「あなたの知らない歴史」で集まった3冊とは?
本つまみぐいラジオは、読書のスタイルが違う3人が本の美味しいところを語り合う番組です。今回のテーマは「あなたの知らない歴史」で、3人がそれぞれ1冊ずつ本を持ち寄りました。
司会の幸あれこさんは「本を読んでも一切内容を覚えない」と自己紹介し、イケハヤさんは雑多に読んで情報を仕入れる読み方が好きだと話します。しゅうへいさんの読書スタイルは、ひとことで「買ったけど読まない」です。
1話目でイケハヤさんが紹介するのは、デヴィッド・グレーバー ── アメリカ出身の文化人類学者。『負債論』『ブルシット・ジョブ』などで知られ、社会運動にも関わりました。2020年に亡くなっていますとデヴィッド・ウェングロウの共著『万物の黎明』です。グレーバーは番組で以前取り上げた『負債論』の著者で、この本は亡くなる直前に作られた遺作にあたります。
まあ世界的ベストセラーなので、(この本を)頑張って紹介したいと思うので、お楽しみに。
しゅうへいさんは國分功一郎さんの『中動態の世界 意志と責任の考古学』を、幸あれこさんは日本文化からウェルビーイングを読み解く『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました』を持ってきました。事前に相談していないのに、毎回違う本が集まるのがこの番組の面白さだと3人は話しています。
新聞のような組版に挫折?分厚い学術書の手ざわり
『万物の黎明』は辞書級の分厚さで、イケハヤさん自身も「気が重い」と言うほどの骨太な一冊です。しゅうへいさんは本を開いた瞬間、1ページが分割されて組まれていることに驚きます。
これなんか四分割されてますよね。もうね、この時点で僕は挫折しました。
誰やねん、この組み方で挫折するの。
イケハヤさんも、文字量も情報量も多く読むのは本当にしんどいと認めます。ただ、グレーバーの本は細かく検証しているだけで、言っていること自体は結構シンプルなので、実はつまみ食い向きでもあると話しています。
原題は「The Dawn of Everything」で、「すべてのものの夜明け」という意味です。帯には「人類史の根本から覆す」といった言葉が並び、作家のケン・フォレットによる「人類の歴史についてこれまで信じてきたことをすべて爆破させる爆弾」という推薦文も紹介されました。
イケハヤさんは、前回の『負債論』が「貨幣は物々交換から生まれた」という通説を否定し、負債のやりとりから貨幣が生まれたと示した本だったと振り返ります。『万物の黎明』も同じように、学校で習った歴史が実は違うのでは、という驚きから始まる本だと位置づけています。
狩猟採集から国家へ、教科書どおりの人類史とは?
イケハヤさんはまず幸あれこさんに、狩猟採集・農耕・国家・近代といったキーワードを使って人類の歴史を説明してほしいと頼みます。幸あれこさんの答えは、ネアンデルタール人から始まり、火をおこしたりマンモスと仲良くなったりする、かなり自由な人類史でした。
その後あの大体あのやっぱりみんな引っ越すの嫌だよねって言って、あの農耕を始めて。
幸あれこさんの説明は、貝塚を「ゴミ箱」、高床倉庫を湿気対策として語り、最後は誰かが王様になって邪馬台国が生まれるところで締めくくられます。イケハヤさんは笑いながらも、大筋ではそう習うと受け止めました。
イケハヤさんが整理する一般的な歴史観は、狩猟採集から農耕革命が起き、日本では稲作が始まって弥生時代に村ができ、余った米を力の強い人たちが蓄えて国家と王様が生まれる、という流れです。
狩猟採集
小さな集団がキャンプ地で暮らし、狩りや採集で生活する
農耕革命
稲作などが始まり、定住して村ができる
余剰の蓄積
たくさんできた作物を力の強い人たちが蓄える
国家と王の誕生
権力が集まり、国家や王様が生まれる
イケハヤさんによれば、『万物の黎明』はこの流れ自体が「そもそも嘘だ」と主張する本です。人類は一直線に進歩したのではなく、グラデーションがあり、戻ったり中間の形があったりしたことを、遺跡の研究などをもとに大量の反証例で示しています。
狩猟採集民の大都市、王のいない都市は本当にあった?
『万物の黎明』に出てくる反証例の1つ目は、狩猟採集民が大きな都市を作っていたケースです。一般的な狩猟採集のイメージは、小さな集団(バンド)がキャンプ地のような場所で暮らす姿でしょう。
ところがアメリカ・ルイジアナ州のポバティ・ポイント ── アメリカ・ルイジアナ州にある先史時代の遺跡。巨大な半円状の土塁群で知られ、農耕以前の狩猟採集民が築いたとされていますコバーティーポイントでは、狩猟採集の時代のはずなのに大きな都市があったといいます。農耕が始まったから都市が生まれる、とは限らないということです。
2つ目の例は、ウクライナのメガサイトと呼ばれる大規模な遺跡です。都市の規模からすれば王宮があってもおかしくないのに、王宮は見つからず、代わりに人々が集まって話し合う集会所のような場所があったとされます。農耕社会の都市なのに王様がいない、というケースです。
3つ目はアマゾン川流域のアマゾニア地域の例で、乾季のあいだだけ偉い人に権力があり、雨季になると権力がなくなって合議で物事を決めるようになるといいます。幸あれこさんは「湿度とともに」と合いの手を入れました。
| 地域 | 通説 | 実際にあったとされる姿 |
|---|---|---|
| ルイジアナ | 都市は農耕が始まってから生まれる | 狩猟採集民が大きな都市を作っていた |
| ウクライナのメガサイト | 大きな農耕都市には王宮がある | 王宮がなく、集会所のような場所があった |
| アマゾニア | 権力者は常に権力者である | 乾季だけ権力者がいて、雨季は合議になる |
イケハヤさんは、文化や取れる作物の違いによって政治のあり方も変わってきたと読み解きます。人類は何度もやり直し、選び直して今の社会を作ってきた、というのが本の大きな主張です。
直線的な歴史観は「この先もこうなる」という決定論につながります。イケハヤさんは、歴史がジグザグに進んできたのなら、私たちもこれからいろんなところへ行けるという提案がこの本の1つ目のメッセージだと話しています。
ピンカー、ダイアモンド、ハラリまで名指しで批判?
イケハヤさんが特に面白いと感じたのは、『万物の黎明』が人類史のベストセラー作家たちを名指しで批判している点です。『暴力の人類史』を書いたスティーブン・ピンカー ── アメリカの認知心理学者。人類の暴力は長期的に減ってきたと論じた『暴力の人類史』などで知られますは、行き当たりばったりで話を作っていると痛烈に書かれているそうです。
ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』も批判の対象で、さらに『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ ── イスラエルの歴史学者。『サピエンス全史』で、人類が虚構を信じる力を得た「認知革命」などの概念を提示し、世界的なベストセラーになりましたが唱える「認知革命」についても、そんなものはなかったと退けているといいます。
あいつらは要するに本当にチェリーピッキングで自分の好きなところだけを取って、それ(で)論を組み立てるだけじゃねえかって言って死んでいったっていう。
やばすぎる。めっちゃパンクやなこいつ。
幸あれこさんは「遺言がやばい」と反応します。イケハヤさんによれば、ビッグヒストリー ── 宇宙の誕生から現代までを一つの大きな物語として描く歴史叙述の潮流。ハラリやダイアモンドの著作がこの系譜で語られることがありますのように大きな物語を作る人たちに対して、グレーバーは社会学者として歴史学者のウェングロウと組み、遺跡などの証拠を積み上げて反論しています。
批判の核心は、ハラリたちの歴史観が決定論的だという点です。イケハヤさんは、未来はもっと柔軟に作られるのではないかというのがグレーバーの立場だと説明しつつ、本の事例はうんざりするほど細かく、自分も全部は読んでいないと正直に打ち明けます。
これまでこうだったから、これからもこうなる。ハラリやピンカーらの語り方として本の中で批判される
人類はジグザグに選び直してきた。だから未来もまだ柔軟に作れる
移動・不服従・再編、人類が持っていた「三つの原初的自由」とは
イケハヤさんが2つ目のつまみ食いポイントとして挙げるのが、『万物の黎明』に出てくる「三つの原初的自由」という言葉です。人類が長い歴史の中で最初から持ち合わせてきた自由を指しています。
1つ目は移動の自由、つまり一つの場所から出ていく離脱の自由です。昔の社会では、嫌だったら今よりずっと気軽に出ていけたといいます。今は会社を辞めるのも、日本を出るのも大変だとイケハヤさんは対比しています。
2つ目は命令に従わない不服従の自由です。族長のような偉い人が何かを命じても「俺は従わない」と言って出ていき、新しい場所を作ることが、昔は普通に行われていたとされます。
イケハヤさんは本には書かれていない自分の連想として、幕末の坂本龍馬を挙げます。脱藩は基本的に死罪でしたが、当時は浪人が多く、龍馬も脱藩して殺されたわけではないので、移動や不服従の自由が今より強かったのではないかと話しています。
3つ目は再編の自由で、所属するコミュニティのルールが嫌なら制度を作り変える自由です。人間はこれまで、そうした作り変えをたくさんやってきたといいます。
イケハヤさんは、国家やルールが強まる中で弱くなった三つの自由をもう一度思い出し、創造力を持って新しい社会を作ろう、というところまでグレーバーは伝えたかったのだろうと読んでいます。
グレーバーの遺作は、私たちに何を託したのか?
3つ目のポイントは、イケハヤさん自身の解釈も入った現代への示唆です。『万物の黎明』はあくまで学術書で、人類学者以外はなかなか読まないような本だといいます。
それでもグレーバーはもともとアクティビスト ── 社会問題の解決を目指して、デモや運動などで積極的に行動する活動家のことで、社会運動にも関わってきた人物です。イケハヤさんは、この本を通して今の社会を変えたいと願っていたのではないかと推測します。
イケハヤさんは三つの自由を自分たちに重ねます。イケハヤさんとしゅうへいさんは会社が嫌で不服従し、離脱して、しゅうへいさんは瀬戸内の大島、イケハヤさんは高知の限界集落に移り、そこで新しい社会システムを再編しているという見立てです。
(クリプト忍者に)いるコミュニティの人がさ、嫌だったら別に離脱していいわけですよ。離脱していいし、その人たちがまた新しいものを作ってもいいし。
イケハヤさんたちは地域の村づくりや、インターネット上のコミュニティ、NFTやトークンの発行などで新しい仕組みを作っています。一方で世の中の多くの人は、決まった場所にいなければならない、命令を聞かなければならないと考えがちだとイケハヤさんは話します。
タイトルの「The Dawn of Everything」について、イケハヤさんは「今」の話だと読みます。私たちは今まさに夜明けにいて、社会がどう変わるのかは誰にもわからず、だからこそ一人ひとりがその担い手になれる、というメッセージです。
イケハヤさんは、この3つ目の話は自分の解釈だと断りつつ、そう書き残して亡くなったグレーバーを「かっこいい」と評しました。
直線的な歴史は嘘。3つのポイントのまとめ
イケハヤさんは紹介を3点にまとめます。1つ目は、学校で教わる直線的な歴史は嘘であり、未来はまだわからないということ。ハラリやピンカーら名指しされた人たちは、直線的に語りがちだという指摘です。
2つ目は、離脱する自由、従わない自由、再編する自由を人類は持っていて、それを思い出そうという呼びかけです。3つ目は、そのうえで自由な発想で社会システムを作れると言い残してグレーバーが世を去った、というドラマとしての読み方です。
しゅうへいさんは「非常にエモい」と反応し、年末に暖炉の前でコーヒーを飲みながら、物思いにふけりつつ少しずつ読むのに向いていそうだと話しました。幸あれこさんは、ハラリさんなどの本を読んだうえで読むと理解が深まりそうだと加えます。
なぜ昔の歴史はシンプルに見えてしまうのか?
しゅうへいさんは、歴史本は「こうなってこうなって進化した」と書かれるので理解しやすいと話します。一方で、今の社会は金融システムひとつとってもブロックチェーンやAIとの融合でどんどん複雑になっています。
なんで僕らの時代だけこんな複雑で、昔がそんなシンプルだったんだと思うと(不)自然だよね。
しゅうへいさんは、昔にももっと複雑性や複数性があったのではないかと考えます。幸あれこさんは、人間は安心したくて未来を予測したくなる生き物だと続けました。
こうなるから、これに対して対策しとけばいいよとか、なんかね、やっぱり安心したくなるけど、予測不能なのが人間なもんで。
イケハヤさんが「賢いコメント来ましたね」と褒めると、幸あれこさんは「東大入ってみる?」と返し、スタジオは笑いに包まれます。幸あれこさんの読み取りを、イケハヤさんは「素晴らしい読み取り方」と評しました。
イケハヤさんは最後に、本は税込5,500円で、人類学者や考古学者向けの本だと改めて伝えます。一直線じゃないというエッセンスをつかみながら、ChatGPTと壁打ちしつつ読むタイプの本だろうと締めくくりました。
幸あれこさんは大学の講義を受けた感じがしたと話し、ハラリさんの本がヒットしているからこそ、あらゆる視点を持っておかなければと感じたと振り返ります。次回はしゅうへいさんが『中動態の世界』を紹介し、同じく自由について考えさせられる内容になると予告されました。
まとめ
『万物の黎明』は、人類が狩猟採集から農耕、国家へと一直線に進歩したという通説に、膨大な事例で反論する本です。イケハヤさんはそこから、人類が持っていた三つの原初的自由と、未来はまだ作れるというグレーバーの遺したメッセージを読み取りました。
- 狩猟採集民の大都市、王のいない都市など、通説を覆す反証例が多数示されている
- ハラリ、ピンカー、ダイアモンドらの直線的・決定論的な歴史観を名指しで批判している
- 人類は移動・不服従・再編という三つの原初的自由を持っていたとされる
- 「すべての夜明け」というタイトルを、今まさに社会を作り直せる時代だというメッセージとして読む解釈が語られた
- 本は非常に読みにくい学術書で、エッセンスをつかみながら読むのがよいとされた



