました。
次回のテーマは「あなたの知らない歴史」です。織田信長の一生のような定番ではなく、一般には知られていない歴史の本を1冊ずつ持ち寄る予定で、トップ10の外を探す今回の話ともつながっています。
まとめ
リスナーのコメントを入口に、わからないものとの付き合い方から、その足で動く衝動、そしてAI時代の教養の身につけ方まで話が広がった回でした。3人の方法はそれぞれ違いますが、楽しみながら少しずつ世界を広げていく姿勢は共通しています。
- イケハヤさんは、わからない本もわからないまま最後まで読み、後でつながる瞬間を楽しんでいる
- しゅうへいさんは、本を読んですぐ高知のイケハヤさんに会いに行った一歩が、今につながっていると振り返った
- イケハヤさんは、スピノザの『エチカ』などをAIで楽曲にし、歌詞を調べることで学び直している
- 幸あれこさんは、ラジオの先輩から、トップ10の外にあるものを知ることが教養だと学んだ
- 教養を身につけ続けるには、楽しむ力が必要だという話で3人の議論はまとまった



